とあるS級パーティーに所属する冒険者ですが、メンバーの教え子達の実力に付いていけないので脱退します。 作:にゃあたいぷ。
うん、と全身を伸ばしてから朝日を出迎える。
久しぶりの独り旅というのは寂しいものだ。耳にするのは風の音に虫の声、いつもの軽快な会話を聴くことはない。
頼りにできるのは背中に背負った身の丈以上の大剣だけだ。随分と世話になった大剣はもう、研ぐだけでは誤魔化せない程に刃毀れが多かった。この機に武器を新調するのも良いかも知れない。道具に愛着を持つような柄でもないし、ただ頑丈さだけを求めた大剣は旅の御供にするには取り回しが悪かった。
元より未熟な仲間達を守る為、盾代わりにできるように選んだ武器だ。
この大陸に来るまでは大太刀と呼ばれるものを扱っていた。
これまで軌跡を辿るように来た道を歩き、今後の展望を考えていると遠くの方が騒がしくなった。
森林を横切る森の中、魔物が暴れる喧騒に背負った大剣に手を掛ける。近付いてくる、木々を薙ぎ倒すほどの巨体を相手に――誰かが戦っているようだ。耳を澄ませる。魔物の悲鳴が聞こえず、武器同士を打ち合わせる音も聞こえないので、戦っているというよりも逃げ回っているのかも知れない。
感覚を研ぎ澄ませる。あと数歩、近場の草叢から少年が一人、飛び出して来た。
「森を抜けた!? でも、隠れる場所が……もう、クソがッ! どうして追いかけて来るんだよぉッ!?」
間もなく、少年の背後から魔物化した大猪が飛び出して来た。
身の丈以上の巨体に異常発達した牙、正気を失った双眸で少年を睨み付ける。
魔物は鼻息を鳴らし、獲物を仕留めんと土を蹴った。
「少年、こちらへ!」
「あ、ああっ! わかった……って、あんた子どもか!?」
「よく間違えられるが大人だよ!」
少年は逡巡させた後、大猪の足音を聞いて私に向かって駆け出した。
私のところに辿り着くまで間に合わない、と判断すると同時に少年の背後に迫る大猪に向けて駆け出す。背中から鞘ごと大剣を大きく振り落とし、大猪の眉間に向けて鞘を射出する。
直撃、その僅かに怯んだ隙を逃さず、少年と擦れ違って、そのまま魔物の真横にて大きく大剣を振り被る。
「チェストッ!!」
全体重と全身のバネを使った大上段の唐竹割りは見事、大猪の頸を両断する。
頸を失った大猪の肉体は、そのまま体勢を崩し、地面を削るように倒れ込んだ。切断面から真っ黒な血が溢れ出す。
振り返れば、少年が血の気が引いた顔で腰を抜かしている。
「大丈夫か?」
問いかけると、少年はハッとした顔を浮かべて、あ、いや……と気不味そうに私から顔を逸らす。
この反応は、初めて生き物が死んだところを目の当たりにしたか?
尻餅を着く少年に手を差し伸べると「いえ、大丈夫です」と彼は顔を横に振り、ゆっくりと腰を上げる。
「助けてくださってありがとうございます」
そういって頭を下げる。
礼儀が正しい、好印象だ。それに度胸もあった。
好奇心から、改めて少年を観察する。
彼が袖を通す見慣れぬ衣装は、此処、渡洲では技術的に難しい精巧な作りをしている。
それでいて何処か腑抜けた顔付き、浮世離れした雰囲気。今時、魔物は勿論、獣や人の血を見ずに育つ人間なんてものは箱入りの御嬢様くらいなものだ。彼は礼節には疎いが、その割に礼儀と道義は弁えており、知性を持ち合わせている。
こういった、ちぐはぐな人間の存在を私は過去の経歴から何度か御目にかかった事がある。
「君は、稀人か?」
「……まれびと?」
「此処では異界から来た者をそう呼んでいる」
私の故郷では、稀人と呼ばれる存在は、ある程度の地位を保証する。
それは稀人が持つ異界の知識を欲しての事であり、他国に稀人を奪われないように保護する為の方便でもあった。
あとついでに云うと稀人には、世間知らずで戦闘力が低いことが多い為、割とあっさり死んだりする。
「……その稀人と云うのは数は多いのか?」
少し考え込む仕草を見せた後、少年が問い掛ける。
「珍しいことには違いはないけども、全くいないという程でもない。町に住んでる人間なら人生で一度や二度は顔を見てるんじゃないかな?」
そう答えると少年は、そっか、と複雑な顔で溜息を零す。
「元の世界に帰る方法とかはあるのかな?」
その問いに暫し、間を取った後で「ない、というのが定説だね」と答える。
とりあえず問題はなさそうか。少年に向けて皮袋の水筒を放り投げ、頸の取れた魔物へと歩み寄る。魔物の血肉は毒性が強くて食えないが、異常発達した牙や毛皮、骨には需要がある。他にも魔物の体内にある魔石は冒険者ギルドに収めると功績として扱われた。今回の獲物だと数週間分の食費を賄うことができそうだ。
腰に付けた剥ぎ取り用の短剣を片手に持ち、ふんふん、と鼻歌混じりで肉を切り分ける。
その様子を背後から少年が若干引き気味で見つめていた。
「やってみる?」
真っ黒な血が付着した短剣を見せつけて、悪戯心から問い掛ける。
すると少年は期待通りに勢いよく首を横に振ってみせた。
良い反応が見れた、と上機嫌に剥ぎ取る手を進める。
「……」
少年は渡された水筒をじっと見つめながらモゴモゴと口を動かしている。
何か言いたげだな、と思いながらも助け舟は出さない。
黙々と作業を進めて粗方、素材を切り分けたところで少年は口を開いた。
「あの……助けて、くれませんか?」
「良いよ」
とりあえず小さく纏めた素材を投げ渡す。
「此処から先に小さな村を幾つか渡って街に出る。そこで身の振り方を改めて考えると良い、私はもう少し先まで旅を続けるけどね」
「あ、あれ? ……あのう?」
「食い扶持分は働いて貰うよ。とりあえず荷物持ちと、あと料理は出来るかな? 食べられる程度のもので良いよ」
「バーベキューの経験ならあるけど……って、え? そんな軽いノリで良いの?」
「旅は道連れ、世は情けってね」
それに無意味に返事を引っ張る柄でもない。
彼が零した、ばあべきゅうなる料理に胸を馳せながら少し先を急ぐ。
†
此処、渡洲は大きく二つの勢力圏に分かれている。
ひとつは人間が住む勢力圏であり、これが北半分を占める。もうひとつは魔族と呼ばれる生物が棲息する領域であり、これが南半分を占めた。人間の勢力圏には、三つの勢力派閥が存在しており、それに従属する形で数多の国家が存在する。過去の勇者が遺した書物によると魔族の領域では、種族単位で国があり、魔王という権威の象徴が存在しているのだと云う。
重要なのは人間と魔族の勢力圏が南北にわかれているという点であり、今回、攻略するダンジョンは北と南を繋いでいると云われている。また、このダンジョンは勇者を有するパーティー以外で攻略した者は居ないとされており、今も魔族領への侵入経路のひとつとして認知されている。
そして此処には千年以上も前に建てられたと云う旧魔王城がある。
全てが水晶で造られた城であり、龍脈から吸い上げた魔素が城全体を美しく輝かせるのだと云う。
それが目当てで御姉様は此処を攻略したいと言っていた。
今まで挑んできたダンジョンの中でも最難関、しかし私達にとっては攻略が難しいという訳ではない。
冒険者にとって、S級という称号は規格外という意味合いが込められている。既存の枠組みでは実力を推し量ることは不可能である、と試験官に匙を投げられた者達にS級という称号が与えられた。
つまる話、人間の勢力圏に存在するダンジョンや魔物達が相手では、正しい意味で役不足ということだ。
稀人の言葉を使うのであれば、チートという言葉が的確に私達のことを表していると云える。
それは私達にとって、誇りだ。
確かに才能もあったに違いない。しかし私達の素質を開花させたのは、御姉様の手腕があってのことだ。
育つ奴は勝手に育つ、と誰かは云うが、そんなことはあり得ない。素質を真っ直ぐに伸ばすことができるのは正しい教えがあっての事、先人達の知見を踏み台に私達のような後継の者達は更なる高みへと飛翔する。先駆者とは、それだけで尊ぶだけの価値があるのだ。
旧魔王城に繋がるダンジョン、人間圏と魔族領を繋ぐ通り道。深くて暗い洞窟内部を褐色エルフの魔法で照らし、右拳を強く握り締める。神からの加護を受けた杖を持っているが、取り回しが悪い上に強度が低い。旅をするにも、戦うにも邪魔な代物であり、さっさと売っ払ってしまいたかった。今も手元に置いているのは「それを手放すなんてもったいない!」と私を寵愛する神が泣き喚いて煩いからである。
行方を遮る戦闘用ゴーレムは、真正面から突っ込んで拳で叩き砕いてやった。
木板を叩き、石を叩き、鉄を叩いて鍛え上げた我が拳に砕けぬものなどあまりない!
その上で黄金色の闘気を身に纏えば、鬼に金棒。ボストロールが振り落とした棍棒であっても、拳ひとつで打ち返すことができた。下級の竜種であれば、拳を腹部に打ち込むだけで悶絶して吐瀉物を撒き散らす。相手が魔法攻撃で牽制してくれば、拳で打ち払って、懐まで突っ込んで握りしめた拳の一撃を持って頭蓋を粉砕する。
これはひとつの真理だ。修業をして物理で殴れば良い、という単純明快にして、万物に通ずる真理である。
そもそも戦闘職に付いている者が、近接ができない、遠距離攻撃はできない、という言い訳をして良いはずがないのだ。得手不得手はあれども、苦手への対策のひとつは講じておくべきであり、いざという時はひとりで生き抜く為の逞しさは持っていなければならない。
少なくとも、御姉様はなんでもできた。
パーティー内では最も軟弱な褐色エルフですらも、並のA級冒険者が相手なら棒術のみで戦える程度には鍛えてある。パーティーとは互いの短所を補う意味合いもあるが、それは決して足を引っ張って良い理由にはならないのだ。呼吸を合わせて連携する。視線ひとつで相手の意図を一から十まで読み取り、互いが互いを最も生かせる立ち位置へと移動する。
私が道を切り拓き、褐色エルフが露払いする。小鬼はとどめの一撃を任されており、機械人形が脅威を排除する。それが基本の形、役割は臨機応変に循環する。状況に応じて、褐色エルフが杖を片手に最前線へと飛び出すこともあったし、小鬼が鬼火で褐色エルフの代わりを務めることもあった。御姉様がそうであったように、私達はやれないことはない程度にはなんでも鍛えてあった。
そうだ、きっと私達は御姉様の見立て通り、私達だけでもパーティーを維持することは難しくない。
「でも、だからって……御姉様と居たいという私の気持ちはどうなるっていうんですかッ!!」
このダンジョンの主である水晶竜を前に、私達は怯むことなく散開する。
S級パーティーである黒猫の足跡に、単独で竜種を狩れない者は存在しない。
もう、ダンジョンの攻略は目前だった。
†
「俺の名前は、
大猪の素材を両脇に抱えながら目の前を歩く少女に告げる。
すると少女は笑って「狭子だよ」と返してくれた。年齢は二十八歳で丁度、俺のひと回り上になる。最初、聞いた時はとてもじゃないが信じられなかった。何処からどう見ても小学生の高学年か、良くて中学一年生といった容姿の少女。しかし、旅先での落ち着いた物腰は見た目相応とは言い難く、経験に裏打ちされた智慧の数々に今となっては歳上であることは認めている。
いや、でも流石に三十路近い年齢とは思えない。
夜中、一人用の天幕を張った森の中。狭子は横になることはない。
天幕の中には入らず、焚き火を絶やさないように乾いた枝を放り投げていることが多い。代わりを申し出ると「見張りは見張りで特別な知識と経験が必要なんだよ?」とやんわり断られて「ほら、明日に寝不足で動けない方が困るよ」と天幕の中へと押しやられる。とはいえ、彼女が一睡もしてないかと言われれば、そんなことはなくて、天幕の隙間から彼女を覗き見ると、大剣を抱きながらうつらうつらと船を漕いでいることもあった。
そんな彼女の様子に不安を覚えたのも束の間――突如、草叢から飛び掛かってきた大狼を一閃、座った姿勢から大剣を抜き放った。まるで最初から起きていたかのようにテキパキと大狼を剥ぎ取りを済ませると再び座り込んで再び船を漕ぎ始める。「君、早く寝ないと明日に響くよ?」と瞼を閉じたまま言われた時には彼女のことを心配するだけ無駄だと思った。
野営、それも魔物が潜む環境で眠るなんて無理だと思ったが、無理にでも瞼を閉じている内に意識は夢の中へと落ちていった。
「そろそろ出発するよ」
眼を覚ませば、幼い少女が俺の顔を覗き込んでいた。
その光景に若干、どぎまぎしながらも体を起こし、近場の小川で顔を拭いた。
此処は、どうしようなく現実だ。
肌に感じる鮮明な感覚が、それを裏付ける。
しっかりと目を覚ましてから元居た場所に戻ると天幕は既に片付けられており、狭子から果物をひとつ受け取った。
「朝はしっかりと食べる。そうしないと力が出ないからね」
そう言って、しゃくりと果物を頬張る狭子を見習って俺も果物に齧り付いた。
現代の品種改良された市販品とは違って、あまり美味しくはなかった。
今、俺が立っている世界はファンタジーだ。
魔法もあれば魔石もあり、魔物が存在している。道すがら話を聞けば、魔王も勇者も存在していると云う。そうであれば、年齢詐欺の合法的な幼女が居ても不思議ではないのかも知れない。ファンタジー世界なら華奢な女が筋肉質な男よりも膂力があるなんてことはざらにある話だ。
そして彼女、狭子は存在そのものがファンタジーだった。
その幼き見た目とは裏腹に身の丈以上の大剣を背負っては力強く振り回し、元居た世界の如何なる獣よりも屈強な魔物を一太刀で両断してのけた。大したことじゃない、と本人は苦笑混じりに告げる。これで大したことがなかったら俺が元居た世界の人類はなんだったんだと思わざる得ない。しかし、大したことじゃない。から続く彼女の教え子達の話は、本当に嬉しそうに、まるで自分のことのように笑うものだから話を聞いていても飽きなかった。話というよりも、彼女が浮かべる笑顔に。
狭子はB級冒険者であり、彼女よりも上にはA級とS級という二つのランクがあるらしい。
この世界は広いんだなって、そう黄昏る。
男女二人の旅路、何が起こるという訳でもなく街に辿り着いた。
領主が直接、運営しているという街では、それまで立ち寄っていた村とは全く別の風景が広がっていた。
それまで訪れた村では掘立小屋のような家屋が疎らに建っており、もう誰も使わなくなった廃屋を村長の許可の下に借りて一晩を過ごす。しかし此処では石造建築の頑丈な家屋が二階建て、あるいは三階建てで所狭しと建ち並ぶ。通りを歩く人々も村の住民が羽織ってたような薄っぺらいものではなく、西洋風のしっかりとした衣服に袖を通している。その中にも着物やアイヌ系の民族衣装を着ている者がいて「あれは東の海を越えた先にある島国の衣装で、こっちは渡洲の伝統的な衣装だね」と狭子が補足する。
もしかして、この世界にも日本があるのだろうか?
ついでに問うと邪馬大陸という言葉が返ってきた。邪馬台国の間違いでは?
確かに邪馬大陸で合ってるよ。と狭子が返す。
「稀人が居た世界と此処とは親和性があると聞いている。大名と呼ばれる……君には貴族と言った方が通じやすいのかな?」
「いや、大名でも伝わる。齟齬はあるんだろうけど、その言葉は俺の世界にもあったよ」
「やっぱり君は特に邪馬大陸と親和性が強いみたいだね」
洋風の衣服や建造物は古くに来た稀人が広めた知識なのだと彼女は云う。
道中、彼女は魔道具と呼ばれるものを活用していたが――魔石を動力に火を起こしたり、光を発したりする小道具――、それもまた稀人の知識を応用したものであるらしい。
どうにも、この世界の文明は稀人の影響を強く受けているようだ。
有名な稀人を知っているのか、と狭子に訊いてみると「偉人として名前が残っている稀人も居るし、知り合いも居るよ」と彼女は答えた。
「渡洲であった稀人だと、柳生って云う女の人を知ってるよ」
「やぎゅう? ……柳生!? あの柳生!? えっ、あの人また女体化してんの!?」
「前世の分も漫遊するって言ってたから今頃、何処かでほっつき歩いているんじゃないかな?」
強かったなあ、としみじみ語る狭子を見て、あの人の強さはファンタジー世界でも通用するんだな、と遠くを眺める。
「宿で休む前に冒険者組合で素材を引き取って貰おっか」
俺は首肯して、彼女の背中を追いかけた。
道中も含めて貴重品以外の荷物は俺が背負っている。それは戦闘できる彼女の手を塞がない為だし、俺自身、見た目が幼い彼女に守られるだけなのは嫌だった。
なにか役に立ちたいと荷物持ちに徹した数日間、随分と足腰が鍛えられた気がする。
冒険者組合は、ネット上のファンタジー小説でよく見かけるものとは少し違っているようだ。
大きな建物に小綺麗な屋内、中に居るのは冒険者には見えない者が多い。冒険者も居るには居るが、まるで酒場や宿屋の店主といった風貌の者が明らかに多かった。酒場もなければ、掲示板もない。まるで役所のような有様である。
「依頼を受ける時は、冒険者の宿って呼ばれる場所で取るんだよ。君が思い描いている印象だと、そっちの方が近いんじゃないかな?」
そういって微笑むと彼女は手慣れた様子で受付嬢に声をかける。
「こんにちは、花子さん」
「あ、はい。本日の御用件は……赤雁様!?」
受付嬢が声を上げると、ざわり、と店内がどよめいた。
「戻っていらしたのですね!?」
「あらほんと、次に会える時を楽しみにしていましたわ」
「ええ!? ちょっとちょっと……うわあ、本当に小さい! 私、黒猫の足跡のファンなんです!」
「早速で申し訳ありませんが貴女達には、是非是非、頼みたい案件が……っ!」
「今回は何処に滞在するのか決まっているのかい?」
「是非ともうちの宿に来てくれないか! 宿賃なんていらねえ!」
「いやいや、うちは三食も付けるぞ!」
「おい、前回はうちんとこで泊まったんだ。冒険者の引き抜きは御法度だぞ!」
「今は仮登録もされてないから引き抜きになんねえよ!」
「おっ、兄ちゃん。黒猫の足跡に助けられたのか? 運が良いよ!」
冒険者組合の職員達はもちろん、受付待ちの者達もぞろぞろと集まってきた。
どうやら狭子の知名度は私が思っていた以上に大きいようだ。
ちょっとした騒動になり始めた時、パンパンと狭子は大きく手を叩いてみせた。
「はい、静粛に! 組合に迷惑が掛かっちゃうから静かになろう!」
狭子が大きな声を上げると皆が一様に黙り込んだ。その様子に彼女は満足げに頷くと「今回は素材を売りに来ただけだよ」と俺に視線を送る。
「あ、では、素材はこちらの方にお持ちください」
「彼が持っている素材は全部ね」
「わかりました」
受付嬢の一人に誘導されて、抱えていた素材を受け渡す。
素材はすぐに換算し、出来たらお呼びします。と言われたので狭子のいる場所に戻る。
受付から少し離れた場所で、彼女はまだ大勢に囲まれていた。
「申し訳ないけど、私はもう黒猫の足跡に所属していないんだ」
「なんだって!? じゃあパーティーは解散したのか!?」
「解散はしてないよ。私が脱けただけで、今も妹達だけで頑張っていると思うよ」
大勢に囲まれても狭子は嫌な顔ひとつ見せずに受け答えする。慣れているのだろうか?
「それじゃあ赤雁さんは今、フリーってことだな!」
男の一人が大きな声を上げた。
「是非ともうちの宿に来てくれないか!? うちのやんちゃ共を躾けてやって欲しい!」
「うちは高待遇で迎えるぞ! 冒険者が嫌で抜けたのなら冒険者としてでなくとも良い!」
「赤雁様、商売に興味はございませんか?」
「そういう話だったら冒険者ギルドの職員になって欲しい! なってください!」
「赤雁様、我が岡見家に仕えるのは如何でしょうか?」
そんな風に詰め寄られても彼女は涼しい顔をしており、そうだねえ、とのんびりとした調子で零す。それだけで、しんと皆が彼女の言葉を聞く為に黙り込んだ。
「とりあえず一度、
狭子がそう告げると、ああ、うん。と全員が複雑な顔を浮かべる。
「それでも数日間は滞在するんだろう?」という誰かの言葉を皮切りに再び彼女を巡って言い争う。
その様子に俺は近場に居た受付嬢に問いかける。
「彼女はB級冒険者と聞いているのですが……あそこまで慕われるもんなんですか?」
受付嬢は親しみをたっぷりと込めた笑顔で、彼女が特別なんですよ。と答えてくれた。
†
特に苦戦することもなく、水晶竜を撃退した。
そして私達は今、人間圏と魔族領を繋いだ洞窟の丁度中心部、水晶城を目の前にしている。
問題が起こることもなく、事件が発生するわけでもなく、なにか躓くこともない。
私達は無事に姉様の依頼を達成してしまった。
「綺麗ねえ」
と脳筋ヒーラーが淡々と呟いたので「そうねー」と私も適当に相槌を打っておいた。
「綺麗ではないか」
「はい、綺麗です」
鬼と人形も繰り返すように呟き、はあっ、と四人揃って溜息を零す。
「姉様が居たら喜んだでしょうね」と私が呟けば、
「それはもう目を輝かせて喜んでいたはずよ」と脳筋ヒーラーが続き、
「うむ、跳んで跳ねて喜んでいるところだ」と鬼が同意し、
「鬼めもいつも一緒になって跳んで跳ねていましたのでは?」と人形が茶々を入れる。
そして私達は再び、はあっ、と同時に大きな溜息を吐き捨てる。
「……それじゃ解散しましょっか?」
そんな脳筋ヒーラーの言葉に残る三人で力強く頷き返す。
行きはよいよいで、帰りもよいよいだった。