とあるS級パーティーに所属する冒険者ですが、メンバーの教え子達の実力に付いていけないので脱退します。   作:にゃあたいぷ。

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全四話になりました。


転.

 パチパチと火の粉が散る音がする。

 深夜、満月も出ない深い闇の中で、なんとなしに四人揃って焚き火を囲んでいた。

 明日になれば、冒険者組合のある街に着く。そこで私達はパーティーを解散することに決めていた。

 つまり、今宵が黒猫の足跡にとっての最後の夜になる。

 誰も口を開こうとはしなかった。ゆらゆらと揺れる火を眺めながら沈黙を噛み締める。

 何時も騒がしい鬼も、御姉様が居なくなってからはずっと大人しい。

 

「そういえば、姉様からの報酬に小箱を貰っていたよね?」

 

 褐色エルフの言葉に、私は旅用の大きな鞄から小箱を取り出す。

 それを機械人形に放り投げてやれば、彼女は何も言わずに二本の針で開錠を試みる。

 カチッと小箱の蓋は十秒と掛からずに開けられた。

 

「これは……」

「おい、人形め。儂にも見せるのじゃ」

 

 茫然と口を開いた機械人形の脇から鬼が小箱を取り上げる。

 姉御、と鬼は小さく呟いた後で私と褐色エルフにも中身を見せた。

 

「木彫りの首飾り……」

 

 円形の木材細工、それを四分割に割って紐を通している。

 彫られているのは四匹の可愛らしい黒猫であり、その衣服や武器からどの猫が誰を示しているのかよく分かる。

 鬼は棍棒を持った黒猫を手に取り、エネルギーライフルを持った黒猫を人形に手渡す。残ったふたつは私と褐色エルフの分だ。杖を持った黒猫を手に取り、その随分とお淑やかな姿に苦笑する。

 こんな風に見てくれていたんだな、と首飾りの黒猫を指先で愛しく撫でる。

 

「そういえば姉様って、こういう細かい作業って好きだったよね」

 

 褐色エルフが魔導書を持った黒猫の首飾りを見つめながら目を細める。

 

「S級パーティーに対する報酬としては安すぎるのう」

 

 と鬼が軽口を叩いては鼻を啜り、親指の腹で目元を拭った。

 思い返すと私は御姉様に与えられてばかりだ。今の私は御姉様との思い出で構成されていると云っても良い。世の中には楽しいことで満ち溢れていることを教えてもらった。嬉しい時、哀しい時があるってことを学ばせて貰った。よく叱られもした。普段、御姉様は感情を表に出すことは少ないけども、私達が関わることには躊躇せずに怒りを露わにする。

 その時の御姉様は竜と対峙する時よりも怖いけど、同時に満ち足りた気持ちにもなる。

 幼少期、私は決して恵まれた出自ではない。母親は娼婦で、父親は誰かも分からない。ほとんど放って置かれていたので、廃墟化して誰も訪れなくなった教会を秘密基地にして過ごしていた気がする。盗みもしたし、スリも働いた。何時もお腹は空いていた記憶があるし、辛いことばかりだった覚えもある。

 しかし、そんなことはもうほとんど覚えちゃいなかった。

 御姉様と出会った時に私の人生は変わったのだ。幼少期の記憶は掠れてしまってもう鮮明には思い出せない。思い出の中で色鮮やかに映し出されるのは御姉様のことばかりだ。御姉様との記憶に褐色エルフが紛れ込み、小鬼が居座り、そこに機械人形が加わった。どいつもこいつも生意気で気に食わない奴ばかりだ。

 でも、まあ楽しかったよ。うん。

 私は木彫りの首飾りを皆に見えるように突き出し、気恥ずかしい想いを飲み込んで告げる。

 

「もう最後かも知れないから言っちゃうけど、最高のパーティーだったよ。たぶん、これ以上の仲間達とは二度とパーティーを組めないと思ってる」

 

 きょとんとした顔を浮かべる三人を見て、あーあ、やっぱり言うんじゃなかったよ。と胸の内で後悔する。

 耳まで顔が熱くなるのを感じながら不貞腐れていると、コツッと木彫りの首飾りに何かが触れた。

 顔を上げると褐色エルフが、仕方ないなあ、とでも言いたげな顔で私のことを見つめている。

 

「……うん、これ以上のパーティーはない。私の人生で最大の幸運はきっと、このパーティーの一員になれたことだと思ってる」

 

 少し照れ臭そうに褐色エルフが口にする。

 

「儂らは最強で無敵じゃよ。だから、この大陸で一番のパーティーになれたんじゃ」

 

 イキッた顔を浮かべた小鬼が続けば、

 

「まあ、そういうことにしておきます」

 

 と機械人形が平静を装って告げる。

 手彫りの首飾りは四つ揃えば、円を為して和となった。

 自他共に認める最強で最高のパーティー、

 

 ――それが黒猫の足跡だ。

 

「私は一度、教会に顔を出そうと思います。仮にも聖女ですしね」

 

 当初は余計なものを背負わされたと思ったものだが、御姉様との旅路で肩書に救われることも多々あった。

 なので、まあ、顔を出す程度のことはしても良いかも知れない。

 これまで御姉様に甘えてきた分、過去に御世話になった方々に挨拶して回ろうかなって、そう考える。

 

「私は、この機会に魔法図書館に行ってみようかなって、うん、魔法の研究にも少し興味を持っていたからね」

 

 褐色エルフは笑ってみせる。

 御姉様と一緒に居るのが一番だ。でも、それとは別に私達には個別にやりたいことを持っている。

 褐色エルフは良い例だ、彼女が錬金術を学んでみたい。と酔った勢いで何度か零している。

 

「儂は暫く漫遊するぞ、旅先の名品をまだ食べ尽くしておらぬからな!」

 

 と大声で小鬼が答えて、

 

「私も少し、独りきりで世界を見て回ってみようかと思います」

 

 自分の目で、自分の足で、自分の意思だけで見て回りたいのです。と機械人形が厳かに告げる。

 

 御姉様の居場所については粗方、見当は付いている。

 しかし、私達はあえて時間を置くことを良しとする。

 

 それは、御姉様に私達のことを妹以外の存在として見て貰う為だ。

 変わった、と何時か御姉様に言って貰う為の準備期間。

 自己研鑽に励み、成長した姿を見せて驚かせる為に。

 

「それでは一年後に、また会いましょう」

 

 何処まで行っても私達は御姉様が大好きだという想いは変わらない。

 それも含めて、私達は黒猫の足跡なのだ。

 

 

 この世界には、冒険者と呼ばれる職業がある。

 主な仕事は魔物退治と素材採集の二つに分けられており、魔物退治には国王と領主から冒険者に補助金が支払われる。

 本当の意味で冒険をしている冒険者はひと握り、そのほとんどが毎日を生きるだけで精一杯だった。

 

 とはいえ中堅程度の実力もあれば、娼婦や男娼を買える程度には稼ぎが良い。

 貧困層の者達が、もっと良い暮らしがしたい。と夢を求めるには十分な価値と手っ取り早さがあった。加えて、必要に応じて必要な分だけ雇える冒険者という存在は、統治する側の人間にとっても使い勝手が良い。傭兵崩れに対する失業対策にもなる為、この冒険者という制度は、この渡洲という大陸に広く根付いていった。

 今となっては級数の高い冒険者証は、下手な書類よりも信頼できる身分証となっている。

 

 というのが、街に来てから三日で得られた情報になる。

 ちなみにB級まで辿り着ける冒険者は一割にも満たないそうだ。大体の冒険者がD級で終わり、良くてC級。B級から先は努力の他に才能が必要になってくる。

 つまり、狭子は俺が思っていた以上に凄かったということだ。

 

「それで君はどうしたい?」

 

 冒険者の宿、その一室。幼い体躯の恩人に問われる。

 たぶん、彼女と出会えたことは紛れもない幸運だったのだろう。

 背筋を伸ばして姿勢を正す。今、願うことはひとつだけ。

 

「俺を鍛えて欲しい。ひとりでも生きていけるように強くしてください」

 

 彼女の身長よりも低く、深々と頭を下げた。

 普通に頼んでも軽い調子で請け負ってくれそうな感じはするけども、それに甘えるのは違う。

 誠意とは言葉だけではなく、行動にある。

 誠意を見せることは、己を律することにも繋がる。

 

「いいよ」

 

 と狭子は予想通り、軽い調子で答えた。

 

 

 渡洲東部、山頂付近にある大きな湖。その中島に建てられた大聖堂。

 四方を美しい自然に囲まれた環境、性質の違う三つの湖を拠点に多くの者が神の奇跡に触れるべく、日々修行に励んでは祈りを捧げている。此処は渡洲における唯一無二の宗教派閥、神教(しんきょう)の総本山。クッチャロ大聖堂である。

 私、榊は聖女認定を受けておきながら初めて、この地に立った。

 

『ほんと、それ。もっと早くに来てくれたなら良かったのに無視するしー』

 

 脳に直接、響かせる声の主は神によるものだ。

 とはいえ自称であり、彼女自身、神と呼ばれることがあっても神そのものを名乗ったことがないらしい。持っている名前も多過ぎてわからず、産まれた時に授かった名前も人間には聞き取りが難しいものであった。ただ神話で語られる神々と深い関わりを持っている事は今までの付き合いから分かっている。

 渡洲において、最高神と名高い観那神威《かんなかむい》を取り立てたのも彼女とのことだ。

 

「法螺子のいう事って胡散臭いことばかりだし?」

 

 そんな彼女のことを私は聞き取れない音を人間の発声に無理やり当て嵌めて、何奴(なにやつ)法螺子(ほらこ)と呼んでいる。子供心に付けた名前とはいえ流石に酷すぎたかな? と今更になって想いはしてるけど『仮にも神と敬っている相手に不敬過ぎるでしょ』と命名時に彼女は笑っていたのでたぶん問題はない。

 それに此奴は神と呼ぶには、余りに人間的で人懐っこかった。

 

『貴女には聖女としての大事な役割があったのよ』

「大聖堂に行けって聞いたのは一年前だっけ? 確か勇者が誕生するとかなんとか……」

『もう誕生して儀式も終わってるけどねー。聖女適性を持っていた湖の巫女さんに代行してもらったわよ』

「えーっ? 初耳なんですけど、他に聖女が居るなら私じゃなくても良くない?」

『この世界における由緒正しき血筋を持つ聖女は貴女なのよ、不本意だけど』

 

 彼女は時折、あっちの世界とか、こっちの世界とか、法螺話のような事を口にする。それが法螺子という名前の由来になっている。

 

「まあ、さっさと大聖堂に向かって体を休めるとしましょうか」

 

 ウンと体を伸ばして、歩みを進める。

 法螺子は胡散臭いが、彼女から与えられる権限は本物だ。治癒の奇跡で吹き飛んだ四肢を繋ぎ直す事はできるし、死んだ直後なら蘇生することも可能だったりする。膨大な魔力は放出するだけでも強力な武器となり、法螺子の加護を受けた初代聖女は極太の閃光をぶっぱして敵を薙ぎ払っていたようだ。どうにも聖女という存在は力押しが好きなようだ。私のように鍛え上げた四肢に魔力を乗っけるという繊細な技術を駆使する文明的な聖女は今まで居なかったのだとか。

 それも当然の話、何故なら私の技術は御姉様に教えて貰ったものである。

 つまり御姉様こそが最強で無敵で最高ということだ。

 

『君達を見ていると某フリーゲームの妹を思い出すんだけど? 妹が量産される辺りが特に』

「姉なる者を見つけ、慕ったその時から汝は妹なのです」

『何時の時代も、何処の世界でも人間って愉快な生き物ねえ』

 

 訳がわからないよ、と呟く法螺子を尻目に大聖堂に続く大橋まで辿り着いた。

 大橋を守る聖堂騎士に冒険者証を渡せば、彼らは慌てた様子で大聖堂へと駆け出し、暫くした後で数名の聖職者を引き連れてくる。ハゲた偉そうな人にハゲ散らかした偉そうな人、そして、つるっぱげのとても偉そうな人に加えて、護衛の騎士が数名だ。よく鍛えられている。後で手合わせを願いたいな、と杖を握る手に力を込める。

 どうどう、と煽り諫める法螺子を無視して、身形が偉い三名を見据える。

 

「よくぞ足を運んでくださいました、神奈伎様」

 

 最も禿げた……もとい最も偉そうな人が開口一番に頭を下げる。

 神奈伎というのは初代聖女の姓であり、彼女の血を引く私に教会から送られたものでもあった。私から名乗る事はほとんどない、しかし冒険者証の名前欄には半ば強制するように神奈伎姓を付け加えられている。敬われる事もあったが、それは聖女というよりも冒険者としての実績によるものが強い。

 だから教会側の丁重な物腰に多少、動揺しながらも外面を装ってみせる。

 

「……此度は日頃の感謝と大教主様の呼び出しに応じて足を運ばせて貰いました」

 

 ツルッパゲの男は笑みを浮かべて「部屋まで案内します」と教会内を先導してくれた。

 

「明日には謁見の準備を整えるので、今日はゆっくりと旅の疲れを癒してください」

 

 その言葉に首肯すれば、彼は笑みを深めてみせた。

 教会内は実用性よりも宗教的な意味合いが強いのか、隙あらば彫刻を彫るような豪華な造りをしており、下手な城よりも余程の資金が費やしているのがよく分かる。磨き上げられた床に乾いた足音を立てながら案内されたのは賓客をもてなす一等級の客室であった。素人目にも高価だとわかる丁度品の数々、そして豪華な額縁に凄そうな絵画が飾られている。

 ――此処にあるもので人生を何度、遊んで暮らすことができるのだろうか?

 余りにも豪華な部屋に圧倒されていると「なにかあれば呼び鈴を鳴らしてください」と言い残し、ツルッパゲ偉い人が丁寧な所作で客室を出る。客間に独り残された私は、とりあえず小屋ひとつが建ってしまいそうな高価な椅子におっかなびっくりと腰を下ろした。柔らかい。木製の硬い椅子に慣れた身の上では座り心地が良過ぎて、逆に落ち着かない。『田舎者丸出し過ぎるんですけど?』とケラケラ笑う法螺子の声も今は気にしていられなかった。

 修道服を着た女性が茶を淹れてくれるまで、カチンコチンで身動ぎひとつ取れなかった。

 

 神教(しんきょう)、それが渡洲で最も信仰されている宗教の名称である。

 渡洲に住む者達は生まれながらにして、神の存在を感じ取っている。信仰心を持つことは神の御膝元に居る許しを得る事であり、真摯な祈りは神の耳に届くと信じられている。

 そして信心深き者には奇跡という名の権限を祝福として分け与えられている。

 

 与えられる権限の中で最も有名なのは、治癒の奇跡だ。

 渡洲各地で建てられた教会では、金銭を対価に治癒の奇跡を施して貰うことができる。これによって神教は勢力を大きく広げることができ、今となっては渡洲に住む人間のほとんどが神教を信仰している。神の声が聞こえる者は決して多くはないが、神教が掲げる神の在り方、神との付き合い方については、文字も知らぬ子であっても無意識下で理解して受け入れている。

 また治癒の奇跡を持つことは神官として認められる必須の条件になっている。

 大聖堂の豪華な造りも治癒の奇跡で蓄えた金銭が基になっていると聞いたことがある。ちなみに大聖堂は三つ目の建造物であり、他にも別の湖に建てられた聖堂が近場に二つもあったりする。神教は儲け過ぎている、という話を巷で聞く事もあるが、神職者の者に言わせると「普通の人間が五年以上、中には十年近くもの年月を費やすことで身に付ける能力をどうして不当に格安で提供しなくてはならない? 技術には正当な対価を、知識には正当な対価を、我らは我らが持つ能力を安売りするつもりはない。それが嫌ならば、自力で治癒の奇跡を身に付ければ良いではないか。我らは独占している訳ではないし、それで客足が途絶える事もない。市販の回復薬よりも高めに値段設定をしているのは、薬学を始めとした医療の知識と技術を保護する為でもある」とのことだ。聖堂や教会を頻繁に改修し、孤児院を運営し、格安で教育を施すのは、稼ぎ過ぎた資金を市場に還元する意味合いが強い。建築物や調度品に趣向を凝らすのも建築技術や文化方面の技術向上を願ってのことでもある。

 余談になるが神教の神職者は週休二日で祝日込み、有給もあれば年二回の賞与もある。更には教会が関与した商店では割引が付くし、旅行先の宿泊では無料で教会の宿泊施設を使うこともできる。教会で結婚式を挙げると手当てが付くし、育児休暇も要相談、育児手当てが付くこともあった。おかげで治癒の奇跡を使える者が冒険者になることはほとんどない。

 とある稀人は「真っ当過ぎて、こんなの宗教じゃねえ!」と嘆いたそうな。

 

 翌朝、体が沈む程に柔らかい寝台の上で眠気すっきりに目覚める。

 夕食は前菜から主食、デザートへと続くコースメニューで肩肘張って仕方なく、その後で数十人は入れるかという大浴場が私ひとりの為に解放された。おかげで旅の疲れが取れるどころか気疲れし、高級過ぎる寝台の柔らかさに包まれてぐっすりと眠りこけてしまったのだ。

 おかげで寝不足にならずに済んだのは怪我の功名か、朝食には白い色をした柔らかいパンと果物を頂いた。

 

 午前中は暇で仕方なかった為、大聖堂の中を案内して貰った。

 そのついでに神様を象った彫刻に祈りを捧げる。

 神教で祀っている神は多岐に渡るが、大聖堂の主神として祀られているのは観那神威だ。

 

 観那神威というのは神話時代の代表的な神として名を知られている。

 その昔、暗雲立ち込める大陸を観那神威が雷を以て打ち払って人間が住む土地を解放したのが渡洲の始まり、それからは空高くから人の営みを見守っていると云われる。何奴法螺子が云うには、かつて渡洲全土を支配していた大国を打ち滅ぼした元奴隷の解放者で本名は神戌観那。彼女の魂は、今は成仏して残っているのは神格化した部分だけだ。それが神としての役割を担っている。

 何度か話したことがある。人としての部分を失っても、きちんと自我を持つ神だった。

 

 昼食を終えた後、大主教の待つ謁見の間に足を運んだ。

 大主教は年配の男で総勢数万にも及ぶ組織の長であるにも関わらず、「ようこそいらしてくださいました」と柔和な笑みを浮かべて頭を下げる。思わず私も彼に倣って、ぺこり、と辿々しく頭を下げる。低くした視線に丁度よく頭の高さになった少年が私の顔を覗き込んできた。キョトンとした目をしている、きっと私も同じような目をしているのだと思った。

 大主教の隣に立つ彼は何者か? 疑問に思っていると大主教が答えてくれた。

 

「彼が雷鳴国(らいめいのくに)における今代の勇者、(おき)胡桃(くるみ)と言います。観那神威の血筋を受け継ぎ、雷神の力をその身に宿しています。その力は最早、此処に居る者では相手ができる者がいない程に強大なものです」

 

 ああ、彼が法螺子が言っていた勇者なのだろう。

 既に生誕の儀式は終えていたはずだが、今更、私に紹介をしてどうするつもりなのか。

 胡乱げに大主教の顔を覗き見れば、彼は変わらぬ笑顔で微笑んでいた。

 

「貴女には是非、彼を鍛えて頂きたい」

「はい?」

 

 思わず間抜けな声で聞き返してしまった。

 この子を、私が? 勇者を? ……鍛え上げる?

 今代の勇者をもう一度、見返すと少し頬を赤らめている事がわかった。

 

 

 時折、その身に穢れを負って産まれる存在がいる。

 肌が褐色に染まるのが特徴で、種族や土地柄によっては忌み嫌われる事も多々ある。

 特に穢れを嫌うエルフ族の間では顕著であり、私は故郷を追われるようにほうほうの体で人里に辿り着いた。

 そこで生きる術を探す為にふらふらとしていたところ、とある男に目を付けられる。自分で云うのもなんだが、エルフの血を引いてるだけあって、私は見た目が良い。だから男に連れられた先が、まるでお城のような宿屋で、別の男が私を見つめてきた目に生理的な嫌悪感を覚えたのは、きっと気のせいじゃない。逃げなきゃって思った時、振りほどおこうとした男の目が怖くて、右手を高く掲げた時は殴られるって思った。

 しかし、その手が振り落とされることはなかった。

 

「おい、あんた? その子との関係は?」

 

 当時は甲冑を着込んでいた姉様が、男の右手を掴んでいた。

 

「いや……問うべきは、あんたじゃなかったな」

 

 姉様は首を横に振り、私のことを見つめて問いかける。

 

「私の勘違いなら何も言わなくても良い。でも、もし私の助けが必要なら――」

 

 ――たった一言、助けて、と言って欲しい。

 

 その言葉に私はなりふり構わずに飛びついた。

 姉様は男を手刀で気絶させると、そのまま私を抱えて、すたこらさっさと逃げ出した。

 それからはずっと彼女と一緒に旅を続けてきた。

 

 独りで旅をするのは久しぶりだ。

 あの時は今日を生きるのだけで精一杯、明日の事なんて怖くて考えられなかった。

 人は意思がなくとも生きるようにできている、人は意思がなくとも死ねるようにできていない。踏み締める地面は酷く脆いもののように感じられて、意識するとぐらりと歪んで吐き気を催した。何処を歩いているかもわからず、何処に向かっているかもわからない。ただただ幽鬼のように彷徨い続けている。この迷路に出口はあるのだろうか? 闇の中を這いずるように歩いていた。

 なんてことはない。世界は、ただひたすらに広かっただけだ。姉様の引率する手を握り締めて、その背中を見つめながら歩いていたに過ぎない。今だからこそ、はっきりと自覚する。私が一人前になったなんてとんでもない。

 私は今、初めて、独りでこの世界に立っている。

 これから先は自分のことは全て、自分で決めなくてはならない。ほんの少しの寂しさ、心細さ、そして頼りがない二本の足で私は地面を踏み締めている。私は確かに呼吸をしている、胸いっぱいに人生を感じている。心が震える。恐怖故か、武者震い故か、竦みそうになる心を押し留めて、私は私が定めた目的の為に一歩、前を進んだ。そして、また一歩、先を急いだ。

 きっと、これが生きているっていう感覚なのだと思う。

 

 目指す先は秘境アーカム、渡洲に現存する全ての叡智が集うと云われるミスカトニック大図書館。

 あの時とは違う、今の私には力がある。秘境への道のりは険しいとされているが、S級冒険者の私にとってはお茶の子さいさいだ。パーティー全員が揃えば、狂気山脈だって踏破してみせる。道ゆく道を歩き、山を越えて、幾つなダンジョンを踏破し、海を超えた先にあるのが夢幻国(むげんのくに)という名の島国だ。港町インテスマを越えて、ミスカトニック川を遡れば、秘境アーカムの地に辿り着くことができる。

 早速、私は今日の宿を取ると目的地であるミスカトニック大図書館へと赴いた。

 そこは石煉瓦の大きな建造物が敷地内に幾つもあり、図書館とは別に研究練や宿泊施設といった施設も建てられているようだった。ここひとつだけで渡洲にある大国の研究施設の水準を大きく上回っていると察せられる。とりあえず、図書館らしき建造物に足を運んでみれば、五階建ての吹き抜けた内装に兎にも角にも書籍が詰め込まれた本棚が並んでいた。

 右を見ても本の山、左を見ても宝の山、その知識の宝庫に圧倒されて、息を飲み込んだ。

 

「当図書館の御利用に金銭は必要としません、かといって無償で開放している訳でもありません」

 

 受付席に座ったゴスロリ姿の女性が、片手に持った書籍を見つめながら言葉を続ける。

 

「知識には知識を、御利用には知識の対価が必要となります」

 

 年齢はよく分からない。容姿だけで推測するのならば、二十歳前後、しかし彼女の持つ風格や仕草には悠久の刻を感じさせられた。彼女はパタンと書籍を閉じると私のことを見上げて「おや?」と首を傾げてみせた。

 

「貴女は……もしや、もしや(すみれ)じゃないか? いやはや、人の身でよくぞ、こんな遠い土地まで来た。歓迎するよ」

 

 彼女はまるで知人と出会ったかのように笑みを浮かべるが、もちろん私は彼女と会った記憶がない。

 仮にも私はS級冒険者、記憶に残っていないだけで出会った可能性はあるが、彼女の持ち得る雰囲気がそれを否定する。少し息苦しい。探りを入れるまでもなく、彼女が私よりも遥か上に位置する存在だと理解する。目を合わせているだけで正気を削られてしまいそうな錯覚、こんな女性、顔を合わせていたなら絶対に忘れたりしない。

 分かるのか? と、くつくつと彼女は嬉しそうに肩を揺らしてみせた。

 

「安心して欲しい、実際に顔を合わせるのは初めてだよ。私はミスカトニック図書館の館長、名前は――そうだな、本来は名乗ったりしないのだが、君には特別に法螺子(ほらこ)と名乗っておくとしよう」

 

 察しの通り、人間ではない。と彼女は云うと机の引き出しから書類を取り出した。

 

「君からは既に対価を貰っている。ここに図書カードを作るので、そこに名前と血判の記載をお願いする。貸し出しは一週間まで、アーカムの土地から外に持ち出そうとすると服だけを溶かすスライムに襲われるので注意するように」

 

 手際良く話を進める彼女、法螺子からペンを受け取って疑問を投げかける。

 

「もしかして貴女は……脳筋ヒーラーが言っていた神様のこと?」

「正確には、その本体だよ。分霊の情報は全て、私に集束されるようになっている」

「……貴女が神教のみんなに加護を与えているって本当?」

 

 渡洲における治癒の奇跡、今や生活の一部としてなくてはならない神秘を彼女ひとりで担っているとでも云うのか? そんなこと、とても信じられるものでは――

 

「いや、そんなことはないが?」

 

 ――うん、でしょうね。

 

「でも神は居るよ、君達がいう奇跡は神を介して行使される力の一種だ。そうなるように神戌観那の神格を私達が作り変えた――来るべく巨悪を打ち滅ぼす為にね」

「……巨悪? それって魔王や魔物のこと?」

 

 その疑問に彼女は首を横に振る。

 

「魔王と勇者もまた来たるべき終末に備えた一手に過ぎないし、貴女達が行使する魔法技術もまた終末への対抗手段のひとつだよ」

 

 法螺子は指を鳴らす、署名と血判を終えた書類を風で運ぶかのように手元へと引き寄せて、それを一瞥した後にまた指を鳴らしてみせる。すると私の胸元に眩い光と共に小さな手帳が現れ、ストンと私の両手に収まるように落とされる。

 

「その手帳には当図書館の書物情報が記載されている、頭に思い描きながら頁を開くだけで関連する書物の一覧と保管場所が分かるようになっている」

 

 それは榊が御世話になっていた御礼だよ。と彼女は柔和な笑みを深めてみせる。

 

「此処には先人達が遺した全ての知識と経験、狂気が貯蔵されている。深淵を覗き、大いに学ぶと良い。それがそのまま世界を救うことに繋がるのだからね」

 

 私は何時でも此処に居るよ。とその言葉を最後に彼女は話を区切り、開いた書籍に目を通し始める。

 もう話を続けてくれそうにないか。あんまり私個人には興味を持っている感じではなさそうで、文字の世界へと没入してしまった。まあ何時でも此処にいるということだ。気になることはまた次の機会にでも聞けば良い。今は与えられた恩恵を甘受し、ありがとうございます。と頭を下げてから書籍の海へと足を踏み入れる。

 姉様から与えられるばかりだった私が、私だけの新しい何かを得る為に。次に姉様と会う時は胸を張れるように、私が独り立ちした姿を見せることが出来たなら、その時はもう姉様のことを姉様って呼ぶことを止めようと思っている。

 そうしないと、きっと姉様は何時まで経っても私のことを一人の人間として見てくれないから。

 

 

 世の中には悪役令嬢という存在が本当に居るんですね。

 等と黄昏る(さくら)でございます。

 

 こんな事を急に聞かされてもなんのこっちゃらと思うので補足致しますと、

 私は今、鎧兜国(がいとうのくに)の貴族である雛形家。その令嬢である有栖(ありす)様に使用人として仕えております。

 それは戦闘以外の所で御主人様の役に立てるように、同じ屋根の下で暮らす時に朝のおはようから夜のおやすみ、願わくば、それ以後も御世話をさせて頂く為に私は私を磨く目的で此処にいます。無論、一年限りの短期契約。この雛形家が所謂、曰く付きの家柄で常に人手不足に悩まされているが故に成立した話だ。

 つまり雛形家は屋敷を維持するので精一杯の数しか人を雇うことができておらず、手が空いた者が代わる代わる御嬢様の相手を務めていた。そして有栖御嬢様専属の付き人を雇うまでの繋ぎとして、私が雇われたのだ。

 しかし、この御令嬢様。とんでもないわがまま娘である。

 

 初めて部屋に案内された時、出会い頭に物を投げ付けられたのだ。

 高価そうなソレを片手に受け止めれば、御嬢様は悔しそうに頰を引き攣らせて、更に小物類を投げてくる。両手に受け止めた後でも追加で投げてくるものなので、御手玉の要領でひょいひょいっと受け止めれば、「キィーッ!」と御嬢様は地団駄を踏んだ。「猿の真似が御上手ですね」と敬語におべっかまで使ってやれば、付き添いの使用人と一緒に部屋から追い出されてしまった。

 話に聞いていた通りの厄介な御嬢様のようだ。うんうん、と神妙に頷けば、付き添いの方が大きく溜息を零す。

 二日目以降も御嬢様のわがままっぷりは止まる事を知らなかった。

 

 とある日の事だ。

 私が御嬢様専属の使用人と知るや否や、なにをどう勘違いしたのか彼女は超絶な上から目線で私に命令した。

 

「ねえ、そこの貴女! 三回、回ってワンと言いなさい!」

「え、嫌ですけど」

 

 御嬢様は憤慨し、物を投げ付けてきた。

 また、ある日の食卓。それまで料理人に任せっきりだった料理の技術を学ぼうと突撃、館の台所を敢行した時のことだ。料理を教えて貰うついでに御裾分け、と御嬢様にも料理を振る舞ってあげたのだ。

 

「ちょっと私の嫌いなものが入ってるんだけど!」

「食べましょう、体に合わない訳ではないのでしょう?」

「嫌よ! こんなの食べられないわッ!」

 

 癇癪を起こした御嬢様は皿を引っ繰り返した。

 したり顔を見せる彼女に、私は大きく溜息を零し、その首根っこを掴んで台所まで連れ込んだ。無理やり包丁を持たせては暴れる御嬢様を適当にいなしつつ食材を切り分けさせて、強制的に火を焚かせては出来上がった料理を綺麗に皿へと盛り付けさせる。半泣きになりながら「どうよ!」と胸を張る御嬢様の目の前で料理を引っ繰り返した。ギャン泣きした。実際には彼女の角度から見えないように皿から皿に移し替えただけだけど――グーで腹を殴られた。台所にいた使用人は誰も私の味方をしてくれない、外様は辛いものだ。

 料理は当主様の口に運ばれることになり、以後、御嬢様が好き嫌いを理由に料理を残すことはなくなった。

 

「あーん! どうして手加減してくれないのよ!」

 

 これは御嬢様の遊び相手を務めている時のことだ。

 トランプと呼ばれるカードを使ったゲームであり、これに私は連戦連勝を決めていた。

 遂に御嬢様は泣き出して、癇癪を起こしてしまわれたのだ。

 

「どうせ手加減しても怒るので、それなら最初から叩きのめした方が効率的かと」

「貴女なんて嫌い! 出て行け、私に関わるな!」

「断ります。私は貴方の為にいません。私は私の意思で此処にいます」

「わあん! こいつ、すっごい面倒臭い!」

 

 ある日の午後、小物類を投げるのをやめた御嬢様はぬいぐるみを投げ付けてくるようになった。

 これも躾けの賜物です。物を投げ付けてくる度に御嬢様を外へと連れ出して、一泊二日のサバイバル生活体験をさせた甲斐があるというものだ。

 よく出来た子は褒めなくてはならない。褒めると伸びる、誰かが言っていた。

 

「そうです。高価な物を投げては勿体無いですからね」

「そういう問題じゃないやい! ……じゃなくて、どうして私のいう事をひとつも聞いてくれないのよ!?」

「私の御役目は御嬢様の世話をする事なので、命令に従うことは仕事に含まれておりません」

「御父様、私はもう反省したから早くまともな人連れて来てええええええええっ!!」

 

 今日も御嬢様の悲鳴は透き通るように館全体に響き渡った。

 しかし一度付いた悪評というのは悲しいもので、きっかりと一年間、私は任期を果たすことになる。

 別れの日。私は後ろを振り返り、御嬢様に向けて親指を立てる。

 

「グッドラック! また機会があれば会いましょう!」

「うっせー、ばーか! 二度と来んなっ!!」

 

 うん、これがツンデレというものですね。

 素直じゃない御嬢様を背に私は私の待ち人を目指して、歩を進めた。

 そして御主人様の現在地が分からないことに気付いたのは、三日後のことだ。

 

 

 食っちゃ寝ては酒を飲み耽る。

 貯金を使い果たすまで浪費する生活を続けて、日時が分からなくなった頃合で寝床を街から山に移した。

 とある日は猪と額をぶつけあって、ある時は熊と殴り合いを嗜み、あくる日には狼と鬼ごっこを興じた。全ては儂の胃の中、骨だけ残して他全部は食らい尽くしてもうた! 人間は殺しちゃ駄目だと姉御に言われてるから基本的には殺さない。でも悪い人間は殺しても良いと言っていたので、山賊と出会った時は憂さ晴らしに殺してやった。奪った金品で街に降りては豪遊し、金品が尽きては山へと戻って行った。

 それでも儂の心は満たされない。酒を幾ら飲もうとも、呑まれようともポッカリと空いた穴は埋まらない。

 このままポックリと死んでしまいそうだった。

 

「ねえ、姐様? もう飲むの止めよ? 朝からずっとだよ? 酒場の人も困ってるよ?」

 

 だから儂、考えた! そして気づいたのじゃ!

 寂しければ会いに行けば良い! 姉御の穴は他では代用できないのだ! 思いついたが吉日と立ち上がり、山賊が連れていたのを拾った孤児に会計を頼んで外に出た!

 そして気付いた! 何処に居るのか分からない!!

 

「姉御おおおおおお! 何処じゃあああああ!!」

 

 孤児ひとりを連れ回した儂による姐御探しの壮大な旅路が始まったのだ。

 結論をいえば、パーティーを解散してから三ヶ月後に姉御を見つけた。

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