春庭四方山話   作:沖津白波

3 / 4
 騎士学校を卒業し、晴れて花騎士となったアブラナは、ブロッサムヒル最高司令官の勧めでとある騎士団に入団する。
 しかし、騎士団に入団したはずの彼女は初日から何故か養鶏場で働くこととなり……?




※誤字脱字、乱文あり
※解釈違い、設定違い
※ご都合主義、ご都合展開
※やや残酷な描写あり
※登場人物である各団長たちのモデルあり

以上のご注意の上、それらが許せる方はお暇つぶしにでもどうぞ


鶏口なれど牛後となるなかれ・前編

※※※

 

 

 幼い頃に読んだ絵本の中で、今でも記憶に残っているものがある。

 花騎士になった後から思い返すと少し恥ずかしいのだけれども、私、アブラナはその絵本が大好きで、何度も親にねだっては読み聞かせをしてもらっていた。

 絵本のタイトルは「光の勇者と花騎士」というありきたりなもので、その内容はもっとありきたりだった。

 世界を滅ぼさんとする存在である害虫と、その害虫と戦う太陽の剣を使う勇者と花騎士の物語。花騎士関連の本の中でもありきたりで、子ども向けのありふれた恋愛冒険譚。

 けれども、まだ小さい私は絵本の内容を一字一句暗記し、読まなくとも話せる程になってもそれを読み続けた。

 春庭世界を冒険し、戦う。共に喜び、共に怒る。そして時に笑い、時に泣く。絵本の中の綺麗な花騎士と格好良い勇者は、幼い私から見てもキラキラと輝いており、いつしか憧れの存在へとなっていた。

 その中でも特に心惹かれて止まなかったのが、物語のクライマックスシーン。

 紆余曲折を越えて恋人同士となり、お互いがお互いに大切な存在となった最中に襲う悲劇。花騎士を大切に想うが故に、不意の害虫攻撃から彼女を庇い、負傷した勇者。

 悲しみ嘆く花騎士の呼びかけも空しく、彼女の腕の中で息を引き取る勇者。しかし、彼を想う愛の強さが涙となり、勇者の頬を濡らした時、奇跡は起こった。

 息を吹き返し、微笑みながらそっと花騎士の涙を拭う彼と、喜びのあまりまた泣いてしまう彼女。そしてシーンが変わり、二人は世界花の前で永遠の愛を誓って物語が締めくくられる。

 こうして思い返してみれば、子ども向けとはいえ愛だの奇跡だのを安売りしている気がしなくもない。けれども、大切な何かがあっさりと奪われてしまうこんな世界だからこそ、絵本ぐらいは希望に満ちた世界であって欲しいというのも分かる。

 何にしても、私は今でもこの絵本の内容が好きだし、花騎士になろうと思った遠因である。そしていつかは、この絵本の花騎士のような大恋愛をしてみたい、と思ったこともあった。

 もちろん、それ以外にも花騎士になりたいと思った動機はいくらでもあるけれども、原点はその絵本であると今でも思っている。

 そして、絵本の中の花騎士と勇者。更にはその二人の関係は、私の憧れそのものであった。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

 スプリングガーデンの中でも最大級の都市国家、ブロッサムヒル。

 その世界花のお膝元であるブロッサムヒル王城とその城下町は、ブロッサムヒル自体の気候が穏やかで過ごしやすい。それ故に、最も栄えている地域と言ってしまっても過言ではないと思う。

 大図書館や学問所。闘技場や初代花騎士の名を冠するフォス騎士団学校。交易も盛んであり、各国から様々なものが行き来する市場は毎日賑わっている。そして郊外には田園や果樹園などが広がっていて、それがこの国の豊かさに拍車をかけているのは言うまでもないと思う。

 そんな様々な施設や人々が往来するブロッサムヒルでは、初代花騎士の生誕の地ということもあって、花騎士関連にも力を入れている。

 けれども、そんな由緒正しきブロッサムヒル花騎士団の中にも、少々変わった組織が存在する。

 その一つに、他の騎士団からは「養鶏騎士団」と揶揄されている騎士団が存在した。

 今年の春から騎士学校を卒業し、准騎士ではあるものの晴れて花騎士となった私は、そこで初めてその存在を知ることとなった。

 普段は害虫討伐の出撃をせずに、文字通り鶏の世話をし、鶏卵を回収し、売る。それを騎士団活動の財源にしたり、国の発展のためや街へ寄付していたりするのだとか。

 花騎士を率いている組織とは思えない活動をしている騎士団であるためか、話を聞いた人々はその組織のトップである花騎士団長をこう呼んだ。

 養鶏団長、と。

 それが街や人々への奉仕活動から来る愛称なのか、騎士団であるのに養鶏業をするという嘲笑から来る蔑称なのかは分からない。けれども、その名を聞いた多くの者たちが軽く笑いながら肩をすくめるのだから、恐らくは後者だと思う。

 花騎士の騎士団として戦場には滅多に出ず、やっても城下街の警備。それ以外は鶏を育てることを主な仕事とした騎士団。

 なるほど確かに。言葉で聞くだけや文章だけで見たら、落ちこぼれの集まる騎士団と思われても仕方がないと思う。私だってそう思った。

 そもそも花騎士とは、来たる厄災の象徴、世界を脅かす存在である害虫と戦うための存在だ。民を助け、国を救い、そして世界を守る、いわば希望の象徴と言い切ってしまっても間違いないと言える存在。

 そんな花騎士の騎士団であるにも関わらず、戦うのではなく、鶏の世話をするのが主な任務なのだと言われれば、人々から嘲笑の的になるのは自然な流れであるとすら思える。

 けれども違った。確かに、その養鶏騎士団の主な仕事は養鶏を営むこと。

 ……しかし、それはあくまでも「表向き」の活動であり、真の騎士団活動は別にあった。

 誰からも理解されず、誰からも支持されず、誰からも望まれず、そして誰もやりたがらない。

 そんな仕事であった。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

「そこの椅子に座って。……うん、楽にしてもらっていいよ。私もその方が話をしやすいからね」

「はい」

 

 ブロッサムヒル王城。その城内にある、ブロッサムヒル作戦本部会議室内。

 名誉あるブロッサム騎士団の団長や花騎士たちの中でも、限られた者しか入ることが出来ないとすら噂されている場所に私はいた。

 扉側から見て、時計の十二の位置にある椅子に座った男性の騎士団長を前にし、私は十一の数字を指す位置にある椅子に座る。但し、お互い円卓の中央ではなく、向き合う形となっていた。

 この会議室には騎士学校の授業として一度訪れたきりであり、その時の授業では「いつか私もここに座れるほどの花騎士に」と思ったりもした。

 けれどもまさか、その機会がすぐに訪れるとは思っても見なかった。

 やや緊張で身が引き締まっていくのを感じる中、対面の彼は思案顔から柔らかい笑みに変える。

 

「まずは花騎士の最終試験の合格。それと騎士学校の卒業、おめでとう」

「ありがとうございます」

 

 栄誉あるブロッサムヒル騎士団の最高司令官。通称と自称、ハチロク騎士団長と名乗る成人男性。ブロッサムヒル王家ともつながりがあると言われている大貴族の出身で、一部からは実は王族分家ではないかとすら言われているほどに家柄に箔の付いた身分。

 けれどもその身分は利用せずに実力だけで、就任してから僅か三年でブロッサムヒル騎士団の頂点まで登りつめた騎士団長。

 見た目は……何というか、図鑑で見た霊獣。そう、攻のアンプルゥを想起するような、無造作に跳ねまわったオレンジ色の髪。優しそうなダークブラウンの瞳に穏やかで整った顔立ちをしているだけに、その髪色は一層目立って見える。

 身長は私自身が同期よりもやや小柄な体躯なだけあってか、正確には分からないけれども頭二つ分近くは高いと感じる。何故か騎士団長の制服姿の上から白衣を纏っている理由は分からないけれども、その服の胸元にはこれまでの功績を称える勲章が沢山付いている。

 どれもこれも、騎士団や花騎士関連の図鑑や資料で見たことのあるものばかり。その勲章の多さが、最高司令官を最高司令官たらしめているのは言うまでもないと思った。

 そんな彼に呼び出されたのは、丁度私が騎士学校の卒業式を終えた良く晴れた日の午後のことだった。

 

「さて、では話を始めようか」

 

 花騎士になれた者も、花騎士になれなかった者も。皆が皆、これまでの思い出や思惑、今後のことを考えながら式場を後にする最中、その時の私は意気揚々としていた気がする。

 准騎士とはいえ、無事に花騎士となり、後は故郷でもあるブロッサムヒルの騎士団に入団するばかり。その騎士団で活躍すれば、近い将来立派な花騎士になれるという浮足立った考えの中、ヤグルマギク先生に呼び止められた。

 他の同期たちが卒業記念パーティーでもやろうかという話の中「どうして私を?」と疑問に思いながら、今こうしてここにいる。

 

「よろしくお願いします」

「まずは、そうだね。うーん、何から話そうか」

 

 私は、自分を過大評価するつもりはない。

 騎士学校時代でも、他の子たちよりも実力は上であるつもりではあったけれども、筆記にしろ実技にしろ、私よりも上の子はいた。

 悔しいけれども、どちらかだけが負けているのではなく、その両方で私の上を行く子も中にはいた。もちろん、負けっぱなしは嫌という性分であった私は、彼女たちに勝てるところはきっちりと勝たせてもらったけれども。

 ともかく。私を呼び出した人が最高司令官である彼であると気付いた時、嬉しいという感情よりも疑問が先に浮かんだ。ヤグルマギク先生に声を掛けられた時は早速騎士団からスカウトが来たと思って喜んだ私だったけれども、流石に相手が相手ともなると素直に喜べない。

 総合的には私よりも優秀な子がいた中で、どうしてわざわざ私を呼んだのか?

 

「うーん、うーん……」

 

 けれども、私がそのことについての質問をする前に、目の前の彼の思案顔を何とかしないと、と思った。先ほどといい、今といい、ちょっと悩み過ぎだと思う。

 人を呼び出しておいて、挨拶もそこそこに本題へと入るかと思いきや眉根を寄せられても、こっちとしても困るだけ。

 首までひねり出す姿はまるで、どう話を切り出すべきか迷っているかのように思える。もしくは、何も考えていないか。

 相手が相手なだけにあまり露骨な態度は取りたくはないけれど、こういう優柔不断な態度を取る相手や思わせぶりなことをする人は好きじゃない。

 あまり悩むようならいっそ文句を言いながら席でも立ってやろうかしら、と思ったところで「うん。よし」と彼が覚悟を決めたかのように私に視線を戻した。

 

「私は腹芸や婉曲な言い回しは苦手なんだ」

「同感よ。じゃない、同感です」

「うん。だから単刀直入に言おう」

 

 ようやく話が進むわ、と姿勢を正す。

 一体、私の何が良かったか悪かったかは分からないけれども、最高司令官がわざわざ呼び出すぐらいだもの。少なくとも小事でないことは間違いない。

 ……まさか、花騎士の素質がないから辞めろとかは言わないわよね?

 例えそうだとしても、私は諦めるつもりなんてさらさら無いのだけれども。

 

「君には素質がある」

「……はぁ。花騎士の素質でしたら確かにありますね」

 

 でなければ卒業試験の筆記か実戦。もしくはその両方で不合格だったと思うし。

 ……いやいや。違うわよ。この人、一体何が言いたいのかしら?

 花騎士の素質がありながら、魔法使いもしくは魔女としての素質を持つ人もいるとは授業でも聞いた話だ。

 けれども、私には魔法の心得はあっても才能はない。そして、同期にもそういった素質を持っている人はいなかったと思う。つまりはこの人の勘違いや間違いで私を呼び出したのでなければ、彼の言う「素質」というのは別の意味になる。

 私が眉を顰めたことに気付いたのか、司令官は「あっ、いや、うん。そうだね。そうだけれどもその、えーっと」とまたすぐに威厳という言葉をどこかに落としてきたかのように狼狽えてみせた。婉曲な言い回しは苦手と言いつつ、結果としてそうなってしまっている。そんな姿を前に、私が抱く感情も尊敬から懐疑的なものへと揺れ動いてしまうのも仕方がないと思う。

 しかし目を瞑り、一瞬だけ顔のしわを中央に集めたかと思うと、独り言ちに「うん」と呟き、再び目を開いて私を見つめた。

 その顔には、先程のような威厳の無い笑顔はなかった。

 

「素質があるとは言ったけれども、具体的には“あるかもしれない”が本音かな。実際に素質があるかどうかは、やってみて貰わないと分からないしね」

「それは分かる……分かりますが、何を根拠に素質の有無を仰っているのかが分かりかねます」

「むっ。いやまあ、ごもっともな質問だね」

 

 私の指摘に対し、彼はバツが悪そうに右手で顎を軽く掻いてみせる。しかしながら、真剣な面持ちは崩さず、すぐに私が見えるような位置へと人差し指を立ててみせた。

 ……先ほどまでの狼狽っぷりが演技だとするのならば、この目の前の人物は相当な食わせ物の気がしてくる。

 

「卒業試験の筆記。その最後の項目を覚えているかな?」

「……はい。確か、条件付きでの戦闘における勝利の証明とその説明だったかと」

 

 卒業試験の筆記問題は、これまで習ってきた授業の総合テストと呼べるものだった。

 簡単な計算問題や、書類を提出する際に間違えないようにするための文章作成問題。他国へとつながる道のりやルート。入国における必要なものなどを含めた地理の問題。当然、各国の歴史、特にブロッサムヒルの歴史の問題もあったし、司令官が言ったような、戦闘時の証明問題などもあった。

 彼の言う問題はテストの最終問題であるのも手伝って、証明するのに結構頭を悩ませた記憶がある。

 確か、問題の文章を読み解く力、敵との距離や花騎士の速さなどの計算。更には地理的な意味での戦闘場所、天候などの条件から、紙面上とはいえ花騎士たちを勝利に導くための証明をせよ、という問題。

 これまでの問題の総合的な内容であり、ここを時間内に証明出来なかった、もしくは正しい解答かどうか分からなかった子たちもいたと聞いた。

 だけど、答えにたどり着くまでの式や文章こそ違っても、最終的には花騎士を「害虫に勝利」させるという解は決まっている。

 答えが同じなのに、そこから「素質がある」というのは少し早計ではないかと思う。仮に誰しもが思いつかないような途中式や証明をしたとしても、あくまでもそれは紙面上の話だ。実戦経験のある、もしくは訓練を積んだものであれば、紙面と現実は違うということが分かるはず。もちろん、問題自体は実戦での咄嗟の判断や対応、考え方を見るためのものであるため、これが無駄なことであるとは言わない。

 そもそも、私たち候補生はこの問題にたどり着く前に一度実戦を経験している。その現実を知っているが故に、例え紙面上であるとはいえ無理無茶無謀な証明は出来ないと思う。

 ……だからこそ、私はこの最終問題がいやらしいと思った。妙に苦戦した子や、時間を掛けてしまった子たちがいた原因は、この試験の前に実戦を経験したからに他ならない。

 しかし、証明問題の内容が「優秀」や「優良」と言われればまだ納得は出来るけれども、「素質」と言われるとやはり首を傾げてしまう。

 けれども、私が試験当日のことを何とか思い出しながらの解答に対し、彼は目を閉じて首を二回ゆっくりと横に振ることでそれを否定した。

 

「いいや。その問題の更に後にあっただろう?」

「え? ……ぁ、あぁ。もしかして、備考欄のこと、でしょうか?」

 

 指摘されたことで額にしわが出来るのを感じつつ、少し間をおいて思い出したことを口にした私に、彼は破顔して目を細めた。

 

「その通り。君はあの備考欄に色々と書いてくれただろう?」

「え、えぇ……時間が余ったので」

 

 満額の解答を得た、と言わんばかりの彼の笑顔に反して、私の額にはますます深いしわが出来たように感じた。

 司令官が言う「備考欄」とは最終問題の少し下にあった、短い問いかけと、やけに広めに取られた枠のことであった。

 問いかけは、「備考欄:自分の思ったことを好きに記入しても良い」とあり、その後に続く括弧内には「書いても書かなくても点数が増減することはありません」となっていた。

 国家どころか、世界規模の資格ともいえる花騎士になれるかなれないかの最終筆記試験。書かなくても評価に変わりはないのであれば、普通は書かないと思う。そんなところに時間を費やすぐらいなら、問題の答えに間違いは無いか、計算や式に間違いは無いかを見直すはず。

 少し余裕があって気が回る子であれば、もしかしたら評価に関係ないとはいえ空白は不味いと「特になし」と書くかも知れない。

 けれどもやはり、この筆記試験が自分の今後の人生を左右するともなれば、多くの子たちはこの備考欄を空白のままに解答用紙を提出するのは不思議なことではない。

 

「そう。私が評価したのは、君が書いてくれたその備考欄の内容さ」

 

 しかし、私はその備考欄を埋めた。それも、世界や花騎士についてや、自分の今後の抱負を含めた感想をたっぷりと。

  花騎士という世界規模の資格であるためか、筆記試験の時間は多めに設定されている。それは私からしたら悩ませた筆記の最終問題を解き終わった後、答えを問題と照らし合わせて確認しても尚、時間が余る程に余裕のあるものだった。手持ち無沙汰になったとはいえ、私はもう一度問題と答えを見直す気にはならず、かといって先に解答用紙を提出して退出するということも出来なかった。

 そこで目についたのがその最後の備考欄であり、色んなことを書いた。正直、試験の手応えと終わったことによる解放感によって、どういうことを書いたかまでは先ほどまで忘れていた。けれども、それが原因でこうして呼び出されているとなれば話は別。一字一句思い出したい……のだけれども、思い出してみても特に目新しいことは書いていなかった気がする。

 事の経緯については納得がいった。けれども、備考欄に感想を書いた程度で「素質あり」と思われたという疑問が浮かんだ。

 

「特に差しさわりの無い、一個人から見た世界情勢や花騎士についての感想を書いた気がしますが」

「うん。時間が無かったせいか、考えが弱いところもあったけれども、素晴らしい内容だった」

 

 満足そうに頷く彼の言葉に少しムッとしてしまう。いくら制限時間が短かったとはいえ、考えが弱いと言い切られると良い気分はしない。それにあの程度の考えは誰でも抱いているだろうし、素質云々は関係ない気がする。

 

「そうですか。ですが、あの程度のことなら誰でも書ける文章だから、素質という言葉を使う程ではないと思うけど?」

 

 機嫌を害したこともあり、私は売り言葉に買い言葉のつもりで司令官に食って掛かる。途中で言葉遣いも普段のものに戻ったけれども、私の知ったことじゃない。

 素質という特別感のある言葉で、私を他の国の騎士団に転属させたいのならそれでもいいし、何なら最前線のコダイバナ送りでもいいと思っていた。

 今の反抗的な態度によって花騎士を止めさせられるのは困るけれども、それなら他国に移住でもしてやる。

 そんな思いで彼の言葉を待ったが、当の本人はこちらの言葉に対して寧ろ嬉しそうな笑顔をして見せた。

 

「うん。いいね。相手が誰であれ、自分が納得いかなければ臆せず意見する。備考欄の件も含めて、そういうところが素質あり、と思ったのだよ」

「はぁ」

 

 まるで沼に杭でも打ち込んだかのような手応えの無い反応。それどころか、「いや~、これは嬉しい誤算だ」と喜んでさえいる彼の笑顔に、私は肩の力が抜けていくのを感じた。

 そしてその後、「とにかく、そんな君に入って貰いたい騎士団があるんだ」という、騎士団の入団の誘いもあって、私は自分でも驚くほどにすんなりと彼の言葉を受け入れてしまった。

 後になって思えば、この時の彼の口車に乗って、その騎士団を見学する前に入団書類にサインをしてしまった私の判断は軽率としか言えない。

 それと同時に、満面の笑みでそのサインされた入団書類を受け取った最高司令官は、やはり食わせ者だったとも思えた。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

 騎士学校卒業式終了時には真上にあった太陽が西へと傾き、夕刻を知らせるかのように外でカラスが鳴く。私はその声を耳にしながら額の汗を拭う。後ろを向いて、自分が行ってきた仕事の成果に満足し、そう思ってしまったことに青筋がこめかみに浮かぶかのような怒りを覚える。

 

「……ねぇ。ここって花騎士の騎士団よね?」

「えぇ。そうね」

 

 そして作業の手を一旦止めて、共に仕事をする花騎士の方へと顔を向けて疑問をぶつけた。私に声を掛けられた花騎士、ガンライコウはこちらへと視線を向けることも、作業の手を止めることもなく応える。

 話はそれで終わりとでも言わんばかりの彼女を、私は改めて見る。私と同じ、マゼンタ色の長袖長ズボンの作業着姿。青空を想起させる目の片側を作業着と同じマゼンタ色の髪で隠した、どこか愁いを感じさせる端正な顔立ち。身長は私と変わらないように見え、体の細さに至っては私よりも肉付きがないんじゃないかと思えるほどだった。

 そんな彼女と共に私が今何をしているのかというと、花騎士としての訓練や模擬試合をしているのではなく……何故か鶏小屋のフン掃除であった。

 自分が今していることに対して、頭の奥が痛くなるような現状を再確認した後、私は片側の頬が痙攣するような感覚を我慢して更に質問を重ねる。

 

「じゃあ、私が今やっているのも、騎士団の活動の一環よね?」

「一応、そうなるわね」

「その上で一つ質問があるわ」

「答えられるかは分からないけど、それでもいいのなら」

 

 互いに自己紹介をし、騎士団の団長指示によって騎士団を案内してくれ、一通りの仕事を説明してくれたガンライコウ。そんな花騎士としても騎士団内としても先輩である彼女に対し、私は悪いとは思いつつ、これまで蓄積したフラストレーションを爆発させた。

 

「どぉして花騎士のあたしが! 鶏の世話をしなきゃならないのよ!」

 

 その言葉に小屋の中にいた数羽の鶏が驚くかのように羽をばたつかせ、甲高い鳴き声を上げる。

 私は確かに、花騎士の騎士団への入団書類にサインした。最高司令官に呼び出されたのも、実は騎士団への勧誘と気づいてからは少々浮足立っていたことは否定しない。けれども、そんな心情の中でもちゃんと書類には目を通したはず。

 私は、間違いなく、花騎士として、その騎士団に入団する旨を了解してサインした。

 仮に天地がひっくり変えるような事態が起きていたとしても、養鶏場で働くための契約を結んだつもりは微塵もない。

 それなのに何故、鶏の飼育に関する知識や施設に関する説明を受け、華やかな花騎士の服から芋臭い作業着へと着替え、黙々と作業をしなきゃいけないの。

 

「大きな声を出さないで。鶏たちが怯えるわ」

「あっ、うん。ごめん、なさい」

 

 けれども話を聞いてくれた彼女は、こちらの発散に対して眉根も動かさずに横目で私に注意しながらも作業を続ける。

 彼女の落ち着いた返しと、内心穏やかではなかった感情を発露したこともあって、私は少し冷静さを取り戻せた。

 一度深呼吸……は、鶏の臭いが酷いので止めておくけれども、私は改めてどうしてこうなったかを考える。

 今現在、私がいる場所は、ブロッサムヒルの城下街から少し離れた見晴らしの良い丘が並ぶ畜産地区。畜産の名の通り、この区画では多くの牧場や畜産業、畜産加工所がある。馬、羊、牛、豚、と畜産動物たちがそれぞれの牧場や舎の中で過ごし、私たちの食文化を支えてくれる重要な地区だ。

 当然、害虫対策も他の区画に負けず劣らずの重要視がされており、頻繁に花騎士による巡回や泊まり込みでの警備などが行われる。まあ、それは分かるわ。

 そんな、区画の中でも中央の城下街にこそ近いものの、区分としては端に位置するところにあるのが、私たちが今いる場所、通称養鶏地区である。

 まるで工業地区にあるような工場規模の鶏小屋があったり、逆に本当に養鶏をしているのかと思うような民家の庭に放し飼いになっている鶏たちもいたり、と同じ地区内でもその育成方針はかなり違いがあるように思えた。

 私が今いるところは、二つある比較的大きな鶏小屋と、その傍の雛を安全に隔離、飼育するための小さめの小屋。寝泊りも可能な事務所に、倉庫。更には木の柵で囲われた放牧用の小さな草原がある上に何故か井戸と畑もある。

 他の養鶏施設と比べて規模自体は真ん中ぐらいだろうけれども、それにしては道具も含めて色々なものがあると言えた。施設として利用している面積だけならば大規模な養鶏場と変わらないのかも知れない。

 畑では鶏の好物でもあるトウモロコシを始めとした野菜を四季に合わせて栽培しており、葉の物も育てるのだとか。

 そして私はその二つある鶏小屋のうちの一つを何故か、何故か清掃しているのだ。

 何度でも言ってやるわ。何故か、掃除をする羽目になっているのよ!

 しかも肝心の騎士団長は初めて会った時の挨拶も程々に、私にとって諸悪の根源といえる司令官と事務所で会談中なのだという。

 

「気持ちは分かるけれども、これも私たちの大事な仕事の一つよ。回収した鶏フンは発酵させて高温処理、乾燥させれば畑に撒く肥料になるの」

「ご教授どうも。でもね、訓練とかなら分かるけれども、鶏のフンを集めることが花騎士の仕事とは思いたくはないわ」

「まあ、その通りね」

 

 現状に対する不満をハッキリと言い切る私に対し、ガンライコウも概ね同意する様に頷いてみせる。

 いや、そこは否定しないのね。せめて実はこの仕事は訓練と実利との両得が出来るとか、この仕事は仮初で本命は別にあるとか。

 そういうことであれば、キチンと説明をすれば私だってこんなにも文句を言うつもりはない。けれどもそれらの説明がなく、ただ鶏の世話をするということが何よりの疑問であり、不満。

 やっぱり明日にでも別の騎士団への転属願いを出そうかしら。……いや、初日で退団した花騎士って、それはそれで評価にケチがつく気がするのだけれども。騎士団側に問題があった、とかにならないかしら?

 

「……ん?」

 

 そう思いながらも、一応は仕事であるために作業は続けることにした。地面に落ちているフンの撤去をしながら小屋の奥へと進んでいったところで、座り込んで動かない一羽の雌鶏がいることに気付く。

 他の鶏たちは私たちが小屋に入ると同時に餌をねだるように集まり、来た理由が餌やり出ないと気付くと、すぐにでも離れて行った。後は掃除中に邪魔する時にどいたりどかしたりをすることはあれど、目の前の鶏のように動かないのはいなかった。

 

「ほらアンタも邪魔……何よ」

 

 他の鶏と同じく、目の前で地面を箒で掃いて見せれば離れていくだろうと思ったけれども、その鶏は威嚇するような低い声で唸りながらこちらを警戒するだけであった。

 鶏にもそれぞれ個性があるとは、掃除の前に教えてもらっていた。それだけに私は「生意気な鶏もいたものね」と手にした箒を傍に置いて、実力行使に打って出ようとした。

 

「待って」

 

 しかしガンライコウが制止し、横から私がやろうとしていたことを実践してみせた。左右からそっと両手で包むように鶏を捉え、ゆっくりと持ち上げる。それが嫌なのか、鶏は首を器用に伸ばして彼女の手を何度か突くものの、ガンライコウは手を放すことなくその鶏を色んな角度から眺める。

 

「あぁ、やっぱり……」

 

 それから視線が足に向けられた時、彼女の目から光が失われたかのように見えた。とても悲しそうな呟きと共に鶏を見つめるガンライコウは、同情しているようにも、親近感を抱いているようにも見えた。

 私は何故そんな顔をするのかと、彼女が持ち上げた鶏へと意識を向ける。

 

「ぅわ……」

 

 そして、見てしまったことを少し後悔した。

 その鶏の足は素人の私が見ても、あり得ない方向に曲がっていた。ふと視線を落とせば、先程まで鶏が居座っていた場所には不自然なぐらいに羽毛が散らばっている。

 

「……」

 

 ガンライコウは慈しむ様に、そっと鶏を抱きしめる。それが嫌なのか尚も喉を鳴らして抵抗の意志を見せる鶏。

 彼女の行動に、何だか嫌な予感がした。それも、全身がざわつくようなものだ。

 そしてもっと嫌なことに、そういう時の私の勘は大体当たるのだ。

 

「ね、ねぇ」

「二人とも、お疲れ」

 

 その鶏をどうするつもりなのか、と声を掛けようとしたところで、私の後ろにある鶏小屋の扉が開く音がし、男性の声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこにはここの騎士団の団長である、養鶏団長を自虐気味に自称していた彼が笑みを浮かべながら私たちに近づいてきた。

 黄茶色に近い金の髪にショートカット。前髪の中央から鼻の上まで伸ばした赤色のメッシュは彼なりのお洒落なのだろう。それにしては頭頂部にも癖毛のように跳ねた毛も同じく赤色のため、お洒落というよりは養鶏団長という言葉も相まって鶏冠(とさか)に見えてくる。というか、こんな感じの配色をした鶏を実際に見たような気がする。

 どこか陰のある優しげな雰囲気こそあるものの、猛禽類にも似た目つきに加えて顔つきも整っており、一見すると貴族でもやっていそうな雰囲気があった。

 が、そんな彼の服装は私たちと変わらない作業着であり、そのせいでイメージが都会の貴族から地方の農村民に見えてしまう。

 

「団長。丁度いいところに」

「何かあっ……た、ようだな」

 

 笑顔を見せていた彼だったが、声を掛けたガンライコウと彼女の手の中にいる鶏を見て真顔になった。明るい声も一気に低い声へと変わったことから、私の嫌な予感はますます高まってきた。

 

「この子。足を折ったみたい」

「……」

「団長?」

「あぁ、いや。昨日は特に異常は無かったと思ったが」

 

 差し出された鶏を、団長は少し嫌そうな顔で受け取り、それでもその鶏の折れた足を見つめる。その後、確認する様にガンライコウと、横目で私を一瞥した。

 こっちが何か問題を起こしたと思っているのだろうか。疑う気持ちは分からなくもない。けれども、鶏の世話という不慣れな仕事をやらされているということと、そもそも私は花騎士であることから、何か言って来たら言い返すつもりだった。

 

「私たちが確認した時にはこうだったわ。どこかにぶつけたか、何かの拍子で折れたのでしょうね」

「……そうか。分かった」

 

 しかし、ガンライコウの言葉を聞いた彼は、一瞬だけとても悲しそうな顔で両手の中の鶏を見つめる。団長の手の中の鶏は先ほどよりは大人しくしており、私やガンライコウよりも懐いているように思えた。

 治療でもするのだろうか。嫌な予感を前に警戒していたけれども、杞憂に終わりそうだった。考えてみれば、たかが骨折。しばらく歩けなくなるぐらいで、餌も水もある安全な小屋の中なのだし、最初から問題らしい問題では無かったのかも知れない。

 

「ありがとう。後はこっちで処理する」

 

 けれども、次の彼の言葉を聞いた私は、背中に棒が刺さったかのような衝撃を受けた。そして、それが何の衝撃なのかを理解する前に、団長は私たちに背中を向ける。

 それから、本当に小さく「どうしてだよ」と「ごめん」という言葉が聞こえたかと思うと、直後に何かが外れるような音が聞こえてきた。もしかしたら聞き間違えかとも思える程の小さなその音は、それと同時に聞こえてきた鶏の鈍い声でかき消された。

 一瞬の出来事。直前の呟きよりも小さな、でも確かに耳に残る嫌な音。まるで、関節を外したような音と、それに続いた断末魔のような鳴き声。私は全身の毛が逆立つような感覚になった。

 私の位置からは、彼の背中しか見えない。鶏もあの鳴き声以降暴れる様子も分からない。もしかしたら、私の思い違いかも知れない。もしかしたら、私がそう思い込みたいだけかも知れない。

 

「ねぇ、アンタちょっと……」

 

 だからこそ、私は確認せずにはいられなかった。団長の隣まで行き、彼の手の中にいるであろう鶏がどういう状況なのかを。

 

「うっ」

 

 団長の手の中にいた鶏は、死んでいた。

 いや、彼の言葉を借りるのならば処理されたと言うべきだろうか。

 どちらにせよ、私からしたら同じことだった。

 まだ体は痙攣していたものの、その鶏の首から上は折れた足と同じようにあり得ない方向へと曲がっていた。

 その前は体に添えていた彼の手が鶏の首元を掴む様になっていたのも、私の状況整理の手助けとなってしまった。

 

「首を、折ったの? アンタ」

 

 目の前の惨状に声が震えてしまうのも構わず、私は隣の団長を見上げる。彼の顔はとても冷めているようでもあり、とても悲しそうでもあった。

 

「正確には首の頸椎を外した。こっちの方が早く、楽に済む」

 

 それから、余計な苦しみも与えなくていい。そう言って、彼は掴んでいた鶏が完全に動かなくなったのを確認した後、慈しむ様に抱きかかえた。その様子だけを見たら、寝ている鶏を起こさないように抱いているように思えただろう。

 けれども、団長の腕の中にいる鶏はもう二度と目覚めることはない。その鶏を永眠させたのは他でもない彼自身だ。

 改めて目の前にいる鶏の死を確認してしまった瞬間、私は頭の中で何かが切れる音が聞こえた。

 

「アンタ! その子はまだ生きていたでしょ!?」

 

 理解が出来なかった。彼の行動も、その後の言葉も。殺した後に大事そうに抱くその姿も。何もかもが分からなかった。

 気づけば私は大声を上げて、彼に詰め寄っていた。

 

「どうして殺す必要があったのよ! 足は折れていたけれども、死ぬような怪我ではないでしょ!」

 

 自分の口から出る言葉を耳にし、怒りは更に膨らんでいく。そうだ。たかが足が折れただけ。添え木なり包帯で固定させるなりすれば、治る怪我のはず。それなのに、怪我の状態を大して調べもせずに、有無を言わさず殺した。それも処理と言って。

 畜産という以上、鶏に限らず、豚、牛、場合によっては馬も屠畜して食肉にすることは、まだ理解できる。無論、目の前でそれを実行されたら……多分その日の晩は肉を食べられないかも知れないけれども。

 けれども、私はここで掃除を始める前に確かに聞いた。この養鶏場は主に鶏卵を生産する鶏を育てるのだと。卵を産む鶏を育てる事であり、食肉用の鶏を育てる場所ではない。

 ならば、足の骨が折れた程度であれば、鶏をわざわざ処分と称して殺す必要なんてないはずだ。寧ろ、商品的価値の観点からしても、ここまで育てた鶏が無駄になってしまうとすら思える。

 だからこそ私は団長の行動が分からなかった。

 

「……養鶏場は、ペットを育てる場所じゃあない」

 

 けれども詰め寄ってみせた私に対して、彼は静かに、けれどもハッキリと言い切ってみせた。すぐに食い下がろうとしたけれども、先程までの優し気な雰囲気から一転した団長の顔つきに言葉が詰まる。

 そんな私の様子を見た彼は、一度目を閉じてゆっくりと息を吐いた。

 

「……確かに鳥の足の骨折は添え木で治療することが可能だ」

「っ、だったら!」

「けれどもそれは、ペットを飼うように年中、毎日誰かがずっと傍にいてやれるなら、の話だ。動けない鶏の餌は誰が用意する? 歩けない鶏に水を与えるのは一体誰が? フンの処理は? それとも添え木があるとはいえ、骨折した鶏に餌も水も自力で確保する様に小屋に戻すのか?」

「……」

「……言い方は悪くなったが、鶏は経済動物だ。人の、人間の益となるために改良されたと言っても過言じゃない。卵を産めなくなった鶏が処分されるように、足を折って自力で餌場や水飲み場にたどり着けない鶏も処分される。

 仮に処分をしなかったとしても。添え木をして治療したとしても。動けない鶏は衰弱し、いずれ死に至る。餌はともかく、二日三日、水を飲まないだけでも死ぬからな」

 

 私が何も言い返せないのを尻目に「後は任せる」と団長はガンライコウに言い、踵を返して小屋から出て行った。

 冷静になって考えてみれば、彼の言うことは正しいとは思う。団長が出て行った小屋の扉を見ながら、私は頭の中を整理させる。

 食用の鶏が、その時になったら屠殺され、肉となる。その前に病気や怪我でもし食用にならないと判断されたら、その鶏に商品価値は無いと判断されて処分される。

 それは彼の言った通り、鶏卵用の鶏でも変わらない。卵を産むことに商品価値を持っている鶏が、その卵を産めなくなったのならば処分する他無い。そして、生産効率、作業効率を考えたら怪我や病気になった鶏を親身になって看病する理由も無い。

 飼育している鶏が数羽であれば、隔離して看病するところもあるかもしれない。けれども、ここで飼っている鶏の数はざっと見ても百はくだらない。それ故に、ああして処分した方が早いのだろう。

 ……冷静になれば、頭では理解できる。出来ていたはずなのに。団長もそのことを配慮して背を向けてから殺したのだろう。普段は意識しないだけで、分かっていたはず。いいえ。分かっていたつもりのはずなのに。

 けれども彼が鶏を殺したという事実が、私には何故か受け入れられなかった。

 そして何よりも、私自身がどうしてそんな気持ちや感情を、出会ったばかりの団長に抱いたのかが分からず、その場から動くことが出来なかった。

 

「……珍しいわね」

 

 そんな私の時を動かしたのは、背後から聞こえてくるガンライコウの声だった。

 声を聞いて振り返った先には、気だるげな表情こそ変わらないものの、珍しいものを見たかのような目をしていた彼女が私の傍まで来ていた。

 

「……珍しいって?」

「ん。彼のことよ。あの人があそこまで理詰めで反論する姿は見たことが無かったから」

 

 しかも相手は養鶏業の知識もないのにね、とガンライコウは肩をすくめてみせた。私を慰めているつもりなのか、ここにきて初めて彼女の笑みを見た気がする。

 だが、私にとってはその微笑の理由よりも団長の言動が珍しいと言った、その真意が知りたかった。

 

「どういうことかしら? あたしが反抗的だから、知識や経験則から黙らせたってこと?」

 

 すると、私が食い下がることを予想していなかったのか、ガンライコウは少し驚いた表情を見せた後、やや俯いて思案顔になる。それから何度か確認するかのような頷きを見せた後、再びこちらへと視線を戻す。

 

「そうね。少なくとも、貴女と似たような質問をした子たちに対して、彼はこれまで苦笑いをしながら彼女たちの言い分を否定しなかったわ」

「……」

「そして、最後は『これも仕事だから』とまるで自分にも言い聞かせるように説得していたわね。だから、真っ向から自分の意見をぶつけるような人には思えなかった」

「それじゃあ」

 

 やっぱり私のことが気に入らなかったのだろうか?

 そう、続けようとして私は口を噤んだ。私はどうしてそう思ったのだろうか?

 右も左も分からない仕事をさせられている中で、処分という私の知らない畜産の裏側を見てしまい、感情的になった。

 そこまではいい。それは仕方のないことだと思う。

 本を読んでいるだけでは害虫の脅威が分からないように。養鶏という仕事をしなければ、実際に分からないことなのだから。

 分からないから、初めての処分という出来事を前に衝撃を受けた。それが自分の中で整理できず、感情の発露として表へ出てしまった。

 けれども、そこにあるのは養鶏という仕事の内容に関することであり、団長の私に対する感情や評価は関係ないはずだ。

 いやまあ、私の言動が反抗的に見えたのならば、初対面であっても気に入る、気に入らないはあるかも知れない。

 しかし、あんな態度をしておいて今更だけれども、私は団長に悪い感情を持たれたくない。そう思ってしまっていた。

 そしてだからこそ、何故そんな感情を出会って間もない彼に抱いたのかが分からなかった。

 

「まあ、団長も機嫌の悪い時ぐらいあるかもね」

 

 考え込む私に対し、ガンライコウは「仕事を終わらせるわよ」と彼や私への興味を失ったかのように小屋掃除を再開する。

 仕事である以上、私もそれに従ったけれども、その日はずっと頭に靄が掛かったかのような気持ちで過ごすこととなった。

 時折、去り際に見せた団長の寂し気な横顔だけをハッキリと脳裏に思い出しながら。

 

「いずれにせよ。貴女も時期が来れば分かるわ」

 

 そして、仕事終わりにガンライコウが別れ際に残した気になる言葉と共に眠りへと落ちてその日を終えた。

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

 鶏は警戒心が強く、聴覚に優れている。

 眼球は動かせないので首を動かして対象を捉える。また、行動中は常に首を前後に動かしている。鶏にも性格があり、人懐っこいものや気性が激しいもの、神経質なものと、個性が豊か。

 また鶏は雑食性の生き物であり、割と何でも食べる。

 好みはそう……同じ名前を持つ者としては名誉なんだか不名誉なんだか分からないけれども、アブラナ科の植物。キャベツや白菜などだ。因みに、ミカンの皮は食べない。柑橘類は好みではないとのこと。

 逆にトウモロコシは大好物であり、卵を産むためにカルシウムも必要なため、魚粉なんかも与えるのだとか。

 私たちがよくイメージする可愛らしいヒヨコの姿は、実は十日前後程で幼ビナと呼ばれる姿へと成長し、そこから中ビナ、大ビナと鶏らしく育っていく。

 養鶏団長と呼ばれていた彼曰く、この幼ビナから大ビナまでの間は可愛くないとのこと。……確かにヒヨコや鶏のイメージを強く持っていると、まるで出来損なったかのような姿をしているように見えなくもない。

 けれどもこれはこれで愛嬌があって可愛いと思うのは私だけかしら。何にしても単に好みの問題だろう。

 とにかく、生後百五十日以降から雛は成鶏となり、雌鶏はここから卵を産む。

 そんな毎日卵を産む雌鶏や雛たちの世話や餌やりをするのが私の仕事であり、この養鶏騎士団の仕事でもある。

 

「……何であたしはこんなことをしているのかしら?」

 

 日が昇り始め、晴天に恵まれた気持ちの良い天気。作業場で鶏の餌作りに勤しんでいた私は、ふと作業の手を止めてぼやいた。とはいえ、花騎士である私の口からそんな言葉が出るのも当然と言えた。

 私がこの騎士団に入団してから早くも三ヶ月の月日が流れていたのだから。

 春を象徴する木々は花を散らし、初夏に相応しい緑の葉を伸ばす。その間、私が覚えたことと言えば先程のような鶏に関する知識や育成経験。食用の鶏と養卵用の鶏の、そもそもの種類の違いや成長速度の違いという知識から、鶏を処分する際の方法の違いという、やってみないと分からないことまで経験した。

 飼育している鶏にだって襲われた。鶏の攻撃方法は嘴でのつつき、蹴り、足爪の刺しなど多岐に渡り、特に蹴られながらの刺し攻撃は思いもよらない痛みが走ったこともある。……という、必要のない傷すら負った。

 とまあ、朝から晩まで鶏中心の生活になっていた。花騎士らしい仕事と言えば、たまに人手が足りないとブロッサムヒルの都市部の夜回り警備をするぐらい。それ以外は基礎訓練を続けるばかりであり、害虫討伐といった仕事はまるで経験していない。

 私の不満は募るばかりだったけれども、それが爆発する前に先ほどの警備の仕事や見回りの仕事が回ってくるので、騎士団を辞めるきっかけが掴めずにいた。上手い具合に誤魔化されているのでは、と最近思っているぐらいだ。

 

「はー、やってらんないわ」

 

 その日も朝の訓練を終えた後に、私は鶏の餌作りをしていた。天気は快晴。気温湿度共に良好。過ごしやすく、穏やかな一日になりそうであり、訓練や害虫討伐が捗りそうね。……私は鶏の餌作りだけれども。

 しかしながら、何時だったか彼が言ったように、鶏は水が数日飲めないだけで死んでしまう。けれども、当然ながら生き物である以上食べるものも重要であり、鶏の世話の大半は餌作りと餌やりと言っても言いぐらいだ。

 鶏卵に含まれる水分量は約七割。残りの三割は栄養と卵を構築するためのカルシウム。毎日卵を産むのに必要な栄養を与えなければならないため、水と同じぐらい餌も大事なのだ。

 故に、餌作りと言えど手は抜けない。そもそも、仕事に対して手を抜くという考え方が私には理解できないし、したくもない。

 でも、本来望んだ仕事とは関係のない仕事をしているので、愚痴の一つや二つはこぼしたい。

 

「まあまあ、その内アブラナちゃんにしか出来ない仕事が来るよ」

 

 そんな訳で、いつものように現状に愚痴を言いながら、それでも仕事であるため餌作りをしていた私に、先輩であるミズナさんが相手をしてくれる。騎士団の先輩ではなく、養鶏業としての先輩ではあったが、私のことをよく気にかけてくれる良い人だ。この騎士団を辞めようと決心しなかったのも、ミズナさんの存在も大きかったとすら思える。

 

「いつの話よ。あたしはすぐにでも花騎士らしい仕事がしたいのだけれども?」

 

 口を尖らせる私の返しに誤魔化すように笑ってみせた彼女だったが、作業の手は止めていない。艶のある肩まで伸ばした黒髪に綺麗な翠色の瞳。容姿端麗と言えるその顔は笑うと愛嬌があった。

 正直、わざわざこの仕事を選ばなくても他にいくらでも仕事があるだろうに、と思える程だったけれども、ミズナさんには一つだけ私たちと違う点があった。

 

「そう、ね。アブラナちゃんとしてはそう思っても当然よね」

 

 彼女は右足が義足だった。

 正確には右膝から下が失われており、下腿義足と呼ばれる足を模した器具を装着して日々を過ごしている。

 そして、彼女が足を失うきっかけが、他ならぬ害虫のせいであった。

 

「……ふん、当たり前でしょ。私はそのために花騎士になったんだもの」

 

 花騎士として害虫と戦い、負傷し、引退。その後、縁あってこの養鶏騎士団で働くこととなった。

 そんなミズナさんが、花騎士としての仕事をどう思っているのか。私には分からない。けれども、彼女に気を遣って花騎士の話題を出さないようにするのは寧ろ失礼と言える。

 だからこそ私は、鼻を鳴らして乾燥したトウモロコシを挽いた粉と刻んだ青菜とを混ぜ合わせながらも、ハッキリと答えてみせた。

 こちらの言葉に、彼女は何も言わず寂しそうな笑みを返すばかりだった。

 

 

※※※

 

 

「……よし。こんなものね」

 

 鶏小屋の中にある餌箱に作った餌を入れ、勢いよく集まってくる鶏たちを観察しながら一息つく。

 炭水化物、たんぱく質、ビタミンと鶏に必要な栄養素がバランスよく配合された餌なだけあってか、鶏たちの食いつきは見ていて清々しい程だ。苦労して作った甲斐があると言える。

 割と何でも食べる鶏ではあるものの、慣れというのはやはりあって、雛の時に緑野菜を与えていないと成鶏になった後に葉の物を見せても食べないのだそうだ。

 そう思うと苦労したのもあって、何だか鶏たちに愛着が湧いてくる。元気に育ってくれると嬉しいし、逆に病気や怪我などがあると悲しい気持ちになれる。……流石に初日の出来事から処分という行為には、未だに納得がいかない部分もあるし、慣れないし、やったこともないのだけれども。

 そういうのを含めて、生き物を育てるというのはとても大変なことであり、だからこそ思い入れが強くなるのだと再確認できる。

 ……これで私が花騎士ではなく、最初から養鶏業の職員として入ったのなら文句は無いのだけれども。

 

「はぁ。何時になったら害虫討伐とかに参加できるのかしら」

 

 養鶏の仕事が慣れてきたこともあり、当初よりは不満がほんの僅かに減っているとはいえ、私は花騎士だ。

 その本分を全う出来ないのであれば、やはり遅かれ早かれこの騎士団を去る決心をつけなければならない。

 いくらミズナさんやガンライコウ、他の人たちから良くしてもらっていたとしても、ここだけは譲れない。譲りたくはない。

 今日もリリィウッド側に近い森で比較的規模の大きい作戦が早朝より開始されたと聞いていたために、その想いは強くなる一方だ。

 早いところ、私を受け入れてくれる騎士団を見つけて、ここを出て行かなければ。

 それこそ、ミズナさんや他の人たちの迷惑になる前に。

 ……どうしてそう思った時に、あの養鶏団長の顔が一緒に思い浮かぶのだろう。他の人ならいざ知らず、彼の場合は寧ろ辞めようと思える一因のはずなのに。

 いいえ。だからと言って、きっかけを待つのでは駄目。自ら動かなければ事態は良くも悪くもならない。

 

「……あ、ここにいたのね」

「っ!?」

「ちょっと来てもらってもいいかしら?」

 

 そう改めて花騎士としての決心を固めかけたところに、背後から声を掛けられた。

 考えていたことが考えていたことだけに、少しだけ驚きながら振り返ると、そこにはガンライコウが小屋の扉から顔だけを出して私を見つめていた。彼女の声の調子こそ普段と同じではあった。けれども、その頭に双眼鏡のような、ルーペのようなものをベルトで括りつけていており、様子も普段と同じとは言えなかった。

 ガンライコウの言葉通り、小屋の中で話す雰囲気ではなさそうなこともあり、私は作業を中断して表へと出ていく。

 

「何かあったの?」

「緊急招集。急いで着替えて事務所の会議室へ」

 

 彼女は着物姿だった。それも袖以外は動きやすさを重視したもののようであり、太ももには工具、何やら風呂敷や番傘、箱のようなものも背負っている。それが彼女の花騎士としての正装であることに気付くのは緊急招集という言葉を聞いてからだった。

 

「分かったわ。でも、私はその内容を知りたいのだけれど?」

 

 端的に用件だけを伝えて背を向ける彼女に対し、私は食い下がる。緊急招集とは確かに穏やかではないけれども、先に理由を聞いてもいいはずだ。まさかとは思うけれども、大量の鶏が病気を患ったから処分を手伝えとかではないでしょうね?

 すると、私の言葉を聞いたガンライコウは振り返ると、神妙な顔つきで口を開いた。

 

「私たち、花騎士本来の仕事よ」

 

 

※※※

 

 

「よし。全員揃ったな」

 

 私が作業着から花騎士の正装へと着替えてから会議室へと向かうと、そこには団長を始め、この騎士団で働く花騎士たちが既に集まっていた。

 花騎士たち、と言っても本来の意味での花騎士は私を含めて八人。それ以外はミズナさんを含めてこの養鶏場で働く職員の人たちだ。その内、今日は非番の者を抜いた計九人が部屋の中にいる。

 横に長いテーブルを縦に二つ並べて、左側のテーブルに奥からガンライコウ、ケイトウ、サギソウの花騎士たち。そして、右側にはミズナさんを含む職員が五人座っていた。

 そして、部屋の入り口から一番奥に座った団長は私の入室と同時に口を開いた。

 

「一部の者たちは既に知っているかもだが、本日早朝より行われたブロッサムヒルとリリィウッドの国境付近の森で行われた害虫討伐の未帰還部隊が出ている」

「えぇっ!?」

「ちょっと、一大事じゃない!」

 

 団長の言葉に思わず反応してしまったが、それは私ともう一人の花騎士、ケイトウだけであった。忘れっぽいと自称する彼女はさておいて、この場において浮いてしまったことを自覚した、私は周囲を見渡す。

 しかし、他の者たちは話が始まる前と同じ姿勢で彼の次の言葉を待っているように見えた。まるで、この状況が慣れたものであるかのように。

 

「……話を続ける。国境沿いとはいえ、討伐隊はブロッサムヒルから出ている。リリィウッドにも応援を要請しているそうだが、あそこは上層部が上層部だ。救助隊の編成と出動の許可が降りる頃には陽が暮れてしまうだろう」

 

 団長は私を一瞥すると、その後すぐに手にした紙へと視線を落とす。恐らく、今回の状況がその書類に記されているのだろう。

 一度言葉を切って書類を目に通していた彼だったが、少し顔を歪ませた後に視線を室内の全員へと向けた。

 

「既に最高司令官の指示の元、救助隊の編成及び出動の命が下された。だが、その救助に多くの人員が割けないという事実と、今回の討伐相手が巨大害虫であるという危険性がある。

 そのため、俺たちにも出動の命が下った」

 

 彼の言葉に、室内の空気が張り詰めていくのを感じた。顔は動かさず、視線だけでこの場にいる全員を一瞥した後、「事態は一刻も争う」と団長は大きく息を吐く。

 

「俺はこの命令を受理承諾した。この会議が終わり次第、速やかに行動へ移る。ミズナ他、職員は通常通りの業務を。ケイトウとサギソウは何時でも出動できるように待機」

「分かった!」

「了解しました」

 

 ミズナさんたち職員は頷き、鮮やかな服を身に纏い、体格さえ無視すれば幼く見えるケイトウは元気よく、白装束を思わせる着物を身に纏った美麗という言葉が似合うサギソウは静かに答える。

 討伐ではなく救助とはいえ、害虫との戦闘が予想されるのは流石に分かった。それでも彼女たちを待機させたのは、少数で動くためだろう。

 私もその救助部隊に志願したかった。けれども、新米であり戦闘経験もそれ程ない私が呼ばれる訳もない。精々、最後にミズナさんたちと作業に戻れと言われるのがオチだ。

 悔しいけれども、団長ならそう指示するだろう。そう漠然と思い、自然と頭が下がっていく

 

「ガンライコウとアブラナ。両名は俺と共に緊急の救助隊を組む」

 

 しかし、次の団長の言葉で私は驚きと共に顔を上げる。視線先には彼が真っすぐな目をしてこちらを見据えていた。

 私と目が合った彼は、少しだけ唇の端を釣り上げて不敵に笑ってみせる。

 

「以上だ。質問は受け付けない。各自、すぐにでも行動に移れ」

 

 

 

※※

 

※※※

 

 

 ブロッサムヒルとリリィウッドの国境付近。白百合の街道から北東に位置する無垢なる森林区。その許可なく立ち入りが出来ない区域の手前に位置する森の中で、救助作戦は決行された。

 本来の害虫討伐任務はその日の日の出と共に行われ、私たちが緊急招集で呼び出されたのがそれから数時間経った後のこと。そして現時刻は丁度正午の手前といったところであり、討伐任務から半日経過していることを考えると救助を急がないと手遅れになる可能性が出てきている。

 それは分かる。分かるのだけれども。

 

「うぅ」

「本当にこの周囲にいるのかしら?」

 

 自身の装備故か、森の中の探索に苦心しているガンライコウを横目に、私は疑問を先行する団長に呈さずにはいられなかった。

 というのも、私たちの他に緊急の救助部隊は二部隊組まれていた。そのニ部隊はそれぞれ、本来の討伐任務部隊が突入したところから捜索を開始している。しかしながら、私たちはそこから大きく迂回。まずもって人が立ち入らないような生い茂った場所からの探索開始となったからだ。

 立ちふさがる木々を避け、茂みに足を取られながら、時には倒れた巨木を乗り越える。どこまで行っても似たような景色。人の気配はおろか、害虫の気配すら感じられないが故に、私が眉根を寄せるのも仕方がないと思う。

 

「……ある程度進んで対象が確認できなければ、途中で引き返す。そのために、印を残している。もしも対象がこちらの方面に迷い込んでいたのならば、この印が役に立つだろう」

「むぅ」

 

 私の言葉に、団長は振り返らずに答える。そしてその言葉通り、印となる派手な赤色のリボンをピンで木の幹に留めていく。森の中を歩く速度といい、印の付け方の手際といい、正に手慣れているとしか言えない。経験者は語る、という言葉の通り、彼の方針に口を挟む余地はなさそうだった。

 彼の装備を見ても、よく言えば武骨な、悪く言えば華やかさの無い、装飾はおろか柄や模様すらない緋色の一本槍。背中にはそれと対を成すような、緋色の盾……にしては形が奇妙なものを装着している。逆三角形をしたヘタ付きのリンゴのようなそれは、見ようによっては柄の短いスコップに見える。

 害虫相手に花騎士が構える盾ならともかく、身体能力こそ一般人よりも優れている騎士団長が害虫の攻撃を盾受けしたところで焼け石に水。仮に緋色の盾が加護を受けた盾であったとしても、それを持っている人間に加護が無ければ腕や身体が耐えられない。

 しかし、目的地へと向かうさながらに聞くと、これは攻撃を受け流す用の盾であるという。用途はそれ以外にもあるとも言っていたが、そこに追求する前に作戦は開始された。

 そんなやけに目立つ盾とはうって変わり、団長の腰には携帯用にしてはやや大きいと思える焦げ茶色の地味なウエストポーチがある。若干色あせており、ただ単に道具の扱いが悪いのか、年期を感じさせるのかは分からなかった。

 それでも服装も含めて、彼の装備は決して一介の騎士団長の着こなすそれではなく、団長の雰囲気も相まって経験豊富な冒険者を思わせる。

 しかし、それでも腑に落ちないせいで漏らしてしまった呟きに、団長も軽く失笑してみせた。

 

「森の中で害虫と遭遇し、戦闘活動の後に撤退を余儀なくされた場合、アブラナは正確に位置を把握できるか?」

「……まあ、無理ね。戦闘がどの程度の規模や時間経過によるけれども、一度始まればそれに集中して、それまでの方向感覚が狂うと思う。方位磁石があれば話は別だろうけれどもね」

「その通り。周辺の地形や現在地を把握しながら戦える程、森での害虫戦闘は甘くない。ましてや害虫から逃走を図る場合は、今のように事前に付けていた印を頼れずに彷徨うことになる場合もあるだろう。……方位磁石があれば話は別だがな」

 

 声の調子を軽くして同じ言葉をそっくり返す団長に、私は自然と口角が上がるのを感じた。状況が状況だけれども、流石の私も彼の言葉がこの場を和ませる冗談だと分かる。

 鬱蒼とした森の中で行われる慣れない捜索活動。救助者が見つからずにやきもきするなかで、こうした小粋な会話を出来るのは余裕がある証拠なのか、余裕があるように見せているのか。そのどちらにしても、部隊のモチベーションを維持しつつ活動を続けられる団長の胆力や精神力には見習うべきところがあると感じられる。

 出会った当初は養鶏業をさせられたこともあって、本当に団長か疑わしくも思った。けれども、こうした一面を見ることによって花騎士の団長だと再認識できる。私はそれを何故か嬉しく思う。

 後はこのまま、要救助者が見つかって、無事に任務を終えることが出来ればいいのだけれども。

 

「……団長」

「あぁ。全員止まれ」

 

 そう思って気合を入れ直したところで、ガンライコウと続く団長の号令で私たちは立ち止まることとなった。

 私は害虫かと思い、辺りに視線を走らせ、レイピアの握りの部分へと手を伸ばす。心なしか、周辺から聞こえてきた木々の枝や葉が擦れる音すら遠ざかっていくように思えた。

 周囲には似たような木々が立ち並び、茂みがいくつか点在する程度で、広場はおろか獣道ですらない。見れば倒木すら視界の中にいくつか確認でき、それこそ戦闘ともなれば戦い辛いと分かる。

 害虫の気配は、しないと思う。けれども団長が、この状況下で意味もなく停止命令を下すとも思えない。一体何が、と思ったところで、私たちの進行していた正面の先にある茂みが微かに揺れた気がした。

 無風状態の不自然な揺れ。茂みの大きさは屈めば私たち三人を隠すには十分の大きさ。小動物があの中に隠れていて動いたとも思えたけれども、それにしては団長とガンライコウはその茂みに注視している。

 

「ガンライコウ」

「ザンセツ」

 

 団長の呼びかけに、ガンライコウは自身の作品であり、オトモでもあるカラクリ雁を展開。茂みに対して警戒する様子を見せた。私もそれに倣って、何時でも抜剣出来るように構える。

 害虫であるかどうかは分からないけれども、害虫の中にも気配を察することが出来ないのもいると図鑑で見た。だがだからこそ、害虫であれば手柄を立てる好機とも言える。

 ここで私が活躍すれば、団長たちも少しは見直すかもしれないし、もしかしたら別の騎士団から誘いが来るかもしれない。

 

「ぅ……」

 

 しかし、一触即発ともいえる雰囲気の中、茂みの中から次に聞こえてきた音は、人の小さなうめき声だった。

 

「大丈夫か!」

 

 そして、それに気づくと同時に団長が私やガンライコウよりも先に駆けだし、茂みの中へと躊躇なく入っていく。続いてガンライコウが彼の後を追い、それを見た私は慌てて彼らの後を追って茂みの中へ入った。

 頬や手、露出した部分に茂みの枝葉が擦れる痛みを感じながら更に足を踏み出すと、そこは小さくも人が留まれる空間になっていた。一つの大きな茂みと思っていたものは、いくつもの茂みによる塊であり、空間は丁度二重丸の内側のように広場となっていた。

 なるほど、これならば臭いで相手を追う害虫や、空を飛んで上から見ることの出来る害虫でない限り、意識的に見つけることは難しいと思える。

 

「うぅっ、だ、誰?」

「大丈夫。私たちは貴女を救助するための部隊よ」

 

 茂みの中の状況を把握してから意識を前に向けると、そこには傷ついてうつ伏せに倒れている黒髪ボブカットの花騎士と、その右手側で膝をついて彼女に声を掛けるガンライコウが見える。そして、負傷した花騎士を挟んで反対側には鑑別診断をするかのように、触診と視診する団長の姿があった。

 彼は「意識、あり。呼吸、やや乱れ。脈拍は正常だが緩やか。体温、微熱」と小さく呟きながら、手早く手負いの花騎士の状態を見ているようであり、それに割って声を掛けるのは憚られた。

 

「アブラナ、周辺の警戒を。ガンライコウも、ダイゾーを出せるか?」

「分かったわ」

「り、了解!」

 

 すると、団長は作業する姿勢や手は止めないまま、私たちに指示を出してくる。即答しながら背中の風呂敷包みを解いて、ダイゾーと言われたカラクリを展開する彼女に対し、私は負けじと返事をして彼らに背を向ける。

 茂みは立ち上がっても周囲の様子が分からない程しっかりとした円陣となっていたが、逆に言えばこちら側からも外から何が来るのかの確認が取れない。だからこその警戒態勢命令であっただろう。

 

「団長。どうかしら?」

「擦り傷、切り傷はあるが、どれも大事には至っていない。負傷が、というよりも極度の緊張及びその解放による疲労が原因だろう。害虫から逃げてきたのかも知れない」

「そう」

 

 私の背後からはガンライコウと団長との会話が聞こえてくる。彼の言葉に彼女は安堵するかのような声色になり、私もまた団長の診断を聞いてひとまず安心した。

 

「態勢が悪い。ガンライコウ、彼女を仰向けに。その後に水筒の水を少量与えよう」

「了解」

「うぅ……っ」

「少し落ち着いたか? 俺の手を見てくれ。指は何本立っている」

「ぁ……さ、三本」

「認識機能も問題なし。ガンライコウ、アブラナ。彼女を連れて速やかに森を抜けるぞ」

 

 彼女の言葉を聞いて、団長は私たちへと声を掛ける。振り向くと、彼は周囲の警戒こそしていたものの立ち上がっており、私はそれを見て内心安堵した。

 それは未帰還部隊の人を無事に見つけられたことであり、彼女を助けられたことでもあり、そして何事もなく任務を完了できそうなことだからでもあった。

 

「ぅあ、ま、待って、下さ、いっ……!」

「どうした? いや、まだ立てないのか……ガンライコウ、肩を」

「だ、団長が……団長がまだ、ふき、付近にいる、はず、なんです!」

「っ」

「団長が、わたっ、私を庇って……! きず、傷っ! 傷を負って!」

「落ち着け」

「あ、あの人、酷く足をけ、怪我して……! わた、私は、それで、私、たす、助けを、呼ばないとって! ぐっ……ぅ」

 

 けれど、団長を引き留める彼女の言葉に、彼とガンライコウは動きを止めた。ガンライコウは私の位置からは顔が見えなかったが、団長は目を閉じ、口を横一文字にしている。

 まるで、その言葉は聞きたくなかった、と言わんばかりの表情に私は眉根が寄るのを感じた。まだ助けられる人がいる。その情報は良い話であり、悪い話ではないはずだ。

 しかし、団長は大きく息を吸い、そしてともすればため息とすら思えるぐらいに肩を落としながら息を吐いた。

 

「ガンライコウ」

「何かしら」

「彼女を頼む」

「了解」

 

 団長を引き留めた花騎士は、疲労しているところに大声を出したせいか肩で呼吸をし、それ以上喋ることはなかった。そんな彼女の身体を起こし、支持運送をするガンライコウを見た後、彼は私の方へと視線を向ける。

 

「アブラナ」

「な、なによ?」

「悪いが、お前と俺は作戦続行だ。何か異論はあるか?」

 

 一瞬。何を言っているのかの理解が遅れた。

 けれども、団長の言葉と現状を把握した後、私は自分でも分かる程に口角が上がるのを感じた。

 

「当然よ」

「良い返事だ。ガンライコウ、気を付けろよ」

「えぇ。団長たちも」

 

 真剣な表情で頷いた団長はガンライコウに香水瓶のようなものを渡す。それを受け取った彼女は負傷した花騎士の肩を抱いたままカラクリを展開しながら来た道を戻っていく。

 

「行くぞ。彼女があの様子なら花騎士でない団長も急いで見つけないと。だが、害虫と接敵した場合は状況次第で撤退する、いいな?」

 

 その後ろ姿を見送ることなく、団長は私に声を掛け、戦闘の可能性を暗に言う。

 

「了解」

 

 彼の言葉に対し、私は短く返事をしてから先を進もうとする団長の後を追う形で茂みから出る。言われた通り、戦闘の可能性を考慮して鞘から突剣を抜きながら。

 時刻は、丁度正午を迎えた。

 

 

※※※

 

 

「アブラナ。周囲に害虫の気配は?」

 

 ガンライコウたちと分かれてから、それ程時間も、戦闘にもならずして、私たちは目的の団長と思われる人物を発見した。ブロッサムヒル騎士団の団長服に、茶髪ショート。その顔は俯いているために生きているのか、それとも既にこと切れているのかは分からない。

 すぐにでも向かいたかったが、彼が持たれかかっている大木の周辺は森の中であっても開けた空間であり、周囲様子が分かりやすかった。

 

「……無い、と思うわ」

「よし。手早く行くぞ」

 

 視認した上で害虫の姿は無かったものの、警戒するに越したことはない。そのため、私たちは再三の確認の後、覚悟を決めて遠目からも負傷しているのが分かる彼の元へ走った。

 ……けれども、これは。

 

「これは……」

「うっ」

 

 遠くからでも彼が負傷しているのはよく分かった。それはこの団長の周辺に血だまりが出てきたから。

 けれども、傍まで行って彼の様子を改めて見た私たちは絶句する他なかった。

 足が折れている、足を大きく裂傷している。それだけなら、騎士学校時代でも見かけたことはあった。花騎士候補生同士の訓練中に、害虫と実戦する実地訓練中に。

 しかし、救助した花騎士が「傷」と言っていた、その団長の負傷具合は何と言っていいのか分からない。

 足が、膝の先が、太もも含めて、ひしゃげている。それも両足が、だ。

 まるでその足がいくつもの関節で出来ているかのようにあらぬ方向へ曲がっており、それが辛うじて繋がっている。大腿筋の根元を布と紐で無理やり止血した跡があり、血は止まっているようだった。

 が、そのおかげでひしゃげた足の骨や脂肪、筋肉の筋までがはっきりと目についてしまう。それらを確認した後に私は目を逸らしてしまった。

 一体、何をどうすればこうなってしまうのか。例え馬に轢かれたとしても、ここまで酷い有様にならないと思う。まるで、まるでそう、いくつもの足がある化け物に轢き潰されたかのような……。

 見てはいけないものを見てしまった気分になった私は、金縛りにでもあったかのようにその場から動けなかった。

 そんな私が目の前の惨状に立ち尽くしていると、団長が彼の傍まで行き、視線を合わせるように膝を地面につける。それから鞄を開き、中から注射器を取り出す。

 冷静、というよりは冷酷さすら感じられる彼の横顔も相まって、私は以前の鶏を処分した際の記憶が脳裏を過ぎる。

 

「えっ、ちょ、ちょっと!」

「静かにしていろ」

 

 毒か何かを注入するのかと思い、慌てて声を掛ける。本当は無理やりにでも止めに入りたかったけれども、私の足はその意思に反してまだ動けなかった。私の叫びを無視し、団長は手際よく注射針の蓋を外す。それから別で用意した透明の液体入りのコルク蓋つき試験官を取り出したかと思うと、その蓋も外して注射針を中に入れる。

 その後、ゆっくりと注射器で液体を吸い上げ、試験管を廃棄。流れるような手つきでいつの間にか袖をまくられていた、相手の団長の右前腕と二の腕の間に注射針を刺して液体を注入した。

 

「っ……くっ」

「おい。意識はあるか?」

「ぅ……だれ、だ」

 

 片手で器用に注射器を片付けながらも、相手の頬を軽く叩く団長。その言動に、彼は閉じていた目をゆっくりと開く。髪の色と同じ黒色の瞳は、角度のせいなのか、それとも負傷による痛みなのか。生気のないものであり、団長や私を見ても自身を救助しに来た者たちだと思えないようだった。

 

「……ライミ騎士団だ」

「っ!?」

 

 けれども、私も初めて聞いた騎士団名を団長が口にすると、目の前の彼が驚愕の表情を見せた。それからまじまじと団長、それから私と交互に見たかと思うと何故か小さく微笑んだ。

 

「そう、か。君が、君達が……そうか」

「俺たちを知っているのは話が早くて助かる。アブラナ」

 

 こわばっていた身体を明らかに脱力させる彼に対し、団長は振り向くことなく私に声を掛けた。

 まるで感情のないように聞こえたその声色を前に、私は返事が出来ずにいた。

 

「アブラナ」

「……何、かしら?」

 

 負傷した彼がこちらを一瞥する。それに合わせるかのように、団長がもう一度私の名を呼び、それに応えた。……応え、させられたようにすら思える。

 

「悪いが、周囲の警戒を頼む」

「……ねぇ」

「二度は言わない。これは命令だ」

「……了解」

 

 有無を言わさない圧力すら感じられる言葉を前に、私は団長の命令に従った。

 普段の私であれば、理由を聞いたり反発したりしただろう。けれども、何故かこの時はそういったことが出来なかった。

 応急手当をするに違いない。私たちは救助するためにここにいる。先ほどの注射の件も、勝手にこちらが介錯だと勘違いしたけれども、現に相手はまだこうして生きて喋れている。だから、この警戒任務の命は妥当な判断。

 そう、自分に言い聞かせながら、私は団長たちから少し離れてから周囲へと意識を向ける。

 けれども、視界の端には彼らが必ず入るようにした。そうしなければいけないような気がしたから。

 

「……」

 

 周囲の警戒は、しなくてはいけない。それは分かっている。

 ここは害虫との戦闘があった区域であり、討伐のうち漏らしの害虫や、それ以外の害虫がいつここに来るかも分からない。花騎士の騎士団長も適性の合った武器であれば小型害虫程度は倒せるが、ここに来る害虫がそうだとは限らない。

 つまりは現状、戦力と言える戦力は私だけと言える。だからこそ万が一害虫が乱入してきた際には戦えるように準備もしなければならない。

 頭では分かっている。けれども、どうしても団長たちのやり取りが気になってしまう。

 あぁ、もう。実戦なら騎士学校時代に行った。騎士団に着任してから今回が初めてと言える正式な任務だというのに。どうしてここまで緊張してしまうのか。

 いつ、意識の範囲外から害虫が来るかも分からないこの状況。可能ならば、すぐにでもここから全員で離脱したい。それとも、害虫が本当に乱入し、戦闘になれば少しは気が楽になるだろうか。

 何にしても、団長は悠長に彼と会話を続けずに早く治療を終えて欲しい。

 

「……む」

「……ない」

「……っ」

 

 それは、私にとっては一瞬の出来事だった。

 

「っ!?」

 

 視界の端に入れていた団長たちに動きがあったために、丁度意識をそちらに向ける。

 

「~~~~っ!?」

 

 その私の目に飛び込んできた光景は、団長が手にしたハンティングナイフで彼の胸の中央を突き刺し、それから素早く抜く瞬間であった。

 

 

※※※

 

 

 つまりは養鶏騎士団と揶揄されていたこの騎士団は、ブロッサムヒル騎士団の暗部ともいえる存在だった。

 緊急時にしか正式な任務の依頼は来ず、その任務の命もブロッサムヒル最高司令官の判断でしか下されない。

 任務内容も、救助隊とは別の、最も危険な場所へと向かう救助活動……及び、対象者の命を終わらせることだった。対象が救助できるのであれば可能な限り救助するが、それが無理と判断された場合に、害虫などの情報を聞いた上で相手を介錯する。

 助からないと判断された者を殺すのには理由があった。

 そして先程団長に介錯された彼は、止血が遅れたことによる出血多量及び両足の損傷による歩行不能。それらの情報から森の脱出、医療機関への搬送まで持たないと判断したと言う。

 団長は納得と同意の上で行ったとは言ったけれども……。

 

「結局のところ、害虫への対策の一つに過ぎない」

 

 団長は言う。

 害虫とは、害虫化の毒を受けた益虫、害虫から攻撃を受けた益虫、害虫から生み出された害虫と三種類に分かれる。

 けれど、それらの行動原理は全て同じであり、異常な飢餓状態に陥り、目に付くものをただただ貪る。有機物であれば、固体であろうとも液体であろうとも動物、植物、そして人。全てを等しく己の食料と見なし、奴らは飢えを一時的に抑えようと喰らい続ける。正に世界に仇なす存在なのだ。

 

「だが……」

 

 害虫はそんな単純な存在ではない、と団長は続ける。

 奴らの中には毒に侵されながらも、益虫だった頃の行動を繰り返す害虫もいるし、何かしらのきっかけで一つのことを続ける害虫もいる。……中には、傍から見ても馬鹿ではないのかと思える行動をする害虫もいるとは、私も図鑑で見たことがある。

 しかし、その「何かしらのきっかけで一つのことを続ける」というのが、時と場合によっては単純な破壊と貪食を繰り返す害虫よりも厄介になるという。

 

「尻つつきと言って、鶏も仲間の血の味を覚えるんだ。相手をつつく理由自体は別にあるんだが、それを行うことによって今度は血を求めてつつき続けるようになる。元々あった理由とは別に相手を攻撃し、血を貪る。手段の目的化、というやつだな」

 

 それと同じだ、と彼は大きく息を吐く。

 ケーキの味を覚えた害虫がそれを気に入り、以降ケーキを求めて村や町を襲うように。人の味を覚えた害虫が人の味を気に入った場合……人を率先して襲うようになるのだという。

 特に対象となる人が生きており、逃げる、戦うなどの行動をして見せた場合、奴らはそれを覚える。そして、同じ形をしたもので、同じような行動をする者を優先する。

 一般的な害虫が集落を襲っても、そこに住んでいる人が全員死ぬというのはそうそうない。だが、人の味を覚えた害虫が集落を襲った場合は……考えたくもない惨事になることは容易に想像できた。

 

「だからこそ、助からないと判断した場合、俺たちは、『ライミ騎士団』は介錯する。相手が長く苦しまないための配慮であり、以降の二次災害を抑えるためでもある」

 

 試験管の中に入っていた液体は「魔女の秘薬」であり、適量を打つと対象の痛みを和らげる効果がある。ともすれば、致命の一撃すら感触だけしか残らないという貴重な代物だという。

 続いて彼が使用したのは「魔女の掘削丸」という鶏の卵サイズの黒い球体。地面に触れた瞬間に魔法が作用して一定の……大人一人を埋葬出来そうな穴を掘り、周囲に土の山を作る代物。

 遺体をそのまま放置しては、害虫に食べられた場合は同じことになる恐れがある。けれども、害虫が蠢く場所で悠長に穴を掘っている暇などない。そのための薬であり、埋葬時間が大幅に短縮される。

 

「……まあ、結局埋めるのは人力なんだが」

 

 そう言って、私に周囲の警戒を維持させた団長は、装備していた収縮性の槍と盾を手に取る。穂先の反対部分に握りの取っ手がある奇妙な槍と盾にしては武骨過ぎると思っていたそれらは、彼の手によってスコップへと変形する。

 そうして出来上がった両手持ちのスコップで、団長は手慣れた様子で土を掬って穴を埋める。……穴の中には、先程まで救助対象だった団長が入っていたのは言うまでもない。

 遺体を入れた穴を埋め、周囲とは違う色をした盛り上がった土を前に団長は黙祷するように頭を垂れる。それから墓標とは言い難い木の枝を突き立て、お墓と呼ぶには簡素過ぎるものが完成した。

 

「よし。撤退するぞ」

「……」

「……分かっている。帰還しながらでいいのなら、ちゃんと全部話す」

 

 振り返って私の方を向いた団長は酷く息苦しそうな顔をしていた。それでも私の顔を見るなり、無理やりいつもの表情に戻す辺り、多分こちらの顔も相当に酷いものになっていたのだろう。

 団長が「行くぞ」と言いながら横を通り過ぎても、私は何の言葉も発せないまま彼の後を追った。

 

 

※※※

 

 

 任務からの帰還中に、団長は自分自身に言い聞かせるような口調でこの騎士団の本当の活動内容や成り立ちを説明してくれた。

 この騎士団の起源は古く、何でも「ライミ」というあだ名の花騎士が立ち上げたものだという。故に、その騎士団の団長となった者は「ライミ」の名を継承する。

 花騎士「ライミ」は巡る。

 本人が死んだ後も、その騎士団が存在する限り。花騎士であっても、花騎士でなくとも「ライミ」の名を継ぐ者がいる限り。彼女の意志は、「ライミ」という花騎士の悲愴とそれによる決意は紡がれる。

 だからこそ、騎士団の団長は任務の際に名乗るのだ。

 

「ライミ騎士団」

 

 表立った組織ではないけれども、ある程度の規模になったブロッサムヒルの騎士団の団長たちは全員、その存在を知り得ている。

 そのため先程の救助対象だった彼も、団長の言葉を聞いて察したのだろう。

 自分を助けに来たか、そうでないのなら殺しに来たのだと。

 

「可能なら……いや、可能な限り、俺だって助けたいさ」

 

 けれども、救助を行う者たちが帰還してこその救助活動。誰かを助けに行って、その誰かと引き換えに自身が死ぬのならまだしも、共倒れとなっては意味がない。あくまでも最優先は自分たちの命と無事の帰還なのだ。だから時として、任務を放棄したり、救助対象者を見捨てたりしなければならない。

 団長も「ライミ」の名を継いで騎士団長になるまでは、私のように先代の「ライミ」団長に反発したという。

 可能性が少しでもあるのなら、一人でも助けたい。そう思って任務の度に可能な限り助けようとした。

 

「だが、駄目だった」

 

 救助中にそのまま亡くなる者。救助後に亡くなる者。それらならまだマシなほうであり、苦しみながらの帰還途中に運悪く害虫と遭遇。戦闘となり、巻き添えになって死亡した者。……先代の命令によって囮役にされてしまい、恨み言を残して死んだ者。

 特に団長の心を痛めたのは、彼の意見に賛同した者たちが結果として本来負うはずのない怪我をしたことであったそうだ。軽い怪我ならまだしも、跡の残る傷、後遺症すら残る負傷をする者たちを見て、団長の精神は削られた。

 あのミズナさんも、先代の騎士団長からの花騎士であり、救助の際に無理をして足を失ったのだという。……中には亡くなった者もいたそうだ。

 

「けれどそれは、先代のじーさんも同じだった」

 

 そして、時に救助者を見捨てる判断を下した先代の騎士団長も、団長と同じような経験をした者だったという。

 だからこそ、なるべく多くを救助したいという団長の言葉も理解できたし、それができない時があることも嫌という程理解していた。

 故に先代はありのままを見せた。理想を掲げ、行動する彼に、現実という名の鋭い刃の一閃で打ち砕いた。

 

「じーさんは言ったよ」

 

 これは呪いだと。

 花騎士「ライミ」の呪い。人を守り、国を守り、世界を守る存在であった彼女。そんな彼女が恋人に守られ、恋人を守れず、恋人を自らの手で殺さざるを得なかった皮肉。花騎士「ライミ」の深い絶望と慟哭は今も、当時であっても窺い知ることはできない。

 それでも尚、世界を救う存在である花騎士として。これ以上被害を出さないために、騎士団を結成。そしてその生涯をその活動に費やした。

 救助か、死という名の救済か。一つの命がそこで散るか散らないか。その場で埋葬するか野晒しか。

 それでも、今後の被害や脅威が変わるかは分からない。害虫の数はそれだけ多く、効果はあっても大局に影響を及ぼす程ではない、というのが過去の「ライミ」団長や歴代のブロッサムヒル最高司令官の見解だという。

 だからこそ先代の団長を含めて、この騎士団の存在意義と「ライミ」という花騎士の想いは呪いだと表現したのだろう。

 人の生き死にを人が決める。それによって、多くの者が心身問わず死傷する。それを歴代の「ライミ」団長は間近で見続けてきた。それでも仕事である以上、続けなければならない。次の「ライミ」が見つかるか、自身の命が燃え尽きるまでは。

 これを呪いと言わずして何というのだろう。

 

「だったら、止めればいいじゃない!」

「そういう訳にもいかないのさ」

 

 反発する私に対し、団長は肩をすくめてみせる。

 救助隊はあくまでも、救助隊自体が戻ってくる前提で活動を行う。救助に向かった者たちまでもが未帰還になるなど本末転倒だからだという。そこは、流石に私も理解できる。

 けれどもこの騎士団は、そんな救助隊がまず捜索しないような、それこそ危険地帯と言われる場所までも捜索範囲に含める。そのため、花騎士たちは局地戦闘を想定した基礎訓練。団長に至っては探索を指揮するため、樹海や山岳、湖畔に渓谷などあらゆる地形を把握し、それに合わせた知識と訓練を行う。

 訓練はともかく、経験に基づく知識はそれこそ今の花騎士たちの探索や戦闘に活かされている。

 そして、何よりもライミ騎士団は必ず帰ってくる。その一点が大きかった。

 

「通常の部隊を率いての戦闘ではなく、限定された条件での探索及び戦闘。それも個々の基礎能力が高く、応用も利く。高度な訓練と知識を得ている者たちによる少数精鋭の部隊。そんな騎士団が現地から得た確かな情報を持ち帰る」

「……あたし、この騎士団に来てからそんな訓練は一度も受けなかったわよ」

「そりゃそうだ」

 

 これまでの自主訓練と養鶏の仕事を思い出し、私は口を挟む。しかし、団長は肩を竦めながら陰のある笑いをして見せた。

 

「この騎士団に残るか残らないかも分からない新人花騎士に、ここの本当の仕事を教えるわけにはいかない。これでもこの騎士団の本当の仕事は機密なんだ。同国の別騎士団へ移籍するならともかく、他の国の騎士団に流れるようなら、それなりの箝口令を敷かなくちゃならない」

「……だから、最初の任務までは素質を含めて見極める期間ってこと?」

「察しが良いな。つまりはそういうことだ。」

 

 今みたいにな、と、団長の顔から笑顔が消える。

 

「この任務はそんなには発生しない。いやまあ、頻繁に起こってもらっても困るんだが。とにかく、新人花騎士を連れての任務は危険を伴うのは間違いない。だからこそ、必ず帰って来られるように上の連中も普段とは違ってこういうものを渡してくれる」

 

 そう言うと団長は皮肉気味に笑い、鞄の中から空になった綺麗なガラス瓶を取り出して見せる。それは、先程ガンライコウも去り際に団長から受け取っていたものであった。

 害虫除けの香水。趣味の香水作りが高じて害虫の忌避する匂いを見つけ、花騎士になったという者が調香したもの。余程飢餓か手負いで我を忘れている害虫以外は近寄ることすらしないという代物であり、現に森を抜けて街道に出るまで害虫と出会うことは無かった。

 ……匂いは、相当にキツイ。薄めれば良い匂いなのだろうけれども、濃すぎて鼻の奥が痛くなるぐらいに。

 曰く、本来であれば忌避程度のものを安全のために濃縮しているのだという。それを躊躇なく自身の体や私の体に掛ける団長も団長だけれども。

 

「じゃあ、何? 今回の任務はあたしの教育が主であって、人助けは二の次って訳? それとも任務における救助活動自体が、情報を得るための副産物に過ぎない訳?」

「……そういう訳じゃあない。と、俺は思いたい。だが、より多くの人々を救うために、上層部が情報を欲しているのもまた確かだ」

 

 ライミ騎士団の活動は大局的には戦況に影響は及ぼさない。

 けれども、味方を生かすにしろ殺すにしろ、救助活動の際に得た情報が一番大きい。それも、他の救助部隊が行かないような場所に赴くのだから、害虫情報の他にも地形や新しい発見などもそれらに含まれる。今回も介錯した相手の団長からは情報を得られたと団長は言う。

 そしてそれ故に、この騎士団は必要なのだとも言った。だからこそ、歴代の「ライミ」は騎士団に適性のある者たちを集め、今日まで花騎士「ライミ」の想いを継承し、次の「ライミ」へと紡いできた。

 団長も私と同じように、その適正があったからこそ、先代のブロッサムヒル最高司令官が直々に勧誘しにきたのだという。

 

「嘘か本当か分からないが、備考欄に感想を書くようなタイプが一番見込みあり、らしい」

 

 ブロッサムヒルの城下街手前まで来たところで話は終わり、団長は肩を竦めながら自虐的に笑っていた。

 

「……」

「そんな顔をするなよ……とは、俺が言える台詞じゃないな。一応、今の最高司令官はこの『呪い』を変えたいって言っていたよ。どこまで本気かはまあ、分からないけれど」

「……そう」

「何にせよ、今日はここで解散だ。後のことは俺がやっておくから、休んでいい」

「……アンタはどうするのよ?」

「色々と報告しに行く。……今回得た情報を元に、書類も作成しなきゃあいけないしな。先に戻っているガンライコウらからも話を聞かないと」

 

 睨むような気持ちで団長を見つめる私に対し、固い笑顔を見せていた団長は去り際に悲しそうな、寂しそうな顔をした。

 

「これも仕事だ」

「仕事……ねぇ、鶏たちの世話はどうするの?」

「他の者に任せる。そうでなくとも、あの子たちには会わない。その、つまり、『そういうこと』をした日は……会いたくない」

「……っ」

 

 先ほどまでは団長……一人の成人男性として隣に立っていたと思っていた彼が、まるで大事に飼っていたペットを亡くしたかのような子どもに見え、私は声を掛けられなかった。

 そして、すぐに大人の顔へと戻り、立ち止まる私を置いて先を行くその背中を見送ることしか出来なかった。

 

「だからって、『はい、そうですか』って納得は出来ないわよ……」

 

 この日、私は改めてこの騎士団を辞めようと思った。

 けれども、そう心に決めたはずなのに、何故か悲しそうな顔をする彼の顔が脳裏に浮かび、また何故か胸の奥が針に刺されたような痛みを覚えた。

 どうして胸に痛みが走るのかは分からない。……分かる訳がなかった。

 

 

後編に続く

 




今回の物語は少し長くなりすぎたために、まずは前編として投稿しました。
後編は今しばらくお待ちください。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

追記:一部修正。アブラナの地の文は「私」のままですが、台詞中の一人称を原作と同じ「あたし」に変更。また二人称も「あんた」から「アンタ」へ変更しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。