とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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迷走しました。話しは進んでいます。


二章 63話『本営にて①』

―続き

 

 

 本営 1F 聴取質

 

 芙二と木村たちは【聴取室】とネームプレートが掛かれた部屋の前に来ていた。

 木村の顔がやや曇ると同時に自分の部下に何か言おうとした時、なにかを感じ取った海兵の一人が鍵を取り出し、扉を開ける。

 

 

木村「芙二少佐殿。ささ、中へ。入ったら窓側の椅子に座ってください」

芙二「木村中佐殿、了解です」

 

 

 

 海兵の男と芙二が同時入室すると、木村は準備をするので少しだけ待っていてほしい、と芙二に伝え廊下に居た自身の部下を連れて何処かへ行った。

 

 木村の指示通り、芙二は窓側の椅子に腰かける。一緒に入室した海兵の男は距離を保ちつつ隣に立ってこちらを睨みつけるかのような態度を表し始めた。

 

芙二(なんだ? 本営所属の海兵の恨みまで買った覚えなどないが)

 

 

 椅子に座ったまま海兵の方に目をやりながら考えた。が、海兵の男には芙二がガンを飛ばしたように見えたらしく近づいてきた。細目ゆえの理不尽なのかもしれない。

 

 少し苛立った表情を覗かせる海兵は芙二を睨むと口を開く。

 

 

海兵「提督殿? 何か私に用ですか?」

芙二「いえ、何も。ただ私は見ての通り細目なので睨むような真似でもしたのかと思いまして」

 

 座ったまま、表情柔らかくさせ言う。その言葉を聞いて海兵は一瞬目を丸くしたが、すぐに変え元の位置へ戻りながらこういった。

 

海兵「……そうですか。中佐殿達が戻るまでもう少しお待ちを……」

芙二「了解しました」

 

 

 海兵は表情を変えることなく待機していた。

 芙二も芙二で今さっきの海兵の表情を思い出しながら内心嗤っていた。

 

 

 ======

 

 

 ……ようやく木村達が戻り、聴取は開始された。先ほどのついていった部下はおらず代わりに厳つい男が三人増えていたが。

 対面となる形で木村も座った。厳つい男たちは各々扉の前に座り、逃げないようにさせている様だった。まぁ芙二なら余裕で抜けられるが。

 

 

 

木村「お待たせ。芙二少佐殿。これからの流れを説明しておこうかと思うのだが……いいかね」

芙二「はい。構いません」

 

 

 まずは――……という言葉が始まり、今日一日の流れを説明された。芙二は頷くだけであった。

 話しは二十分ほどで終わり、何か質問があるかと聞かれたので一つだけ質問をした。

 

 

芙二「説明を聞いた限りでは明日もあるように聞こえてしまうのですが聴取及び()()は一日だけじゃないのですか?」

 

木村「そうだね。言い忘れていたが芙二少佐殿が泊地へ帰れるのは明日の夕方頃じゃないかね? 何か不都合でも?」

 

芙二「いえ、特には。ただ気になっただけですので。他に質問はありません」

 

木村「そうか。では聴取を始める。最初の質問だ。直近、行方不明の憲兵を救助したとあるが色々と聞かせてくれないか?」

 

芙二「はい。憲兵を救助したその日、私達はバシー海峡を攻略している最中でした」

 

木村「ほぉ? 深海棲艦が多数出没していると聞いているが、その中を君たちの艦娘がか?」

芙二「はい。うちの艦娘でもなんとか撃破することが出来まして、制海権を取ることが出来ました」

 

木村「それは素晴らしい事だ。だが、報告書によると君が見つけたそうじゃないか。そこの所も話してもらえるかな」

 

芙二「はい。お恥ずかしい話なのですが、私は現場指揮を執るスタイルなのです。その日は珍しく艦娘と少し距離が離れてしまいまして、で、その……海上にて方向を見失っている時に聞こえたものですから」

 

木村「……報告書によると爆発音が、か。にしても深海棲艦と遭遇しなかったのは運がいいな」

 

芙二「はは。そうですね。音の方に船を――「ちょっと待った」なんですか?」

木村「“船”とは? 現場指揮を執るにあたってボートのようなもので行ってるのかい?」

 

 

芙二「あぁそのことですか。実は商店街近くに住んでいる漁師の方に格安で古びた漁船をいただきまして。それを再利用してるのですよ。ただあれに乗っているといつ砲撃を受けて沈んでしまうのか、と肝は冷えっぱなしですがね」

 

 しれっと嘘を交えながら話していく。

 木村は冷静に務めようかと思っているのだろう。芙二の返しを聞いて耳を疑っているようで驚きを隠すのが必死に見える。

 

 

木村「そうか。では、今度見せては貰えないだろうか?」

芙二「日時を指定されれば、構いません」

 

 木村は芙二の隣に立っている海兵に向かって『おい、一旦外へ出て行け』と命令した。

 海兵の男は『了解しました』というとスタスタと音を立てながら扉の前へ。

 

 厳つい男が海兵をジッと見ていたが、すぐにどき部屋の外へ行った。

 海兵が出て行くのを確認すると木村の表情と厳つい男たちの雰囲気が変わった。

 

芙二(あ、これからが本命か。何を聞かれるんだか……それに……)

 

 厳つい男の方をチラッと見る。さっきまでとはまるで別人のような雰囲気を纏っていた。

 こちらの態度によっては暴力も行うぞ、と言っているかのように思えた。

 

芙二(あ~~……面倒だ。報告書をバカ真面目に書きすぎたのか? それか口八丁をやりすぎた? ほら、も~~……目つきがガチだよ~~)

 

 なんて思っていたら木村の口が開いた。

 

木村「東第三鎮守府の神城 陸翔殿は知っているかな?」

芙二「はい。一応……上官ですし」

 

木村「神城提督殿がつい先日、鎮守府の長期休業の要請を出してきたのだが……それについて芙二少佐殿が関わってると聞いたものだからね。知っていることを全て話してほしい」

 

芙二(あ~~……その件はまだ片付いてないんだよなぁ……まぁ話せる事だけ話そっか。そうしないと変に勘繰られそうだ)

 

木村「何を黙っているのかね? 何も知らないのであれば、知りませんの一言で済むと思うのだが?」

 

芙二「あ、いえ……非常に言いにくいのですがよろしいでしょうか?」

木村「構わないですよ。知ってることを全て話してください」

 

芙二「ではまず、初めてお会いしたのは丁度最重要事項をクリアした所でして……不審者がいると内線が入ったので向かってみるとそこには神城提督殿がいました」

 

木村「ふむ……その最重要事項というのは? 件の未知なる姫級かね?」

 

芙二「それは後でおいおい話します。着任して慣れず忙しい日々を送っていたので先輩方の所へ挨拶に行くのが遅れてしまったのです。ですが、神城提督殿は私へ演習の申請をしてきまして……」

 

木村「受けたことと、東第三鎮守府の長期休業になんのつながりが? まさか徹底的に潰しでもしたのかね?」

 

芙二「いえ、違います。神城提督殿は手加減をしてくださいまして……問題はその後です。私達が帰った後のその日の夜。東第三鎮守府の近海に深海棲艦が出現したのであります」

 

木村「ほぉ? それは本当かね」

 

 東第三鎮守府の近海に深海棲艦が出現した、という言葉を聞いて眉を顰める。

 

芙二「要請を受け、急いで向かった時には遅いようで奴らの襲撃により建物は破壊され、昼間に見た面影はありませんでした。その中から救助班を結成し、鎮守府内にいる艦娘の点呼をしつつ……鎮守府の主力と力を合わせ撃退まで追い込みました」

 

 

 話を無理矢理作って言い切った芙二。建物に損壊を与えたのは闇堕ちした長門達だが、鎮守府内の敷地を丸ごと破壊しようとしたのは芙二自身だ。それに撃退したのではない、がまぁいいだろう。

 

 東第三鎮守府の長期休業の理由の全貌が掴めた木村は考えるような姿勢を取っていた。木村の隣でせっせとメモを取っていた部下の一人が口を開いた。

 

木村「ほぉ……流石ですな。神城提督殿も貴殿も。つかぬ事を聞くのですが、近海に現れた深海棲艦というのは具体的に覚えていますか?」

 

芙二「はい。戦艦棲姫と空母棲鬼の中規模連合艦隊のようでした。私は建物内で負傷した艦娘たちの救護活動をしていたので分かりかねますが戦った艦娘達はみなそう言ってました」

 

部下「……! 戦艦棲姫と空母棲鬼……ッ!! これはすぐに報告する用が出来ました。木村中佐、私は失礼します。用が済み次第、再度合流しましょう」

 

 席を立って、部屋を出た。事の全容を聞いた木村はうんうんと頷きながら口を開いた。

 

木村「あぁ了解した。東第三鎮守府が長期休業要請を出したのは理解できる。なるほど(……それで急に連絡がつかなくなったわけか。あれで切れた、と思うなよ? 神城。お前らが再生したら次は魂まで操ってやるからな……!)」

 

芙二「はい。それで未知なる姫級との遭遇についてですが――……」

 

 東第三鎮守府の話が終わったので次の内容へ進む。それは時雨と駆逐神棲姫との話だがそれらをぼかしつつ伝えた。

 

 ほぼ報告書通りの内容を話したので木村はつまらなさそうな表情をしていた。

 

芙二「――……以上で終わります。それだけ、です」

 

木村「そうか。午前の聴取はこれでお終いだ。付き合ってくれて感謝する。昼食を取り終わったらまたここに来てくれ。では、私達は失礼する」

 

 そういって木村たちは部屋を後にした。芙二は『はぁ……や~~っと終わった』と溜息を吐いた。椅子から立ち上がりぐ~~っと身体を伸ばしてストレッチをする。

 

 三時間近く座りっぱなしだったためか関節から音がこれでもかと鳴る。

 

芙二「さぁて、昼飯はどうしようかな~……」

 

 なんて言っているとき、誰かが扉をノックした。芙二が聞くよりも先に扉は開いた。 

 開いた扉の先には夕張と大鳳が居り、芙二の元へ歩いてきた。

 

芙二「お、夕張。検査お疲れ様。それに大鳳さん、こんにちは。俺になんか用です?」

大鳳「芙二提督殿、こんにちは。これからお昼を誘おうとしたのですがもう済ませてしまいましたか?」

 

芙二「いえ、まだですね」

大鳳「ではっ……一緒に行きましょう。私が案内します」

夕張「大鳳さんありがとう! 私、お腹ペコペコだったんだ! 提督、早く行こう!」

 

 芙二も大鳳と夕張に連れられて部屋を一旦後にした。

 

 

 

 ======

 

 

 

 本営 食堂 

 

 

 本営の食堂は艦娘のみならず職員、憲兵も使用するため人口密度が高い。間宮、伊良湖の他にも職員が働いている。食堂前の食券機には多くの人が集まっていた。

 

 そこの最後尾に並ぶのだが芙二はそれらを見ながら『間宮さんや伊良湖さんが着任したら食券機を導入してもいいかも』と思っていた。夕張は大鳳におすすめを聞いているようで話ながらメニューを想像している様だった。

 

 艦娘も職員も混じって食事をしているためか誰も芙二と夕張がいてもさほど気にしていないように見えていた。並ぶこと五分。ようやく自分達の番になったので自分の食べたいメニューを選び、券を発行する。芙二が選んだのは『陸海セットA』というものだ。名前からは全くイメージが湧かない。一体どんなものが出てくるんだろうか。

 

 そう一人ワクワクしていると大鳳と夕張も自分達が食べるメニューの券を片手にこちらへ来た。

 

夕張「提督、どこに座りますか?」

大鳳「あ! 芙二殿は“陸海セット”なのですね。このメニューは人が食べるには量が少し多いのですけど……大丈夫ですか?」

 

芙二「えっと、適当で? と、いうかこの際隅っこでもいい。三人分席を取ってくれればね」

夕張「はい。分かりました。それじゃ適当に決めてきますね~……私は座って待ってますから!」

 

芙二「了解~……さて、歩きながら行こう。大鳳さん」

大鳳「そうですね。夕張さん、私達で持ってきますから」

 

 夕張は席の確保をしに行き、芙二と大鳳はカウンターへ持って行く。ちょっとした雑談をしながら向かい食券を出して確認を取った。

 

 食券を受け取った職員は厨房へ向かって大声で料理名を言っていく。芙二はその声量に驚きながらも大鳳を横目で見る。大鳳は慣れたのか、話の続きを話し始めていた。

 

大鳳「……~~で、そうなるのですが……芙二殿? どうかしたのですか?」

芙二「いっいや何も。今日は芙二殿、なんだなって。いつもは苗字の後に提督と入るのに慣れないなーって」

 

大鳳「あぁそれはですね――ここだからですよ」

芙二「なるほど? なら普段もそう呼んでも構いませんよ? 大鳳さん」

 

大鳳「……いや大丈夫ですので。()()()()殿()

芙二「ありゃ。戻されちゃったか」

大鳳「あなたが慣れないとおっしゃりましたよね?」

 

芙二「いやそんな気は……前よりも言い方が堅くあるような気がするのですが……」

大鳳「気のせいですよ。あ、ここで待っててください。水、持ってきますので」

 

芙二「はい」

 

 

 

 大鳳は芙二に残るよう言って水を取りに行った。芙二は芙二で厨房から呼ばれるまで一人これからの予定を考えていたのであった。

 

 

 ======

 

 

 

 昼食を食べ終え、芙二は先ほどの部屋にて木村たちを待っていた。

 

 (それにしても陸海セット……中々精の付きそうなものばかりだったわ。次ここに来る機会があったらまた頼もうかな)

 

 満足した顔をしていたとき、扉がノックされる。音を聞いた芙二は改めて背筋を伸ばし扉へ注目する。芙二が言う前に木村の『入るぞ』という声と共に扉は開く。

 

 先ほどのメンバーに艦娘が一人追加されていた。見た目を見たときその娘の名前はすぐに分かったが、その見た目に収まらない何とも言えない独特な雰囲気を感じ取った。

 

芙二「木村殿、こんにちは。そこの艦娘は? 午後の……これから行われる検査の時に立会人として……?」

木村「あぁそうだとも、芙二殿。彼女の名は夕雲。君も提督なら名前ぐらいは知っているだろう?」

 

芙二「え、えぇ。それは存じておりますが……そのなんというか」

木村「なんだね? これからのことに何か不満でも?」

 

芙二「いえそうではなく……(その夕雲の様子というか周りの雰囲気が異常なのは指摘した方がいいか? いやそうすると変に勘づかれるか……)」

木村「……芙二殿、はっきりと言ってくれないか?」

 

芙二「(えぇい! この際どうでもいいことでも聞くか) その夕雲殿についてなのですが……」

 

 

 木村の少し後ろに居た夕雲は名前を出されてあからさまに驚いた表情をして芙二を見つめる。その表情には何か後ろめたいことがバレた人間のような感じだったので芙二は目を細めながら言った。

 夕雲の表情は更に追い詰められた時のようになっていた。

 

 

芙二「いえ、うちに夕雲はいないのでね。いつかうちにも夕雲と邂逅出来ればな、と思ったのですよ」

木村「なんだ。そんな事ですか。芙二殿も長いこと提督という職業をやっていればいずれ出会えますよ。ねぇ? 夕雲殿?」

 

夕雲「え、えぇそうですね」

木村「ほかに言いたいことはないです? ないのならもう始めてしまっても?」

 

芙二「ありません。お時間を取ってしまい申し訳ないです」

職員「では芙二殿、私についてきてください。部屋まで案内します。中佐殿、また後で」

 

 

 

 そういって木村に一礼するや否や夕雲の後ろに居た職員が芙二を誘導する。

 芙二は職員の元へ行くべく席を立ち、木村達に一礼してついていった。

 

 残された木村と夕雲、憲兵は黙っていた。芙二たちが出て行ってから数分したころ、誰かの端末が着信音を鳴らせる。その音にビクッと肩を震わせた夕雲は音がどこから鳴っているのか自分の周囲を見渡していた。

 

 木村も憲兵も真顔のまま動く素振りを見せなかったが、数コール目に木村は軍服のポッケから着信音が鳴りっぱなしの端末を取り出して口を開く。

 

木村「私に何の用だ? あぁ……一瞬、肝が冷えたかと思ったよ。ただの小僧と侮っていたが、勘が鋭い小僧だ。早急に消した方がいい」

 

 その口調は苛立っているかのように聞こえた。驚くことに顔は無表情から眉間に皺が寄り、怒りの表情を隠せない様子だった。憲兵も憲兵で能面のような無機質な顔から焦りと怒りが混じったような顔をしていた。

 

 夕雲自身には、よくわからない事だった。だが、明日のことを考えれば少しあの提督は気の毒な気さえした。奇跡的に姫級を退け、あの憎しみに狂った我が妹さえも撃退させた運はもう尽きてしまったのだと。

 

 神様はこの世にはおらず、無限に張り巡らされた確率だけが夕雲の目には見えているかのような気がした。

 

 明日、東第一泊地という場所が実質的に崩壊するだろう。我々……いや妹たちの強襲で。

 本当に気の毒にさえ、思う。

 私達と共に暁の水平線に――勝利を、誓うはずだったのに。

 

 それが明日、明後日。自分達が守るべき民の手によってか、或いは妹たちの悪意によって無辜の民も消されていく。

 

 今朝、夕雲が確認しただけでも百五十体という圧倒的な数が地下で蠢いていた。全部が全部海域に現れるまともな深海棲艦ではなく、八割はクローン技術を用いて作られた生物、または出来損ないだ。

 その中には死体すらも無理矢理動かしている。

 

 

 妹と共にいる人間も気味が悪い。どうしてそこまで、やるのか理解が出来ない。

 昨日の夜に話していた内容を聞くにかぎり、どちらが外道か鬼畜か分からない。

 

 内容を思い出しながら血の気が引くような思いをしていると木村が声を掛けてきた。

 

木村「夕雲君。君の出番だ。明日の朝、あの小僧の部屋に入り意識を奪ってこい。日中は動けないようにする程度でいい。相手が抵抗しようものなら、足か手を折れ。君の力なら艤装を持たずとも楽だろう?」

 

夕雲「……!」

憲兵「おい、返事は!!」

 

 木村が笑いながら伝えてきた内容に夕雲は吐き気を催すが、なんとか堪える。そのせいで返事が遅れると隣にいた憲兵が怒鳴りつける。夕雲はおどおどとしつつあることを聞いた。

 

夕雲「場所はどうするのですか……? どこかに監禁するのです、か?」

木村「そうだね。私達も明日は忙しい。君が一人で考えて動きたまえ。だが、他の奴らに見つかろうものなら君――死ぬよ? あそこでエサとなっていった人間、深海棲艦……見ていただろう?」

 

夕雲「――――――!!」

 

 顔を顰めたまま沈黙する。自分が黙っているとごくり、と生唾を飲む音が良く聞こえた。音の方へ目をやると憲兵は憲兵でなにか妄想に耽っているようであった。

 一瞬、軽蔑の念を送り視線を戻す。そして瞼を閉じる。夕雲の脳裏にはある光景が浮かんでいた。正常な状態であの光景を一度見たら、耳に、瞼裏にへばりついて離れないだろう。

 

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴と咀嚼音。目を伏せたくなるような、痛々しさ。生物としての権利を剥奪される惨さがあそこにはあった。

 あの場所で息をしたくない。呼吸する時と同時に腐った肉の匂いと血の匂いは忘れられないだろう。

 

 ……あれだけはいやだと思った、夕雲は『分かりました。やります』と言わざるを得ない状況となった。

 

木村「あ、あと君はやり終わったらそこで待機していてくれ。昼には一度確認をしに行くから」

夕雲「りょ、了解しました」

 

木村「それじゃ、任せたよ」

 

 夕雲の肩に手を二回おき、妄想に耽っている憲兵を現実に引き戻してから木村は部屋の外へ行った。

 

 残った夕雲は今にも死にそうな顔をしながら身体を震わせ『誰か、私を――殺して』と心の中で願うのだった。

 

 

―続く

 




 夕雲の見た目は深海化が進んでいるが、中身はそのままなので自分の行いに対して良心の呵責に苛まれているのでした。

 
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