五月 十八日 十時 一分 アルフォンシーノ方面
『あ~、朝早くからダルかったわ~……北方水姫のやつ、紹介したい奴がいるからっていうから拠点へ行ってみたら深海棲艦の形をした神がいるなんて思わないじゃない』
そう言いながら海上を歩く少女の名はアイリ・ブルグレス。
芙二やカインと同じく異世界の住人だ。
ふわぁ~と眠たそうにあくびをしている。
それもそのはず彼女は朝四時に北方水姫からの緊急連絡で叩き起こされたのだ。
北方水姫が紹介したのは【戦艦神棲姫】と【北方戦艦神水鬼】という人物だった。
アイリ・ブルグレスは突如現れた神と鬼に対して目を見開いた。
それに【戦艦神棲姫】や【北方戦艦神水鬼】はこの世界だと五本指に入る強さのだとか。
目的を話した。その神と鬼の目的は異なるが、最終的に辿り着くのは同じ場所だった。
神の目的は部下を、我が身を使い海をわがものとすること。
鬼の目的はとある施設にいる生物を全て殺し壊すというものだった。
アイリ・ブルグレスは二者の目的には興味がなくて適当に相槌を打っていたところ、神がその態度に対して眉間に皺を寄せて注意をした。
が、そのやり方に腹を立てたアイリと神との喧嘩が始まる寸前までいった。鬼と北方水姫の仲裁あって喧嘩は起こらなかったが、仮に起きようものなら拠点どころか北方海域が消失するだろう。
『にしても、あの神はどこから出てきたのかしら?』
と、海上で止まり、目を伏せ、首を傾げながら考える。あの世界の遺物ではないことは確かだ。
あの世界に神を名乗れるのはそう多くはいない。
魔王とか魔人、王族、貴族とかなら溢れていたような気がするが、と思い出していた。
種族もそれなりに多い。
だからこそ、名の知れた英雄なんかじゃないと特定はできない。
『ふわぁ~……ねっむ。あ~あ、ダメだこりゃ。これは後で二度寝かなぁ』
再びあくびをすると、目を擦る。どうしても眠い彼女は自宅に帰ったらひと眠りしようと強く決意し、再度海上を歩き始めるのだった。
少し戻って同日 九時 二十分 アルフォンシーノ方面
青葉たちはアルフォンシーノ方面へ到着していた。
空は雲一つない晴天であり、深海棲艦の影など一つもない平和な海だった。
旗艦である青葉はほんとにいるのか、と考えてしまう。しかしここに深海棲艦が出現し、制海権が奪われているという報告が上がっている。ゆえに青葉たち艦娘は動かなければならなかった。
『皆さ~ん! 目的地に到着しましたけど、緊張を解かずに行きましょ~~!!』
『青葉さん! 了解しました!』
『はい。了解ですっ』
青葉の掛け声に如月と朝潮は返事をする。返事をしなかった隼鷹や夕張は緊張しているようで艦載機を飛ばしたり、自身の肩に乗っている妖精さんと話したりして警戒をしている様だった。
サラトガは青葉の掛け声になんとか返事をしつつ、自分の足元を見る。
足元に映る自分の像は所々、深海化が混じっており今の状態を見られたら確実にマズいと思っていた。
サラ(皆さんにバレる前に帰投して、提督に……い、いえまだ私は大丈夫です……よね?)
『いえ、アナタはもう終わり。キッカケさえあれば、今の関係は逆転スル! ダメージを食らって隙を作ルカ、経過デ心ガ潰レルカ、カ? フフフフ……ドッチニしろ、モウスグなのよっ』
サラトガの不安をよそに、水面に映る自分が話しかけてくる。そろそろ鬱陶しいくらいだと感じていた。青葉はもっと先に進むらしい。なんとかして気を張ってついて行かねば、と思うサラトガだった。
『青葉~! アタシたちから見て東六百あたりからどれくらいか渦潮が発生してるよ~』
という隼鷹の言葉でサラトガはハッとして急いで艦載機を発艦させようとする。
サラ(えっ?)
自身の飛行甲板から艦載機を送り出そうとしたとき、妙な感じがした。自身の扱う艦載機の形が深海棲艦の扱うソレに変わっていたのだ。艦攻、艦爆用の艦載機は全滅しており、区別がつかない。
かろうじて艦戦用の艦載機は変わっていないので急いで発艦させる。
ブロロロ、と音を立てながら空へ飛び立つもどこかおかしい、とサラトガの目には映る。
よれよれと左右に揺れながらなんとか飛んでいるように見えた。
左右に揺れているとはいえ、ちゃんと機能を果たしているように思えた。
艦載機に搭乗している妖精さん視線で情報が伝わるからだ。伝わった情報を皆に伝える。
『こちら、サラトガ。私から見て北九百の方向は何もないです。引き続き警戒しながら航行します』
『了解! サラトガさん、昨日の夜顔色悪かったけど、大丈夫? 悪くなったら途中で切り上げる旨を冷葉補佐に聞いてみますね!』
『はい、ありがとう、ございます』
と青葉との通信を終了する。
サラトガはふぅ、と溜息をついて額の汗を拭う。
旗艦である青葉がきちんと自分の体調不良を見抜いてくれたことはありがたかった。
これなら今にでも自身の不調を伝えて、芙二の力で解決と考えた矢先だ。
彼女が飛ばした方向の艦載機から不審な情報が伝わってきた。
自分たちのいるところから南に、四百メートル。
海上を歩く人物がいた。その人物の特徴は薄い水色の髪に、黒いスーツを着た少女だ。
背は自分よりも小さく、龍驤と同じかあるいは少し前にいる朝潮や如月くらいに見えた。
人間が海上を歩くだけでも不審なのに、どうしてスーツを着ているのだろうか。
サラ「まるで、シゴト帰りの――――」
そう言いかけたとき、艦載機に搭乗している妖精さんの目を通してその少女と目が合った。
緑色の目が妖しく光ったような気がしたが、不思議と目が離せなくなっていた。
【あ、見つけた】
異変を感じたサラトガは艦載機の高度を上げた。
しかし上空から視ているのに、海上にいる少女の声を拾った。
【ふぅん? あれが、艦娘ね……】
その少女は四百メートルも離れているのだが自分たちを見ているかのように、分かっているかのように呟き続ける。
サラ「っ! 皆さんに知らせないと――――ッ!?」
【アハッ!! 面白い
サラトガが艦載機から伝わる音声と映像から分かった情報を伝えようとする時、丁度無邪気な言葉が聞こえた。
ズキリ
サラ「っ!?」
自身の胸が強烈に痛む。服の上から胸を鷲掴みにして、前のめりになった。
ズキリ ズキリ ズキリ
サラ「アガッ?! ぐぅっ……」
痛みは徐々に増していく。
内側から爆発するような痛みにサラトガは耐えられなくなり、足から崩れ落ちた。
『サラトガさん!? あ、青葉ぁッ!! サラトガの様子がおかしいッ!!!!』
ズキズキと胸が痛む中、無線から夕張の声が聞こえる。仲間が声を荒げる音すら聞こえなくなっていく。あの声が聞こえるのだ。いつも鏡の向こうで囁いていた声。
『もうすぐ。これまでご苦労様。準備はもうできているから――――交代しましょ?』
その声は穏やかに自分へ言い聞かせているようにも聞こえた。
前のめりになったことで、水面に映る自分の顔が見えてしまう。
『ッ――――!! ワタしは、まだ、堕ちませんッ!!』
手を差し伸べてくる
片言交じりで、続けて叫んだ。今の彼女に周りのことなど気にしている余裕などなかった。
如月「さ、サラトガさん……? 大丈夫……?」
朝潮「青葉さ――――」
『ッ!! ワタシニ、近づかないでくださいッ!!!!』
今までで一番大きな声で叫ぶ。
それはサラトガの異変を察知して朝潮と如月が心配し声を掛けようとした時だった。
叫んだだけなのに、彼女たちに強風が吹きつける。
暴風を感じる風は彼女たちを後方に吹き飛ばす。
如月「え、な、なにが……起きて」
夕張「青葉さんッ!! 至急、冷葉補佐に緊急の連絡をしてください!!」
周りが慌ただしく動く。
サラトガの様子がただの風邪のようなものではない、と分かってしまう。
艦娘は本能で分かる。これは――――深海化、だ。
仲間であるサラトガは今まさに深海化の症状が出ている。
深海棲艦と艦娘の瀬戸際に、彼女の精神は居るのだ。
『ぅぐ、アァァァア!!!!』
突然、サラトガの悲鳴が聞こえる。
負の感情を混ぜたかのような、怨念が溢れだしたかのような怨嗟が彼女の周囲を満たしていく。
ズズ ズズ ズズ
物を引きずった、ノイズのような音が聞こえ始める。
こんな体験はしたことがない青葉たちは困惑する。
今すぐここから離れた方がいいような気がするのだ。
『青葉さん、冷葉補佐へはッ!!?』
『ダメです。繋がりません!!』
『……という事は、現場にいる私たちがサラトガさんを
『朝潮ちゃん! そんな言い方はっ!!!』
『夕張さん、司令官がいないこの現状で私たちは助ける事なんてできません。今、瀬戸際にいる彼女を逝かせてあげる事が私たちに出来る事です。だから、青葉さん!! 許可を、サラトガさんはまだ間に合います!』
言い切った朝潮に夕張は困惑する。朝潮のいう事が理解できないわけではない、でも別の方法があると信じていたのだ。処分、しなくてもいい方法を必死に思考していた。
青葉は目の前に苦しむサラトガが居て、随伴の朝潮は彼女を処分すると言い切った。彼女は許可を求めている。だが、今許可を出せばサラトガは沈んでしまう。
しかし先日の大艦隊による侵攻を知っている身としてはここで処分するのが正解だと思ったので朝潮に対して許可をしようとした時だ。
『青葉さん、青葉さん』
無線からいつものサラトガの声がした。無線からの声を必死に聞く者、またサラトガの様子を見ようとする者の二つに分かれた。
『こうなってしまっては、もうダメですね。今まで黙っていてごめんなさい。実は私、着任した時から深海化の症状が出ていたのです。それを騙し、騙してきたけど、もうダメそうです』
『サラトガさん!! まだ、大丈夫です! 気を――――』
『私の姿を、見てもそれが言えますか?』
青葉は必死に伝えようとするも、サラトガ自身の言葉で遮られる。
全員、サラトガを見た。目と鼻の先にいた彼女なのに、気がついたら変化していた。
その変化に要した時間は一秒あったか、ないか。それくらいの早さだった。
夕張「……そ、そんな」
隼鷹「こりゃ……いやこれが深海化……ね」
彼女の髪は白く、肌も白くなっていた。顔の左側は黒い半仮面で覆われ、白いドレスを身に纏っていた。皆が言葉を失うなか彼女は無理矢理、笑顔を作っているような、そんな風に見えた。
彼女の言葉が終わったあと、しばらく静寂に包まれると思っていた。
沈黙の雰囲気を壊したのは他でもない青葉だ。
涙声で、サラトガの顔を見て叫んだ。
「まだです。青葉は、全員で戻るんです!!」
『……青葉さん、私がマトモであるうちに、帰投して連絡を……意識が消えたらどうなるか、分かりません……』
それでも青葉はサラトガの元へ近づいて、無理やり手を引き泊地へ連れて行こうとした。
バシィッと何かが青葉の手を強く払った。サラトガ含め全員が驚いた。
『……もう、時間がない』
そう呟くサラトガの周囲にはクラゲ型の艤装だか分からないのもが八つ浮いて辺りを漂う。
『青葉さん、お願いです。皆さんを連れて早く、撤退を。それでもしないのであれば――――っ』
急に背を向けたサラトガ。青葉が近づいていこうにもクラゲのような物が邪魔をする。
だがすぐにコフッと小さな声が聞こえ、サラトガは再びこちらを向いた。
ナイフを更に奥に差し込むように押す。
苦痛の顔をするがやがて表情が変わり、穏やかなものとなる。
『なぁッ!! そ、そこまでしてっ!! なんで、どうしてっ』
『……ふふふ、冷葉補佐や提督。それと皆さんにありがとう、とお伝えください』
彼女は自刃した。胸にもともと持ってきていたナイフを突き刺した。
深海棲艦に堕ちて、皆に被害を出すよりもこれが最善だと思ってのことだ。
『夕張さん!! ナイフを抜くのを手伝っ……『無理です。こんなに深く刺しては抜くと失血死します』 ……どうして、なんですか』
血を吐く。コポリ、と小さな泡と共に血が溢れる。白い肌に赤が生える。
最も奇麗な色ではなく、濃く、黒に近い赤だが。
彼女は自らで幕を下ろすことにした。
自分がこの世界に生まれた意味を探していた彼女にとって、このような終わりを迎えれるのはとても嬉しい事だった。
僅かなときで幸福を与えてくれた芙二をはじめ、皆には感謝していた。これが本当に最後で泡沫の夢だとしても後悔はなかった。
『あぁ……』
身体の血がほとんど失われた肉体は力なく沈み始める。
すでに目に光はなくなっており、肌も青みがかっていた。
青葉が、夕張が必死に掴もうとするも掴めずに、徐々に沈む。
涙を流して、何か叫んでいるが殆ど聞き取れなかった。視界も色が抜け落ちて、白と黒の二色しか分からなくなっていく。
そして――――トプンという音がすると共に彼女は沈んだ。
彼女の身体はゆっくりと海底へ向かって行く。
『……まさか、自ら命を絶つとは……ね』
『これ、でアナタも、出てこない……これ、ガ最善ノ……』
目の前にいる自分と全く同じ姿の虚像に勝ち誇ったような表情でザマーミロ、と舌を出した。
しかし虚像はそれを鼻で笑い、こういった。
『フン、勝ったと思った? ザンネン、アナタの負ケ。言ったでしょう? 隙を作ったら、ッテ』
フフフ、と嗤う虚像はサラトガの顔を掴むと口付けをした。
口付けをされた彼女は振り払いたくてもそんな力はなく、口内を汚されながら黒い異物に侵食されていくのだった。
『提督……助け』
精神を侵食され尽くす前に、
『さて、玩具は入手したことだし。お試しと行こうじゃないか。
今回のでどれぐらいデータが集まるかな。
一度で終わらせるのは、楽しくないんだ。
この世界に復讐するのだから、隅々まで終わらせてあげる』
と黒いスーツを着た少女は嗤うのだった。
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