月見「画面が真っ暗ですね。芙二提督殿、まだ動画はあるのですか?」
芙二「あります。後、二分ほどで……いやとばします。少々お待ちを……」
動画は再生されているのだが、依然として映し出されないところに疑問を頂いた音宮が問う。芙二は適当に答えつつPC前まで向かい、あの話の最後の部分を元に弄った動画を気が付かれないようにくっつける。
『……ガガッ……ジジッ』ノイズ交じりに動画が再生され始めた。叢雲の挑発に乗り、動きが単調になった旧駆逐棲姫は川内、夕立の攻撃を諸に受けた。大爆発を起こし、大きな水柱が立ったのだ。
並みの深海棲艦だったら轟沈、もしくは大破だが……。
『痛ったいなぁ……万策尽きた? ねぇ、尽きたよねぇ?』
『どっかの化け物みたいなタフさね。本当にただ怨みで深海化したように見えないのだけど……どうしようかしら?』
『叢雲ちゃん! 挑発してる間に提督へ連絡したから応援が来ると思うよ! それまで持ちこたえよう! 私も弾がまだあるからっ!』
『時雨……ううん、
『夕立。君はまだ知らないんだ、この世界を。人間の味方なんて辞めてボクの味方になってよ。じゃないと――ボクは一度、二度……いや何度も。分かってくれるまで君をッ――――』
夕立がかつての時雨と袂を別ち、倒すという勢いを言葉に乗せて告げる。旧駆逐棲姫は驚いた表情をしたかと思えば、宥めるように話しかけてきた。言葉の後半は言い方を強くして――だが、言葉が続かない。
ビキ ビキ ビキ ビキ ビキビキ ビキビキビキ!!!!
『ぐぅあっ!? 全身が、骨が、砕けるように痛む……どうやら残された時間は少ないみたいだ。――せめて君だけでも連れて逝くよ。他に構ってる場合じゃないみたいだ』
『旧駆……時雨? 大丈夫っぽい』
異音と共に苦悶に藻掻く旧駆逐棲姫へ手を伸ばしてしまった夕立。体重を任せるようにふらっと倒れ込んだ旧駆逐棲姫の右手に隠された魚雷にいち早く気がついた霞だったが、声を発して教えること叶わず閃光に包まれる。
目を覆わないと焼かれかねないほどの光、熱は形を変え周囲の艦娘を吹き飛ばした。中心地にいた叢雲と川内は炎と風に包まれて後方へ飛ばされた。一陣の熱風が吹き抜けていくが、霞も龍驤も近づけないでいた。
意識を取り戻したのは自爆ともとれるあの爆発から三十秒後であった。
『霞! あんたは川内の様子を見てやってェな! うちは叢雲の――』
『ふぅ……装甲と最低限の艤装を残してでも与えた一撃の味はどう? ってみぃんな吹き飛ばされちゃったから味もなにもないかっ!』
『きゅ、旧駆逐棲姫?! み、自ら、自爆をしたんちゃうんか!?』
『ん、軽空母の……龍驤、だっけ。いいや、あの程度じゃあ死なない死なない。だけどもうボロボロ。最低限しか攻撃できないし、逃げる事なんて最初から考えてないよ』
『夕立はっ……夕立は死んだ、んか?』
『死んだと思うよ。あの熱量に耐えきれると思ってない。轟沈というよりかは熱でどろどろに溶けた……あ、でも結局沈むから轟沈と変わらないか』
ポンと手を叩いて呟く。龍驤と霞はどうしたらいいのか、動けなかった。叢雲も川内も死んでしまうような熱を受けたのだ、早く治療しないと後遺症が残ってしまう。そんな気がしてならない。
『……ッ
(どないすんねん?! うちらも知らん姫級一体に、ここまで追い詰められてッ……)』
旧駆逐棲姫を前にして、龍驤は必死に考えていた。先に受けた一撃で艤装が展開できないほどダメージを貰っている。今の龍驤では目の前の姫級の装甲を抜くことはできない。
考えている間にも川内、叢雲、夕立の命が危ない気がするのに――。
『龍驤さん! 川内さんの心臓が動いているけど! けど、思っていた以上に火傷が酷くて……すぐに手当しないと二度と艤装が使えなくなっちゃうかもしれないわ!!』
『な、なんやてッ――霞ィ! 叢雲を引きずってでもはよ、撤退を――』
言いかけたとき、旧駆逐棲姫の後ろから水の音が聞こえた。どこかで雨が降り、雨粒が水面を打つ。そんな音が後方から響き始めたのだ。
虫の息の川内を除く全員が音が聞こえる場所を注目する。旧駆逐棲姫は向こうの応援が来たのかと思ったし、霞と龍驤は旧駆逐棲姫の仲間が来たのかと警戒を強めていた。
『……………………』
三人とも音のするほうを見つめていると次第に空が曇り、小雨が降り始め視界が悪くなった。ちゃぷ、ちゃぷと海上をゆっくりと歩く音が聞こえる。音は近づくばかりだったがふいに影でシルエットが浮かび上がると旧駆逐棲姫が残しておいた主砲を構えた。
『これ以上近づくなら撃つぞ。誰だか知らないけど邪魔をするなら、先に殺してあげる』
『……それは――』
旧駆逐棲姫が告げたとき、ぼやっと映る影はとても小さな声で何かを呟いた。あまりにも小さく三人にはよく聞き取れなかった。
ガコン――ドォン!
すぐさま装填すると間髪いれずに思いきり、撃った瞬間に黒いシルエットも消えうせた。
『――夕立が行うことっぽい!』
『!? ……夕立、生きて!――ブフッ』
夕立が飛び出してくると思っていなかった旧駆逐棲姫は驚いた顔をしていただろう。
実際に龍驤や霞も驚き固まっていた。しかも気が付けば旧駆逐棲姫の鼻っ面を思いきり殴り飛ばした。最低限の装備しか纏っていないためこれは効いただろう。
『……ペッ! 夕立、その姿はなんだい? それに出会い頭に顔面に一撃って素行が悪くなったモノだ』
『
『ならボクも本気で行かないと、ね。……せめて夕立、君だけはボクの手でッ!!!』
改二となった夕立と最後の力を振り絞る旧駆逐棲姫の戦いが始まった。互いにぶつかり合い、命尽きるまで力を揮おうとしていた。砲撃戦、雷撃戦……そしてステゴロ。
雨や波の音と鈍い音が混ざり響き合う。合流した泊地の艦娘が状況整理のためと龍驤に聞いているときには雨は止み、空はゆっくりと晴れてきていた。
『龍驤さん、私たちも参戦した方が……』
『いやもう終わる。旧駆逐棲姫の……新種の姫級の負けや』
少し離れた場所から他の艦娘に川内と叢雲を預け、夕立と姫級の戦いを見守っていた。
『ですがっ』そう言いかけたとき、一際大きな爆発音と衝撃が二人の間を吹き抜けていく。龍驤と負傷者除く全員が注目していた。龍驤に状況を聞いて来た榛名に声を掛ける。
『みんなで夕立を迎えに行こうや』
榛名が呆気に取られていると、にぱっと笑い夕立がいた場所へ向かい始める。ふと龍驤の進んだ方を見ると黒ずんで塵になっていく艦娘を抱いて声を押し殺して泣く夕立の姿があった。
芙二「――と、これにて旧駆逐棲姫については終わりです。何か質問があればある程度はお答えします。その後は次のページを捲って貰えば分かるかと思います。旧駆逐棲姫はあの後駆逐艦時雨となって我が泊地へ配属され……」
音宮「ちょ、ちょっと待った! あの映像の時雨がドロップ艦?! 例え野良であっても深海化した艦娘は
月見「音宮提督殿が驚くのも無理はないだろう。芙二提督殿、その姫級を轟沈させたのは素晴らしいと称賛しよう。だが、元の艦娘に戻っていたとしてもまた新たに深海化するという不安はないのか?」
驚き、困惑といった表情をする二人に対して、神城は同調しているように振舞う。自身が殺されそうになったあの日以降、艦娘に深海化する兆候はない。それにこの地球上の生物を凌駕している
三人とは別にどうやって納得させるか考えこむ。その時、ふと思うことがあった。
芙二「あると言えばありますが……大丈夫だと思います。楽観的な判断ではございません。それにうちには皆さんが拒否したリスクを孕んでいる
神城「そ、それは」
月見「……あのサラトガのことですか」
芙二「えぇそうです。うちのサラですね。先日、サラが深海化して深海海月姫となりました。先に言っておきますが、沿岸部の被害はゼロです。場所が北方海域というのもありますが」
月見「ほら、見たことでしょう! 芙二提督殿の管轄の沿岸部の被害がゼロなのは素晴らしいことですが、結局爆弾処理には失敗したあげく轟沈者も出したのですよね? なので、被害ゼロという誇大表現はほどほどに――」
芙二「いえ、ゼロです。流石に資材はいくらか消費してしまいましたが、轟沈者も敵機の漏らしもありません。ついでに言っておくとサラも元に戻しました」
月見「嘘、嘘を報告書に混ぜないでください! 芙二提督殿の艦隊では姫級はおろか敵連合にも勝てなそうなのにっ!第一、だれか手伝いを行ったトコはあるのですか!」
神城「手伝いというか、支援艦隊は東第三が
音宮「か、神城提督殿! 芙二提督殿と面識があったのですか? ふ、芙二提督殿! これはどういうこと――」
神城「いや月見提督殿と音宮提督殿と同じ考えだ。いつまで経っても挨拶に来ないので締めに行った。そしたら忙しそうなので、通りかかった艦娘に聞いたのだ。そうしたら誰もが皆、口々に言う。『サラトガが深海化してしまった』と。芙二提督殿は新人だ。少しばかりサポートしてやっただけです」
芙二「その節は大変お世話になりました。本営の大鳳殿と神城提督殿がいなかったら厳しかったのかもしれません」
神城はキリっとさせているが、内心は冷や汗が出ているだろう。それは芙二も同じであった。東第三で複数の深海化艦娘、死傷者を出してなお、人智を越えた力で元に戻したのだ。月見と音宮には悪いが、今話すつもりは毛頭ない。それなのに神城が受け答えをし始めたときは芙二ですら冷や汗を掻いていた。
音宮「ふむふむ……サラトガの事と南西諸島海域の孤島の爆発について知りたいのですが、正午を越えていますね。会議は一度中断してお昼にしましょう。食堂まで案内するのでついてきてください」
会議の前半はこれにて幕を閉じた。
皆がぞろぞろと会議室を出て行くとき、午後見せる内容はどうしようか思案する。
サラトガの件含めて、色々ありすぎている。表情を曇らせているのを見られるわけにはいかず、悶々としているときある存在が頭によぎった。
芙二(そうだ。非情派の連中の所為だということにしよう。お姫さんの仲間については答えられないが、清霜、夕雲、時雨。確認できた被害者は三名もいるのだから)
次話す内容の本文が凡そ決まった瞬間であった。