とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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5章の始まり


第五章 抵抗せよ、異深奇侵撃 前編
五章 1話『調整』


 六月二十九日 午後二時。芙二は東第三鎮守府を訪れていた。今回は普通に受付から執務室へ向かう。直接執務室へ向かわないのは九日前の夜、時雨と夕立と共に訪れたはいいものの、突如取り出した巨大な砲の砲撃の爆発を元に執務室へ飛ぼうとしていたのを陸翔の秘書をしている五十鈴に諌められたからである。

 

受付「ここから、左に曲がった先に執務室があります。執務室には提督である神城殿がおられるとの事なので、扉をノックしていただけるとよろしいかと」

 

芙二「分かりました。案内、ありがとうございます」

 

 お礼を言うと案内人は微笑みながら軽く頭を下げ、受付がある部屋に戻っていく。廊下で一人になった芙二はきょろきょろと周囲を見渡しながら歩いている。軍服を着ているとはいえ、落ち着きがないように見えてしまうだろう。あの日、廃墟同然であった場所が休業中とはいえ、徐々に活気を取り戻しているのを見ると陸翔の頑張りが見えた気がしたのだ。

 

芙二(とはいえ、まだ人が少ないか。しかし休業中とはいえ、職員が来て仕事してる。うちも余裕が出来てきたら上……陸翔殿や陽菜さんに聞いてみてもいいかもしれない)

 

 考え事をしているとすぐに執務室へ到着した。扉をノックし、相手の反応を伺っていると「どうぞ」と一言だけあった。ドアノブを回し、部屋の中へ扉を開けるとき――。

 

『うわっ! 武蔵っ 危な……』

 

 ガッシャ―――ン!!

 

 神城の悲鳴とともに何かが崩れる大きな音が部屋中に響いた。突然の事に芙二も驚いて固まっていると、倒れているであろう武蔵と目が合った。

 

芙二「大丈夫か……?」

 

武蔵「ッ!? な、なんでここにいるのだ」

 

芙二「それは陸翔殿に用があったからだが。ちゃんとアポも取っているぞ」

 

武蔵「ぐ、ぅ。そ、そうか」

 

神城「どうしたんだ? 武蔵。そんな苦い顔して……」

 

 芙二と目が合い、目を開き、口を半開きにした武蔵。理由を問い、芙二からの答えに居心地の悪そうな顔をして頷く。武蔵の後ろにいるのか、神城が表情が急変した秘書の様子に驚いていた。

 

神城「まさか、打ち所が悪かったか!? それならだれか呼んで――」

 

武蔵「いやあの男がいるからだが」

 

神城「あの男? 誰の事を」

芙二「こんにちは、陸翔殿。調整の日は今日でしたよね?」

 

 扉を閉じながら、神城に話しかける。芙二と目が合った神城は数秒間、ぽかんとさせていた。その後に目をぱちくりさせてから、震えながら「あれ、今日でしたっけ」と小さな声で聞いた。

 

芙二「そうですよ。長門は今どちらにいますか? 彼女に会わないと話が始まらないのですが」

神城「そ、そうだったのか……。長門は今、自室にいると思う」

 

芙二「なるほど。では、後で長門のもとに向かうとして。陸翔殿、武蔵さんが秘書艦なんて珍しいのでは?」

 

神城「今日は五十鈴が海防艦の子を連れて簡単な遠征任務に行っていてな。代わりに武蔵に頼んだのだ。ちゃんとやってくれているし、変な事は起こらないと思うが」

 

芙二「それもそうですよね。殺す気(いや)ならとっくに殺害(拒否)している。ねえ、武蔵さん?」

 

 陸翔から武蔵へと視線が移る。芙二は少し口角を上げて、笑うと武蔵は引き攣った笑みを浮かべてやり過ごそうとしていたが、少しずつ泣きそうになっていた。そんな様子をみて、神城は黙っているわけはない。

 

神城「凌也殿。そんなに武蔵をいじめないでくれ。あのときの事はもう解決されている。それを掘り起こすようなことはしないでくれ。武蔵、俺は凌也殿と長門のもとへ向かう。部屋はこのままでいいが、怪我をしているのなら、明石に見てもらってくれ」

 

武蔵「承知した」

 

神城「それでは凌也殿、行きましょう」

 

 芙二の後ろに歩き、扉を開けていこうと催促する。武蔵のことは見もしないでついて行くのだった。部屋に一人残った武蔵は緊張を解き、大きなため息をもらした。ぶるぶると小刻みに震えている手を抑え「どうして、あの化け物が陸翔と仲良くしているんだ」と愚痴をこぼしていた。

 

 

 

 神城が長門がいる部屋の扉を強く叩く。反応がないので少し大きな声で呼びかけるも反応はなかった。困り顔の神城と部屋内にいないのか?と疑問に思っている芙二。先程よりも強く叩き、呼びかけるも反応はない。しびれを切らした神城がドアノブを回すとガチャガチャと回らない。

 

芙二「いないのか? 陸翔殿、少し失礼する」

神城「り、凌也殿?いったいなにを……」

 

芙二「いるのは分かる。警戒しているのも分かる。長門、少々時間が惜しい。だから――抜けさせてもらう。陸翔殿、右手を借りる」

神城「え、何を言ってるんだ? 抜ける? 今日は帰るのか――って、わっわわ、え!?」

 

長門「! きゅ、急に室内に入って来るな!! 鍵は掛けたのに……どうしてよりにもよって今日なんだ」

 

 芙二が能力行使で”壁ぬけ”をして無理矢理だが部屋の中に入った。神城は急に室内に入ったことに驚いて何度も瞬きをしていた。芙二は長門に挨拶をするも当の本人は今の姿を見られたくないようだ。

 

 それもそのはず、今の長門の姿はあの日深海化していた姿そのものだった。戦艦棲姫とまではいかなくとも額の左側に鋭い角が生えており、髪も所々白色となっていた。

 

 

芙二「なるほど。相談されていた内容と同じものであるな」

長門「相談? 陸翔、お前この男になにを話したのだッ」

 

神城「俺は長門のその状態が続いてほしくはないと思っている。おまえ、苦しそうじゃないか。寝ているときも魘されて、起きていてもそれに苛まれる。俺はおまえの提督だ。だから――」

 

長門「だからではないッ!! これは私の苦痛だ。あの日、最愛の妹である陸奥を喪った私の、私だけの――喪った傷(宝物)だ」

 

 神城が無断で相談したことに腹を立て、髪を搔き乱す。声は次第に大きくなり、言葉の中には激しい憤りを含んでいた。一拍おいてからゆっくりと吐き出した言葉はこれ以上ない殺意と乖離の意志を感じた。

 

 途端、長門の深海化が進行する。しかしあの時とは比べものにならないくらい進行は早く、またただの姫級に変化するわけではなく、時雨とは別ベクトルの変化を遂げようとしていた。

 

長門「ううう……ぐぅっ、あああぁぁああ!!!!!」

 

 呻き声と共に長門の身体からは幾本も束ねた割り箸を一気にへし折るときのような音が部屋中に響く。それと同時に痛むのか、片方の手で頭を抑えながらふらふらとしだした。壁に当たっては殴って傷つけ、本棚にぶつかっては中の本を雑に掴んで投げ、破いては床に捨てていた。

 

芙二「陸翔殿。強行手段に入りますが、いいですか」

神城「いやっまだ待ってほしい。きっと長門は克服しようとしているのだから――」

 

芙二「……分かりました。被害が出そうでしたら、言ってください。もうすでに出ているようなもんですけど」

 

長門「あぁ、芙二。芙二、凌也。貴様がなぜここにいるかはどうでもいい。んぐ!? あああぁ私は、わたしは――」

芙二「(オレ)の名を気安く呼ぶんじゃない。なんだ、多重人格か? 忙しいやつだ」

 

長門「私をあの方が呼んでおられる。我らを統一するお方。名を棄て神の座に上り詰めた……戦艦神棲姫さま。あの方の元へ行かなければ――だから死ね、陸翔」

 

 変化した長門の話し方、見た目は戦艦棲姫そのものであった。だが、違う点は”戦艦神棲姫”という名を恍惚とした表情で話すところだ。深海化した長門こと戦艦棲姫は陸翔の目の前に立つと軽く突き飛ばした。

 

神城「おわっ な、なにをするんだ。なが、と……?」

長門「ふん、貴様はこうして私を見上げている姿がよっぽど似合う。矮小な人間、卑劣な種を持つ人間。あのお方が目指す世界に貴様らは必要ない。故に、だ」

 

 狼狽えている陸翔の眼前に右手を伸ばすと深海棲艦の纏う防具を腕の身に纏わせ始める。流石にまずいと芙二は対応する。一瞬で不壊を付与して即死を回避させる。

 

 ドガァァンッ!!

 

 即死は回避できたものの、神城はあまりの事態に気絶してしまったようだ。それを確認した芙二はメモ帳に乱雑すぎて解読不可能な文字で走り書きをする。

 

芙二「完全に分離させたと思ったのになあ。魂そのものが囚われているとそうなるのか、勉強になった」

長門「余裕そうだな。この世を超越した者よ。名は……ああ、芙二であったか? この音に乗じてくる有象無象にそこの死体の説明でもしておけ。――いや来ないか。なにせ迎えが来ているからな」

 

芙二「そういうこと。うちのサラトガみたいな感じでそんな感じになっているの。行かせるわけないだろ、普通に考えてッ」

 

 この際だ、一撃必殺で仕留めてしまおうと考える。艦娘だろうが、深海棲艦だろうが殺せる手段を持っている芙二の特権である。新しい技も試したいところだ、そう思っていた。

 

長門「キャアアァァアアア!!! だ、誰か誰か来てくれ!! 陸翔がっ! 芙二提督に殺された!!」

 

 目の前の戦艦棲姫はそう叫んだ。先程の爆発音で職員や艦娘が来ていると踏んでの行動だろう。現に神城は泡を吹いて気絶している。叫ぶとは思っていなかった芙二は困惑する間に、戦艦棲姫は元の姿に戻っていく。そして自身の衣服……女性の弱いところを襲われた、そう目立たせる為に破いていく。

 

芙二「そうはさせねえッぞ、長門!! 干渉ッ」

長門「芙二提督殿、これは一体どういうことか! 今すぐ彼女から離れなさいッ!!」

 

芙二「離せッ馬鹿憲兵共!! 今あいつを逃すととんでもないことに発展するんだぞッ!!」

憲兵A「ボロボロの彼女の服を見て、そういうなら貴様はとんだ強姦魔だな! いち提督として情けなくないのかッ!!」

 

職員C「神城殿、どうか息を……いや息はあります! ですが、頭部からの出血が止まりそうにありません!」

憲兵B「さっきの音はこういうことか、上官を殺しに来るとは貴様をこの場で逮捕、連行してやる」

 

 事情を知らない、芙二の正体を知らない職員、憲兵が長門の部屋に入って来ては混沌とした現場を作り上げる。見た目は怯えて、震えている戦艦棲姫でさえも内心、笑えて来てしまうほど愉快であった。

 

 特に芙二が捕まって、手も足も出せないでいる状況にはそれを肴に酒でもかっくらおうと思うほどだ。滑稽で笑いが抑えきれなくなる。

 

五十鈴「なんの騒ぎなのかしら? 執務室にはいないし、海にはやたら深海棲艦がいたけど勝手に沈んでいくし。あら、芙二提督じゃない。もしかして沈めたのはあなたの仕業かしら?」

 

職員B「い、五十鈴さん! 芙二提督に神城さんが重傷を負わされてッ そこの長門さんが――」

芙二「そうだよ。そこの長門がまぁえらいことなってるから、迎え(あし)を奪ったつもりなんだけど。ここまで快適だったでしょ?」

 

五十鈴「うーん、特に変化はなかったわね。ただ海防艦の子たちが驚いていたし、若干怯えていたから今度からやらないでっていうよりかはもう少し優しくしてもらえる?」

芙二「遠隔操作だから難しい。目に視える距離だったらすぐだけどね」

 

五十鈴「で、長門は? また深海化したの? っていないわね」

芙二「ほんと、逃がしたくなかったな」

 

五十鈴「追ってほしいのは山々。だけど、ここで起きていることを何とかしないと何も出来なそうね」

芙二「とりあえず(オレ)は拘束されていようと思うが。なに言っても変わらないと思うから」

 

五十鈴「大変ね」

 

 会話を終えると、芙二は数名の憲兵に囲まれて鎮守府内にある薄暗い部屋の中で拘束された。ありのままのことを話してもいまいち相手は信用しない。「証拠があるから、待て」と言ってから携帯を取り出し、自身の記憶の一部を映像として写し、携帯はそれを映し出す機械として使った。

 

 長門が深海化する様子、そして神城を突き飛ばし、砲撃する様まで。それを見た憲兵らは一度、本人と話し合うと言って鎮守府からの退出を余儀なくされた。

 

 このまま自分がいても話は進まないだろうと思い、泊地へ帰宅するのだった。




東第三の長門
->再度、深海化。行方不明に。
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