戦闘が始まってから最初の時雨は逃げに徹していた。那智と祥鳳が新たに取り出した装備は艦娘でも深海棲艦の艤装に当てはまらない兵器だったから。
那智は白い主砲を一本、右腕に装着し引き金を引いた。それらは時雨に向かって躊躇いもなく射出する。当たるまいと思いつつもきちんと撃ち返して相殺してから那智の行動を分析しようとする。しかしそれだけだと高を括っていたらそうではなかった。
時雨「ん? は、え!?――なにか飛んでくる!」
後ろに飛び移ると元いた地面が派手に爆発を起こし、周囲に破片が落ちてきた。煙が晴れてから見るとそこは深くえぐれていたのだった。那智を見ると変化はない。どこからだと思い、視線を下の方へ移すとそこには4連M202が左右に一つずつ置いてあった。
那智「どう? 私ノ新しい装備の味ハネェ!!」
時雨「アハハハハッ! いいねぇ、いいねえ。ボクはこういうのに憧れていたんだ」
普段の艦娘であれば、怯むだろうと那智は思っていた。それは目の前にいる時雨も例外ではない、と。しかしそれは違った。艤装だけではなく、ロケランも装備する那智の変化っぷりに気持ちが昂ぶるのを心で感じていたのだ。
那智「なにヲ笑うのだ? 貴、様ッ……調子に乗るなァ! その口を塞いでヤルッ」
時雨「別に馬鹿にしたわけじゃないよ。その考え?いや戦闘スタイルが面白くて、ついね」
那智の足元から計八発のロケランの弾が時雨目掛けて飛んでくる。わざと前進することで上手く回避をしようと思ったのだが、それは叶わない。
時雨「え!? う、うそ――」
ドッガァァアン!
那智「フン。私を舐めるからこうなるの。早く妙高姉サンを迎えに行かなくちゃ――」
祥鳳は艦載機を待機させ、紫雨は那智を褒めていた。那智は照れくさそうにした後に建物の壁目掛けてM202を放ち、大きく壊す。中へ戻ろうとした時ガラガラと瓦礫が崩れ、その中から時雨が起き上がった。
時雨「油断しているとこうなるのか。身体の調子は……大丈夫みたい。で、艤装の方はありゃ曲がっちゃってる。これじゃもう撃てないか」
時雨「いいや、諦めない。艤装は壊れたままだと邪魔だから外すよ」
那智「待つわけがないじゃない?常識に考えてっ」
時雨「誰も待たせるなんて言っていないけど?」
那智が放ったロケランに曲がった艤装を投げつけて相殺する。これで艦娘としても深海棲艦であったとしてもろくな力は発揮できなくなった。艤装なしでは人間に勝てないほどではないが、少なくとも深海棲艦やその特異個体には勝てないと思われている。
那智「フフ、ハハハハッ……その考え、面白いじゃない?その無謀な策で私にダメージが入ると思ったら――大間違いよ」
時雨「その発言そのまま、返すよ。たかが、生まれ変わっただけでボクに勝てるという無根拠な思考回路を組み直してあげる」
トン――走り出した時雨が見せた動きは軽いステップを踏むかのように撃ち放たれたホーミング弾を避けたり、遮蔽物を利用して防いだりしている。紫雨は一瞬、目を見開くもその余裕はすぐなくなるだろうと思っていた。
那智「あがっ! ごべッ!」
時雨「お、案外柔らかいんだね。――でも目的はそれじゃないんだよね」
祥鳳「敵の方。もしかして私のことをお忘れですか? 那智さんばかり見ていると痛い目を見ますよ」
時雨「わ、その艤装は初めて見るよ。大きなサソリ?みたいな――」
祥鳳「えぇ。この子たちは古代の生物を模して生み出したものです。使い勝手は分かりませんが、身体や手には馴染むのですよ。このように――」
腰のあたりを漂う大きな生体艤装の数は二つ。ウミサソリの形をした生体艤装の足が変形したかと思うと中から小口径が見え、その数は六門あった。那智を殴っている場合ではないと思った時雨は回避する。
祥鳳「あら。残念です。でもそれだけだと思わないでくださいね」
時雨「もう一体がいることは分かっている。だけど――淑女の時間はここまで。これからは――暴力・意欲・悦楽の時間だよ」
楽しそうな表情をする。いや他者から見れば黒い笑みだ。芙二がよろしくないことを考えるときに見せるものと同じく。独善的に物事を区別し、己が納得すればそれでいいと。明らかに環境と迷える
紫雨「……愉しそうな表情。いいなぁ。僕もこういう表情でなにかをしてみたかった。これからたぁっぷり時間はあるのだけど」
時雨「失礼な。ボクだって元々はこんなのじゃなかったよ。でも救ってくれた偉大な存在がいたから。彼に命令されたら嫌でも従っちゃうよ」
紫雨「へぇ! 時雨、君をそんな風な
時雨「いいけど、五体満足だったらね。今さっきも言ったけど、今からのボクは淑女でも軍所属の艦娘ではないよ。後先を考えてないわけじゃないけど」
紫雨「大丈夫、安心して。死んだら僕が再利用してあげる」
時雨「メインディッシュは最後にとって置くタイプなんだよね、ボクは」
適当な雑談を終え、時雨は那智の元へ向かった。目的は装備の破壊、もしくは損傷を与えること。僅かな静電気を利用して引火材ごと爆殺する方向でもいいし、砕けた破片を小さな爆弾に変えてもいいと思っていた。だが、一度で手を明かすのを嫌なのでとりあえずは装備を破壊、損傷させることを目的として動く。
那智「近づくな、化け物めッ」
時雨「それはお互い様だよね? あぁでも体の構造すら異ならなくて良かったよ」
近づけさせまいとする那智の攻撃を避けて、懐に潜り込み――腹部を思いきり殴った。ベコ、ベキ、メコメコと小さな音が那智の身体から発して引きずり込まれるように奥へ吹き飛ばされ、本棟の外壁に叩きつけられ、落下する。その後は意識を失ったのか、ちからなく横たわる。
時雨「しまった。つい、内臓を潰そうとしてしまった。というか、装備に触れなかったような?近くへ行って確認するか」
祥鳳「行かせるとおもうのですか?」
ミシ、ミシミシッ――一体の
時雨「二体で射殺した方が早くない?さっきまで仲間を気にしていなかったのに。どうして、今更?」
紫雨「強者は使えるからね。心配はするさ。でもそこに蹲っている
時雨「ふぅん。あっそ。いつまでも押し付けられるのはごめんだから、壊すよ」
受け止めた方とは逆の手で尾を握ると空いた方で殴る。固い音が響くも関係なしに殴る。殴る。殴る。殴る。一心不乱に殴殴殴殴―――バキンッと音を立てて生体艤装の片方の装甲が砕けた。
時雨「こっちは硬いな。――ってあれ?もしかして感覚がリンクされているの? まさかここで欠陥が見つかったクチ?なら、本体も壊しておこうか」
顔色悪く、吐血する祥鳳は向かって来る時雨どころではない。ダメージを受けていないのに未知の激痛が次から次へと伝わってきて思考回路がショートしていた。
祥鳳「ぶごっ!」
時雨「顔は可哀そうだから
痛みの上塗り。祥鳳は急所を殴られた痛みと生体艤装から伝わる痛みで脳内は完全に処理落ちした。白目に反転させ、口から鼻から血が混じった泡を垂れ流して前のめりに倒れたのだった。意識が途絶えると宙を這う生体艤装も地に落ちた。
紫雨「あちゃー……こうなるとは思っていなかった。思ったよりも時雨はやるねー?これは僕も動くしかないか? 本稼働はまだ先の予定だけども――スタイルを合わせてあげる」
時雨「その盾で殴るの?動きづらくない? ―――まぁ心配無用だと思うから行くねッ」
と、言ったものだが倒れた祥鳳の位置からだと少し距離がある。数字にすると二十メートルほど。そこからどうやって懐に入ろうかと考える。それに、と巨腕の方を見つめる。
時雨(一つは大きな盾を持っていて、もう片方は空いている。ただ殴りつけるだけだったら防がれて捕まって終わりだろうし)
紫雨「おや長考とは珍しい。ついさっきの戦闘では見せなかった姿だ。やはり僕の艤装をどうにかすることを考えているのなら――諦めた方がいい。殴るだけじゃ傷つくことはない。試してみる?」
時雨「いいや止めておくよ。それに短期決戦だろう?ならボクも出し惜しみはしたくない。ボクが出来そうな手段を全て試すよ。幸いなことにそれほど多くはないんだ」
紫雨「ほぉ! それじゃあ僕は動かないでいてあげる。だからおいでよ」
余裕そうな笑みの挑発を無視して紫雨の元まで駆ける。が、防ぐように、潰すように白い盾がギロチンのように落ちてくる。見越して、回避しては殴りつけ、反応をみる。直撃した瞬間、鐘を突いた音が周囲に木霊する。しかし盾と時雨の間に小さな火花がバチッと散った。
時雨「ダメか。通らないや」
紫雨「ただ殴るだけじゃダメだって分かった? 腕は一本じゃないからねッ!」
時雨「! よっ――っと! うーん、もう一つの手を試すか」
紫雨「やっぱりすばしっこいね。あの速度を避けるなんて――逸材だ」
時雨「そう?彼に褒められるなら嬉しいけど、キミじゃ意味はないや。それよりもその腕、一本貰うよ」
紫雨「ふふ、その心意気はいつまで持つのかなぁ!!」
ズガァァァァ――盾を持たない腕が時雨を覆い隠すように下がると地面を
時雨「! 地面が光って――」
紫雨「引っ掻くだけだと思ったの? そんなわけないでしょ」
バシュウッ
爪跡の場所から縦に白い棘が飛び出しては消えた。下手に飛びのいていたらそれらが貫通していたと思い、顔を青ざめさせる。
紫雨「あれ、避けなかったんだ。これで終わりだと思ったのに。勘が鋭いところあるんだ。意外。ただのステゴロ好きじゃないんだね」
時雨「……多才なんだね。ボクにはそんな才能はないや。次は――」
紫雨「え? は!? えー……分かったよ。いやーごめんね。時雨。僕はどうやら戻らないと行けなくなった。あのお方が呼んでいるんだ。行かないわけにはいかない。続きはまた今度にしよう」
急に左耳を抑え、訳の分からない事を言い出す。驚いて静止するも相手の様子からインカムかなにかで通信をしているのか、と時雨は思考を巡らせる。そして通信が終わり、続きといこうとしたとき残念そうに「続きはまたどこかで」と言って第四泊地から去ろうとした。
時雨「そのまま行かせるわけないだろう?」
紫雨「そういうと思っていたよ。だからこれあげるね」
機械の巨腕に付けていた盾を勢いよく振り下ろして手放す。その瞬間、土煙が立ち時雨の視界が遮られる。「待てッーー」そう言った途端、ゾワリと嫌な空気を肌で感知した。何処からか何かが飛んでくる気配。だが、視界が悪く死角が多数存在する。
時雨(ここは何処かに退避を――ッ!?)
飛びのいた瞬間、やられた。最初は避けた白い棘が生えてくる攻撃が両腕を貫いた。肩から手首まで貫いては消えた。だが、それだけで終わらない。第二波が飛んできて次は両足を貫く。太もも、膝、脛、足の甲。あまりの痛みに喘ぐ。
時雨「やら、れた! くそ、嫌な気配はこれの事だった、のか」
第三波がなくて助かった、と安堵していた。「う」と短く声を上げ、ふらつく。だが立っていられずにうつ伏せに倒れた。戦闘中ずっと絶えず出ていたアドレナリンが切れたのか、痛みが増していく。そして疲れ、出血多量だからか時雨の瞼はどんどん重くなっていく。
時雨「て、いとく……ごめ、ん……なさぃ」
そう呟くと意識は闇の中に落ちたのだ。
生命力が枯渇した時雨は夢の中でまた深海神域へ訪れていた。
「また来てしまったのか」とエルナが少し悲しそうな表情をしたのをミアは見逃さなかった。
今回、時雨もここへ来るとは思っておらず幽体でエルナに事情を説明するのだった。
現在の状況
時雨
->那智と祥鳳を撃破するもあと一歩のところで紫雨を逃がす。その後は紫雨の置き土産により限界以上の蓄積ダメージによりダウン。
那智
->時雨に腹パンされ重傷。意識はほとんど消失しており、命の灯は残り僅か。
祥鳳
->那智と同じく腹パンされ重傷。こちらの方が症状が重く、何故なら新たに作り出した艤装と感覚がリンクされていたため、壊された方の痛みが半永久的に伝わってきて会話も行動もままならない。
紫雨
->時雨と楽しい戦闘に水を差した張本人に言いたいことがあるが、上の存在のため言わないで裡に秘めておく。
なり損ないA→不知火
->あの場に残されたなり損ないの生き残り。他の二名は既に死亡しており、不知火自身も誰だか分からなくなっている。動かない変わり果てた那智と祥鳳を放置して時雨の元へ近づいて行く。