冷葉「酷い夢を見ていたような気分になったよ」
気絶から目覚めた冷葉の第一声はそれであった。時刻は十六時三十二分。三日前と同じく医務室のベッドで目覚め、天井に向かって上の言葉を漏らした。
大淀「冷葉補佐っ! 目を覚ましたんですね……あ、あぁ良かった。ほんとうに」
冷葉「この声は――大淀さんか。大淀さん、あれからどうなった?意識がなくなる前に殴られていたから気になって……はは、流石艦娘だ。既に傷が治っているな」
大淀の方へ体勢を変えて「傷の治りが早いな、流石だ」と上機嫌で笑みを浮かべる。自分が目覚めたこと以外になにも喋らなくなった大淀の様子が気になった冷葉は大淀の頭に手を伸ばそうとする。
大淀「コホン。冷葉補佐、これから私たちが話す内容はあなたにとって衝撃的過ぎるかも知れませんが、落ち着いて聞いてください」
冷葉「衝撃的過ぎるってなんだ。
伸びていた手を戻しながら、直前の出来事の先が気になって話し出していた。それに提督補佐という立場なのにこうして指揮を執れていないことを悔しそうに言い切ろうとしたときに大淀の言葉が被さる。
大淀「冷葉補佐、あなたはあの日の夜に心臓を撃ち抜かれて死亡しました。ですが、今こうして生きているのは提督が救命措置を行ったからです」
冷葉「そうか、そうだったのか…芙二がそんなことをしてくれたのか」
確かに冷葉は自身の胸に弾丸を受けたことは覚えていた。温い液体が自身の身体を濡らす感覚、それと同時に芯から冷える感覚。今まで鮮明に聞こえていた音も徐々に小さくなり、最後に少しずつ色を失う感覚。すぐ後に来る無情な死の刻限で人生は幕を閉じるはずだった。
無意識のうちに服の上から負傷箇所を撫でる。手のひらには自身の心臓の鼓動が感じ取れていた。すぐに傷口も気になって大淀がいる中でシャツを捲り、確認する。
冷葉「傷口もない、か。流石芙二だ。俺にもそんな超越した能力があったら――そうだ。大淀さん、芙二は?あいつはどこにいる?いつもならあなたの隣でいの一番に何か言うだろ?」
捲っていた手を放して目の前にいる大淀に親友であり提督である芙二の居場所を問う。途端に大淀の表情が強張る。
冷葉は一度、大淀から向きを変え「あいつがいるから今回もどうにかなっただろう?今ここにいないとなると本営で大鳳さん辺りに絞られているな?」といつものように予想を独り言のように喋っていた。
思った反応が返ってこないので「大淀さん?どうかした――」と再度向き直るとそこには薄っすらと涙を溜めて、下唇を噛み締める姿があった。
冷葉「!? え、ちょちょっなになに! 俺なんかまずいこと言った?!」
大淀「提督は――」
その声は震えていた。冷葉にはその先の言葉は決して口にしたくない意思を感じ取れた。しかし大淀はなにも知らない冷葉の為に口にした。
大淀「提督は殉職されました。……あなたの蘇生を行った翌日に」
冷葉「いやいや大淀さん、その冗談キツイ。俺に心臓を撃ち抜かれようと艦娘の砲撃を直に受けても頭がアフロになるくらいのダメージしか受けない不死身の人物だ。それにあいつの同郷人だっけか? その怪物を倒すくらいの力を持っていて――あとは知っての通り人間じゃない」
信じられないと乾いた笑みを浮かべ、これまでのことを並べ立てる。人智を越えた能力を持つ人外の親友の死を信じたくないのか、感情的になっていく。
冷葉「そんなやつが、殉職だなんて質の悪い冗談はやめてくれ。なぁ扉の裏で俺たちの会話を聞いているんだろ!?なぁ、芙二! 流石にこんなドッキリは精神衛生上よくねえって!だからッ!出てこいって言ってんだよッ」
それ以上何も言わず、ただ静かに涙を流す大淀の様子でそれが真実だと自覚する。しかし認めてしまったら、本当に死んでしまうような気がしてなりふり構わず怒りと悲しみが混じった声で喚き散らす冷葉。
大淀はハンカチで涙を拭い、携帯を持ち出してそんな状態の冷葉に追い打ちをかけるように「……叢雲さん、お願いします」と初期艦である彼女を小さな声で呼ぶ。
扉が音を立てて開く。冷葉はネタばらしと思いそちらへ視線を向ける。涙と鼻水が合わさった酷い面であるが「ほんと人を泣かせるんじゃねえよ、芙二」と一つ文句を言おうとしていた。ついでに殴らせろとも。しかしそれは彼女が持っていたモノで言う気が失せてしまった。
冷葉「小さな白い…つ、ぼ?叢雲、どうしてお前がそんな」
いつものような陽気でツンツンしているが秘書艦としても艦娘としても頼りになる存在の彼女はおらず、目の前には暗い表情でそう呟く彼女しかいなかった。
涙を流していた冷葉の表情が固まる。
叢雲「ここに居るの。司令官が」
その際、瞬きは一切しない。
器から溢れる雫は重力に逆らえず、流れるばかりである。
死んだ目をしていた彼女は壺の蓋を撫でながら口を開き、呆れたような声で言った。
叢雲「あんなに大きかったのに。最前線で深海棲艦や怪物と戦うから、小さくなって帰って来ちゃった」
小さな白い壺を抱きしめる。身の危険を感じた冷葉が「大淀さん、叢雲の様子が」と言いかけたときにはおらずこの場には自分と叢雲しかいないことを自覚すると汗が噴き出した。
壺を抱えたまま、それを愛おしく笑う彼女に恐怖を感じているからであった。
冷葉「叢雲……おまえ深海化――」
叢雲「えぇ。あの人に治してもらったけれど再発してしまったわ。あの人は既にこの世にいない」
顔に表れていた深海化の兆候はみるみるうちに全身へ影響を与えていく。変化を終えた後の様子であるが髪は少し色素が薄くなった程度で肌は青白くなっていた。
特徴的なのは二本の角が生えているのだが、それは右側が短く左側が長く角先が二つに分かれていた。服にも変化があり、身体とは対照的に色が濃くなっていた。
ふぅと小さな吐息が聞こえ、冷葉に「これ、預かっておいてちょうだい」愛おしそうに抱いていた小さな白い壺を渡すと止める間もなく退室した。
表情は見えなかったが、このままでは大変なことになると思った冷葉はろくに動かない身体に鞭を打って叢雲を止められる者を探しに動くのだった。