とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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五章 29話『白い壺を受け取ったのは』

冷葉「はぁっはぁっ……誰か動ける奴はいないかっ」

 

 医務室から食堂へ足を運ぶも誰一人としてすれ違うことはない。あれだけの喧騒がなかったかのような静寂さがどこも続いているだけであった。一ヶ月半寝ていた身としては、いま全力疾走していることがとてもきつい。

 

冷葉「時間的に食堂にいると思ったけど、誰もいない。間宮と伊良湖も誰もいなかった。作りかけの料理もないし、これは間違いなく何かが起きている」

 

 肺と足が痛む。それに走り続けている所為か喉が乾燥して痛み始めるも決して止めることなく、動き回った。やがて寮の前に着くと川内の姿が目に入ったので今出せる限界を出して呼びかけた。

 

冷葉「川内ー!川内ー!」

 

川内「あれっ!?冷葉補佐じゃん! やっと目が覚めたの?! でもどうしてそんなに息を切らせて――」

 

冷葉「叢雲をッ!止めてほしぃッあのままだと絶対に帰ってこないからッ」

 

川内「叢雲ちゃんかぁ。冷葉補佐も見たと思うんだけど、結構壊れていたでしょ?私たちの言葉も半分しか届いていないようなんだよね。おまけに深海化もしちゃってて並みの戦力じゃあ止められなくって」

 

 冷葉の言葉を聞いた川内は諦めているかのように話し出した。現在の状況を知っている口ぶりなので事を早く進められそうだと内心喜んだ冷葉。しかし次に川内が発した言葉で冷葉は第二の衝撃を味わうことになる。

 

川内「それとね、時雨ちゃんも意識が戻らないんだ」

 

冷葉「は?どういうことだよ、それ」

 

川内「そのままだよ。あの日の夜、提督と共に時雨ちゃんは東第三鎮守府と東第四泊地へ向かった。そこで何が起きたのか、分からないけど発見されたときには意識はなかった。それにかなり負傷していたから高速修復材を掛けてみたけど、ずっと眠ったまま」

 

冷葉「発見されたのはいつ頃だ?」

 

川内「翌日の夕方頃かな。あの日は凄いことがあったから、みんなそっちに気を取られていたんだよね」

 

 「凄いこと?それは一体」と言いかけたところで川内が「場所を変えよう。ここだと万が一があったら冷葉補佐を守れないから」そう言った。

 

 川内の後ろをついて歩きながら「芙二が殉職したことと関係あるのか?」と聞いた。しかし口を開かず、ただ無言を貫いているので冷葉はそれが正解かと勝手ながら解釈した。

 

 

 

川内「ついたよ。ここだとまだいい。神通入るよ」

 

神通「あっ川内姉さん、おかえりなさい。それに冷葉補佐……目が覚めたんですね。身体は痛みますか?長い時間眠っていたので仕方ないかと思います。少しずつ慣らしていきましょう」

 

 内装は普段深海棲艦を殺している彼女らとは思えない、年相応の女の子の部屋という感じであった。三女の那珂はいないのか次女の神通が挨拶をしてきたので何気ない返しをした。

 

川内「神通。これから提督の話をするから、辛かったら外へ行ってもいいよ。私はまだ大丈夫な方だから、発狂したりはしないと思う」

 

神通「……私も聞いてもいいでしょうか。事の経緯を中途半端に聞かされたので全貌を把握できていないんです。今は冷葉補佐に真実を知らせることが一番なので私は静かに聞いています」

 

 そういうと神通は自分の寝床で腰を下ろして、淡い色のクッションを抱きしめて聞く準備は万端のように感じられた。川内の方に視線を向けると机を挟んで反対側におり「冷葉補佐は私の正面へ来て」そう言いながら手招きしていた。

 

 「失礼するよ」一言口にして座った。そこで初めて気づく。目が合った川内にも叢雲と同じ兆候が表れていた。姿形は以前と殆ど変わらないはずなのに。少しずつ彼女の身体も精神も蝕まれているということであった。

 

川内「私を見つめてどうしたの? あー、怖気づいた?ごめんね、これは私の意志とは関係なく進むものなんだ。本営の職員から白い壺を最初に受け取ったのは私だけど何とか正気を保っているよ」

 

冷葉「その職員から何か説明はあったのか?」

 

川内「あったよ。だって全員で聞いたもの。料理をしていた間宮さんと伊良湖さんだって手を止めたし、憲兵の二人だって来てくれて一度も使われていなかった会議室で聞いたんだ」

 

 目を瞑って思い出すように話す川内を見て冷葉は”生きて帰ってきてほしかった”という全員の願望が儚く散った無念さを感じていた。医務室に置いて来た白い壺のことを思い出して続きを話し出す前に「話しを遮るようで悪いんだが、その壺は今医務室にある。取ってきた方がいいか?」と聞いた。

 

川内「あー……叢雲ちゃんが持っている訳じゃないんだ。なるほど冷葉補佐がそんなに焦っている訳が分かったような気がする。神通、悪いんだけど医務室へ行って遺骨が入っている白い壺を取って来てくれない?」

 

神通「構いません。そうですか、叢雲ちゃんがそれを冷葉補佐に託したということは」

 

冷葉「挟ませてもらうが、その解釈で合っていると思う。だから止めるべく、探していたんだ」

 

神通「そうでしたか。ですが、今に始まった事ではないので誰かしらが止めに行っていると思います。では私は医務室へ取りに行きますが、どこに置きましたか?」

 

 そう聞かれたので「俺が寝ていたベッドの隣。シーツとかタオルケットが皺皺になっているから分かると思うよ」といった内容を聞いた神通は短く返事をして退室していった。

 

川内「うーん、聞いた内容を話すにはあれが必要だから今は提督が殉職した理由について話そうかな」

 

冷葉「それはやっぱり例の同郷人が関係しているのか」

 

川内「関係してないわけがないよ。提督の事情を知っていない人たちでもあの出来事は強烈でネットでこの一ヶ月半ずっと物議を醸しているよ」

 

 以前の買い物でタブレット端末を買い与えられていた川内はネットに上げられている一つの動画を再生して冷葉に見せる。それは東第四泊地がある地域の住民が撮影したもののようであった。

 

 無数の竜巻が出現し、雷が轟くなかで雲を割いて現れたのは黒い巨龍であった。

 

 そのような人智を越えたものは記憶の中である存在と一致した。

 南西諸島海域で芙二と死闘を繰り広げたであろう存在――カイン・アッドレアであった。

 

 

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