とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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五章 39話『深海のチカラ』

叢雲「邪魔よ!」

 

 叢雲の回し蹴りは深海棲艦の首を吹き飛ばす。砲弾や奥の手を使う必要などないように感じたからである。砲がこちらへ飛んでくれば死体を盾代わりに使い、防ぐ。

 

 次弾装填前に懐へ潜ってからのアッパーカットの威力は凄まじく顔面を陥没させる勢いであった。

 

皐月「うっそ……」

 

 皐月は驚いて装填完了していた機銃を下ろして、目の前で起こる光景を見たまま立ち尽くす。

 物凄い早さでワ級も異形も葬る叢雲に残った艦娘はついていけていない。

 目で追うのがやっと、である。

 

叢雲「はぁ、はぁ……これで終わりかしら?」

 

 那珂と夕張が撤退してからものの十分足らずで異形の群れを一掃していた。既に硝煙の匂いは消え、滓かな血の匂いは海の臭いと混ざり死体も徐々に沈み始めている。

 

磯波「叢雲ちゃん! だ、大丈夫?」

叢雲「磯波……私は大丈夫よ。それよりも敵の反応は?私の電探壊れちゃって機能してないの」

 

 『最低限を残して盾にしちゃったときに……』と磯波から目を逸らしてもうほとんど沈んだ死体を見つめる。

 

磯波「本当だよ!無茶苦茶な戦い方して、それで怪我をしたらどうするの……心配したんだから。そのせいで私たちも動けなかったし」

叢雲「ごめんなさい。艦隊で来ているのに、一人勝手に暴れてしまったわね」

 

 涙目でぷんすか怒る磯波へ謝っていた、そのとき。

 

長波「あっ後ろ! しゃがんで!!」

 

 長波の声と同時に叢雲の後頭部付近から生暖かい風と金属が勢いよくぶつかり合う音が聞こえた。振り向く前に磯波を担いで長波の居る方へ跳びつつ投げる。

 

叢雲「!……長波ぃ! 磯波をお願いー!」

磯波「え、ちょ! うわぁあ!」

 

 突然投げられた磯波を受け止めた拍子に尻もちをつく。磯波が顔から飛んできてよかったと長波は思っていた。背面――艤装の方から飛んできたらきっと損傷していただろう。

 

長波「いてて……磯波? 大丈夫?」

磯波「あぅ、ん。なんとか。む、叢雲ちゃん!なんで急に投げたの……」

 

 ぷんすか怒りながら、向きを変える。途端に怒りは収まり、代わりに悲鳴をあげた。

 

叢雲「危なかった、からよ。磯波、あんたも巻き添えになるのを避けたかったのよ」

 

 叢雲の左肩から先がなくなっている。

 その隣には叢雲の腕を咥えた灰紫色の触腕が水面から伸びていた。

 

叢雲「皐月! 私ごと撃ち……ぐあっ」

 

 後ろへ居るだろう敵ごと蜂の巣に、指示を出そうとした。だが、右横から腕を食いちぎった触腕に殴られる。叢雲は自分の骨が折れるのを自覚しながら海上を水切り石のように跳ねた。

 

秋雲「叢雲!? 何が起こって……なんだ、あれ」

 

 何とか起き上がった叢雲の元へ駆け寄ろうとした秋雲だったが水面の下で蠢く黒い影に目が奪われた。波が荒立ち、空気が変わるのを感じていると浮上してきたその大きさに驚く。

 

 十メートルはありそうな巨体の化け物。

 ヌ級の頭部を持ち、足のある位置には巨大な羽が手足のように蠢いており、普段の姿からはだいぶかけ離れている。

 いつも遭遇する個体とは異なる姿は気持ち悪さが爆増していた。

 

秋雲「うぇっ……なんだよ、あいつ。気持ち悪いフォルムしやがって」

 

長波「あいつ、どこに触手を伸ばして――そっちは!」

 

 視線の先にはやっと起き上がりつつある叢雲の姿がある。髪も服も乱れ、片腕を欠損している為か立ちづらそうであった。

 

叢雲「はぁ、はぁ。っくぅ…思ったよりも消耗が激しいわ」

 

 目の前にはこちらへ来る無数の触手を見て心の中で呟く。

 

叢雲(あれは避けそうにない。ただ拘束されるのであれば、勝機はある。でも腕を食いちぎったあれじゃあ……)

 

 数秒後の自分の姿を想像する。全身のいたるところに噛み跡がついて、出血死するか。それか四肢を千切られて晒し首にされるか。

 どのみち、身を守るものは既に失っている。今更避けても追従してくる可能性も考えられ、どう動いても詰みであることは明白だった。

 

 彼女に向かう触手の全てが牙を剥き出しにして一直線に襲う。

 決まった未来が迫りくるなか目を瞑ろうと考えたが、それでは負けたような気がした叢雲は最期まで戦おうと覚悟した瞬間。

 

『その力は飾り?』

 

 叢雲の位置には大きな水飛沫が上がり、海面を大きく揺らす。仲間の悲鳴も砲や機銃を放つ音ですらかき消した。

 

 

夕立「……全部は防げないみたい。でも仲間が死ぬ未来はぶっ壊せたっぽい?」

 

叢雲「ゆう、だち? あんた、いったい何を」

 

 水飛沫が収まると視界も晴れてくる。叢雲の前に立っていたのは夕立であり、彼女の前には透明なシールドが展開されている。しかしすぐにヒビが入り、砕けて消えてしまった。

 ヌ級から伸びていた触手に火がつき本体へ逆上していく。勝利を確信していたヌ級は表情こそ変わらないが、火消しをするのに精一杯な様子が見て取れた。

 

夕立「あーあ、紫月さんから借りたもの壊れちゃった。あとで謝ったら許してくれるかなー」

 

 足元を見ながら、ひとりごとを口にしていた。

 叢雲はゆっくりと立ち上がり、夕立に声をかける。

 

叢雲「夕立、そのありがとう」

 

 ヌ級はまだ火消しをしている。そんな相手に後れを取る艦娘ではない。

 皐月の機銃が煙を上げたときにはヌ級の身体は蜂の巣へ変わり、爆発して肉片は飛び散る。

 

 

 

 電探が映す敵影は消え去り、叢雲たちのいるところは非戦闘海域となった。

 夕立が叢雲へ近づき、服の裾から緑色の液体が入った小瓶を取り出す。

 

叢雲「それは高速修復材……?」

夕立「分かるなら話は早いっぽい。提督と紫月さんが作り出した劇物。事故や戦いで欠損した子に飲ませると生えてくる、みたい。ちょうど叢雲ちゃんみたいな子に飲ませろって言われてるから」

 

叢雲「は、劇物?あんたが持ってるの、ただの高速修復材じゃないの?!」

 

『片腕がないし、ボロボロの叢雲ちゃんは大人しく運命を受け入れるっぽい!』と半ば無理矢理飲まされる。

 

 力づくで飲ませた所為か口の端から緑色の液体が垂れ、叢雲は咽ていた。やがて涙目になって文句を言おうとした時、左肩に痛みがはしる。

 

 ぁがっ!

 鋭い痛みに思わずしゃがみ込む。

 

夕立「流石、提督さん達が共同で作った劇物。効果覿面(てきめん)、覿面。あ、他の皆も欠損とかしてない?してたら叢雲ちゃんに飲ませたやつあげるっ!」

 

 その問いに皆かぶりを振る。

 夕立は『そっか。それなら』と言いかけたが叢雲が被せる。

 

 皆の視線は彼女に集中した。

 

叢雲「それ以上の言葉は必要ない。赤城さん達の救援は私が先陣を切るから。夕立、あんたは私に飲ませたものを負傷してる娘たちに渡して」

 

 夕立が何か言う前に磯波が興奮したように声をあげる

 

磯波「叢雲ちゃん、赤城さんたちの位置は分かるの?!」

叢雲「北方水姫の座標が送られてきたでしょってそれが分かるのは那珂さんか私しかいないんだっけね。イレギュラーの登場で完全に忘れていたの」

 

 彼女の瞳に青い光が再び宿る。

 深海化したとはいえ、一切その力に溺れることなく制御しているように見えていた。

 一触即発、今の叢雲の状態はそれである。

 

 だが、味方として存在している以上、彼女は一種の希望となっていた。

 

夕立「分かった。叢雲ちゃんは先にそこへ向かっていいよ。だけど引き際を間違えないでね。その力のまま、あっち側へ落ちたら目も当てられない」

 

 叢雲はひと言、感謝を告げると速度を上げながら北方水姫のいるとされている座標へ向かう。

 

 

 

 一方、赤城たち。

 

『ははははははははっ……ねえ、どうして助けてくれなかったの?なんで?なんで?艦ムスは私たちを助けてくれるんじゃなかったのぉおお!!』

 

 元人間だった深海棲艦が猛威を揮っていた。

 ほんの一時間前に生まれたばかりであったときはまだ弱く、脆かった。なんとか赤城たちがなんとか無力化させようとするも叶わない。

 

 別に北方水姫の邪魔が入ったわけではなく、彼女自身が艦娘に触れる事を拒絶したのだ。

 

 数秒、数分、数十分、と経過していくごとに深海棲艦の様子がおかしくなっていく。

 頭を抱えながら、絶叫したかと思えば大きな声で笑い声を上げて何かを受け入れていた。

 

 その深海棲艦の腰の辺りにあった西瓜サイズの黒い球体は徐々に小さくなっていることに気が付いたのは、ほとんど変化が終わった後だった。

 

 気が付けば重々しい艤装をつけており、さっきまで人間だった彼女が深海棲艦へ姿を変えた事実は受け入れがたい真実であり、また討たなければならない敵でもあった。

 

如月「赤城さん! ここは逃げ」

 

 如月が言葉を言い切る前に腹部へ強烈な圧迫感が伝わり後方へ吹き飛ばされる。

 

霞「如月! 龍驤さん、あいつの頭を飛ばすわ!だから如月を――」

 

 砲撃をしながら、注意を引く。しかしそれは無意味であった、そうすぐに理解する。

 もともと如月の位置にいた深海棲艦は霞だけを見ていた。

 

『ああー……綺麗なカラダ。その心もキレイ。その袋を裂いて色鮮やかな内臓を、破裂させてあげちゃお』

 

 ウフフ、そう嗤いながら砲弾が直撃しても大して気にする様子はなく突き進む。

 

霞「気持ち悪いったらありゃしないわね!」

 

 霞と異形の深海棲艦との鬼ごっこが始まった。

 もっとも一度捕まれば再起不能にさせられる、という内容だが。

 

 

『あっちは楽しくていいね!さてさて、空母二人のお相手は――元艦娘の名取さんです!!』

 

 北方水姫はお道化ながら膨れたワ級の身体を二回叩く。

 叩かれた衝撃からか腹が揺れ、中で何かが動き出したようにシルエットがはっきりと見えた。

 

赤城「名取、さん?そんな、そんなことが」

 

サラ「赤城さん、すみません。何か重大な事が起こる前に私が処刑します。名取さん、ごめんなさいっ」

 

 艦載機を十数機発艦させて先制攻撃を仕掛ける。

 赤城が声を発する間もなく、ワ級の居る位置には激しい爆発が生じ、さらには黒炎が上がる。

 

 北方水姫は口笛を吹き、サラトガへ賛辞をおくった。

 味方だったのにいい決断じゃないか!最大火力でねじ伏せる。再生の欠片も与えない、その行いに拍手を送ろう。

 

 拍手をする動作は見えるが音は全く聞こえない。

 それもそのはず、目の前ではワ級が燃えており、また向こう側では生まれたばかりの深海棲艦と霞が命がけの鬼ごっこをしているのだから。

 

 赤城は北方水姫を憎む。

 仲間を喪い、護るべき者もおもちゃにされたのだから。

 

赤城「名取さん……あなたの死はあとで補佐には伝えておきます。北方、水姫ィ……赦さない。あなたは決して……!!」

 

『それでいいんじゃない? それでもまぁ君の相手は私じゃなくて――彼女だけどね』

 

 その言葉と共に鋭い殺意が赤城たちを捕らえる。

 燃えるワ級の身体に黒いシルエットが出現し、その姿に戦慄する。

 

サラ「そんな、あれでも葬ることはできないというの」

 

 元艦娘の名取は軽巡クラスの装甲を纏い、赤城たちを見下ろしていた。

 その姿、艤装は深海棲艦のそれである。

 

 しかし産み落とされる途中で攻撃を受けたのもあって所々艤装は砕け、肌が焼け爛れている。

 頭のヘルムも半分割れて、中から彼女の顔が見えていた。

 

 目は虚ろでなにも映していない。

 だが、艦娘をみた彼女の目はぐりんと動き、恨めしそうに見つめてきた。

 

赤城「! とりあえず彼女を止めないと……!応援はきっときます。だから、その時まで生き残りましょう」

 

 動き出した軽巡クラスの深海棲艦へ艦載機を発艦させるのだった。 




今年が終わる前にキリのいいところまで書きたい。
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