叢雲「送られてきた座標はここのはず、だけど」
一足先に最後の発信原であろう座標へ到着した。
しかし何もない。ただ静かな水面が終わりのない地平線上に存在するだけである。
叢雲「まさか全滅した……?いえ、きっとまだ戦っているわよね」
周囲には変わらない景色が見えている。空模様も水面も何も変わっていない。
叢雲は速力を最大にして来たというのに、水面はちっとも荒れていないことに気づく。
叢雲「変ね、とても」
不気味。その一言が最初に出てくる。
そして何の気なしに、一歩前に進んだときすべてが変化した。
急に、バシャンッと水飛沫があがる。
赤城「ふぐぅうっ」
目の前で赤城が宙を舞う瞬間であった。
叢雲は思わず、赤城の安否を確認するために駆け寄る。敵の確認もせずに。
『あれあれあれ~? 艦娘がまた一人増えたね? それに深海化している、ときた!でも理性があるし、味方にはなり得ないかな?』
驚きながら、乱入者の観察も行う北方水姫。
自分の脅威ではない、そう思ったら溜息を吐き、私が出る幕じゃないとひと言。
しかし、叢雲の参上により北方水姫は考えていた。
叢雲「赤城さん、大丈夫!?」
うう、と呻く赤城を抱き上げて声をかける。
叢雲の声を聞いたのか、少しだけ目を開き、か細い声で駆けつけてくれて、ありがとう。と言いながら気絶した。
叢雲「赤城さん? 赤城さん!! しっかりしてちょうだい!!」
気絶したことを知らない叢雲は取り乱し、赤城の身体を激しく揺らした。
だが、途中に聞こえてきた小さな心音を聞き逃すことなく辛うじて動いている事を確認しよかった、と呟いた。
『だけど、あなたごとその娘は潰されるの』
背後へ回った深海棲艦が艤装を叢雲の頭部目掛けて振り下ろした。
凄まじい衝撃が発生し、波は大きく揺れ倒れていた者はすべて特異海域の外へ出された。
そのことを確認した北方水姫は小さく舌打ちをする。
せっかくの獲物を逃がしてしまうから。
だが、そんなことも次の瞬間にはどうでもよくなった。
種族の変化。良い方から悪い方へ無理矢理、捻じ曲げたおかげで元々あったものが増幅し、制御できない怨恨で暴走機関車となっていた手に負えない存在が驚いていたからだ。
『なンで、潰れテない!!そんな鉄の塊をぶつけられたら、普通死ぬはずなのに!――
叢雲「人間だったら、そうよね。あんた、気が付いていないの? 私は
赤城を守るように片手で攻撃を防いだ。
その深海棲艦とって、一撃必殺を放つも失敗に終わり、わかりやすく狼狽える。
人間だったら、人間だったら。そう繰り返しいう深海棲艦に対し、叢雲は溜息を吐きながら棍棒のように使われた艤装を掴む。
ミシッミシッと音を立てながら掴まれ潰れていく、鉄の塊を見て驚いた、あるいは恐怖したのか慌てて放ち距離をとった。
叢雲「あら、ずいぶんチキンなのね。残念だけど、もうあんたは詰みなの。武器を捨てて距離をとった時点で、ね」
『うるさい、うるさいうるさい!! そこで転がっている艦娘のように内臓も脳みそもぜんぶぐちゃぐちゃにして――』
言葉は続かない。強烈な死の気配を感じ取ったからである。
グシャンという音と共に呆気なく鉄クズへと変わった、深海棲艦の艤装。
意識のない赤城をそっと海面へ置き、沈まないのを確認してから周囲を見渡す。
そこかしこに真っ赤な血が溶けずに海面に満ちていた。気付けば足元も薄く赤い。
叢雲「……そう。ずいぶん、好き勝手に暴れてくれたのね」
その言葉は冷たく、鋭さを感じさせる。
きっと赤城はその深海棲艦がなんであるかを知っている。と叢雲は感じた。
ずいぶん人間に固執する。艦娘が目の前にいるのに、そうとも思わず人間が定めた基準の物差しで決めていた。
あんた、と自分の中で思いついた答えを口に出そうとした時。
『……叢雲、ちゃん。私を殺シテ』
叢雲「言われなくともそうするつもりよ」
と、いいながらも連れて帰るつもりでいた。
どうして深海化しているのか、分からないが。
恨めしい顔をして砲撃しながら近づいて来た、軽巡クラスの深海棲艦。その右手を掴み、自分の手前へ寄せる。
そして腹部に膝蹴りをいれる。すかさず相手が何かする前に、顔を掴み水面に叩きつけた。
その衝撃で波が立ち、水面は揺らぐ。
胸部を圧迫されたので、空気を無理矢理押し出したかのような、音が聞こえた。
だが、叢雲は容赦せずに左腕を掴むと、ぐりん。回すように肩を外した。それでもまだ反撃しようともがき、深海棲艦の拳が振るわれた時に受け流し、右も外す。
次は、と口にしながら足も外そうとする。
股関節のあたりと狙いを定めるが、後ろにいる深海棲艦が赤城の方へ気が付かれない程度の速度で進んでいたことを知る。
叢雲「人質にはさせないわよ」
海面に組み敷かれていた名取の左足を掴み、放り投げる。
それは見事に直撃し、体勢を崩して倒れ込む。
叢雲「時間は充分与えたわ。言わなくても、分かるわよね?」
『うるさい、うるさい……わたしはまだ生きていたい。人間でなく、既に化け物であったとしてもッ!』
飛来物から艤装を無理矢理剥ぎ取り、押しのけ、叢雲へ襲いかかる。
深海棲艦との距離は遠くもなく近くもない。
叢雲「あんたがそれを使うなら、私は――ッ!」
右手を握りしめて、顔面へカウンターを行おうとした。
突然、頭に痛みが走る。鈍器で何回も殴られたような衝撃が伝わってくる。
片手で抑えながら、深海棲艦の方を見ると中途半端な位置で止まっていた。
『んだよ、それ。そんなのが、艦娘?冗談じゃない!おまえの
意気揚々としていた勢いがなくなり、青ざめて動けないでいる。
強烈な痛みが引いていく中で生きていたかったら、逃げればいいのに。
考えながらも、周りが化け物。これは見たことがない。
そう叫ぶせいで、あれだけ騒がしかった脳内の警報は冷めて、叢雲は次を考えていた。
叢雲「あんた達、さっきからうるさい。少し、静かに……いえ、殺しにきたのだったわね」
イレギュラーな事態に直面した北方水姫は水面下で待機させていた者共に集合を掛ける。
人間から深海棲艦となった彼女は、どうもできずにただ立つばかりである。
叢雲の両腕は黒色と白色の蛇が現れ、左右一匹ずつ絡みつく。それは肉に溶け込むように、馴染んでいく。
やがて尾を伸ばし、全身へ広がり、蛇同士は交わる。
叢雲「……っ、ふぅ。少しはましになっ――いやなによ、これ」
何かが染みこむ感触。すぐにそれは消えてなくなった。
だが、叢雲の足元には腰の高さほどある得物が二本刺さっていた。
なんなく抜き取り、柄を握りしめる。
ぶん、ぶんと振り回して重さを確認していたとき。
得物の端同士がくっつき、一本の得物となった。
さらに分かったことだが先は丸く、ただの棒切れを感じさせる。
その得物はまるで何年も使ってきたもののように手に馴染む。上は白、下は黒とはっきり分かれた棒切れを握りしめて深海棲艦を見る。その目には怒り、哀しみが滲んでいた。
『その、棒切れでなにができるんだっ』
砲撃をする。人間であった彼女も深海棲艦としての認識が馴染んできたのだろう。近接攻撃が主体ではなく、ちゃんと遠距離に対応してきていた。
丸みを帯びている方を下へ向け、前進する。
決して砲弾を避けようとせず、白黒の棒切れで殴り壊そうと振るう。
叢雲「この程度で私の足を止められると思うなぁっ」
振るった途端、棒切れは形を変え、鋭い切れ味の刃を見せた。
物体との抵抗を感じさせず、豆腐を切るように鉄が切断される。
叢雲(えっ?形が変わった?これはただの棒切れじゃない……。帰ったら紫月さんに聞いてみるとしましょうか)
なにか分かるかもしれない。
急に現れたこの二本の得物のことについて。いまは一本の長物みたく扱っているが。
――叢雲へ砲撃した深海棲艦の前まで容易に入ることが出来た。もう一度前に一瞬だけ表情を見る。次弾装填が間に合わないのか、焦りと恐怖、絶望が垣間見えた。
叢雲「さようなら」
相手が何か言葉を発する前、いとも簡単に終わる。
胴体を真っ二つに斬り上げられ絶命した。
死体を見る間もなく、北方水姫の方へ向かう。
この期に及んで名取と赤城を駆逐級に回収させようとしていたからだ。
叢雲「往生際の悪いッ! 次はあんたよ、北方水姫……!」
苛立ちを隠せず、水面を勢いよく走る。
驚く北方水姫だが、その前に駆逐、軽巡、重巡、戦艦クラスの深海棲艦を出現させる。
しかし現れようとも得物を用いて薙ぐ、斬る、衝く。
叢雲が行う動作によって棒切れは形を変えた。
槍、薙刀、大太刀。
そして敵を殺せば、殺すほど感情が昂っていく。そのとき何かが浸蝕し、理性が溶けてソレと混ざり合う気がしていた。だが、気にしていられないほど忙しく、また楽しくもあった。
『私の部隊がいとも容易く……!そ、そんな艦娘が、深海棲艦未満の存在が、居てたまるかぁああ!』
右手を上げて、残存部隊へ一斉命令を下す。
たったひとりに残りの戦力すべてを使う事になるとは思いもよらなかった。
これで終わる。いや終わりだと思っていたかった。どうでもいいところで足止めを食らっているなんて、指揮する立場としてはあまりにもお粗末で情けないからだ。
叢雲「ふふ、楽しい時間も終わりみたいね? いいわ、もう終わりにしましょう」
叢雲の周囲には深海棲艦の残骸が散らかっていた。一方的に攻撃していたとはいえ、何回かもらっているようで服は破れ、虫食い状態。出血もしていた。
北方水姫が手を下げる前、白黒の長物は急に端同士が離れて、二本の棒切れとなる。叢雲はその意味を理解してはいなかったものの、回避または戦いやすくなった程度の認識であった。
『全体――撃て! すべて撃ち尽くせぇええ!!』
悲鳴のような命令が下され、艦種問わず一斉砲撃を開始する。
周囲に響き渡るほどの砲撃音、衝撃波。
叢雲に直撃しているから、水飛沫があがっているのか。
味方の攻撃同士が直撃し合っているから、あがっているのか。
今の北方水姫では判別がつかない。
『くそ、くそくそ! これで一旦基地へ還らなくてはいけなくなった……完ッ全に!予定が狂った。あぁ、あんなイレギュラーさえいなければ! 流石にもう死んでいるだろうけど、ね?』
叢雲「いや、あんたは、これから!……死ぬの。もらったわ!」
北方水姫が反応する前に、叢雲の斬撃が早く右肩へ大きな斬れ込みを入れる。頭から股下まで両断したかったが、疲労が蓄積していたせいもあって狙いがずれてしまった。
『あぁああああああ! なんで、なんで生きてっ私の部隊は、何をやって……はぁ!?』
そこにあったのは黒と赤の混じった肉の塊。いくつかの塊の中には青く大きな目玉がこちらを見つめていた。尤もそれらはすぐに制御は失うが。
叢雲「全部を相手するのは疲れるから、やっていない。もういちど」
言いかける前に、膝を折る。息を吐くと同時に血も漏れ出ていた。
ぜひゅー、ぜひゅーと呼吸しずらそうな様子で、尚も棒切れから指を放していない。
『……正直なことをいう。あの怪物がいなくて清々していた私もいたが、前言撤回しよう。まさか艦娘の方にもいるとは思わなかった。私も流石に消費しすぎた。今回は痛み分け、といこう』
次は確実に殺してやるからな。そういうと北方水姫は去り、残っていた深海棲艦もすべて海の中へと消えていく。
叢雲「撃退、成功ね。でも負けたような、そんな感覚だわ。……最後の最後で情けないったらありゃしない」
そう自身へ文句を言いながら、力なく後ろへ倒れる。その際に、白黒の棒切れは消える。
棒切れの正体は不完全な芙二の力と深海化の可能性が共鳴し合った結果の産物。
使用者本人の感情に起因して、発動するが消費される生命力も凄まじいものであった。
北方水姫たちが撤退したおかげで海域の異常は解消され、空には雲一つない星空が確認された。
非戦闘海域となった現在地。その穏やかな夜に少しでもと癒しを求め、目を瞑った。
誤字脱字があったら、後で直します。