ああ、なんと愚かな生き物なのだ。
人間とは、艦娘とは。
武蔵「やめっやめろぉおおおッ――!!」
叩きつけられる二人を庇う事も出来ない武蔵の悲鳴が海原に響き渡る。
方々で倒れている仲間が目を覚ますほどであった。
手放しかけた意識を取り戻して最初に聞いた声は酷いものだった。思わず、耳を塞いでしまうほどの笑い声と合間に聞いて見て取れる仲間が潰される嫌な音。
『貴様のうるさい声で皆の目が覚めたようだ。起こす手間が省けて何より、と言ったところか?』
手で顎を触りながら言った。戦艦棲姫の言葉を聞き終えると武蔵は周囲を見渡していく。言ったとおりに皆が目を覚まして、叩きつけられた彼女らの様子を青い顔で見つめていた。
先ほどよりもぐったりとしており、血が垂れていた。叩きつけられたときの衝撃で骨が折れたのか、皮膚や筋肉を突き破っているのが分かる。
その光景を目の当たりにして、過去のトラウマを呼び覚ましてその場で嘔吐する者もいた。
『気が変わった……今なら降伏を認めよう。条件として艤装を脱ぎ捨て、全裸で土下座しろ。そして二度と裏切らないと誓え。我らの仲間になったのだからあの人間諸共、海の藻屑に変えるのだ。いいな?』
口角をあげ、武蔵達に降伏するように伝える。内容は非常に屈辱感に満ちており、態度や言葉遣いの節々から陰険な性格が滲み出ていた。深海化しただけでここまで人格が変わってしまうのかと聞いている者は軽く引いている。
武蔵「断る。長門よ、さっきと同じ事を言わせるな。深海化して姫になっただけの貴様が我々に敵うわけがないだろう」
『断ることは知っていたが、それでも過去の栄光に縋るか。交渉は決裂だ。――後悔しながら沈めぇ!』
敵艦の砲門がそれぞれを捉える。まともに避ける体力も装備もない武蔵達にとっては致命的であった。一瞬で砲撃の嵐の中へ突入することになる。目の前には五十を超える深海棲艦がいるのだ。艦種が統一されている部隊ではなく混合部隊による攻撃は確実な死を与えられる。
武蔵「ふ、提督よ。私は最期まで敵に屈することはなかったぞ」
『次に変わり果てた貴様の姿を見せる時、あの人間はどんな表情するのか楽しみだな。――全員、はじ』
戦艦棲姫が合図を下すとき、彼女の背後に大きな水柱が立つ。何事かと振り返ると同時にそれは周囲で発生していく。
ほんの一瞬だが、降り注ぐものを目でとらえる。それには覚えがあった。
『基地航空隊の爆撃――』
言葉を言い終える前に戦艦棲姫は爆撃に呑まれる。大きな水飛沫と所々の爆発は優勢であった戦艦棲姫たちに混乱させていく。海水と敵の血を浴びながら溜息を吐く武蔵の背後へ足音が聞こえる。一機の偵察機を自身の周囲へ漂わせ、満足そうな表情をする利根の姿があった。
利根「素晴らしい案だったな。それに演技も目を見張るものがあった。おかげで最大火力を叩き込むことが出来たぞ!」
武蔵「土壇場で思いついた捨て身の案だ。どうせここへ戻ってくると思っていたからな」
利根「しかし赤城や加賀は大丈夫なのか?どうみても死ぬ一歩手前に見えるのだが……」
武蔵「あぁその辺りも考えて行動している。試作段階であるが、これを使用させてもらったからな」
羽織っている軍服のポケットから小さく短い笛を取り出して吹く。衝撃で壊れたのか掠れた音が最初こそ出ていたが、何度か吹き直すことで綺麗な音色が聞こえてくるようになった。
戦場で相応しくない音色は次第に小さくなり聞こえなっていくと武蔵の前に光が集合しだす。
普段、艤装にいる妖精の姿とは異なる姿をした妖精達が出てくる。しかも船に乗っているのだ。
利根「おぉっ……これは、これは。見たことがない装備だな?かの七福神のような姿であるが、効果はなんだ?命中精度が上がるのか?」
武蔵「いいや違う。この妖精たちの使い道は――こうするのだと教わった」
先頭の妖精に対して、指示を送る。
赤白い炭となった巨人の傍には瀕死の赤城と加賀がおり、ぴくりとも動いていない。
武蔵以外は必死に二人に呼びかけたり、ビンタなど外的ショックを与えているが一向に目を覚まさない。
そこへ船に乗った妖精たちが到着すると、二人の妖精が船を降りて赤城と加賀の元へふわふわと飛んでいく。
利根「おー、飛んでいく、飛んでいくな。なぬ?! それぞれが二人の身体へ吸収されていくぞ!?」
武蔵「そうだな。この妖精たちは一人一人が高速修復材と同じ効果を持つ妖精だそうだ。今に見てろ、二人が覚醒して飛び上がるだろうな」
だが、その前にやることがあるな、と言葉を続けると共に立ち上がる。
利根は手助けは必要か?と問う。武蔵は必要ないが、万が一に備えてくれと返した。
『この私を完全に殺せたと思うかッ!? 死にぞこないの艦娘風情がぁあああ!』
角も折れて、肌が焼け焦げているのにも関わらず溢れんばかりの殺意を二人に向ける。ぶるぶると震え、呼吸を荒げている戦艦棲姫の足元には焼け焦げた肉と熔けて変形した鉄クズが転がっていた。
武蔵「醜いな。我々の元戦友をそこまでして……生きていたかったかッ!!戦艦棲姫ィッ!!」
かつてないほどの怒りが込みあがる。服がはち切れそうなほど筋肉に力が入っていた。戦艦棲姫の盾として二度目の死を迎えた彼女らのことを思うと――限界点を越えた身体は勝手に向かっている。そうして右手を強く握りしめて、振り上げた拳で戦艦棲姫の顔を殴っていた。
思いきり後ろへ飛ばされて、水切り石の如く跳ねる。止まり、動かなくなった戦艦棲姫を見て「皆を裏切った報いだ」といいながら利根の元へ歩いて行く。
利根「おぉ……姫級を殴り倒すか。流石は大和型戦艦と言ったところか? それと妖精の効力、しかと見たぞ。是非あれはうちにも欲しいものだな!」
武蔵「残念ながらもうない。試作段階の品をたまたまうちの提督が貰っただけだからな」
利根「なっ!そうであったのか……ちなみに誰が作ったのだ?そんな貴重なもの」
武蔵「芙二提督殿だ。彼は我々が知り得ぬ方法でこのようなものを作っていたのだからな。それに実力も……いやこの話はやめておこうか」
武蔵は先ほどまで吹いていた笛を目と同じくらいの高さに上げて一瞥し「まったく恐ろしいものを味方にしたな、海軍は」と言いながら効力のきれた笛をしまう。
利根「そうか?あの
武蔵「鬼武蔵って……あれは黒歴史というものだ。あまり掘り返さんでくれ」
頭を押さえて、苦い表情をする武蔵と「すまん、すまん」と笑う利根。戦火の音が聞こえないこの場にて二人の会話はよく響いた。
そこへ雷と筑摩がやってきて一度、第三鎮守府へ戻ろうと提案してくる。
利根「そうだな……戦艦棲姫はもうそこでくたばっておる。死後でも前の戻らず、あの姿のままであるというのは同胞としては心が痛む。どうだ、ここで形見を集めて一つ弔ってやろうではないか?」
その言葉に武蔵と雷は一考した後に賛成だと頷く。負傷して動けない者は鎮守府の援軍と要請に応えてくれた第二鎮守府の面々が肩を貸してくれた。残っているのは数人しかおらず、その中でも四方に散る仲間の遺塊を集めれる者は更に少ない。
武蔵「流石に多いな……それに判別に困るものもある」
利根「そうだな。近くからやってしまおうか」
近くの遺塊から回収にあたる。原形を留めているものは少なく、また完全に燃え尽きているのか酷く脆い。薪を集めるように一つ一つを手に取り、持てなくなるまで抱える。
その作業を一か所に集め終わるまで繰り返していく。
武蔵「ふぅっ……嫌だな、この感じ。触るとたまに柔らかい部分があるから心にクるものがあるな。他の者へ任せておけば良かったか」
利根「無理は禁物だぞ?武蔵よ。まだ夜は明けておらぬからな。ん? 偵察機から一本の情報が来たぞ。こちらへ向かって来る艦隊がおるようだが」
武蔵「東第四泊地の方かもしれないな。詳しいことは分かるか?」
利根「胸に勲章をつけた大和がおる。あそこの勲章持ちは人数が少ない気がしたから、第四で間違いないだろうが……」
偵察機から受け取った情報を武蔵に伝える。話しの途中で歯切れが悪く、すべてを言い切らない利根。その違和感に武蔵は「どうした?ただ応援に来てくれただけじゃないのか?」と問う。
利根「それがのぅ……鳥海がいるのだが、深海化しておった形跡がある。だが不思議な事に周りは気にしておらんようだが一応警戒はしておけ。損はないだろう」
その言葉に武蔵の表情が強張る。少々雑であるが、仲間の遺塊を戦艦棲姫の元へ投げ捨て大声で利根から聞いた内容を伝え臨戦体勢をとらせる。
利根「来たな。さて、さて凶とでるか吉とでるか」
利根の言葉を聞く者に緊張感を与える。正直、戦艦棲姫を倒すまでにかなり消耗をしている現状で深海化していた艦娘の相手をするには骨が折れる。一度きりの笛もなく、主砲も使い物にならないとなると多少の犠牲を考えなければならないからだ。
姿がはっきりとしてくる。
利根の言う通り、泊地や鎮守府に所属している鳥海の見た目ではない。髪や肌は利根らの知る鳥海であるが、所々に深海化したときの証拠が残っていた。だが、こちらへ手を振り言葉を発していることから意識がはっきりとしていると見受けられる。
鳥海「臨時邀撃部隊旗艦、鳥海。応援要請により参上しました。ですが、戦闘はもう終わってしまったのでしょうか……?」
先に到着した上の文言を言いながら鳥海は困り顔をしている。
その場にいた利根たちは例外の存在を初めて目の当たりにしたのだった。
2024/02/19 少しだけ修正を加えました。