鳥海「――ですのでっ!私はこのとおり大丈夫ですっ」
神城「うぅむ……そうは言ってもな。応援に来てくれたのはとても嬉しいことだ。しかし……」
そういうと胸に手を当てている鳥海の姿をもう一度見た後に目を瞑り、一旦考える。
内容は鳥海を、彼女を、どうにかして刺激しない方法を……と言葉を詰まらせていた。
東第一泊地を除くそれぞれの泊地、鎮守府の艦娘たちが第三鎮守府の大会議室へ集まっている。
だがその空気は決して穏健というわけではない。
その理由は東第四泊地から応援に来た鳥海にあった。
髪や肌や見た目は自分達の知る鳥海であるのは間違いない。声も喋り方も若干違っているのもまた個性であろう。
だが、その見た目から相反する特徴は第四泊地の面々以外を納得させるのは困難を極めていた。
神城(重なるな、以前の事と)
鳥海を見ていると思いだすは殺されかけたあの出来事。もうひとつは決してこの世に馴染むことはない存在の出現。
その二つを考えながら周囲を見渡すと東第二鎮守府や以前ここで起きた出来事を知らない第三所属の艦娘たちは軽蔑の眼差しを送っていた。
『なにあの鳥海…新手の深海棲艦かしら』
『それにどうして提督はすぐに拒否しないのでしょうかね?』
聞こえてきた言葉のすぐあとに一度咳ばらいをして静かにさせる。
神城は人類が知恵を束ねても敵わない存在というものは深海棲艦と天災くらいだろうと思っていた。だが、その認識にもう一つ追加しなくてはならない存在を目の当たりにした日はたまったものではなかった。
皆、鳥海の姿を見つめ何か言いたそうにしている。
しかし周りの目もあってか言葉には決してせず態度や雰囲気で表していた。
神城(あのとき深海化した武蔵達から逃げていたとしたら。俺はきっと鳥海に対して思いやりのない言葉を投げていたかもしれないな)
時間が経てば経つほど場の雰囲気は更に重くなり、視線すらも人を雁字搦めに縛る糸のようになっていく。必死に否定した鳥海を含め、フォローにあたっていた摩耶たちの表情も少しずつ押されていくように感じた。特に摩耶の変化が著しく見えた。最初は丁寧な言葉も段々と荒く喧嘩腰になってきだす。これは喧嘩勃発前と言ったところだろう。
神城(あー、まずい。大分まずい状況だ。このままだと……)
今いる部屋の中で謂れのない罪を糾弾する会話と周囲が止めるほどの喧嘩に発展されそうだと神城は強く感じた。
神城「こほん。お互いをなじり合うのはそこまでだ。深海化の兆候がある鳥海についてだが、こちらとしては受け入れようと思う。ぱっと見であるが今のところは自然体を保っているように思えるし、彼女自身に敵対する意思はないと思えるのだが」
霧島「ですが、敵も味方も分からなくなって襲い掛かってくるかもしれないのですよ。仮にそうなったら被害を被るのは我々です。神城提督殿、もう少し冷静な判断を――」
鳥海へ敵対の有無ともう一つもしも、の話を振ろうとした時に第二鎮守府から応援にきた霧島が口を挟む。確かに霧島のいうことは最もだ。
現在、東第一泊地の所属となっているサラトガも深海化の兆候があるという情報が回った瞬間、彼女を求める声も手もなくなった事実を知っている。
一般的にサラトガという艦娘は大型建造と稀にドロップ艦のような例しかない珍しい海外の艦娘。正規空母という先制で数多の敵を葬ることもまた特定の装備を積むことで夜でも行動できるようになる、弱みがほとんどないそんな彼女を欲する鎮守府、泊地は多いと聞く。
それでも深海化の兆候という時限爆弾を抱えた彼女を欲する者は誰一人としていなかった。
空母である彼女がそのまま深海棲艦と化したら空母棲姫のような存在へとなってしまう。
被害は甚大で多くの命も資源も失う可能性がある。
そんな博打はしたくない、というのが彼女を拒んだ提督の総意であった。
神城(だけどなぁ……)
言い切れない思いを呟いたつもりだった。
しかしその言葉は声には出ていない。ただ口が半開きになっており、皆の視線が集中しているだけであった。
一度離した視線を霧島へ向き直し、こう口にした。
神城「確かに、そうだな。霧島のいうことは実に的を得ている。だがそれでもお……私は彼女を、彼女達を信じるよ」
霧島「貴方はまだ提督としての歴が浅いからそれを口に出来るんですっ!私たちは、私はそれを口にしてきた人物がどういう末路を辿ったのか、知っているから止めようとしているんです!」
神城「俺だって実際に深海化した艦娘と向き合った過去があるんだよ。味方同士での殺し合い、殺すことでしか助けられないと学んだ。ただ殺されるか、死を待つだけの短い時間は怖かった!それでも――」
霧島「そうでしょう、そうでしょうね!貴方は人間であって私たちと同じように武器を手に取り戦いはしない!だけど私だって怖かったし、痛かった。仲間を失う痛みも恐怖もあったけどそれしか方法を知らなかったんです!」
霧島の言葉に割り込むように「だけど」そう言いそうになったときに扉はつよく開かれた。
部屋全体に大きく響き、開いた空間に立っていたのは第二鎮守府の提督である音宮陽菜であった。神城は音宮がここを訪ねてくるとは思っておらず、目も口も開いたまま固まっていた。それだけではなく他の艦娘も音宮を見たまま微動だにしない。霧島は「提督……?どうしてここに?」と疑問を口にしていた。
怒りを隠さない音宮はずしずしと音がなるほど一歩一歩を強く踏みしめながら部屋へ入ってきたのだ。音宮が近くへくると微動だにしなかった艦娘らは端へ寄るように集まり、道を作る。
あまり広くはない部屋。
扉から神城の元まで二分もかからない。
神城「お、音宮提督ど――」
目の前に来た音宮の表情を見ると怒りで滲むだけではなく涙も流れていた。
何か言おうと問おうとした瞬間、バチンと乾いた音と共に「いつまで話あってるの!敵はもうそこにいるのよっ!」と叫んだ。
ヒリヒリと痛む頬を抑えながら咄嗟に時計を確認すると最初に皆と合流した時間からゆうに一時間以上経っていたのだ。おまけに不在着信が凄いことにもなっている。
音宮「いつまで経っても連絡のひとつもないから、死んでいるんじゃないかって……気になって来てみればなんでうちの霧島と言い合いになっているの?!第三の艦娘も不審な艦娘も共に敵と戦っているのに――」
大和「不審な艦娘? 音宮提督殿、それはどういった?」
音宮「深海化した叢雲と時雨よっ!砲撃じゃなくて接近戦で戦っていると報告を受けた。彼女達の目にはそこにいる鳥海さんのように深海化していても自我を保ち互いに連携して戦闘を行っている様だったと」
大和の問いに答えた音宮の言葉はその場にいる全艦娘を驚かせてみせた。もちろん鳥海もだ。それまで静かだったのが、嘘のように話し始める艦娘らを制し「話し合いは終わり。もうそろそろ自分達のやるべきことをやってください」と締める。
その言葉の終わりと共に急いで現場へ行こうとする者も現れ、また部屋が騒がしくなる。歩きながら作戦会議をする者、共に自己紹介をし合う者と様々だ。
音宮「神城提督殿?ちょっとお話が――」
だが、次は制さずにした音宮は神城へ少し話をしようとした。
霧島「鳥海さん、先ほどはすみませんでした。深海化の兆候がある貴方に対してひどい態度と言葉でした。それに摩耶さんたちにも謝罪させてください」
心から申し訳なさそうにしながら頭を下げる。鳥海のみならず摩耶たちの足も止まっていた。
鳥海「先ほどの言葉も態度も霧島さんが体験した辛い過去から来てるものだと思うので私は特に責めたりはしませんよ。今も、ですが共に戦う仲間です。この戦いを共に乗り切りましょう!」
そう返事をした。
霧島は「そうですね、共に勝利を刻みましょう」と言いながら鳥海と共に部屋を出て行く。
ふたりの後に続いて摩耶たちも出て行った。
神城「よかった、ほんとうに。あ、すみません音宮提督殿、話とは何でしょうか」
音宮「はい。少し前に伝えられた最重要事項です。この場で言いたくないし、知らせたくなかったのですが仕方ありません」
そういうと音宮は服のポケットからスマホを取り出して操作をする。電子メールなのだと神城もすぐに分かったが、自身ので確認は出来なかった。新着メールは一つもなかったからだ。
音宮「これです。この戦闘後ではきっと間に合いません。急に謎の決断を迫られて迷惑かもしれませんが、すぐに決断をお願いします。決断を迫る内容はそこにありますから」
そう言うと自身のスマホを渡す。受け取って内容を確認した神城は驚きのあまり音宮のスマホを落としてしまった。鈍い音が一度、二度と立てながらコロコロと床を転がる。音宮が「あー!落とさないでくださいよ!神城提督殿!!」と大声を出して転がった自分のスマホを取りに向かう。
神城は突然の頭痛によろめき、片膝をつく。そのメールの内容は一般人が見ればあまりにも意味不明、不気味でありそして衝撃を与えるものだった。
『アイアンボトムサウンドにて敵と抗戦中、謎の襲撃を受けて部隊壊滅。負傷者は多数。襲撃者は件の犯人である少女と判明。捕縛を試みるも突如として現れた者によって失敗に終わり、それどころか人智を越えた力を目の当たりにした瞬間、閣下の居る船が空を舞い、ソロモンの島々へ落下。消息不明。私の艦隊も皆、化け物になり互いに手を汚し合い壊滅。現れた者が歪に肉体を変え、化け物へと変わったとき艦娘も深海棲艦も蟻のように蹂躙された。現場にいる我々では歯が立たぬかもしれない。至急、応援要請を求める。来れる部隊であれば誰でもいい、この海であれを食い止めないと確実に壊されるだろう。我々は少しでも時間を稼ぐ。このメールを見た者はいますぐにソロモン諸島へ。誰かが繋いだ明日を迎える為にお願いだ』
神城「あんな存在を我々にどうしろと言うんだ、そんなのに。芙二提督殿……どうしてこんな時にいないんだ」
音宮「芙二提督殿? 芙二提督殿がどうかしたのですか? 彼なら殉職したと知らせがありましたが」
後ろから掛かる言葉に対し反論しそうになるのを抑える。
決断を求められているならば、メールを見た者として応えねばと覚悟した神城であった。
例え自分達が束になっても勝てない相手へ挑むと分かっていても。