北上(ああ、これはダメなやつだ)
急に海面へ飛びだしてきた巨体に突き上げられた北上はそう感じた。胸を圧迫され、潰された骨と肉に挟まれ、肺の空気が口外へ押し出される。あばら骨の砕ける音がいやに聞こえ、意識は一旦閉ざされた。
ガングート「き、北上――ッ!っうぁ、な、波で近づけない!大丈夫かっ!」
黒い鯨は宙を舞い、再び海へ潜る。出入りだけで海上は荒れに荒れ、瞬く間にうねる荒波をつくりだす。
大地震が発生した陸と同じく跳ね揺れる海面は海上を駆ける艦娘でさえ行動を制限させた。
島風「連装砲ちゃーん! こっちへ来て――!そうしないと離れ離れになっちゃう!」
潮「島風さん、落ち着いて!ちょっとやそっとじゃ扱えなくなるわけじゃないでしょう?」
流されていく連装砲ちゃんを掴もうとしてる島風と落ち着かせようとする潮。二人の居る位置とは反対側から懐かしい言葉が聞こえてくる。
『そうだよ、潮の言う通り。連装砲はそれだけじゃ扱えなくなる、なんてことないじゃない』
『島風!そういう状況になったらどうするんだっけ?』
島風「一旦落ち着いて、深呼吸をする。そして周囲の状況を確認してから――」
突然聞こえてきた声に応え、行動する。途中で気が付いた島風は言い止まり、声のした方を振り向いた。島風よりも先に潮は深海棲艦と混じった姿の仲間を見てしまった。そこには朧と天津風の二人が立っている。一、二年前に死んだはずの仲間との再会。歪な姿で、歪んだ運命を目の当たりにしていた。
潮「
『うん、そうだよ。もうすぐここはなくなる。だからその前に別れと迎えにきた。潮、今ならまだ間に合う。私たちと共に人間も何もかも殺してしまおう?』
潮「それは出来ないよ、朧ちゃん。私たちにはやるべき使命がある。それに私はもうそんなに人間を恨んでいないんだ」
『裏切られたのに?護るべき人間から。裏切られて玩具のように扱われて、みんなで生き残ろうとした作戦を弄んで人間に対して恨みがない?どうして――どうしてなの?』
潮「恨みが、憎しみがとか言っていた私たち以上に狂ってる馬鹿に出会ったから、かな。その強さは勿論、あの人が持たない瞳や言葉の裡に宿る輝きに触れたらどうでもよくなっちゃった」
目の前にいる朧の表情とは違い、頬を掻き、ちょっと呆れたように笑う潮。
『ほんとうに残念。苦しませるつもりはなかったんだけどなあ……』
潮「再びこうして会話できるだけありがたかったよ、朧ちゃん」
残念そうにしていた朧に対し、潮は感謝の言葉を伝える。言い終わると混じっているとはいえかつての面影を残していた朧であったが、次第に目に光を失くし肌の色も変わっていく。頭のてっぺんから溢れだした黒い泥がゆっくりと朧の髪、顔を包んでいき最終的にはへ級やツ級と同じ姿へ変わり果てる。
潮「本当にさようなら、
沈黙のまま突っ立っていた深海棲艦に別れの言葉を伝え、北上やガングートの方へ向かおうとしたとき「なんでそんなことをいうの!」と大きな声を上げた島風の方を見る。潮の視線の先には天津風の他に夕雲や巻波、長波、夕立と中々に増えていた。本当は急いで割って入るべきなんだろうが目の前の元仲間に敵意はないように見える。
潮(だけどすぐに敵対行動を取るかもしれない。一応傍へ寄っておこう)
まだ何か言い合っている島風と天津風たちの元へゆっくりと近づいて行く。ふと後ろを振り向くと既に朧だった者の姿形はなく、シンと静まり返る水面があるだけだった。
近づくにつれて島風の表情も分かるようになってきた。その目は潤み、今にも零れそうである。近くにいる連装砲ちゃんたちは困惑した表情を浮かべ、互いに寄り添い合っている。
島風「どうして?やってみないと分からないじゃん!」
『数の差を理解してないの?いくら人間と艦娘が手を取り合ってもどうにもできない現実があることを知っているでしょう!』
島風「それでも天津風ちゃんの手を取ったら、それすらできなくなるでしょ!だからもう帰って、帰ってよ!」
『……それが回答なのね。ハァ、もういいわ。今から敵同士、殺し合いましょう』
再び小さく溜息を吐きながら『どうして毎回答えを間違えるの』苛立ちの混じった言葉を呟く。そして朧のときと同じ変化が天津風、夕雲たちの身に生じ始める。頭のてっぺんから黒い泥で包まれていき、一度塗られたところは色を失い、禍々しい装備に身を包ませる。
黒いヘルムを被り、軽鎧を身に着けた深海棲艦の容姿はあまりにも歪であり、また並みの深海棲艦とはかけ離れた見た目に戸惑いを隠せない。黒い鎧と艦の武装はミスマッチとしか感じないが、その深海棲艦は異質さを感じさせない有様であった。
『全員、距離を取り、対象へ構えろッ!最期のチャンスを棒に振った艦娘に絶望を!我ら北方深海連合、北方戦艦神棲鬼様の命により今から作戦を開始する!』
司令塔の言葉。目の前の現実を受け入れられなかった島風を引き戻すにはもってこいの気拍だった。突けとばかりの隙をつかれ、司令塔の言葉通りに動き始める夕雲たち。
とき既に遅く囲まれており、下手に動こうものなら複数飛来する砲弾からは逃れられそうにない。こんな状況で咄嗟の打開策など思いつくはずもない。
『くだらない油断が命取りになる。その教えすら忘れるほど、平和ボケしたの?まあ、これから死ぬ貴方たちに何を言っても無駄になるけれど』
島風「どうしよう、潮ちゃん……」
潮「大丈夫。もうじき応援が来るから!」
『……バカだな?ここは鎮守府から離れているんだぞ。あちらがどうなっているかなんて分からないだろう?助けを向かわせる、なんてできる状況なわけない』
「長波ちゃんの言葉が理解できないよ!あそこにはきっとみんながいる。それに他の鎮守府、泊地からの応援も来ているから!深海棲艦になっちゃったみんなに負けるわけない!」
『甘いな。北方戦艦神棲鬼様以上の方があそこへ向かっている。あの方は神の如き力を持っているのだ、何ものも触れる事も抗う事もできないだろう』
『四人も戦力を削れたのだから、私たちの行動は間違っていなかったわね。このまま時間切れになるまで拘束させてもらうわよ』
少しでも逃げようとする素振りを見せるものなら、と四体同時に空砲を撃つ。その音に連装砲ちゃんたちは驚きに震える。島風は頭を抱えて座り込み、青ざめてぶるぶると震えていた。この状況に対して潮は舌打ちをして深海棲艦の言葉に従うしかない自分を叱責した。
同時刻、第三鎮守府
既に艦娘達の姿はなく部屋には音宮と覚悟を決めた神城の二人しかいない。不気味なメールの後に応えるか否かを考える神城であったが現在休業している彼の鎮守府では戦力と呼べるものは殆どいない。だから音宮へある提案をした。
神城「音宮提督殿。私の鎮守府では要請に応える事が出来ません。なので東第一泊地の補佐……いえ現提督である冷葉殿へ聞いてみるのはどうでしょうか」
提案に腕を組んで考える。すぐに頷いて肯定できるわけじゃない。今年の四月から動き始めたばかりの泊地であり、艦娘の練度はおろか提督としての経験などあまりないと思っているからだ。そんな新人を作戦の最前線へ送り出しても良い結果になどならない、そう結論を出した。
音宮「その提案は却下します。新人提督である彼にこの重みは耐えられるものではない。それに持ち場を維持するだけで精一杯なはずだし、私も他の提督へ連絡してみるから。神城提督殿は彼女達から送られてくる情報を他の娘たちと整理しながら作戦の指揮にあたってください」
分かりました、そう返事をして部屋を後にする。普段とは違い冷えた空気が充満している廊下を歩きながら音宮の言葉を思い出していた。
神城「良い結果にならない、か。あそこを知らなければそう思うだろう。だが、俺たちの知らない知識が、物がある。それを頼らない手は……ない!」
すぐに冷葉へ連絡しようとする神城だが、その前に大淀へ連絡し作戦指揮の為に集合場所を執務室へ決めた。自分は少し遅れる旨を伝え、指揮前に錯綜している情報を纏めるように頼み込む。
既に忙しいのか、空返事だけが返ってくる。そんな大淀に再度念を押すように頼み込むと通信を終了した。
神城「大淀、忙しそうだったな。判断を渋っている場合じゃないよな……お願いだ、冷葉殿。一回で出てくれ、そうじゃないと間に合わない気がするんだ」
携帯を握る手にはいつも以上の汗をかいている。少々熱を帯びて、力が入る。だが祈りは通じ、一回で繋がった。「もしもし?神城提督殿、どうかしましたか?」と言葉が返ってきたからだ。
言葉を聞いて神城は安心する。前に一度話したときのような雰囲気が伝わってきた。この男ならば、芙二殿と同じ場所に居た男ならば願いに応えてくれるだろう、と。
冷葉「神城殿?」
神城「あぁ、すまない。今そちらの状況はどうなっている?ちゃんと護る事は出来ているか?」
冷葉「護れてはいます。ですが、こちらは叢雲と時雨を失いました。それに深海化している艦娘を抑える為に戦力を割いています。ギリギリ一艦隊分でしか応援要請は応えられないと思います」
神城「む?深海化した叢雲と時雨がこちらで暴れていると報告を受けたが、冷葉殿の所属ではないのか?命令をして送り出しているのかと思ったが」
冷葉「彼女達は急に消滅しましたと報告がありました。私は実際に見ていないので分かりませんが、報告をしてきた彼女達を表情を見れば真実だと分かりました。それとそちらで暴れているのが失ったはずの彼女達ならどんなにうれしいことか。……コホン。話が逸れてきましたね。要件は応援要請で間違いないですか?」
神城「そうだ。もっとも応援要請を出したのは俺ではない。アイアンボトムサウンドで、最前線で指揮を執っている提督の誰かだ。内容だが、突如として深海棲艦以上の化け物が出現している。戦える者は誰でもいいから、来てくれという感じだ。猫の手も借りたい状況だと思うが、深海棲艦以上の化け物と聞いて芙二殿を連想してしまったよ。あぁその状況を作り出したのは芙二殿を失う主な原因となった少女だそうだ」
最後の言葉を聞いて冷葉は目を見開いて返す言葉を失くした。川内に見せられたあの映像を見て親友はそれほどの脅威と戦っていたことを痛感した。
そして冷葉の心には復讐の二文字がこびりついていた。自分ではきっと歯が立たない、なんてのは承知の上。それでも機会さえあれば、一発ぶん殴ってやる。そう、機会さえあれば。
冷葉「今が、そのときか。いえ、分かりました、東第一泊地の提督としてその要請に応えます。こちらで向かわせられる者は選び、私も共に向かいますがそれでも大丈夫でしょうか」
神城「構わない。それと俺が言えた立場ではないが、貴殿の艦隊の武運を祈ろう」
冷葉との通話を終えた神城は溜息を吐く。芙二に関わるカードは何枚か持っていたが、張本人が関係するカードを切ったのは確実に向かわせるよう仕向けるためだ。それにこの行いは新人を生贄にしたようなもの。運が悪ければ彼諸共艦隊は全滅、良くて彼だけが帰って来る結末になるだろうと考えていた。
神城は大淀の所へ向かおうか、そう考えると再び足を動かす。
ひと月振りの更新。
一ヶ月に一話は避けるべきだよなぁ…