とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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五章 54話『たった二つの爆雷(魔改造済み)』

『あぁ~、本当にひどいなぁ。これから迎える身内に優しくしようと思っただけじゃんか』

 

 未だに燃え続ける炎の中から少女の声が聞こえる。見えるシルエットは飄々とした様子であり、この身を焦がす炎など何ともない、そう言っているように思えた。

 

時雨「身内って、君は何を言っているんだい?叢雲の身内っていうならこの場はボクだけだけど。異世界の力ってのを使い過ぎて壊れた?」

『いいや?壊れてなんかいないよ。……これから死ぬ君は僕たちの身内には入らないってことを教えてあげようと思っているところ、さ!』

 

 少女の身を包む炎が勢いよく弾ける。その場には空色の短い髪、赤い目、白い肌。そして海兵服ではなく、白と黒の水玉模様のワンピースに身を包んだ少女――紫雨(しぐれ)がいた。

 

 その表情は微笑を浮かべている。背は時雨や叢雲よりも頭一つ高く、また背後には二メートルほどの黒いエイと灰色のサメの形をした生体艤装が宙を泳いでいた。

 エイとサメの口角は上がっており、楽しそうな様子が伝わる。

 

時雨「へえ?やっと本気を出したんだ。あのときと同じ格好じゃないって事は、さ」

紫雨「いやだなぁ、これが正装だよ。あんな量産型の服みたいなのじゃないって」

 

 冗談めかしく笑う。時雨は「そう?ボクは結構、気に入っているけど」そう返す。一見するとただの姫や鬼級の深海棲艦と何も変わらない。それに角がない個体も少なくはない。

 

叢雲(本当に時雨と相討ちになったヤツなの……?)

 

 ますます時雨と紫雨の間は一触即発の空気になっていく。互いに軽口を叩き合っているが、雰囲気に殺意や悪意が混じり始めていた。

 ほんのひと雫が落ちただけでも戦闘に入るような空気が張り詰めていく。

 

叢雲(これって私だけでも準備しておいた方がいいかしら)

 

 そう思った叢雲が体勢を変えたとき、紫雨の後ろで楽しそうな表情をしていた二体の生体艤装の表情が変わり、左右に一体ずつ配置についた。

 

 「あー……これはやったかしら?」表情が切り替わる生体艤装を見て驚いた叢雲は固まる。

 

紫雨「ははは、あぁ。聞いたか、時雨?彼女は――どうやら、私の身内ではないらしい」

時雨「最初から言っているじゃないか。叢雲はボクの仲間!断じて、深海棲艦の仲間入りなんてしてないよ」

 

 黒い砲先を向けて、言い放つ。紫雨は片手で口元を覆い、目を瞑る。しばらくの沈黙のあと、再び口を開く。

 

紫雨「そう、そうだよね。一度も死んでいないやつが私たちの仲間入り、なんて図々しいにも程がある!だから――」

 

――殺して、新しい仲間にしようって思ったんだ。

 

 瞬時にサメの口から小口径の銃口が飛び出し、弾丸を射出。パチパチと爆発音を轟かせて、真っ直ぐに時雨と叢雲の方へ飛んでいく。

 時雨は大して驚くことなく、それを簡単に弾くが同時に爆発も起こった。

 

叢雲「時雨!?――っ!?それに何か嫌な予感がして……これは下からね!」

 

 突如として始まった戦闘に叢雲は叫ぶ。だが、時雨の様子を深く気にしている余裕はなく、自身の元へ何か向かっていることを察知して後ろへ避ける。

 

 海面を突き上げるようにして飛び出すのは三本の白い骨の棘。叢雲へは的中しなかったのを確認するとまたすぐに海中へ引っ込む。

 

叢雲「なんなの……魚雷かと思ったけど、想像の上をいくものだったわ」

時雨「あれはあっちの能力。当たらない方がいいよ、等間隔に返しのようなものがついていて、刺さったら最後、肉を抉るしかないから」

 

 煙を叩き落としながら、叢雲の元へ歩いて向かう。

 時雨は自身の経験を交えて、脅威を伝える。

 

叢雲「それじゃあどうしようかしら」

  

 唸りながら、案を考える。あーでもない、こーでもないと考える叢雲に対して「簡単な話さ。ボクは提督から貰った秘薬がある。叢雲にも共有してあげる。そこまで言えばもう分かるよね?」と言った。

 

 一瞬、ポカーンと口を開けたままフリーズした叢雲だが、すぐに趣旨を理解すると「ごり押しじゃない。ほんっとに現実的じゃないわ」と呆れ顔で言う。

 

時雨「ハハハ。それを言ったら、こんなものを作る、提督だって現実的じゃないでしょ」

 

 笑みを浮かべながら、海面から突き出る棘を小口径主砲で叩き壊す。叢雲の方には棘と銃弾が飛来するが、難なく躱す。

 

紫雨「あれえ?おっかしいな、完全に不意をついたと思ったんだけどな……」

 

 困った顔をして、頭を掻きながら言った。時雨は「気配でバレバレ。まぁボクたちじゃなかったら、死んでたと思うよ。だから気を落とさない、落とさない」と返した。

 

「ははっターゲットを殺せないどころか、慰められるなんて、屈辱だよ!」と言うと勢いよく足を肩幅ほどに開き、左右上下に武装を展開する。二十の大小さまざまな砲門が時雨と叢雲に向けられた。それは目と鼻の先の距離。たとえ熟練の艦娘でもその行動には驚いて、一瞬の隙を作る。

 

時雨「撃つまでが、長いね」

叢雲「脅しじゃなくて、さっさと撃てばいいじゃない。それに脅しにもなってないわ」

 

 展開しただけの武装を見て時雨は笑い、得物の形を薙刀に変えた叢雲は肉薄する。固定砲台のような紫雨を仕留めるなら、今と踏んだからだ。サメとエイの生体艤装も姿が見えない。

 

 刃を下に向けながら、胸元目掛けて斬り上げる。しかし紫雨の表情に焦りはない。むしろ誘っているようにも見えた。小さな声で「お、い、で、よ」と言っているのを聞き逃さなかった時雨は叢雲に攻撃をやめるよう、と叫びかけるも遅い。

 

 胸元までこのまま、というときに紫雨の前に水飛沫があがり、攻撃を阻止された。金属のぶつかり合う、または擦れる音が海上に響いた。タイミングよく現れた深海棲艦に防がれ、紫雨と壁一枚の距離になる。

 

叢雲「そういえばさっき、仲間がどうとか言ってたわね?」

紫雨「惜しかった、本当に惜しかったよ。あともう少しだけ早く攻撃してたら、私を殺せたかもしれないのにね」

 

叢雲「一度防いだからって、次の攻撃まで時間がかかる、なんて油断は――ここではしない方がいいわよ?」

 

 柄がしなるほどに力み、そのまま押し飛ばす。攻撃を防いだ一体の深海棲艦は紫雨とぶつかる。突如として海中から飛び出たサメ型生体艤装に首根っこを噛みつかれ、無抵抗のまま海の中へ引きずり込まれる姿は恐怖映像そのものだろう。水面が揺らぎ、その周辺は赤い血が滲む。

 

叢雲「随分な扱いなのね?仲間なのに」

 

 薙刀の柄を半分にして、形を変化させる。

 白と黒、二つの柄を持ち、それぞれを扱い深海棲艦へ肉薄する。

 

紫雨「たった一体、二体だけだと思うのかい?」

 

 その言葉通りに紫雨の周囲には無数の反応が現れ始める。叢雲は舌打ちをし、時雨へアイコンタクトを送る。目が合った時雨は「いいの?叢雲の独壇場を譲ってもらっても」と返す。

 

叢雲「いいわよ。ダメよ、なんて今はそんなことを言ってられないし。私はコレの元を引きずり出すから」

 

 そう言うと時雨よりも後ろへ走りながら、足跡を追う影を誘う。

 捕まりそうで、捕まらない。そんな距離を維持しながら、一定の距離まで離れる。

 

叢雲(ここまで来れば……うん。時雨への妨害もないでしょう)

 

 その場に留まった叢雲への攻撃が始まった。

 海中から無数の骨の棘が飛び出す。一本が短く弾のようなもの。投げ槍のように尖り、真っ直ぐ得物へ向かうもの。あるいは拘束用にのみ特化した蔓のようなもの。

 

 えいっ!やあっ!と声をあげて、踊るようにステップを踏み、骨の棘を、蔓を切り飛ばす。数分の戦闘を繰り広げていたが、若干の焦りが出始める。それは燃料切れが近いことだ。

 地上戦であれば、気にせずに行動できるものだが海上戦では違う。

 もはや近接特化にシフトチェンジした叢雲には弾薬切れは怖くない。燃料切れでその場から動けなくなる方が怖い、と感じていた。

 

叢雲(はぁ、かくなる上は――)

 

 一度避けるのをやめて、敵の集中砲火を誘う。ただ誘うのではなく、深呼吸をし、意識を研ぎ澄ませて、大元を探る。棘の弾が掠ろうと、蔓で足を絡められようと、動かない。

 

 掠って血が出ようとも、茨のような骨の蔓が巻き付こうとも、ただ大元を探る。

 海中にいる大元であるエイ型生体艤装はその場から動かなくなった叢雲の反応を見て今が好機と判断した。その大きな的目掛けて、脇に備え付けの一番大きな槍を二本射出しようとする。

 

 その攻撃の準備が、辿り着く鍵となった。

 海中でひと際、大きく動く存在。

 壊れかけの電探で大きな反応を確認することが出来た叢雲にとっては決着も同然であった。

 

叢雲「そこね?あぁ、逃がさないわよ」

 

 自分よりも少し離れたところにいる潜水個体へ爆雷を投下した。戦いに参戦するまえに泊地の、提督である芙二の部屋からくすねてきた爆雷。

 叢雲は投げた後にくすねてきた爆雷について考えた。ただの爆雷ですら、潜水艦相手には効果的だというのに、あの提督が所持していた爆雷だ。きっと魔改造に違いないと。

 

 静かな水面をシュバッと裂く勢いで飛び出てくるのは数本の骨の棘を元に作り出された槍。蔓により、足を拘束されていた叢雲は咄嗟に一本につなげた得物で弾く。

 

叢雲「これで終わり―――」

 

 ぱらぱらと砕け散ったものを見て呟くが、斜め左下から先ほどとは比較にならない太さを持つミサイルが水面から顔を出す。

 

 面食らったように驚くも、それを縦に斬る。割れたピーナッツのような形となって沈んでいく、そう思っていた。割れた殻から少々の煙と共に先の尖った槍が心臓目掛けて射出されていた。

 

叢雲「甘いわ!」

 

 不意を突かれるのは二度目だ。だが、現在の状態では音速の射出にも対応が利く。瞬く間の一撃も空きの柄で斬り上げながら、形を変えて防ぐ。

 

叢雲(魚雷のように大きくしたのは囮か!今回は槍だけど、中身がガラス片みたいに小さく殺傷能力がある物質だったら大惨事は免れないッ)

 

 敵の攻撃は防いだ。

 あとは投げた爆雷が直撃するだけ。早く時雨のフォローにいかないと、と意識が今の戦いから逸れていた。

 

 僅かに振動する槍が波間を裂きながら、海面へ伸びる。その第三の刺客が背後を取っていることに叢雲は気づいていない。

 

 じゃぶ、と小さな音をたてる。すぐ足元の音を聞き、まだ終わってないの!?と叢雲の意識はこの場へ戻された。その様子は魚へ真っ直ぐ飛ぶ銛の如く。油断している魚へ息を潜めて近づく漁師のよう。

 

叢雲(ったく、数分前に私が言った事じゃない。油断はしない方がいいって)と眉間に皺を寄せて、舌打ちをする。二又の銛は真っ直ぐに心臓と肺を突き刺そうとしているのは分かる。心臓も肺も失えば、死へ至るのは明白。

 ダメもとでいいから、と体の向きを変えて、掠らせるだけで終わらせようと試みた。

 

 しかし、叢雲の予想は外れ、制服を貫き、グサリと脇のあたりを突き刺した。

 

叢雲「ぐぁあああ!!ぅ、うう……さ、流石に痛いわ、ね」

 

 例え姿が変わっても百パーセント慣れるはずのない、肉を貫かれる痛みに顔を歪めて、前のめりに倒れそうになる。突き刺された箇所からブシュッと血が噴き出す音が鼓膜を揺らす。

 まだドクドクと心臓の音が聞こえる。服へ血が滲む感覚が鮮明に理解できる。次の攻撃が来る前に、刺さった部分を抜く。

 

 時雨の言葉通りに肉を抉られたような激しい痛みと血が噴き出る感覚に、吐き気を催す。しかし深海化したときのアドバンテージをフルに生かし、簡単であるが止血を行い、傷を塞ぐ。

 

 (だけど、まだ動けそうだわ。本格的に艤装がダメになってしまったけれど、まだ私にはこれがあるし)といいながら二本に分かれている柄を強く握る。余計な一撃を受けてしまったが、それでも勝ちは揺らぎないと思っている。

 

 叢雲から少し離れた位置。ゴボゴボと濁った音が響き、海面が揺らぐ。何かが爆ぜる音が叢雲の耳に届いたあと、すぐに海面を凄まじい勢いで吹き上げた大きな水柱が立ちあがる。

 

 負傷してもなお、立っていたが、既に満身創痍。魔改造されたであろう爆雷の影響は凄まじく、海面を大きく揺らがせる。気力で立っていたが、目の前がふらふらと揺れてきたので座り込む。

 

叢雲「エイかサメか、それとも他の深海棲艦か、分からないけれど面倒そうなのはやっつけたわね。時雨は……邪魔しない方がいいわよね。それじゃあ今は少しの休息といきましょ」

 

 投げた爆雷は二つだけなのに、未だ海中からの音は止まず、海面の揺れも止まない。

 燃料切れを危惧している叢雲は余計に動いて無駄にしない為にも束の間の休息を取るのだった。

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