とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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五章 55話『白棘(シロツノ)の魔物』

 時雨は完全に囲まれていた。叢雲が離脱してから、あれよあれよという間にあちら側の仲間が増え、包囲されてしまった。逃げる隙間なんてどこにもなく、一見したら絶体絶命に見える。

 

紫雨(シグレ)「ヒュ~~やるじゃん!叢雲ちゃん、うちの子たちを片付けちゃった。彼女の実力を少し甘く見ていたよ。それに比べて時雨――君はどうだ?この状況をどう覆す?」

 

 僅かに表情を変えた紫雨は反省を口にし、あるいは小ばかにして時雨の油断を誘う。しかし時雨の表情に曇りは一切なく、静かに好機を狙っていた。今対峙している東第四泊地の時雨――もとい紫雨は大きな独り言を言いながら、腕を組み始め、目を閉じた。

 

紫雨「……それだけじゃなくってこれ以上の増援も呼べなさそうだ」

時雨「お互いに残念だね。ボクも君も全力で戦いたかったんだろうから、さ」

 

 溜息を吐く時雨の言葉に対し「いやそんなことはないよ?だって時間の無駄じゃないか」と返す。閉じていた目をゆっくりと開き「相変わらず甘いんだね。艦娘ってやつは、さ」と言いながら軽くお辞儀をしながら、スカートの裾を軽く持ち上げた。

 

 ポチャン、ポチャンと白い突起のある小さい玉が海中へ放たれる。紫雨が口角をあげた途端に周りの深海棲艦が動き始める。海上がざわめく。風の中に血と硝煙の匂いが混ざり始める。

「やっとだね。やっっっと……!キミを後悔させてあげられるよ!」と悦びの表情を浮かべ、時雨は深海棲艦の方へ駆けた。

 

 動き出した両者の攻撃。特に多数の深海棲艦は重なって発射される無数の砲弾。それらは黒い雨となり、時雨へ降り注いだ。

 たった一人に何十体を用意し駆逐級から戦艦級まで、様々な深海棲艦の砲撃が矢継ぎ早に繰り出される。中々近づけないであろう砲撃の雨の中で彼女は笑い、簡単に懐へ潜り込む。

 

時雨「あはは――中、遠距離特化が君たちだもんね?近接特化のボクと相性最悪だね!」

 

 次弾装填し途中の駆逐級のボディを握りしめた廃材片で強く殴りつける。ベキベキと音を立てて艤装が曲がり、右へ吹き飛ぶ。その際に付近へいた深海棲艦も巻き添えにする。そしてひしゃげた艤装から僅かに火花が散り始め、深海棲艦を包む炎を生じさせる。

 

 錆びた鉄のような甲高い悲鳴をあげ、付近の深海棲艦と共に爆発した。爆風に乗って、燃料が散布する。それによって更に炎が燃え広がる。次々に爆発していき、少しずつ数を減らしていく。

 

時雨「はははっよく燃える。本当によく燃えるねえ?こんなに数が多くっちゃあ……試しがいがあるというものだよ!」

紫雨「ふぅん。これが君の、時雨の力か。へえ、これが」

 

 たった一度。その一振りでまとめて吹き飛ばすほどのちから。その力の一端を感じていた紫雨は刻々と燃える自身の部隊を眺め、ただ頷き考えていた。予想以上の速さで燃えていく。

 一部は焼け焦げた死体がいくつも重なり、小さな丘のようになっていた。

 

時雨「次は、キミの番だ」

 

 先ほど叢雲に見せた秘薬を取り出して、口に放り投げ飲み込む。腹の奥、丹田から湧き上がるエネルギーに驚きを隠せず、ふぅううと声を漏らす。そのとき時雨の身体からは赤いオーラが滲み、漂っていた。

 

紫雨「はは、なんだ。君も異世界の力を取り入れているじゃんか。結局は私と同じ。異世界に侵食された存在と言うわけか」

 

 肉体を駆け巡る暴力的なエネルギーを何とか制御した時雨は、ふぅ、とゆっくりと息を吐き出す。ほんのりと頬は紅潮し、目は潤っていた。額から流れる汗や水飛沫を拭うとひとつ言い放つ。

 

時雨「そうだね。だけど、決定的に違う事がある。それは――質だよ」

 

 紫雨が言葉を発する前に、一瞬で距離を詰める。一挙一動が早く、ヒトの身体で出していい速度ではない。数メートル離れていた距離が鼻と鼻がぶつかる距離まで縮められ、思わず固まる。

 

 防御を忘れた紫雨を時雨は嗤い、左の拳で思いきり鳩尾を殴りつけるが、反応はいまいち。ガチンと固いものに当たるわけではなく、むしろ柔らかいものを本気で叩いているような感覚。

 

時雨「――ん?おかしいな」

 

 ともあれ、高速で繰り出される拳を受けた紫雨は燃え尽きてなおも沈まぬ死体の丘へ転がっていく。背から死体へとぶつかった際に、飛び出た廃材が表へ飛び出した。

 

紫雨「がぁあッ……ごほ、ごぷっ……おぇ」

 

 それは致命傷になりうる傷。左肺に複数の穴を開け、心臓の一部を掠めた。右肩と左の太ももにも黒い廃材が突き刺さる。衝撃で青黒い血を吐き、手足を固定され、動けずにいる。

 

時雨「終わり?その傷ならもう、動けないか」

紫雨「まだ、だ。まだ私は終わってない」

 

 そういうと太ももと肩の廃材を抜き、胸に突き刺さった廃材も抜き取った。ブシュッと血しぶきが飛び、ぽたぽたと垂れる。ふぅ、ふぅと短く早い呼吸をしながら「まだ他がいるっ!さっき燃えたやつらだけが全てだと思うなァ!!」と叫ぶ。

 

時雨「それは、分かっているよ。だけどキミの仲間はこの作戦に命をかけてもいいって思っていないみたいだね?」

 

「なにを言って」そう狼狽える紫雨の目に言葉の意味が分かってしまった。死体の丘の付近にいる深海棲艦が、砲先を斜め下へ向けている。

 先程のような戦闘の意志を感じさせない振る舞いをしていた。紫雨の頭には部下の命令違反という言葉がよぎる。それに何を伝えても誰一人として、撤退はおろか行動をしない。

 

時雨「降参するなら、このまま鹵獲されて東第一泊地へ向かうけど。数は、ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で十九か」

紫雨「まだ負けを認めてない。それに……勝手に、勝手に終わらせて堪るかあああ!!」

 

 露わにすることがなかった怒りを表に出して叫ぶ。自分を鼓舞する為ではない。胸中を駆け巡るは命令違反をする部下への憎悪。自分よりも優位に立つ同一存在への嫉妬。長年の仲間を裏切り、異世界の力をも受け入れて尚勝てない自信への哀れみ。

 

 あまりの怒りで気が狂う。苦労と離別を得て強くなった自らよりも強い同一存在を知り、最後の手段として自らの価値を失わせ、怪物の力を得る秘術を用いる。

 その結果、最後のピースを手にした。

 

紫雨「あぁ、そうだ。私はまだ、終わることが許されていなぁあいッ!!」

 

 紫雨がそう言い放つと海面の水が揺らぎ、波立つ。海中から無数の白い棘が蔓のように突出し、彼女の身体を突き刺していく。ドスドスと容赦のない突きによる負傷はおろか肉や骨を歪める。

 

 骨は肉を突き破りガワへと成り代わる。肉体は破壊と再生を繰り返し、少女の肉体を大きく変化させた。紫雨の「ぐぅううぅっ!!」という痛みに耐える悲鳴から「オオオオオオ――ッ!!」と獣の咆哮へ変わるまで時間は掛からなかった。

 

時雨「これ、少し厳しいかも」

 

 強気だった表情から一変し、少し苦笑いをする。頭ひとつ大きな存在が、身長二倍以上の大きなものへと変わってしまったら、愚痴のひとつは出るだろう。

 

紫雨「……さて、終わらせようか。君を殺した後は、その思い出も奪おう」

 

 空色の髪に白い(いばら)の冠を着け、大きく捻じれた白い(いばら)の角を生やし、胸を大きく露出させ、二本の太く刺々しい腕をもち、左腕は五指すべてが銃口となり、右腕は継ぎ接ぎの機械の腕をもつ。

 

 下半身は馬であり、鋼鉄の脚、蹄を持っている。尾にあたる部分は鮫の尾が生えている。

 まさしく怪物のひとつであるケンタウロスが時雨の前に君臨した。

 

紫雨「だけど、その前にゴミを一掃しないとだね」

 

 そういうと背から無数の触手が伸びて、付近にいる深海棲艦に突き刺さる。ゴクゴクとストローから飲み物を吸うように深海棲艦の中身を全て吸収する。肉や骨、魂の一片も残すことなく。

 

 ゾッとするような光景を目の当たりにして、ただ眺める事しか出来ない。

 

 最後の一体を吸い取り終わると触手をしまう。時雨と紫雨の周囲には黒く縮んだ深海棲艦の皮と壊れかけの艤装が残されるだけであった。

 

紫雨「これで満タン、満タン。長らく任せちゃったね。今だったら、君も叢雲もみぃんな仲間にしてあげるけど、どうする?」

時雨「お断り。怪物の仲間なんて御免だよ」

 

紫雨「そっか、残念だ。なら――死んでもらおうか?」

 

 規格外二人の第二ラウンドが今、始まった。

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