とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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五章 58話『海触の獣』

『これからが、本番だ。さぁ、皆の者!!命が燃える限り、武器を持て!』

 

 その言葉を皮切りに異形な深海棲艦との戦闘が始まる。無数の砲撃音、水柱の上がる音。ただでさえ視界が悪く、不況に陥りかけていた。

 

 北方戦艦神棲鬼と戦艦棲姫が指示を出している中で戦艦神棲姫は数隻の深海棲艦を連れて、第三鎮守府へゆっくりと侵攻の旨を口にする。

 

 「そんなことはさせない!」と水葬姫が前に出るも黒い触手が伸び、行く手を遮った。視線の先には赤い眼光を発する全身を黒い触手で覆った獣がこちらを凝視していた。

 

游「邪魔をするのね?」

 

 游の表情が険しくなる。少なくない数の深海棲艦を陸へ、ましてや司令部に向かわせてはならない、と游や水葬姫は強く感じていた。任されている責任は二人の心を大きく動かす。

 

水葬姫「はぁ。考えていても仕方ないか。……游」

游「分かっています、水葬姫。この駄獣は私が仕留めます。残りの深海棲艦を殲滅させなさい」

 

水葬姫「っ! その目、その言葉遣い。なんで笑ってんのさっ!!」

游「いい報告が出来そうだからですよ。鳥海さんたちの加勢に入ってあげて。多分だけどそろそろだとクると思うの」

 

 「りょ~かい! ねえ、游。戦いの後は流石に晴れてほしいよね?」と波うねる海上にて水葬姫は切実な願いを口にする。

 「同感です。こんなに暗い悪夢はとっとと晴れてほしいです」と返すと二手に分かれる。

 

 残ったのは全身を黒い触手で覆った存在。

 背に艦娘の艤装を纏う獣――海触獣(カイショクジュウ)

 全身の毛を逆立てるように黒い触手を逆立てて、歯茎を剥き出しにして唸っている。

 

游「本当に酷い雨ですね。こんな悪天候の中でも戦わないといけないのはどちらも最悪ですよね。さて、とっとと終わらせましょう」

 

 冷たい目をした游がそう呟くと、両手から黒く細い糸を出しながら海触獣の元へ走り始める。艦娘であるが故の利点を捨てた戦闘方法。海触獣は一瞬戸惑うような仕草を見せるも逆立てていた触手を游目掛けて伸ばす。

 

 游は糸を水面に垂らしたまま、向かい来る触手を左右に跳び、ときには上へ跳ぶ。雨風など気にならないというように距離を詰める。瞬く間に詰められた海触獣は一段と大きな唸り声をあげると触手を一点に束ねさせた一撃を放つようになった。

 

 一本、一本がそこまで細くないにしろ束ねた槍のような形状のそれは捕らわれたら、最後滅多刺しにされると游は強く感じた。

 

游「少し知性はあるんですね? ただの駄獣ではなさそうで安心しました」

 

 軽口を叩きながら、自分よりも巨大な海触獣の四肢に糸を巻き付けるイメージを持ちながらの行動。足を奪ってしまえば自分の方が優位に立ち回れる、と游は思っていた。

 

游「! 足の方にも触手があっ――」

 

 右回りに行動し、最後に左前脚を巻き付けて完了と言ったところでアクシデントが起きる。左前脚の膝の裏から黒い光沢を放つ蠢く触手が数本、とんでもない速度で伸びてきた。

 

 垂らしていた糸と他にも糸を出して触手を縛り切り、難を逃れようとするも防げず、右足に絡みつき捕まる。そして海触獣の眼前へ引きずりだされる。

 

游(不覚……少し油断したわ)

 

 海触獣の表情に変化が現れる。目が喜びへ変わり、かなり嬉しいのか、ぎゃっぎゃと笑い声を出しながら游を宙へ放り投げる。態勢を立て直そうとした游の両足を物凄い早さでぐるぐると拘束し、逆さ吊りにされる。

 

游「女の子を逆さ吊りにしない方がいいですよ?特に私のような人は特に!」

 

 ぶらぶらと左右に揺らされながら、苛立ちを隠さずに伝える。海触獣は余裕そうな笑みを保ったまま、上へ思いきり振り上げる。だが游も黒い糸を両手に巻き付けて、振り上げられた勢いを生かして引っ張り上げる。

 

 先ほど軽めに巻き付けた糸がきつく縛られていき、海触獣の左前足を除くすべての箇所に食い込む。表情を一変させて、きつく巻き付いた糸を取り払おうと触手を伸ばすも、びくともしない。

 細い糸はすぐに切れてしまいそうだが、ワイヤー並みの強度を持つ為に引っ張るだけでは切断は困難であった。

 

 途端にぎいっぎいい、と悲鳴をあげる。游の足に巻き付く触手の力が弱まったのを感じ、服の中から小さなナイフを取り出す。そして身を屈め、足の少し下あたりを斬りつけて脱出した。

 

 再び海上へ着地する。目の前にいる海触獣は未だに足へ絡みついた糸を解こうと躍起になっており、游の事は眼中にないようだった。

 

游(叩きつけられてたら最悪、昏倒していたかもしれない)と、思いながら息を整える。手には糸を引っ張った時の傷が出来ていて、少しだけ血が滲んでいた。

 

 ぎゅと手を握り、奥の手を切る。今のうちに()()()しておいた方がいいような気がするからである。

 

 游の姿が変わる。人型から獣の姿になるわけではない。

 上に深緑色のフード付きパーカー、中にはクマノミ柄のシャツを着ており、下は黒灰色の袴風ワイドパンツを履き、サイドに錨のマークが描かれた黒いショートブーツを履いている。

 そして背には白と緑色のストライプ模様の小口径艤装を背負っていた。

 

 普段の艦娘とは異なるその異様な姿。彼女の表情に鬼が宿る。鬼気迫る、というのは間違いではない。游は深海棲艦となっていた頃は鬼にも匹敵する力を得ていた。芙二に調整という名の魔改造を受け、克服状態となった。

 

游「四肢を落として、首も落とす。なんてことは致しません」

 

 その言葉には誰も反応しない。聞き取れなかった、というよりかは誰の耳にも届いていない。游もそれを気にしてはいない。雨足が強まり、風も増す。時々、雷鳴の轟くこの戦場に鬼は出現する。游の額に小さな鋭い角が生える。

 

游「ふふふ、アハハハハ!!」

『ウヴルゥ?』

 

 未だ糸に苦戦していた海触獣も笑い声がする方を見て、首を傾げる。そして目を丸くさせる。笑い声をあげながら、少女のような鬼がこちらへ歩を進めていること。

 

 『ガアァァアッ!』そう威嚇の声を上げ、触手を束ねた槍を何本も射出させる。真正面、上、左右、斜め上、斜め下と様々な角度から確実に相手を仕留める為に思考し、行動する。

 

 ほんの数分前まで血相を変え、跳んで回避に徹していた少女はもういなかった。眼前まで迫った槍に対して游が右手を上げ、口元で人差し指を立てて笑う。雨や風の音でなにも聞こえない。だが、確かに海触獣の頭の中には「しぃ~っ」という言葉が響いた。海触獣の体内、もっと深いところにある魂が恐怖する。身に覚えのあることだからだ。

 

 ぶつかる直前で、一番近くにあった槍が音を立てずに崩れる。目に糸が見えるわけでもないのに、他のモノも宙に固定されたようにピッタリと張り付いていた。

 

 「♪ ♪ ♪」と楽しそうに鼻歌を歌いだす。ゆっくりとしたメロディーは雨風の音や波の音に負けず、海触獣や他の者たちの耳に届く。ある者は別れを嘆いている、と考えた。

 

 何が起こっているか、分からない。だが、海触獣はたまらずに攻撃し続ける。突く以外にも叩き伏せる事も出来る――と言わんばかりに鞭のようにしならせ、いくつもの触手を伸ばす。

 

 「~♪」と最後の一節を歌い終えた游が歩をやめて、ゆっくりと口を開ける。

 

游「心の底から歌うって言葉では言い表せないほど、素晴らしいものでした。しかし獣である、あなたには伝わらなかったようですね」

 

 クスクス笑う游。海触獣は鞭なる触手も槍なる触手も全て、ある一定のところから先は動かせなくなっていた。びくともしない。逃げるという命令を受けていない海触獣は自らで切り落とすことはせず、ただ対象を仕留める為に動かすのみ。

 

游「時間がありません。なので、これで終わりにしましょうか」

 

 両手を軽く合わせる。小さな音が聞こえたかと思ったその瞬間、ずっと宙に固定されていた鞭や槍が自分の元へ高速で飛来する。行動させる前に游が先ほど縛り上げる為の糸をもう一度強く引いた。糸はどんどん食い込み、やがてブチリと音を立てて一本の糸へと戻る。

 

 海触獣は姿勢を崩し、海面へ座り込むような形となり、自らの攻撃を直接受けた。攻撃を行った数だけ跳ね返ってくる。必死に防御しようにも押し切られ遂には自らの頭を貫く。

 

『ギュウ、ィーーア、ノ、バショヘ戻り、タカッタ』

 

 掠れた声で悔しそうに事切れた。

 游は水葬姫に決着がついた旨を伝え、砲撃音鳴りやまぬ場所へ向かう。

 

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