雨足が強くなり、見たことない深海棲艦の中に言伝で聞いただけの存在をその目で見ていた鳥海は考えた。今自分ができる事。そして最悪の結末を。
『これからが、本番だ。さぁ、皆の者!!命が燃える限り、武器を持て!』
一度止まりかけた深海棲艦の侵攻が再度開始する
戦艦神棲姫を追いかけた水葬姫と游。
艤装を背負う触手で覆われた、四つん這い獣も行動した。
不知火「さ、先回りして奴らを食い止めなくては、利根さん達が危ない!鳥海さん、どうしますか?! 鳥海さん?」
鳥海たちが対峙して圧倒され、沈みそうになり、助っ人が入っても指一本触れることが敵わなかった存在。そして別のまた知らない深海棲艦。名前は確か「北方戦艦神棲鬼」と口にする。
『私の名前を呼んだか、鳥海?私の知る鳥海ではないが、貴様は確かに高雄型の艦娘だな』
聞き取りにくい戦場の中でもはっきりと聞こえた。鳥海は言葉の方を向く。深海棲艦の艦隊がゆっくりと左右に分かれていく。赤、青、黄と強さで分かれた深海棲艦の艦隊。その先に戦艦棲姫と北方戦艦神棲鬼がそれぞれの生体艤装の上に座していた。
『ほぅ……深海化しても個として意識を持っているとは驚いた。あのお方でも制御しきれない艦娘が居るとはな。そこのなりかけた者もそうなる道があったやもしれん』
鳥海「それでは武蔵さんは、そこにいるんですね」
『そうだ』と肯定する。続けて『武蔵だけ分かったのは、2~30年前に受けた渾名を知っていたからか?』そう聞いた。
鳥海「言伝ですが……それにあなたは元艦娘なのでしょう?誰だったかは存じ上げません。それほどまでに原形を留めていない」
『言伝、か。かく言う私も見たことはないが、凄まじい戦いぶりだったのだとか。それは今の状況とは関係ないな。……そうだ。元艦娘で合っている。それだけか?』
鳥海「それだけ、とは?」
『遺言だ。これ以上の無駄な時間は使いたくない。深海化して個として確立されている貴様だけ遺言を聞いておいてやる』
「そんな必要はありません」と断った。北方戦艦神棲鬼は溜息を吐き、憎悪の炎を目に宿らせて叫ぶ。『艦隊ッ!!進軍せよ!目標は東第三鎮守府!!』と力強く指示を出した。
左右に分かれた深海棲艦の最前列にいる者が鳥海や不知火に砲撃を開始する。距離が近いこともあり、弾同士が重なって衝突し爆発を引き起こす。当たるどころか、反対側の味方にまで飛散しているようだが、気にする素振りを見せずただ侵攻していく。
鳥海「……不知火さん、私たちは侵攻しにいった奴らを叩きましょう!そうすれば二次被害は出さずにいられるかもしれません」
不知火「多少の被害は出てしまうかもしれませんが、そうですね。了解です!」
たった二人しかいない中の行動を見て北方戦艦神棲鬼は愚かだ、と呆れる。自身の生体艤装である黒い鯨に命じ、潜行させる。奴らを葬った巨体のプレスはさぞ効くだろう、と考えていた。
『させないよ、そんな事』
何処から少女の言葉が聞こえたと思ったら、別の場所から大きな水飛沫があがる。
海面にブォォオオと低い悲鳴が上がり、ひっくり返った黒い巨体が浮上した。
思わず腕で顔を庇い、水を受けないようにした。戦艦棲姫も同様である。いやそれよりも先に目にしたのは戦艦棲姫であった。ほんの一、二分前に潜り込んだ生体艤装がもう浮上している現状に目を白黒させる。
水葬姫「ついでに邪魔だから、こんな不発弾の塊は奥へ投げておくよ」
混戦と化している戦場で冷静さを感じさせる言葉遣いは二人と取り巻きの異形たちの警戒心を最大まで引き上げた。同時に黒い巨体が宙を舞う。自力で跳んでいるわけではなく、投げ飛ばされているのだ。
黒く蠢く艦隊の方へ飛んでいき、直後大爆発と大きな振動がこの海上に響き渡る。連鎖的に爆発しているのか、音と焼け焦げる臭いが尽きる事はなさそうに感じていた。
水葬姫「あっ!あの二人まで巻き添えにしちゃったかな? いや大丈夫か、豪運の持ち主だろうしさ?」
風に乗って煙と水飛沫が混じる。濃い煙幕のようになり、更に視界を悪くさせる。そんな中で独り言と水の上を歩く音は北方戦艦神棲鬼にとっては厄介な存在でしかない。
「ふぅ。到着っと」と煙幕の中から現れたのは二色の青色を基調とした波模様の着物袴とフードを繋げたパーカー、白灰色の袴風パンツに、薄紫色のスニーカーを履いた般若の面をつけた存在。
背には同じようなサイズの機械の腕が四本浮遊しており、それぞれ別々の武器を有している。また腰の辺りには鉄錆色をした副砲が備え付けられているところを見ると艦娘だと分かる。
水葬姫「……これが秘密兵器? 秘密兵器ねえ。どうみたってそこら辺の化け物よりも化け物してるじゃんか」
服装もそうだが、水葬姫の背後に浮遊する大きな機械の腕に触れて不服そうな表情をする。だが深海化による暴走の気はなく、自らの制御下に置けるよう調整されたのだと理解した。
『貴様は何者だ。その姿は深海化した艦娘、というわけではなさそうだな』と戦艦棲姫は問う。北方戦艦神棲鬼はじっくりと上から下まで観察していた。ただの艦娘ではないのは分かっているからだ。何処かで見たような、知っているような声に疑問は増えていく。
水葬姫「そうだね。私は水葬姫。深海化を克服した艦娘、かな?半ば無理矢理という形だけどね」
『半ば無理矢理、か。人間を憎くはないのか?その姿では世に馴染むことは不可能だろう』
水葬姫「そりゃあ憎いよ。でもまあ、そんな私を受け入れてくれるヒトがいたから、前よりかはマシかな。それにこの姿、オンとオフがあるんだ。へへ、羨ましいでしょ」
『……貴様は恵まれているんだな。ここに来るまでは、だが』
水葬姫「いいんだよ、頼まれているとはいえここに立つことは艦娘としての責務だからさ」
「それよりも」と水葬姫は向かい来る爆撃を浮遊している腕のひとつで防ぐ。バコォオンと音が響き渡ると同時にまた空でも爆発が生じた。ボロボロになって墜落するは一機の戦闘機。羽に旭日旗が書いてある奇妙な機体。
水葬姫「会話中に攻撃なんて、酷いもんじゃないの?」
『話しているのは戦艦棲姫だ。私ではない。よく気付いたものだな、ステルス機の攻撃を防ぐとは流石だ』
水葬姫「姿が見えなくても、殺意でなんとなく場所が分かるんだよ。それだから深海化した艦娘の攻撃なんてのは、さ」
言いながら、十文字槍を持った浮遊している腕がある箇所を勢いよく刺す。しばらくして、じわりと赤い血が水に溶け始める。槍を持ち上げると子供サイズのイ級が貫かれている。その個体を宙に放り投げ、残りの手でバラバラに切り刻む。
水葬姫「何をさせたかったのか、分からないけど犬死だね?それじゃあ私もいこうか!」
水葬姫は楽しそうな声色で殲滅を開始する。
有象無象を散らして、自身の提督へ報告する為に。
『この狂人がっ! 見慣れぬ姿といえど、私たちに勝てると思っているのかァ!』
北方戦艦神棲鬼の怒号と共に傍で待機していた艦隊が徐々に動き始めた。怒りに共鳴しているかのように、目にそれぞれの感情を宿しながら。
その頃、鳥海と不知火は。
鳥海「いてて……突然何が起こったんですか?! 敵艦隊が急に爆発して、それで」
不知火「私たちも巻き込まれて、吹き飛ばされたんですよ。この雨のせいで正確な位置が分かりませんが、あそこに敵艦隊がちらほら確認できます」
うつぶせの状態から目を凝らして、敵艦隊を探す。鳥海から見て、西側にル級を旗艦とした十数隻の深海棲艦が確認できる。敵艦隊との距離はおよそ八十メートルほど。先程の爆発による負傷に続いて艤装も破損しているこの状況で二人がやれることは少ない。
鳥海「敵がまっすぐ進んでいるのに。私は、私は何もできないんですか……?」
不知火「鳥海さん。落ち着いて聞いてください。今の私たちでは奴らの侵攻を妨害することはできません」
「そんなことは分かってます」と冷たい言い方をする。言葉に含まれる苛立ちやもどかしさは不知火も理解しているつもりだ。手段がないわけではないが、今そのカードを切るのは無謀すぎると思い踏みとどまる。
鳥海「ただ気を引き付けることくらいなら、私も出来ます!」
そう叫ぶと起き上がり、目を見開き、殺意のこもった眼差しを向ける。すぐそばにいる不知火でさえ、あまりの威圧感に一歩下がる。雨風に曝されている身体が更に冷える。
鳥海「こっち、向きましたね? 戦艦ル級っ!」
赤い二つの玉がこちらへ向く。鳥海の作戦は成功を収めたが、それだけではない。敵艦隊は陣を変えながら、二人の方に向き直った。旗艦が指示を出したのか、砲弾がいくつも飛来する。雨と風景に混じった色の砲弾は非常に厄介な代物となっていた。
空母が発艦する艦載機は見られない。それでも戦艦、重巡、雷巡、軽巡、駆逐と様々な艦種の深海棲艦が姿を見せ、執拗に砲撃を繰り返す。口を開いて何かを叫んでいるが、戦闘の影響でなにも聞こえない。
不知火「くっ……鳥海さん、逃げて時間を稼ぎましょう」
鳥海「それがいいですよね。どうしましょう、蜂の巣を突いてしまったときを思い出します」
「こんなことになるなんて」と困惑の表情をする鳥海と既に準備を終えている不知火。二人は波の荒れ狂う海上を進もうとした、そのとき。
『♪ ♪ ♪』
ゆっくりとしたメロディーは雨風の音や波の音に負けず、二人の耳に届く。誰かが楽しそうに鼻歌を歌っている。しばらくして鼻歌は聞こえなくなる。
呆気に取られているのは、二人だけではなく深海棲艦たちも同じようであった。ぱたりと砲撃や雷撃を止めてた戦場は風雨の音だけが静かに奏でられた。
「一つ目の戦場はここ、ね?」と游が姿を現す。鳥海と不知火は服装の変化にとても驚いて声をあげる。游は片耳を抑えて「静かにしてください」と言う。
頷いて、口を閉じる二人。小さく溜息を吐いて「向こうの敵艦隊、倒してしまいますね」と言いながらゆっくりと歩いて向かう。
鳥海「ちょ、ちょっとまって! そんな丸腰じゃ――」
言葉を言い切る前に止める。游が歩く隣や上側に宙に固定される砲弾の数々に目が離せない。歩いているだけなのに、次々に砲弾が静止する。接着剤で固定されたようにぴったりと。
游「開いて、閉じる。それだけで壊れるなんて、脆いのですね」
ある程度の距離まで縮まった後でそう吐き捨てる。そして游が両手を軽く合わせると、宙に固定された砲弾が中央にいる敵艦隊に向かって何十発も降り注ぐ。
游「さて、ここはもうおしまい。あなたたちの損傷具合ではこの先の戦いではお荷物になってしまいます。なのでこれを渡しておきますね」
パーカーのポッケを探ると包み紙に包まれた飴玉が二つ出てきたので、それを二人に渡す。受け取った物を怪しそうに鳥海が見つめる反面、不知火は躊躇いもなく口に入れる。
鳥海「ちょっと不知火さん?!」
不知火「あの人がくれたんでしょう?游さん」
游「そうです。もしもの為にと水葬姫に持たせてくれていたんです」
不知火と游の会話を尻目に鳥海は包み紙を取って、赤色の飴玉を口の中に含んだ。たちまち傷が癒え、動けるようになると目を丸くしていた。ただ損傷した艤装は直らず。