とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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五章 60話『異深奮戦Ⅱ』

水葬姫(すいそうき)「はぁ、なんだ。こんなもの?鬼級の実力って」

 

 雨足が弱まる戦場。水葬姫は自らの顔に飛び散った汚れを手で拭い、退屈そうに呟いた。

 既に戦闘開始から七時間が経過している。水葬姫が参戦したのは約一時間半前であり、彼女の様子は余裕そのものだった。

 

『ぐ、うぅ』

 

 片膝をつき、辛そうな悲鳴を漏らすのは戦艦棲姫。彼女の生体艤装は見るも無残に切り裂き、焼け焦げておりほとんどうまく機能している様子が見られない。

 

『私の、私たちの計画がこんな小娘のせいで頓挫する羽目になろうとは――断じて!!!』

 

 一方で立ちはだかる北方戦艦神棲鬼の表情には怒りが満ちていた。生体艤装は壊され、深海棲艦としての艤装はひしゃげ、黒煙を上げていた。

 彼女が辛そうにゆっくりと身体を動かすたび、ギギ、ギギと金属の軋む音が雨風に混じって響く。最初とは打って変わって、余裕がないように見えるが目に宿るモノは未だ()め止まない。

 

水葬姫「終わらせようか」

 

 シャコン、と軽めの音が鳴る。艤装に砲弾を詰めているのではない。水葬姫の右手には黒色の拳銃が握られており、リロードを済ませていた。

 

『まだ、終わらない……終わらせないぞっ!!』

 

 険しい顔をして戦艦棲姫はぺっと血の混じった唾を吐きだし、態勢を変えながら叫ぶ。

 それと同時に乾いた音が二回、弾けるように続く。

 

 戦艦棲姫の眉間と鎖骨の間に一発ずつ、鉛玉がめり込む。普通の深海棲艦には鉛玉は効かないのがこの世界の常識だが、水葬姫の扱う銃から射出される鉛玉はその常識を砕く代物。

 

水葬姫「叫ぶだけじゃ、どうにもならないでしょ。だから、こうして呆気なく死ぬんだよ」

 

 銃口からか細い煙が上がり、フッと息を吹きかけて消す。

 

 「ぁ、あ?」と呟き、穴からぴゅっと血が噴き出し、目がぐりん、と回り白目を剥いて後ろへ倒れる。喉元からは勢いよく血が噴き出て、海水や雨水と混じる。

 

戦艦棲姫(ナガト)!!』

 

 北方戦艦神棲鬼は握りかけていたグリップから、手が離れ倒れた戦艦棲姫(ナガト)の元へ駆け寄る。手を取り、汚れすら厭わずに、抱き寄せるも伝わるのはいつも以上に冷たい身体。

 

 その冷たさは雨に濡れているからではない。氷のように冷たいその身体は生命の鼓動は感じさせず、ただの死体と化していた。

 

『あぁ、あぁああ!!』

 

 目の前で二度も仲間を失う悲しみを抑えることが出来ずに叫ぶ、北方戦艦神棲鬼。この世の終わりを嘆くように、大粒の涙を流し、死体を抱えたまま動かない。

 また声をかき消す発砲音が二回響き、その身体は戦艦棲姫の死体ごと海へ沈んでいく。

 

水葬姫「ふぅ。こっちは終わりかな~?早めに游の方へいかないと大変だ。あの子たちの様子も気になるしね~」

 

 黒い拳銃を左太ももに備えてあるホルスターへしまうと游を探しに向かう。

 

 一方、游たちは深海棲艦を片っ端から蹴散らしていた。艦種関係なしに立ちはだかるモノ全てを束ね、裂き、砲撃を行い水の底へ沈めていく。

 

 雨足が弱まり始めると視界もよくなり、キチンと目標が見え、幾多の戦場を駆けてきた彼女たちの熟練された砲撃により急所への攻撃を済ませていた。

 

鳥海「不知火さん、すみません! 弾薬が底をつきそうです!!」

不知火「なっ……では一度撤退して補充をしますか!!?」

 

鳥海「いえ、まだ私には武器があります!それに痛みはもうありません。なので、燃料が続く限りまだ戦えます!!」

 

 鳥海は拳を突き出して、得意げに笑みを作る。それに、と続ける。

 

鳥海「電探がまだ生きています。なので会敵を知らせることができるかもしれないです!」

游「水を差すようで悪いのですが、この状況で電探は意味がないと思いますよ?」

 

 二人のやり取りに游が口を挟む。電探が必要ないというのはこの場においてですが、と付け加えながらイ級の頭部を透明な糸で切断する。魚のような形のイ級の鋼鉄の外殻をいとも簡単に切断していく様は二人にまるで豆腐のような脆さを感じさせた。

 

鳥海「凄いですね、游さんのそれ……。なんていう装備なんですか?」

游「口よりも手を動かさないとって、あぁそんなに固まってっ!縛糸(しばりいと)っ!」

 

 鳥海の後ろへいるPT小鬼群の一部を手先から伸びる糸で拘束する。見えないワイヤーのようなそれはギチリと固い音を発しながら行動を制限させた。

 

鳥海「不知火さん、お願いしますっ!」

不知火「任せてくださいっ!」

 

 游が拘束したPT小鬼群へ砲撃を行い、負傷させる。

 軽く焦げ、一体が「ピィィイッ」と甲高い悲鳴をあげた。それまである程度離れて陣形を取っていた小鬼群が集まりだして、庇うように游たちの前に立ちふさがった。

 

游「仲間意識?それとも仲間を庇うような命令を?やっぱり普通の深海棲艦じゃないのですね。これは厄介な」

 

 だが、游には関係がない。むしろありがたい状況でもあった。すばしっこい小鬼群を一網打尽にできる機会だと、考えて次の行動を取ろうとした。

 

不知火「游さん! 鎧を着た深海棲艦があなたの方へ向かってきています!腰に携えている得物のような物に手を掛けてもいます」

 

 「っ!」既に手を合わせ、張り巡らされた糸を閉じかけていた游は咄嗟に解除を試みる。だが小鬼群の横をジェットスキーのような速度ですり抜ける武将のような深海棲艦。

 不知火からの牽制を受けた仮面は僅かに亀裂が生じ、そこから青い光が漏れ出ている。

 

  武将のような深海棲艦が得物を抜刀し、游の眼前へ迫る。あっという間の勢いに細かい水飛沫があがり、目の前の光景に游は固まる。

 

『游はちょっと甘いかなあ』

 

 その言葉のあとすぐに金属音が響く。游の目上には手をクロスさせた機械の巨腕に軍刀が直撃していた。ガリガリ、と金属同士の擦れる音が游の耳に入る。

 

游「これは、水葬姫の」

水葬姫「そう。あの深海棲艦たちを葬ってきた。やっと追いついたよ。結構離れてたから、遅くなっちゃった」

 

 腰を抜かして、座り込む游と同じ目線で話しかける水葬姫。左手の人差し指を突き出し、くるりと小さく弧を描く。攻撃を防いでいた巨腕は軍刀を弾き、拮抗していた接戦を終らせる。

 

『……ナカマを、仲間を傷つケルナ。シンカイ棲艦、どもめ』

 

 その力量に驚き、一度抜いた軍刀を再び鞘に納めた深海棲艦がそう口にする。傷ついたPT小鬼群の一体を指差して再び「仲間を、キズつけるな。ワタシは戦いは好マナイ」と言う。

 

 現れた深海棲艦の言葉に違和感を覚え、水葬姫は機械の巨腕を自らの背へ戻す。游は話しかけてきた深海棲艦への警戒を解かず、閉じかけていた糸をゆっくりと開く。

 

不知火「深海化しきれていない?」

鳥海「なら、まだ話し合う余地がありそうですね」

 

 口々に反応を見せる。

 武将のような深海棲艦はPT小鬼群を庇うように左手を伸ばす。しかし彼女はガコンと音を立てて主砲を水葬姫たちへ向ける。その様子に顔を曇らせる不知火。

 

不知火「返答次第、ということではなさそうですが」

鳥海「私たちが戦っても犬死するような気がしてきました。不知火さん、游さんたちの判断に委ねましょう」

 

 その言葉に頷き、二人の判断に任す。游は鋭い目つきでPT小鬼群へ注視し、水葬姫は両腕を組んで何かを考え込んでいるように見えた。

 

游「水葬姫?何か気になることがあったの?」

水葬姫「言葉。あいつが言っていることが気になって。見るに深海化しきれていない、というわけじゃない。向こうの洗脳が失敗に終わっている、というわけでもない」

 

 武将のような深海棲艦は静かに言葉を聞いている。

 自らが繰り出す一撃を防いだ敵を認めたからだ。

 

 そして最後の言葉が両者の結末を決定づける、と確信している。

 

水葬姫「あいつは夢を見ているんだよ。自分がかつての仲間と共に深海棲艦と戦っている夢を。そうでしょ、()()さん?」

 

『ワタシの名前を、どうして、シッテイルのだ?』

 

水葬姫「教えてもらったんだよ、芙二さんに。武蔵さんにはその可能性があるって。はは、本当にそうなっているなんて、思わないじゃんか」

 

『芙二、ダト? あの男の名を……私ハ何をイッテイル?フジ、誰だ。その人間――ニンゲン?』

 

 疑問を口にする。口から出た言葉に矛盾を感じ、自問自答を繰り返す。頭を抱え、うずくまり念仏のように言葉にならない言葉を呟く。

 

水葬姫「武蔵、じゃあわからない?それならこっちはどう?東第三の鬼神。海乱鬼(カイラギ)!!

鳥海「えっ鬼武蔵ではないんですかっ

 

 その瞬間、武将のような深海棲艦の自問自答が収まる。水葬姫に言われたその名が活動開始の合図になった。遅い動きで立ち上がると軍刀を右手でゆっくりと鞘から抜く。

 

()の名を呼ぶのは、貴様か?その声、その姿。並々ならぬ振る舞い。ははは、そうか、そうか』

 

 周りを見て、自らの状況を理解する素振りを見せる。水葬姫が右手を動かす。浮遊する巨腕が四つとも動き始める。キチキチと機械的な音を鳴らしながら、指々がこわばりを解すように動く。

 

水葬姫「来いよ、その仮面ごとぶん殴ってやる」

 

 水葬姫の言葉と同時に浮遊する四つの腕が拳を作り出す。海乱鬼も「ならば、脳天を突き、魂の一切れまで叩ききってやろう」と嗤う。雨は止み、風は穏やかに吹き抜けていく。

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