とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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幕間:我が思うに

 

 「ここはどこだ?」と呟き、武蔵が目を覚ます。眼前には鏡に写されているのか自分の姿が見え、仰向けで倒れていることが分かった。しかし身体を起こし動かそうにもうまくいかない。そのため目だけを動かし、ぐるりと一周させて状況の把握をしようとする。

 

 分かったことは一つだけ。

 小さく透明な棺の中にいる、ということ。

 

 手の先や足の先までピンと張り、大和型の制服を着た白い顔の自分がいる。

 制服は所々に血痕が付着しており、また煤のような汚れもついている。

 

 武蔵はこの不思議な状況から脱するべく誰かいないか、と声をかける。

 

『無駄だ。貴様はそこから我の許可なしには動けない』

 

武蔵「誰だっ!! 私に何をした! 言えッ!!言わないのなら、その身を砕いてやるッ」

 

 呼びかけに応答した人物の言葉に腹を立てた武蔵は動けないにも関わらず、食って掛かる。言葉が聞こえた方へ首を傾け、その姿を見ようとする。だが、そこには何もなく誰もいない。

 

武蔵「どこにいるッ! 出てこいッ!」

 

『そんなに叫ばなくても出て来てやる。だから、黙っていろ』

 

 今度は別の方向から聞こえる声は少し苛立ち、語気が強くなっている。

 カシャン、カシャンと歩く音が聞こえ出すと武蔵の緊張は高まっていく。

 

 普段よく耳にする歩く音ではなく鎧か何かを着ているような音は過去のトラウマを呼び起こす。音が大きく近くなるたびに身体は強張り、小刻みに震えだす。

 

『ハハ、どうした。そんなに顔を青くさせて。我の姿が余程怖かったのか』

 

 ようやく現れた者の姿は戦国武将のような姿をした深海棲艦。赤黒い鎧兜に身を包み、腰には白い鞘を携えた異形とも言える。顔には仮面をつけ表情が見えない。背は高くゆうに二メートルは超えていそうなほどだ。しかし艤装は持たず、佇まいは大昔の武士そのものであった。

 

「おまえは武士の怨霊だったのか」という疑問は口から出ており、異形が否定の言葉を返す。

 異形は『その昔、海乱鬼(カイラギ)という渾名を貰っていた漢だ』といい、ドカッと勢いよく胡坐をかく。

 

 ズシャリと小さな音が聞こえると同時に少し生ぐさい匂いが鼻腔を通り抜け、顔を顰める。

 まだ続く生ぐさい匂いに「おぇ」と噎せて吐きそうになる。

 

『すまないな、戦場帰りだ。今回は自分の為に沢山の命を殺し、奪えた。それに』

 

武蔵「なんだと、貴様っ! 沢山の命を殺した?! それも自分の為だと!!」

 

 武蔵の怒号が部屋中に響く。海乱鬼は最後まで聞け、と窘めるも全く耳を傾けない武蔵の様子を見て溜息を吐く。

 

『貴様は人の話を最後まで聞くことが出来ないのか』

 

武蔵「新手の深海棲艦のような見た目をしている貴様が殺した、などと云うからだろう」

 

 動けない中で食って掛かる武蔵を見て『わざわざ事実を捻じ曲げはしない』と言った。

 それに、と続けて話し始める。

 

『こっぴどく暴れたのは、貴様だぞ。ムサシよ』

 

 その言葉を言われ、武蔵の頭に疑問が沢山湧いて出る。

 海乱鬼が暴れたのは自分だというが、その記憶が一切ない。

 

 だが、海乱鬼がウソを言っているかもしれない。

 そう自分に言い聞かせ「何か証拠はあるのか」と問う。

 

 『ちゃんとある。だが、その前に』と言い指を一度鳴らす。途端にガラスの砕ける音が響き、武蔵は自分の身体が軽くなったのを感じる。その証拠に起き上がり、立ち上がることも出来た。

 

『よし、立てるようになったな?私の前に来て、座って胡坐をかけ』

 

 そう命令口調で、武蔵に呼びかける。再び武蔵が反抗の意を口にする前に、身体がぎこちなく動き、海乱鬼の前に胡坐をかいて座り込む。

 

『視聴の準備は整ったな。これから見せるのは、全て真実。真実に耐え切れなくなった貴様が泣こうが叫ぼうが、我は我の行いを全て肯定する』

 

 毅然とした態度で忠告する海乱鬼の様子に、武蔵は唾を飲み込む。

 二人の前に巨大なスクリーンが現れ、カウントダウンが始まる。

 

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 ジジーッという音と共に映し出されるのは、白黒の映像。

 深海棲艦と艦娘が戦っている映像のワンシーン。

 水飛沫の上がる音、砲撃音、叫び声、無線からの言葉。すべてが荒く絶え間なく聞こえる。

 

 その情報量の多さに武蔵は困惑し、海乱鬼は愉快だと、呟く。

 

『提督! ーー海域で深海棲艦の急襲に遭いました!今、交戦中なのですがーー、で――』

 

  騒がしい戦場。両方が発艦する艦載機の音の間に悲鳴や砲撃音が挟まる中、仲間の誰かの会話が聞こえる。提督と言っているから、直近の出来事だろうかと記憶の探り思案している。

 

『惣五郎! 聞こえないか、惣五郎!』

 

 繰り返されるやり取りの中で聞こえたのは過去の自分の声。

 焦るような口調で過去の提督の名前を呼ぶ。白黒なので分かりにくいが額の辺りから、黒い液体が流れている。荒れる戦場で交戦中に通信をするほどの余裕はなかったはずだ。

 

武蔵「おい、直近のものではなかったのか」

『その予定だったんだがな。どうやら、我と貴様の出会いまで遡ったみたいだな』

 

 映像は時間が経つほどに荒らくなっていき、見えづらい。

 短い悲鳴が聞こえたと思えば、タタタタッと銃を連射するような音も交わり始める。

 武蔵の頭の中では映像が進むにつれて次々に記憶が蘇っていく。

 

『提督! 武蔵さんが突然戦線を離脱!繰り返す!武蔵さんが、戦線を離脱!!』

 

『武蔵のやつ、気が狂ったのか……?陣形を乱してまで、行動するやつじゃなかっただろ!!』

 

 艦娘同士の会話が聞こえる。相変わらず、戦場は酷い有様だ。

 どちらが優勢かなど分かりやしない。悲鳴と砲撃音と誰かの叫び声。艦載機が繰り出す爆撃の音、仲間が必死に連絡を取り合おうとする言葉。すぐそこに戦場があるような気さえしてくる。

 

 武蔵の手に汗がじんわりと滲む。緊張で呼吸が早く、浅くなる。ぽたぽたと汗が垂れる。

 思い出したくない光景が、すぐそこにあった。

 

『もうそこまで来たのか。随分早かったな?』

 

武蔵「だま…れ。私は、あれは私ではない。紛い物、紛い物に違いない!」

 

 映像が切り替わる。先程とは打って変わっての巨大な肉塊が鉄と熔け合う静かな戦場。

 そこで涙を流し、ウォォオオッと声を上げて死体の丘の上に立つ武蔵の姿。

 

 その姿は青みがかった黒い鎧兜に身を包み、足もとへ二本の生物の脊髄を彷彿とさせる十文字槍が突き刺さっている。彼女の周囲を囲むように艦娘がおり、その武勇を称える雰囲気ではない。

 

 戦闘が終了したのに全員が顔を強張らせ、砲先を一点に集中させていた。

 

『司令官、武蔵さんが深海化しています。我々で処分をした方がいいでしょうか。はい、はい。承知いたしました』

 

『矢矧、提督はなんと?』

 

『そのまま連れて帰ってこい、と。もし暴れるなら気絶させろ、とのことです』

 

 艦娘同士の会話が終わり、全員が全員一斉に武蔵へ砲撃を行う。

 暴れてすらいなかった彼女に対し、鎮圧という処置を取った。

 

 大きな水柱が上がり、死体ごと武蔵は宙を舞う。そのときの様子は今の武蔵にとっては新鮮そのもの。なにせあのときは既に意識はなかったのだから。戦闘でどうして意識を失い、また深海化していたのか、本人にも分からなかった。

 

『ふは、思わず笑いが。久しぶりに見たが凄いものだな、艦娘の一斉砲撃というのは。なんだ、そんな表情をするな』

 

武蔵「久しぶりに、と言ったか?」

 

『そうだ。あのときの戦いが出会い、ということだ。武蔵、貴様の魂の味は実に甘露である。あの極限状態で意識を手放し隙が生まれたことで散りかけの命と我らが交わり、今があるというもの』

 

 そう海乱鬼は淡々と伝える。武蔵は信じられないといった表情をしており、何かを考えているような素振りを見せる。映像は終わったのか、信号を待つ黒いスクリーンだけがそこにはあった。

 

『あまり有益な情報源ではなかったか?いや貴様には価値あるものだったはずだ』

 

武蔵「ああ。だが、いくつか疑問がある。それに答える時間はあるか?」

 

『あまりない。我も貴様もこの場にはもういられないからな。だから、一つだけ聞いてやる』

 

 武蔵は最近までどうして、深海化が収まっていたのかを聞いた。一度深海化してしまえばすぐに意識も肉体も深海棲艦となり、味方を襲うというのが通説だからだ。

 なのに深海化して二十年経った現在で再び深海化したことが疑問で仕方がない。今の今まで意識を失い、暴れるなどなかったのに。

 

『オカルトになるが。まず精神という殻の中に魂という核がある。普段は互いに混ざり合い一つのモノとして存在している。だが、精神が極限状態に陥ってしまうと殻が破けて、核が露出する状態になる』

 

武蔵「なるほど? 普段は無敵だが、精神的にダメなときは隙が生じるというわけか。話が変わるが新人が確か精神の浄化みたいなことをやっていたな」

 

『そいつ、人間ではないだろ。ちっ、話が逸れた。魂は非常に繊細だが、非常に頑丈という側面を持つ。個体差はあれど、そうやすやすと変化するわけではない。そして日々の積み重ねや一撃による損傷で肉体や精神が死にかけるとやがて殻と核に分かれる。そこへ細菌が入り込む』

 

 この場合は怨念が憑りつく、というのが正しいかと付け加える。

 

武蔵「免疫のようなものは弱まっているから、その隙に侵食されるということか。感染力が凄まじいのだな。核が瞬く間に汚染されて、結果的に別のモノになってしまう」

 

『我らはそう考えた。怨念は人々の負の感情の塊。ヒト型兵器な艦娘も深海棲艦も例外ではない。ときに深海棲艦から艦娘に変化するという事象があるだろう。あれはきっと魂まで分解され、新しい肉体を再構成された結果、そういうことになっていると思っている』

 

武蔵「だが私の深海化が今、再び起こった原因は外的要因で間違いないな。心当たりは一つある。それで貴様が関係しているのか。さっき出会いがどうとか言っていたな」

 

『我がその怨念のようなものだ。元は個としての命だが謀殺の後に怨霊となり、彷徨う間に一つの塊になった。それに貴様と波長が合うのだ。我が貴様の一部となることで異様な力を抑えていた』

 

武蔵「だとしたら死んだのか、私は。死んだはずの陸奥が深海棲艦となっていた。皆に退避を伝えたが、間に合わなかったか。残念だ」

 

『そうだな。しかし貴様の肉体は再利用させてもらった。だから、これから再構成が始まる。深海棲艦としての死は艦娘の生へ変換されると思うのだ』

 

 思った以上のことが聞けて、武蔵は満足な表情をしていた。そして新人が行っている事は救世といっても過言ではないと考える。その間、海乱鬼は話すうちに何度か姿勢を変え直していた。

 

『それに艦娘と深海棲艦は元を辿れば同じなのではないか、とも。これは最後に残った我が辿り着いた問いだ。これの答えを共に考えるモノは既にいない。』

 

 武蔵、貴様とこれについて考えるのも悪くはないが、と言葉を詰まらせる。

 

『貴様にはまだ仲間がいる。そいつらの元へ行ってこい。答えなど、その後でも聞けるからな』

 

武蔵「分かった。次に会う時は、私なりの答えを聞かせてやろう」

 

 そういうと武蔵の身体が透け始める。

 段々と薄くなり、視界も白く見えづらくなっていく。

 

 胡坐のまま、宙へ浮き始め徐々に海乱鬼の姿が見えなくなっていた。

 この説が本当なら、武蔵は再び艦娘として生を取り戻すはずだ。

 

 武蔵は目を閉じ、体勢を崩してそのまま身を委ねる。

 何が起ころうとこの力は皆の為に揮うと覚悟を決めた。

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