とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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ようやくここまで駆けた。


五章 69話『ゴルヴルチカⅦ』

 北上たちの提督である神城が小型船に乗って海に出るなんて思わなかった。

 砲撃音の合間で聞こえた彼の言葉は悲嘆そのものだった。

 

 ゴルヴルチカの注意を引くために叫ぶ言葉を耳にして戦っていた艦娘たちの手を止める。

 特に東第三鎮守府の面々は辛そうな顔をして、俯く。

 

 それは深海棲艦も同じであった。海面から顔を出す者も身体が固まっていくなかで攻撃を試みる者も関係なしに彼の言葉に耳を傾けていた。

 

叢雲「……嫌な思い出ね」

 

 次第に小さくなっていく戦場の音。叢雲の呟き一つすらよく響くほどに静まっていく。

 ゴルヴルチカが彼の言葉を否定する。魂にこびりついた憎悪を、怒りを叫ぶ。

 

 姿が変わり、表情も変わる。赤い涙を流し、下唇を噛みしめる怪物の表情に何とも言えない気持ちを持つ。顔をぐしゃぐしゃにして、両手で顔を覆い泣く姿に思わず同情しかける。

 

時雨「やっぱりそこにいるみんなは元艦娘だったんだね」

 

 時雨の言葉を聞いて、周囲を見渡す。姿形は異なれど、同じ記憶を持つ艦娘として存在していた。いつの間にか深海棲艦たちの顔は曇り、悲しみを堪える表情をしているのが目に入る。

 

サラ「皆さん、少し下がって下さい。基地航空隊と機動部隊の攻撃が再開するみたいです」

 

 サラトガの言葉に顔を俯かせ、少し泣いていた北上たちは顔をあげて涙を拭う。

 そしてサラトガが示した範囲まで移動すると、瞬く間にいつもの光景に染まっていく。

 

 爆撃が落とされ、凄まじい熱を浴びる地獄のような光景に。

 追想して出来た言葉ではなく、痛みと苦しみを叫ぶようにして出来た言葉が耳を貫く。

 

 深海棲艦を鎮めるように動く北上たちの目には再び涙が滲む。長い者で数十年の思い出が呼び起こされて、手が震えだす。正体が分からない化け物だったら楽に始末できたというのに。

 

北上「あぁ、あぁ酷いよ。こんなのあんまりだよッ……!」

 

 戦闘が終わりに近づく音。残される遺骸。

 黒く炭化した深海棲艦の外殻が崩れると中から思い出が顔を出す。

 

 灰色の空 呪いのような叫び声

 

 耐えられない者は泣きながら、吐きだす。

 それでも深海棲艦は攻撃してくるのだから、訳も分からず撃つ。

 

 ゴルヴルチカの咆哮と共に海面の石化が急速に進行する。

 北上たちは足を取られ、身動きが出来なくなっていく。

 

 動けかない的を壊すのなんて、すぐにできてしまい今はそれが憎いと思えてしまう。

 気が動転して、明後日の方に撃つも無数に伸びる触手と当たり、爆発し燃える。

 

叢雲「はんッ! あんた達そんなに沈みたいのだったら、お望みどおりッ」

 

 石化する海面を駆ける叢雲。

 固定された深海棲艦の首を一つずつ撥ねる。

 

 深海化しているサラトガが行う爆撃は全てを焼きはらう。

 生じた熱風は北上の頬を撫でる。

 

 「っあ」ビクと肩を大きく上げて、その場に座り込む。

 手をついてしまい石化に飲み込まれる。下半身を固められ、死にかけの深海棲艦と目が合う。

 

 深海棲艦――駆逐イ級の口から砲塔が覗き出て北上の眼前で爆ぜる。

 「ッ!!」恐怖のあまりに思わず目を閉じるが、不思議と痛みはなくおそるおそる目をあげるとそこには時雨が立っていた。

 

時雨「その様子だともう戦えないね。…ちょっとごめんよ」

 

 白く固まった足元を爆破させて、自由にする。人体に悪い影響を与えないレベルの爆破の為、少し火傷した程度で済む。手や足が楽になった北上は頭を下げて、礼を言う。

 

時雨「他の子たちと共に撤退して。キミたちには酷な戦いかもしれなかったね」

 

 顔を見ないで背を向け、淡々と告げると奥へ進む。

 ゴルヴルチカは再びゆっくりと侵攻している。

 

 そのとき”アガァアアッ”と今までで一番の悲痛な叫び声が周囲に響く。

 

 声のする方へ顔を向けるとゴルヴルチカの腹部や背部、脚部から黒煙が立ちのぼっていた。次第に触手だけではなく、髪の毛も蛇のように変化していく。

 

 ヴェールヌイのライフルによる射撃がゴルヴルチカのボディに穴をあけていた。

 伸びてくる触手を切断し、液体を少し浴びた叢雲は悲鳴をあげる。

 

 得物を放り投げて患部を触れる叢雲にかけ寄って来るヴェールヌイ。

 

叢雲「ヴェールヌイ! 無暗に触手を触らない方がいいわ!」

 

 ジュウジュウ、音を立てて崩れる足場。そこに横たわる赤い目の蛇たち。

 

『雨?でもなんで白い陸地が溶けて……いや違う!ゴルヴルチカの出す蛇から離れてください!無暗に攻撃しないでっ!そして艦娘の皆さん、一時撤退を!!』

 

 無線機から焦った八崎の言葉を耳にして、ゴルヴルチカから距離を取る者たちもいた。しかし一部の者たちは侵攻を止めるべく、攻撃をし続ける。

 

時雨「あれは一体……」

 

 ゴルヴルチカが足を止める。阻止できたと少し安堵しかけるも、再び無線機から鳴り響く音宮の言葉でその意味を知る。

 

『こちら音宮! みなさん、そこから退避を!!怪物、いえゴルヴルチカがエネルギーを収束させています!そこにいると衝撃で吹き飛びかねないかと――』 

 

 途端に通信が強制的に終了し、黒々とした鉄砲水が放たれる。

 しかしそれは艦娘達ではなかった。

 

 『どこへ撃ったというんだ?』と呟く誰か。距離があるせいで誰が発した言葉なのか時雨は分からなかった。方角を見て「いや、まさか!」と声をあげる。

 

 そっちは神城提督たちがいる方だ、と分かってしまう。芙二が魔改造した小型船とはいえ耐えられないかもしれない、と思い船まで走ろうとする。

 

叢雲「時雨!待ちなさい!」

時雨「叢雲、なに!?紫月さんたちが危ない!助けに行かないと!」

 

叢雲「私たちの任務はあいつの侵攻を止める事!今向かっても助ける事なんて出来ない!あいつを倒さないことには何も解決しないわ!」

 

 その言葉に時雨はハッとして立ち止まる。奥歯を噛みしめ、拳を作るも叢雲の言う通りにゴルヴルチカの方へ走り出した。

 

 (あれだけダメージを入れてもまだ足を止めないのか)そう思う時雨の頭上には奥へ伸びる無数の黒い蛇とすれちがう。急ブレーキをかけるように止まり、伸び続ける蛇の身体に掴みかかる。

 

 「このっ!」両手で掴んで、手の内で爆発を起こして焼き千切った。蛇の傷口から粘性の高い液体が垂れるも千切れた胴体を思いきり石化した海面に叩きつけて防ぐ。

 

 それでも奥へ止まらず奥へ吸い込まれていく蛇。時雨の視線は薄い霧の奥へ向けられていた。「どうか船に直撃しませんように」と口ずさみ、ゴルヴルチカへの攻撃を再開する。

 

 一方、水葬姫と游は。

 

游「水葬姫!北上さん達が負傷の為、撤退するって!」

 

 無線機から応答により知り得た情報をすぐ近くで戦っている水葬姫に伝える。ゴルヴルチカが伸ばす蛇を根元から切り落として砲撃し傷口に鉛玉を詰める水葬姫。

 

水葬姫「了解! 今左側の足、数本を切り落としてみた! だけどダメだ再生能力が高すぎるよ!すぐに傷が元に戻っちゃう。あと弾丸を詰めてもそれを飲み込んで元に戻る!」

 

 游も切断を試みる時、二人が様子を見たある人物の言葉が聞こえる。

 

『ダメージを蓄積させ続ければ、いずれは能力の限界がくる。珍妙な艦娘よ、貴様の攻撃は充分効いているぞ』

 

 水葬姫と游の手が止まる。

 背後で声が聞こえたのに後ろを振り向けない。

 

 ほんの数時間前に聞いたことのある人物の声がする。

 しかし彼女は深海化してしまい、命を落としたはず。

 

 コツコツコツ、と歩く音が聞こえる。駆けて走る音とは違い硬い地面をわざと鳴らす余裕ある靴の音。段々と歩く音以外の音も聞こえてくる。

 

 カシャン、カシャンと鎧同士が擦れる音。

 ガギ、ガギ、ガリガリ。まるで固い同士を引っ掻く音。

 

 背後にぴったりと張り付く存在感。

 「海乱(カイラ)」と言いかけたとき、後ろに居る人物が言葉を重ねる。

 

『それは彼の名前だ。私の名前は鬼武蔵(おにむさし)。なんとか間に合ったようだな。あそこの怪物は元艦娘のようだな?』

 

 青みがかった黒い甲冑を着た人物は鬼武蔵と名乗る。その者からは深海化した艦娘のような気配は感じない。つまり克服化の艦娘ということになる。

 この場での参戦は百人力だと思わざるを得ない。そして引っ掻く音は彼女が持つ十文字槍から発せられていると分かった。

 

 「鬼…武蔵」と呟く游。自分よりも大きな存在を見て、次の言葉を待つ。

 

『そうだ、私もこの戦争に終止符を打ちに来た。そして亀のような速度で進むアレを伏せてしまうがいいな?』

 

 「いいよ」と水葬姫が頷く。「了解」と笑った鬼武蔵は少しだけ準備運動をし、十文字槍を手に取りゴルヴルチカへ一直線に突き進む。

 

 鬼武蔵の進行を阻止するべく蛇の群れを器用に巻き付けて、力のままに引き千切り突き進む。

 石化した海面下から飛び出す蛇も空中から伸びる蛇も関係なしに突き刺し、巻き千切りときに頭の位置を地面に落とし、踏みつけて身体を道とする。

  

『はっははははッ! それだけでは私の勢いは止められないぞッ!』

 

 凄まじい速度で駆け上がり、瞬く間にゴルヴルチカの胴体を捉える。露出している核の少し下に狙いをつけてしゃがむ。グググと勢いをつけて、真っ直ぐ跳ぶ。

 

『む、この速度に反応してくるか!』

 

 武蔵の目の前には巨大な機械の腕が二つ向かい合うような形で飛び出してきた。十文字槍を持つ手の僅かにずらし、横向きで斬りつける。しかし途中で骨に引っ掛かって止まり宙にぶら下がる。

 

水葬姫「武蔵の邪魔をさせない!」

 

 水葬姫の叫び声と共に浮遊する四つの腕のうち二つが十文字槍を捉えた腕を両断し、残りの腕で武蔵を核の方向へぶん投げる。

 

水葬姫「そんなところで止まっていいヒトじゃないでしょ!チャンスは一度キリなんだからーー!」

 

『あはははッ!感謝するぞ、珍妙な艦娘よ!』

 

 空中で身をよじり、体勢を整える。

 槍先を突き出し、自らで円錐を形作りそのまま核へ突き刺さる。

 

『ギッァアアァア!!』

 

 核となった艦娘の顔面、右側を抉り飛ばし悲鳴をあげる。しかしゴルヴルチカは突き刺した武蔵を捉えようとして、黒い蛇のような触手を集中させる。

 

『まだ息があるのか! こんの――』

 

 十文字槍を突き刺したまま、身を捻じり触手から逃れる。スタっと音を立てて地面に着地するも十文字槍を手放してしまいトドメを刺せなかったことを悔やむ。

 

『あやつ、まだ息があるのか』

 

水葬姫「いやもう終わりだと思う。あれは致命傷になったはず。今しているのは最後の悪あがきだと思うよ」

 

 ゴルヴルチカの周囲に伸びる蛇のような触手。

 身体の節々から飛び出し、そのまま消えていく。

 

 深海棲艦の発生が止む。

 基地航空隊と機動部隊が行った爆撃がホントのトドメとなった。ゴルヴルチカの表面からは黒煙が上がり、上半身はのた打ち回る。下半身は外殻から黒い何かが噴き出し、崩れていく。

 

 

游「武蔵さんに全て持っていかれちゃいましたね」

水葬姫「ちょ、游!そんなこと言わないで!」

 

『何を言う。結果的に私がトドメを刺したかもしれないが、そこまで弱らせたのは皆のおかげでもあるぞ』

 

 三人の会話を尻目に怪物の身体が崩れ始める。火に呑まれ焼け焦げ、怨嗟の言葉を叫び苦悶の悲鳴を出して黒ずんでいく。

 

 ゴルヴルチカの動きが完全に停止した。露出した核は消滅し、巨大な肉体は少しずつボロボロと崩れていく。曇天が終わりを告げ、空が明け方のような優しい明かりを見せる。

 

 

 完全に動きを停止したゴルヴルチカ付近にて。

 

 雲間からの優しい明かりに包まれながら深海棲艦の死体が徐々に消えていく。石化した海面も徐々に崩れ、いつも通りの水面を見せ始めていた。艦娘なので彼女らは沈みやしない。

 

 傷だらけの叢雲達は互いの生存を確認し合う。

 

叢雲「終わったわね。最後に誰か来て、全部をかっさらっていった。あいつの速度が亀で助かったようなもんね?」

時雨「そうだね。はぁ、これにてこちらは一件落着かな?報告も兼ねて鎮守府へ帰ろっか?」

 

ヴェル「サラ?大丈夫?深海化に呑まれてない?」

サラ「なんとか。もう少し伸びてたら、怪しかったです」

 

 疲れた顔をして「フラグじゃないよね?」と聞き返す、ヴェールヌイ。「そこにいる叢雲さん達と一緒に鎮守府へ戻りましょう」といいながら近づく。

 

 

 鎮守府、執務室。

 

 巨大な黒い槍のようなものがゴルヴルチカの核へ突き刺さるのを確認した。

 徐々にゴルヴルチカが崩れ、息絶えていく。

 

 窓から見える戦いの終結に皆が驚き、飛び跳ねて喜ぶ。

 ある者は性別問わず抱き合い、涙を見せる。

 

 ある者はどこかへ連絡をして、安堵の息を吐く。

 またある者はその場に座り込み、目蓋を閉じて世を去った者に別れを告げる。

 

『提督!ゴルヴルチカの核が完全に消滅しました!侵攻を止めることが出来ました!』

『深海棲艦の数も減少傾向にあります!我々の勝利です!』

 

『みんなー!ありがとう!』

 

 喜びの声が無線機から聞こえる。

 いつもならうるさいと思いながら通信を断つが、今日はそのままにして自分達が戦いきったことを褒め称えていた。

 

 停泊した船内にて。

 

紫月「武蔵さんだっけ、鬼武蔵?がトドメを刺したのかな」

八崎「そうだと思います。いや皆さんが削り切ったんですよ」

 

 ソファでだらしなく脱力する憲兵二人。

 八崎と紫月は目蓋を閉じ、頭を空にして休む。まだこの騒動は終わっていないが、今だけは勝利の余韻を味わっていた。

 

 

 終わった、ようやく。

 みんな終わった。

 

 芙二提督殿、いや凌也殿の手がなくとも終わりを迎えられた。凌也殿が施した艦娘なしでは厳しかったかもしれないが、それでも我々の勝利は我々の勝利なのだ。

 

 色々な思い出が頭を埋め尽くすほど蘇る。嫌な事、嬉しかったこと。しかし今だけは皆の死を受け入れ黙祷を捧げる。

 しばらくした後に「これからを考えないとな」そう呟いて立ち上がった瞬間、神城の呟きを拾ったような返答が頭の中に響く。

 

貴様らにこれからなど、あるわけがないだろう?

 

 女性の恨みの篭った言葉。

 耳元ではっきりと刺されたかのような感触に神城は耳を触る。

 その現象は紫月や八崎も感じたようで、耳を触るなどをした後に甲板へ飛び出していた。

 

『なんで、どうして』

 

 数分前の喜びを共有していた通信から絶望を含んだ声が漏れる。神城は何があったのかを聞こうとする前に甲板へ飛び出した紫月が叫ぶ。

 

紫月「ゴルヴルチカ、再度出現!しかもさっきよりかなり大きい!顔が全く見えない!それだけじゃない、深海棲艦も次々に顔を出してる!」

 

 八崎も神城も顔を見合わせる。

 そして互いの頬を軽くはたき、夢ではないことを自覚した。

 

『ご、ゴルヴルチカ、再度出現!繰り返す!ゴルヴルチカ、再度出現!し、しかもさっきよりも巨大で執務室からではすべてが見えません!誰か情報を……』

 

 突然鳴り響くノイズ音により、通信は途絶える。

 

『GAOOOOUUNN!』

 

 壊れた機械のような叫び声が海に響く。

 ゴルヴルチカと思われる鳴き声に皆の顔が曇ったのは変わりようのない事実である。

 




?「あんたがそう出るなら、容赦なんてしない。
  初めから話し合いなどするべきではなかったか」
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