八崎「おや紫月殿、お早い帰還ですね?」
船内のある一室にてくつろいでいた八崎が入室してきた紫月を見るなり、声をかける。
紫月が口を開く前に黒い帽子とペストマスクをつけた人物を見てぎょっとした。
芙二「お久しぶりです、八崎さん。芙二です、こんな姿ですみませんね」
芙二の背には少し大きかったのか、屈みながら部屋へ足を踏み入れる。一歩踏み出す、それだけで船は軋み、少し嫌な音をあげて大きく左右に揺れる。
八崎「芙二さん?あなた何かしました?」
芙二「や、少しだけ。背格好は変えていなかったんですけど、重量が少し……」
ペストマスクをつけたまま頭を掻く。
カリカリと指で搔く音が船内に響いていた。
ぶつぶつと早口で何かを呟いたかと思えば芙二の身体全体が一瞬青く光る。その行動を見て八崎は首を傾げ「何をしたんですか?」と問う。
芙二「重さを元に戻したんだ、それじゃ改めてお邪魔するよ」
「よっと」そういいながら適当な椅子に腰かける。少し前のように船が悲鳴をあげることなく、また左右に揺れる事もなく軽やかな音を立ててゆっくりと沈んでいく。
八崎「あ、えっと私は席を外した方がいいですか?」
芙二「いやいてくれてもいいよ。そんなに長話をするわけじゃないから」
八崎「そうなんですね。ではこのまま居させてもらいます」
一度立ち上がりかけた八崎は再び腰を下ろして、二人の話が始まるのを待つ。彼女の様子を見た芙二が一度咳ばらいをして「空について、何が知りたい?」と紫月に問う。
紫月「それだけじゃない。一体いつから見ていたの?彼女達が苦戦するの肴にするような人じゃないでしょ、君はさ?」
芙二「観測隊の五月雨の放送の辺りかな。元々、予防線は張り巡らせていたってのもあるけど。彼女達の助力になるのなんて簡単な事さ。だけど依存させてしまう気がしてね」
紫月「観測隊の……なら防衛戦から?気が付けば君の術中に落ちていたというわけか。君の力はあまりにも絶大だからね。心のどこかで依存させてしまうかも、というのは分かるよ。それにあの武蔵って娘に何か吹き込んだのは君でしょ?」
最後の言葉に頷く。八崎は興味深そうに相槌を打つ。
芙二「彼女の可能性に一役買ってもらったのさ。元々は彼女の能力だ。そこにリベラの手が入っちまうとは思わなかった。だが
紫月「驚いたよ、あの化け物の手を防ぐんだもの。武蔵が来ていなかったら、あの化け物ごと周囲の艦娘は熔解していただろうね?」
八崎「そういえば紫月殿は何を手に持っていたのですか?凄まじい熱波が生じているように見えましたけど……」
芙二「槍だよ。擬似太陽の概念を元に作られた槍。≪
八崎「まるでゲームとかに出てきそうなネーミングです」
芙二「そうだね。本当に武蔵が間に合ってよかった。あんなものを投げたら余波で鎮守府が半分熔解するだろうし。
紫月「そうならないように支度はしていたんじゃないの?」
芙二は「そんなわけない」と首を振って否定する。
何度か振った後に紫月の方を向いて話し出す。
芙二「普通に考えてみろ。核弾頭並なんて万が一でも落ちてこない。深海棲艦の砲撃や爆撃を食らうのとはわけが違うんだから」
芙二の言葉にそういうものかと納得する紫月であった。そして次の話題に入る。
紫月「空に見えない結界を展開してたのと、鎮守府から数キロまでに渡る長距離な認識変換を施したのも君だね?」
芙二「ご明察。ほんとは丸々囲うつもりだったけど、あの範囲しか出来なかったんだよね~……約2ヵ月前の戦いで燃やし尽くしちゃったのが原因だと思う」
紫月「それでも十分だよ。かなりの数の深海棲艦を一掃できていたし、夜なのに昼間みたいに視界が良かったからね。悪天候で荒れていても、全然気になんなかった。明け方で薄暗いはずの視界が、太陽が真上にあるんじゃないかってくらいだったから」
芙二「そうしないと滅ぶ未来が見えていたからさ。吾の目的の為にも手を貸しただけ」
紫月は”見えていた?”という言葉に引っ掛かりを覚える。まるで未来視ができるような口ぶりだったからだ。
芙二「その表情は信じていないな?まぁ信じられないよな、気持ちは分かる。あと結論から言うと地球が滅ぶまであと一時間しかない」
紫月「その根拠は?君の同郷人の所為かい?」
その言葉に「まァね」と頷きながら立ち上がる。
急な動きに八崎は驚き、紫月は「行くの?」と聞いた。
芙二「そろそろ冷葉がやばい。状況を一言で説明するならば、あと数分で心臓が抜き取られて更に首が跳ぶ。避けねばならない未来だろう?」
紫月「それは一大事だね。それとあと一つだけ。閣下たちは生きている?その目で見えないの?」
芙二「う~ん。無事とは言い難いな。生きてはいるけど……」
短く小さな声で正直微妙と呟く。
芙二「ふぅ、まぁ最後は何とかするよ。それに名を与えられたモノには何らかの意味があると吾は思っているからさ」
生まれてくるモノには名がついてまわる時代だからね、と内心笑う。どんなヒトでもモノでも意味や役割がある、というのは昔からずっと変わらない考えだ。
ホームレスだろうとどっかの偉い人、企業の社長だろうと。生まれた瞬間から名を与えられる。両親なくとも祝福される宝。少なくとも意味や役割が与えられていると考えていた。
善いことも悪いことも。当人が気づいていないだけで運命において、役割を与えられている。出来ずに生涯を終る者も多いが、成功させたときそれがもたらす効果は革命的かもしれない。
芙二は自らが得た能力でスバラシイ未来を脳内で描く。
実現に対して発生する壁も困難も楽しもうと考えていた。
ふたりに一度別れを告げ、船外へ出るとそこには艤装を装備した艦娘たちが等間隔で横一列に並んでいる。未来視では予知できなかった光景に、内心で能力はまだ向上すると確信する。
芙二「お見送りかい?悪いね、回復しきっていないだろうに」
叢雲「そんなわけないじゃない。何が何でも行かせないわ、私はまだ納得していないの」
そう大きな声が響き、言い終わると同時に砲先が一斉に芙二へ向く。
芙二「う~ん、撃ってもいいけど一つ質問。船の中にいる二人への考慮はしたのかい?」
強硬策に出るなんてと思いつつも彼女らをどうやって鎮めるかと考える。全員の腹部に思いきりパンチをする案がひとつ。もうひとつは不壊を付与して、死んだ方がマシという痛みを与える案。
あと一つはあっちでお披露目する龍神形態になって威圧するか。
芙二(最後の案は没。二つ目も一つ目も没。いや普通に砲撃された瞬間、船に強固な結界貼ってあっちへ転移すれば解決か)
ついでに転移直前で龍神形態へ移行しようと決める。
叢雲「よくよく考えたらあんたの事だから負傷しても治すわね?ならその隙に捕縛するまで!みんな、
芙二の方へ無数の砲弾が重なり合い、爆発と水飛沫を巻きあげる。付近にいた者へ少々高い波が足元を揺らがせる。煙のように立ち込める水飛沫が晴れる頃にはそこへ芙二の姿はなく、船には傷一つついていない。
その光景に叢雲は舌打ちをし、俯き顔を覆い涙目で「どうして死にに行くのよ」と胸の内を呟くのだった。