とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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最終章 6話『幽境、黄泉路』

芙二「……はぁ。思い人にそんな顔をさせちゃいけないが今は事が事だ」

 

 背から翼を生やし、空高く舞い上がり、ある程度の高さで体勢を整える。目蓋の裏に映るものはただひとつ。先ほど艦娘に囲まれ、撃たれる瞬間に見えた叢雲の表情から考えるに本気で鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)へ向かわせたくなかったのが理解(わか)る。

 

 この世界へ無理矢理連れてこさせられた二人の幼い少女たちに一度負けたようなもの。二人の少女のうち、分かたれた少女の半魂は今手元にある。向こうへ帰すにはもう一度ひとつにする必要があることは既に分かっているし、本人にも説明はし終えている。

 

芙二「最悪は、吾が二人とも(たお)せば善いか?」

 

 静かに呟き、呼吸を整え、虚空から野球ボールサイズの白い宝玉を取り出す。芙二の呟きを耳にしたのか、宝玉は何度か頷くように光る。光る宝玉をじっと見つめ、少しして虚空へ仕舞う。

 

 空はどこまでも青く、見える全てを陽の明かりが照らしていた。この事件が収束する頃には気持ち的にもすっきりとした空模様のままでいて欲しいという願いを込める。

 

芙二「待ってろよ、アイリ。……おまえ如きに親友を奪わせてたまるかよ」

 

 帽子を深くかぶり直し、冷葉が生きていることを再確認したのち、その姿は忽然と消える。

 

 

 

 鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド) 孤島

 

 自然が作り出した砂浜に似つかわしくない壊れた銃器や深海棲艦の主砲、船の残骸が転がっていた。空模様はどんよりと雲が広がり、身体を包み込むような風は多量の死臭を含んでいた。

 

 ほんの少し前に争いがあったのは確かだ。血の匂いは潮の匂いと混ざり合っているのだろうが、それでも完全に消えはしない。そして二百人あまり死んだのか、そこら中に霊体となった生物が島という箱に敷き詰められないほど存在していた。

 

芙二「ただ捕まったわけではないのか、この有様は。それにこの姿では警戒されて当然か」

 

 奇襲を仕掛けられて、一方的に惨殺された、と見るのが妥当か。仮に争ったとしよう。命の奪い合いだ。血も肉も飛び散った地獄のような光景が浮かぶような材料が残る筈だ。

 しかしこの場には空の薬莢は一切落ちてないし、爆発物の欠片のようなものも一切ない。ガラス片、血濡れの衣服、血のこびりついた瓦礫、臓物が絡んだ死体。

 

 それらはある。だが、それだけ。少し時間の経っているこの場でこのような思いを抱くのはおかしいだろうが、死体の数が少なすぎる。深海棲艦はまだいい。テロリスト共や軍人、艦娘の死体があの滅びを予知()させた割にはない。

 

 ゼロ、というわけではない。

 少なくともそこら中にある死体だけではないはずだ。

 アイリは、連中は一体どこに廃棄した?

 

 海中か?わざわざそんなことはしないだろう。

 土の下?いや埋める時間や手間がある。この線が一番ない。

 

 死体を集めて燃やしたのか?艦娘を燃やしても、ヒトと同じように燃えたか?それとも全員とはいかないが、まだ何人か生きていてそのすべてが捕虜のような扱いを受けている?

 

 いやそれはない。

 未知の怪物と遭遇して、命辛々生き残ったやつの電文には書いてあったはず。

 

 なら、どこに消えたのだというのだ?その疑問の答え合わせと言わんばかりに地響きを感じる。地震とは違い、複数の巨大な生物が歩いているかのような音。しかも音は段々と近くなってきていることを察するにこちらへ向かってきているのは確定していた。

 

 周囲の霊体たちの表情がひとつひとつ変わっていく。恨めしそうな表情をしていたやつでさえ、恐怖に顔を歪め、頭を抱えてその場に蹲った。

 

 ただでさえ血色のない肌の色がますます悪くなっているようにも見える。

 死んでなおもそれだけ怖いモノがこちらへ迫ってきているのだと思うと、芙二は少しだけ興味が湧いてきてしまっていた。

 

芙二「こっちには時間がないが?いやナイナイって言っておいてちょっとだけ他の事を考えていたのだから、そう捉えられても仕方ないか?」

 

 土砂崩れ、落雷の音に似たものが合わさった音は次第に大きくなり、押し出され突出した濁流の如き勢いで自然のある砂浜へ押し寄せた。

 

 虚空から赤い刀身のフランベルジェを取り出し、一振りで濁流を左右に分けた。勢いのなくなった濁流に芙二は溜息を吐き、ただ怯え蹲っていた霊体たちはその衝撃は言葉では言い表すことが出来ない。

 

芙二「濁流の正体が、これか?ったく、こんな悪趣味なモンを作れるのはあのクソアマしかいないじゃねえかよ。なァ!おまえ達もそうは思わないか?」

 

 土と血が混ざり合い硬い鱗を纏った十人の頭を持ち、上半身は無数の腕をもつヒトの身体。下半身は巨大なトカゲのような体躯。土色の鱗が所々剥がれ落ち、隙間から脈動する組織を確認することが出来た。さきの一撃が効いているのか、頭は残り二つしかない。

 

 甲高い悲鳴と鉄錆びた扉のような声を身体中から発しながら、起き上がる。

 

芙二「おーおー、生命力もバケモンときた。見るに魂の端から端まで無理矢理くっついちまってるな。すまん、先に謝っておく。助けるのは無理だ」

 

 『ギィィ!』と頭のひとつが吼えると巨大な怪物の背から様々な色の腕が生え、芙二の方へ捉えようと伸びてくる。砂を巻き上げ、地面を抉りながらの攻撃。

 しかしそれを何度も切るがキリがない。そこで芙二はフランベルジェを仕舞い、かつて使用していた大鎌ではなく、魔改造(テゴコロ)を加えた大鎌を取り出し、地を蹴って怪物の元へ向かう。

 

芙二「ここでも使う事になるとは思わなかった!いやまぁこういう場でしか使えない代物だから助かるっていうものだが!」

 

 ≪絶禍(ゼッカ)無獄(ムゴク)≫という大鎌はその特殊過ぎる武器の都合上、こういう無限に再生する物質戦のような事態でしか使わないと芙二自身が決めた代物。

 

 その名をそのまま表したのが効果であり、端的に言えば百パーセント必中、ついでに物質消滅といったもの。芙二が認識したものはある程度は斬ることが出来る。ここへ来る途中ある異世界で振舞われた。それもその世界の神を相手取った際に使われたのだ。無論、神の肉体は消失し、戦いは終わったのだが、その神がその世界の時間軸計算で10年後に復活するのは別のお話。

 

 腕を一度に全て切り落とし、落ちていく腕を足場に目にもとまらぬ速さで頭から尾の先まで細切れにしていく。

 

芙二「わりぃな。このまま死んでくれ」

 

 怪物は声を出すこともなく、電池の切れた玩具のように地面に崩れ落ちた。芙二の目の前にはちょっとした肉塊の山が形成されていたがすぐに黒い霧となって霧散した。

 

 帽子、ペストマスクを付け、黒いコートを羽織る人物の登場は先に訳も分からず死んでいった者たちに新たな恐怖の波が押し寄せた。疑問を言葉にして伝えようにも既に死んでいる為、声にして伝える事は出来ない現状を悔やんでいた。

 

 コートに付いた汚れを払うと、研究施設の方角へ歩き始めた芙二を見た霊体たちの中でひとつの思念が湧き出てきた。

 

『今を生きている人間の邪魔になるのなら今ここで殺してしまおう』

 

 大半の霊体たちが頷くような素振りを見せ、ひとつの思念は大きく悪意あるモノへと姿形を変えていく。名乗り上げた最初の霊体に纏わりつき、ひとつひとつが重なり合い黒い感情が蠢く巨人へと姿を形作っていく。

 

 流石の芙二もここまで悪意を向けられたら無視はできない。ゆっくりと向き直ると金色の目と目が合う。膨れ上がった悪意の塊である霊体の集合体は「 し ね 」と強烈な思念を飛ばす。

 

芙二「なぁ。お前らはまだ生きていたいんだろ?それなら邪魔をしないで、そこで一部始終を見ていろ」

 

 左手を伸ばし、霊体の集合体から黒い感情を全て奪い取り、結晶化させ自身の懐へ仕舞いこむ。エネルギー源を奪われた霊体たちは一斉にほどけ、散らばった。

 

 音を立てずに砂浜に腰を打つ霊体のひとりは見た。黒いコートを羽織る人物の背面から黒と黄色の目が一斉にこちらを凝視していることを。そしてニヤリとすべての目が笑みを浮かべた。

 

 その瞬間、背に水を差されたような感覚を感じ、凍ったようにその場から動かなくなる。死んで霊体となった今も生きているかのような感覚、そして心臓を掴まれたような衝撃。

 

 ぁ、と掠れたような小さな声が出る。しかし声は出せず、よく心霊現象で耳にする呻き声しかだせなかった。ふと遠くなる背の方へ「あなたはだれ?」という率直な疑問を念じる。

 

 信奉者が神に願いを祈るような姿勢を取り、眉間に皺を寄せるような思いでただ念じていた。ひとりが真似をすると皆が真似をし始める。艦娘、人間、深海棲艦、または意思を持つすべての命。

 

 頭を垂れ、低姿勢になり、遠くなる人物に対して注ぐ。念じた思いが通じたのか数秒のあと、その人物は立ち止まり振り返る。そして見えないはずの霊体へ向かって言葉を発した。

 

『おまえたちの分まで戦ってくる』

 

 まるで見えているかのように端から端まで見渡して、楽し気に告げた。その声色は穏やかさと自信に満ちていて、死んだモノたちの心に僅かな安寧を与えた。

 

 再び背を向け、歩み出したかと思えば消える。水面に作られる泡が弾けるように音もなく、そして衝撃もなく姿を消した。この場に残された霊体たちのは言葉を思い出し、ただ祈る。

 

 あの悪夢の終わりを。

 この場に似つかわしくない格好の人物の勝利を。

 

 

 

 研究施設より、僅か上空。

 

 明らかな人工物を発見し、右手を天井に突けて探る。施設に集まる命の熱量を手のひらで感じ、その中にお目当てのモノを発見し目の色を変える。

 運がいいことに首謀者であるアイリも真下へいる事が分かった。冷葉の魂にはあらかじめ色を付与しておいていた。仮に肉体が別のものであっても識別ができるようにする為である、と。

 

 魂が消滅していない限り、制限はあるものの肉体の再構築など余裕である。自らが乗り越えるべき壁を乗り越えたのだからある程度は対処可能でもあった。

 

 そして自らが視た予知に似た状況を芳しくないと思い、ある策を用いてあのアマとサシになる状況を作り出そうと考える。近くには半魂の片割れもいるのだから。都合がいいというものだ。

 

 その為の半魂だ。

 少々、手を施したが。

 

 最初はそれはもう、物凄く罵詈雑言を浴びせられた。何処からそんな言葉を覚えてくるんだ、と思いながら、白い宝玉の主は悪態をつきながら魂の表面から内側の隅まできっちりと施しを受けた。ちょっと故郷とは別の異世界から()()()()()肉体も半魂の記憶に基づいて改造を施したのだ。これでもう遅れは取らないというのに最後の最後まで感謝はされなかった。

 

 懐から白い宝玉を取り出して、数秒見つめ再び仕舞う。息を大きく吸い込み、吐き出す。その動作を何度か行ったのち、ペストマスク越しでも分かるような、ワクワクとした声色で言った。

 

『チッ!邪魔だ。ふう、これから来るは≪幽境、黄泉路(ヨルノオトズレ)≫ってな?』

 

 孤島内にある施設を発見した芙二は冷葉に埋め込んだ擬似器官が作用してるのを察知し、なりふり構わず強行突破する。自身から青紫色の煙を生じさせ、屋内へ侵入する。

 

 片膝をつく形で着地すると同時に煙が屋内を満たす。突然のことで逃げも隠れも出来ずにいる者共を煙はあっという間に飲み込む。飲まれた者はひとりずつ、倒れ込む。

 

 青紫色の煙ということで毒を警戒するアイリと側近だったが、側近の下半身が煙に触れただけで下から崩れ落ちて、動かなくなったのを確認してゆっくりと口角をあげる。

 

『ははははっ!いいね、いいねえ!もう自分の正体がバレてもいいやってなったんだ!?なら私も遠慮はいらないよねえ?!』

 

 腰近くまで伸びた薄い水色の髪、切れ長で緑色の目。黒いコートを着て首元には白いファー巻きつけた少女ことアイリ。黒い帽子にクチバシのマスク、腰ほどまである黒いコートの格好の芙二を見て「まんまペスト医師じゃん。杖があれば、なお完璧だね」と笑う。

 

芙二「よぉ。ひとの親友に何をしてんだよ。親友を辱めた料金は高くつくぞ?」

 

 すぐ足元に倒れている冷葉に目もくれず、苛立ちを隠さない様子で虚空から白い輝きを放つ拳甲を取り出し、両腕に付ける。一触即発の雰囲気の中でまたひとつ声が増える。

 

『死にぞこないが、また来て何の用だ。辱めるも何も挑み負けたのは貴様らだ。敗者には勝者へ従うのが道理であろうが』

 

 立ち込める青紫色の煙を払うように現れるのは白いローブを羽織っていた少女、カイン。払う素振りでフードが脱げ、褐色の肌に白い髪。そして左右のこめかみのあたりに大きな巻き角、その上下に小さく短い角が生えていた。

 

『このあいだの続きをやるというのなら、合図は不要だな?フン、龍神へと覚醒したといえどまだ年少者だ。そんな貴様に遅れを取るなどあり得ぬのだからな』

 

 異星にて、同郷の民が集うときそれはひとつの災いをもたらす。

 最後の戦いが今、幕を開けた。

 

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