顔を引き攣らせていたアイリの態度に対し、芙二は「ふん、そういうものだ」と気に入らなそうに鼻を鳴らし腕を組む。
そして二人の間に沈黙が訪れる。
しかし沈黙を破るように芙二が口を開いた。
芙二「少しハナシをしようか。
アイリ「えぇ、芙二君は元人間だったの?そんな情報、調べても出てこなかったからさ~結構興味湧いちゃうじゃん」
その言葉に食い気味に反応する。芙二が話し出した話題に対し、自らの考えを口にした。
アイリ「それは結果だよ。地獄はこの世そのもの。それにひとつだけさ」
足元に転がる瓦礫を蹴とばし、少し溜息を吐いて、やれやれといった表情を見せる。
芙二「それはなによりだよ」
そう言いながら芙二の右手の先へ光が収束し、琥珀色の刀身を持つ得物を取り出した。刃先を下に向けいつでも斬りかかれるぞ、という支度を済ませる。
アイリ「ねえ。話をするのか、殺し合いをするのかどっちがしたいの?」
芙二はどちらも、と言った。
自分を注目してほしい人物のように口角をあげて、ねだる様な声色であった。
その様子にアイリもノったような返答をして銃剣を仕舞い、手ぶらの状態を作りだす。
アイリ「で、君はどうして死は耐え難い苦痛を生み出す地獄だと思ったの?人間だった頃、家族や恋人が君の前で死んだかい?それとも不幸な事故でも悪意ある死でも体験させられたかい?」
芙二「そのどちらでもない、あいにくな」
脳裏に映るのは悲しそうな表情をする姉妹たち。もう二度と会うことは叶わないが、彼女達に幸福な未来が訪れてほしいと祈る。そしてもうひとつはかつての仲間、部下たちである。
数年かけて念入りに準備をして、いよいよという時に水を差されたのだから。悔しさと憤怒が心の内で混ざり合いひとつの欲望と化していた。
芙二「どちらかというと、吾はあんたと同じ側だった。拉致された側の人間ではなく、テロリストだ。それも立場が同じとは運命としか思えないな」
アイリ「元人間が転生して、改心して善人になったの?とてもじゃないけど私にはそうは見えないけど?」
芙二「いや改心なんてしてないよ。向こうへ飛ばされる前に、深海棲艦と艦娘を救ってくれって恩人から頼まれたから。それだけさ」
「恩人?」と聞き返すアイリ。
死んだ際に三途の川で死者にあったのだろうか、と想像を膨らませる。
芙二「そう。元々は吾がこの世界に生れ落ちるはずだったんだけど、手違いかなんかで向こうへ飛ばされた。原因も吾を呼んだモノの正体も未だに分からないが、ね」
きっと何かしらの役目を与えられたんだろうし、と内心呟く。
芙二「あーっ……話しが逸れたな。結局のところ何が言いたいかって言うと死という概念を失くし、皆が皆、死なない世界を作り出せばいいって思ったんだ。そうすれば地獄の数はひとつ減るんじゃないかって」
アイリ「そんな子供が考えそうな妄想をとっくに大人になった君の口から聞くと思わなかったよ。そんなことをしても、人間が、生物が体験する地獄はなくならないと言っておくよ」
芙二「そりゃそうだ。人間の背負う業は深すぎて、底が見えない。でも吾ならば可能だと少し前に知った。前提としてその世界に住まう生物を選別し、虫篭の中にいれるように閉じ込める。食料も娯楽も何もかも完全に供給する、素晴らしい理想郷だ」
両手を天に捧げるような姿勢になり、少しだけ笑い、話は続く。芙二がとても素晴らしいものを見つけたと、口角をあげながら方法や一生を終えない生物の内容を伝え終る頃にはアイリの顔色は悪くなっていた。
アイリ「オェ…狂ってるよ、芙二君。なんでそんな狂人の思考を愉しそうに語るのか、理解が出来ない。もう答えは出ている様なものだけど、他の敢えて聞こう。選別から落ちた、それ以外の命はどうなる?」
芙二「そりゃ勿論、理想郷を動かすための動力源として活用するよ。あいにく、吾は魂や負の感情を食らって自らの力に変換することが可能だ、それの応用」
自分以上に恐ろしい存在を目の当たりにしてゾッとする。アイリ調べではあるが、芙二凌也という人間がどういう人物かは殆ど調べ上げていた。
それでも狂人、邪悪という言葉がよく似合う人物だと知らなかった。海軍に属し、提督として海難の象徴である深海棲艦という悪を滅ぼす側の人物の思考ではない。
アイリ「海軍も腐ってるな……同情するよ。お願いだ、そのまま飼い殺してくれ」
芙二「ま、そんな理想郷を作る暇があったら、続いている戦争を終らせるよ。でも同時に救う方法はないけどね。最もいい案が争いの火種とそれに使われる兵器を一か所に集めて、消すことかな」
何でもない顔で「そこに深海棲艦、艦娘と関係ない。争いの火種は消さないとね」と言った。
芙二「それでも今度は人間同士で争い始めるのさ。そうなればいたちごっこ、終わりのない循環。まぁ勝手にすればいいよ。争いで土地が、もっと大きな視点で言うと星が終わろうとも関係ない」
アイリ「今からその星を終わらせようとしてるのが、私なんだけどね~」
アハハと笑い合う二人。
その何気ない談笑の後で互いに発せられるのは殺気。
二人を取り囲う空気が僅かに震えた。
アイリ「それじゃあ、続きやろうか?」
アイリの足元でトッ、という地を蹴る音が聞こえたかと思うとその姿は消え失せる。芙二は目で追うのではなく、耳で追う。瓦礫の舞う音の中にひとつだけ混じる呼吸音を聞き逃さない。
どの角度から相手が来るのか、聞き分けて反撃を考える。
芙二「そんな動きして惑わせても、反撃しちまって――ちげえ。ダメだ、それは」
腰から下、右膝のあたりから腹部目掛けて斬りあがるは左右の両側に刃がある戦斧。刀を手放し、咄嗟に仰け反って避ける。手を放した際に、カランと音をたて転がった刀をアイリはつま先で掬うように蹴り、縦に回転させる。
アイリ「大事なものを落としちゃっていいの?ほら、返してあげるよ!」
くるり、と回し蹴りをして柄の頭をピッタリに蹴り飛ばす。大鐘を打つような音が聞こえ、勢いよく芙二の元へ飛ぶ。
芙二「おっと。返してくれるなんて、ありがたいね」
右手でタイミングよく捉え、左手で握り直す。次はこちらの番か、と思った直後アイリが聞き取れない声でを何かを口ずさむのを聞き逃さなかった。
アイリ「…水を……結し……」
瓦礫の隙間から不純物が混じった液体が彼女の周囲に集結し、赤い球体をいくつも作り上げていた。そしてある程度の大きさまで成形されると浮遊する。
アイリ「凝縮――≪デッドリーボム≫」
アイリの左肩の上あたりに浮遊する赤い球体が一斉に芙二目掛けて射出される。向かって一番近くの球体を破壊すると、中から無数の小さな針が噴き出した。
芙二「っ!いってぇ~な!……しかもこれ、ただの針ってわけじゃないな」
数本の針が腕に刺さり、苦痛に歪む。刺さった箇所から腐敗していき、すぐに壊死していく。
壊死した腕ごと切断し再生を待つあいだ、破壊するのは辞めようと考え回避に徹するも球体は破裂する最後まで執拗に追われていた。
アイリ「アハハハ!!避けるだけじゃ、ダメだよ!そのままじゃあこの戦いは終わらない!」
芙二「うるせぇな!ンなことは分かってるんだよ!≪
追尾する球体を回避して、崩れた壁や瓦礫を足場にしてアイリの元へ詰め寄る。そして刀を突きだすように構え、一点突撃の形で肉迫していく。
アイリ「それだけじゃ私には傷すらつかない。無重力の感覚を味わったら?
ーー≪ロスト・グラビティ≫ ≪
彼女がそう唱えると、芙二の身体は空へ吸い込まれかける。
身体が上へあがっていく最中自らの魂に何かよくない感触を危機感を覚え≪フェーズ:タイマー≫の針を一つすすめると同時に喉が張り裂けそうなほどの声量で叫ぶ。
≪
その瞬間、二人が互いに向き合う空間からバリンとガラスが割れるような音が一度聞こえる。次にバリン、バリンとまた同じ音が聞こえるも外見の変化は何もない。
アイリ「へぇ?今度は何をしたの、さッ!…って≪
アイリが次の手段を取る前に、空間が裂け、黒々とした闇から大小さまざまな吸盤のついた黒い触手が襲い掛かる。しかし同時に切断して難を逃れるも次に襲い来るは地面の隆起。
アイリ「ちぃッ次から次へとこざかしいなぁ」
小さな突起が生えては、棘のように突き出し射出される。目の前に来る岩の棘を砕いた先から棘が生じるという無限ループ。
芙二「そんなことだけだと、思うか?」
避けた先に芙二が待ち構えており、アイリの腹を思いきり殴る。流石に予想しきれていないようで「ぐうぉぉお」と苦悶に満ちた声を漏らし島外へ吹き飛ぶ。
海上を跳ねる石のようになってもなお、沈むことはなく立ちあがる。細かい棘により、汚れほつれたコートを脱ぎ捨て口腔内に溜まった血と唾を吐きだし、こちらへ歩く芙二を睨みつける。
アイリ「これが切り札ってこと?随分、ちんけだね?」
芙二「今の一撃は冷葉の分だ。これからあんたに与える攻撃は吾の分、準備は……聞かなくてもいいか」
左手に持つ琥珀色の刀を空へ向け、叫ぶ。
芙二「あの龍娘が口にした言葉の意味を、その目で知り慄き、この力に絶叫することを赦す!」
≪
刀の先が静電気のような輝きを僅かに放ち、不発に終わったのかと思われた途端に周囲の光が消え失せる。ついさっきまで昼間であり、曇り空ではあったが背後から陽の光明が照らしていた。
それなのに今は暗い。ただ暗いわけではなく、周囲が、左右上下関係なく闇に塗りつぶされたように黒一色の空間と化していた。光を99.9%吸収するとされているベンタブラックで世界を塗り潰したようにさえ感じられる。だが、アイリの手足には異状なく肌の色や服の色まで綺麗に見える。
アイリ「これは一体、なんだろう?幻覚、幻影の類ではなさそうだけど。まさか私ごと空間を切り離した?そうだとしたら驚いたなーって感想が出ちゃう」
他に変化はないか、周囲を確認するように見ている。
変化はなく闇一色。海水へ触れても粒の細かな砂のように指の隙間はおろか肌の表面すら滑り落ちる。一歩ずつ地を踏みしめるように歩く水の音を耳にして、振り向いた先には芙二がおり、口をアイリの感想に対して、言葉を返すような態度でいった。
芙二「空間を切り離す?いやいやそんなことは
アイリ「それじゃあこれから何が起こるっていうんだい?」
にやりと笑うアイリの真横を赤い雷が真っ直ぐ通り抜ける。その現象に目を丸くして、固まる。その場にいては全身を滅多刺しにされるかのような感覚を察知したアイリは後ろへ跳び避け、周囲と芙二の位置を確認する。
アイリ(あの場所から一歩も動いていない?)
動かず様子を伺っていると、また先ほどのような感覚を察知するも目の前にいる芙二へ一直線に駆け出す。しかし足元が光始め、今度は上側に赤い極太レーザーが突き抜ける。
それを仰け反り間一髪で避けるも、一秒以上その場に留まり続けると滅多刺しにされる感覚であったのが僅かに痛みを伴うことに少々焦りを感じ始めた。
アイリ「あぁ~!もうっ!!そんなにそうやりたいんなら、こっちにだって考えが――」
その場に居座る時間が一秒を超過した時、アイリの周囲は赤い光に包まれる。ふいに頭を殴られたような激しい鈍痛が生じ、膝を折り片手をついてよろつく。
一本の線ではなく集中線のように細く赤い雷がアイリの捉えており、回避は不可能に近い状況でも笑みは絶やすことない。
芙二「やっぱ考え方が根本的に違うな。普通なら冷静でいられるわけがないからな」
直後、上下左右から無限に続く赤雷の群から放たれる圧倒的な光量により、空間を染め上げた闇は消失していく。光に飲み込まれたアイリには聞こえていた喧騒の音すらも聞こえず、言葉も発せられず最後に夢へ耽るのだった。