とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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最終章 11話『とある少女のはなし②』

  アイリが異世界に来てから、八年が経ちすくすくと成長していた。三百人にも満たない小さな領地に住んでおり、独自の文化があった。例えば服に関しては江戸時代でみるような服と近代の北欧で見られる服を足して2で割った姿形は衝撃を与えるには十分だった。

 

 人間だけではない未知の種族と共に暮らしていく現実を目の当たりにしてそんな世界をはじめは受けいられずにいた。それでもこの領地の一員として生きていく、そう誓った時から認識のズレのような感覚は失われた。

 

 精神年齢が十六歳であるアイリでも年相応の友人が数名いた。特に仲の良く、いつも集まるメンバーの中でもアイリは一番年上であり、みんなのおねえちゃんという立場でもあった。

 

 死ぬ前は末っ子ということもあり、人生初めての姉という立場に一抹の不安もあったが実際には何の問題もなかった。かつての二人の姉たちを脳内で思い浮かべて、それっぽくする。

 

 ただそれだけであった。不安な友人がいれば、悩みを聞いたり泣き出してしまった友人がいれば優しく慰める。しかし自分だけでは解決不可能と察すれば、近くの大人を呼び助けを求める。

 

「アイリちゃんは立派なおねえちゃんだね~!アイリちゃんみたいな子が一人いるだけでもおばさんたち心強いよ」

 

「それに大人を負かすくらいの力も知恵もある。きっとそのうちアイリちゃんを倣い始めるだろう。すくすくと成長してくれたらそれでいいもんよ!」

 

 そこの大人たちはみんな、アイリの事を誇らしくあるいは頼もしい人物として認識していた。それは子供も友人たちも同じであった。姉として慕う部分もあれば、憧れの人としての部分も友人やそれ以外の子供たちからの視線や言葉で理解できた。

 

「あいりちゃんみたいにわたしなりたい!」

 

「ねえ、ねえ!これどうやるの?なんでそうなるの?」

 

 好奇心旺盛な友人、あるいはカッコいい人の真似をする幼子たち。その中でも一番話す友人がいた。それはカイン・アッドレアという白髪に褐色の肌の少女であった。普段の彼女は麻色のスカートを着て年相応の元気さを持つ人間の少女であった。

 

「うぅ、ひっぐ……ひっぐ」

 

 好奇心旺盛な友人へ文字を教え終わったアイリの元へスカートの襟をぎゅっと握りしめて今にも泣きそうなカインが傍へ来ていた。

 

「どうしたの?カインちゃん。また誰かに何か言われたの?」

 

 しゃがんで目線を合わせ、頭を撫でながら問う。アイリの手が彼女の頭に触れた途端、防波堤を波が超えたように大粒の涙を流して「わたしは忌神子(いみご)で存在してはいけないって」そう言い終えるとわんわん声をあげて泣いた。

 

「大丈夫、カインちゃんは忌神子(いみご)なんかじゃないよ」

 

 わんわんと声をあげて泣く友人の背を優しく撫でて、抱きしめる。友人であるカインの血筋、アッドレア家には古くから信仰している神がいた。彼の神を信仰する者だけが征くことのできる極楽の桃源郷――シャングリラ。アッドレア家はいたって普通の家だが、その神の話になると狂気を隠すことなく別人へと変わる節があった。いわゆる狂信者だ。

 

 アッドレア家に生まれた子供はシャングリラに住まう神の声が聞こえると加護を得ると言われていたが、アイリの胸で泣く彼女には神の声も聞こえず、加護も得られていないからか【忌神子(いみご)】と言われているのだ。

 

 近年アッドレア家は神の声を聞くことも出来ず、加護も得られない子供の誕生が続いていて信仰の力が弱まってきていると、アッドレア家当主であるグリニードが嘆いていたと周りの大人から聞かされた時は、大変だなとしか思っていなかった。しかし友人がそんな目に遭っていると思うと怒りが湧いてくるというものではないか。

 

 アイリの胸中には僅かに怒りが滲むも、決して身体中に力を込めずに堪える。

 

「あいりは、あいりだけはわたしと一緒にいてくれる…?」

 

 アイリの胸に顔を埋め、涙声で問う姿を目にして、更に抱きしめて無言の肯定をする。僅かに強くなった抱擁力にカインは「ありがとう」と小さな声で呟くのだった。

 

 

 また半年が経過し、季節は日本で言うところの春へ入ろうとしていた。完全な雪解けもしていない家や大地を見ているとかつての情景が頭に浮かぶ。厳しい冬の寒さを乗り越え、また一つ歳を取ったと自覚するアイリの元に”領地内にある小さな森に野イチゴを取りに行こう”と友人たちに誘われた。

 

「集合場所はキーロさんの家の近くの大きな樹!」

 

 領地の西側にキーロ・クルットという初老の男性が住んでいた。薪売りのキーロ家の近くにはメタセコイアを想像させるような樹が一本だけ生えており樹皮は黒く、葉は松のよう。

 アイリは既に地に落ちた松に似た葉を手に取り、指で軽く触りながら過去を振り返っていた。

 

「アイリちゃんー?どうしたの?」

「野イチゴ狩りはいけなさそう?」

 

「ごめんなさい、すぐには決められないかな。一度、お母様に相談してみるよ」

 

 かつての過去を振り返っているといつの間にか一緒にいる友人二人に声を掛けられていた。すぐに彼、彼女たちの方を向いて無難な回答をしながらそっと松に似た葉を上着のポッケに仕舞う。

 

「そっかー!それじゃあアイリちゃんのお母さんが許してくれるといいね!」

「うん。それじゃまたね」

 

 手を振って友人たちと別れ、歩きながらアイリは葛藤していた。内容は勿論今回の件だ。

 友人と近くの森へ何度も行った事はあるが、未だ雪解けもしていない森に足を踏み入れるのは初めてだからだ。冬眠明けの魔物と遭遇するかもしれないし、雪崩のような事象が起きるかもしれないという危険予測はいつも以上に脳内を占めていた。

 

 誘われた際「いいよ~」と即決、快諾したい気持ちを抑えて母どころか早くに帰宅していた父の承諾を得たアイリはカインの家まで行き伝える。彼女は目を細め、喜びのあまりアイリに抱き着いていた。カインと別れ、帰宅した際、父親から「何かあったらすぐに大声を出すか、この笛を何度も吹きなさい」と竹で出来た小さな笛を渡された。

 

「ありがとう、お父様。明日の夕方には帰宅すると思います。お母様もたくさん野イチゴが取れたらジャムにしたいと考えますの。ジャム作りは初めてだから手伝ってくれる?」

 

 両親は笑顔で頷き、アイリは感謝を伝えて自室へルンルン気分で向かい、木製のベッドの上で横になり、温かい毛布に包まって眠りについた。

 

 翌日の朝、家の前で待っていたカインと共に集合場所へ向かった。両親が手を振って見送ってくれていた。それが人生最期の別れになるとは、このとき誰も理解していなかった。

 

 それはアイリ自身も、例外ではない。

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