とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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最終章 12話『とある少女のはなし③』

 キーロ家近くの大きな樹の前で友人たちと待ち合わせをし、話しながら目的地である小さな森を目指す。途中で馬車を引き、大きな荷車に乗った商人とすれ違う。友人たちが挨拶をしたとき、アイリの目には何故かその商人たちが普段領内で見る者たちと何処か違うような気がした。

 

(気の所為でしょう。変わっている商人なんてきっとごまんといるだろうし)

 

 そう深く気にも留めずに、過ぎ去っていく商人たちを尻目に友人たちの後を駆け足で追いかける。小さな森の入り口へ到着したアイリたちは少し休憩することになった。

 

 歳で言って小学三年生ほどでしかない子供たち。一番上のアイリでさえ中学生ほどしかない。体力などあまりなく、少し長めの休憩を取っていると低木の隙間から角の生えた青いウサギが飛び出してきた。その登場に一部は驚き尻餅をつくが、それ以外は青いウサギに興味津々だった。

 

 ぴょんぴょんと跳ねる様は興味津々な者たちを魅了していき、友人たちの傍を離れるや否や彼女達は青いウサギを追って低木の中へ飛び込む。

 

「あっちょっと待ちなさい!」

 

 アイリが強い語気で止めに入るも、時すでに遅く青いウサギを追った者たちの足音がどんどん遠くなっていく。小さな森と言えど魔物や魔獣が棲まう土地でもある。万が一があっては困るという理由で彼女もまた低木の中へ突き進もうとしていた。

 

「ま、待ってよ。アイリちゃん。ここは小さな森だからきっと大丈夫――」

 

「大丈夫かもしれないけど、そうじゃないかもしれないじゃない!」

 

 つい大声を出して、周りを驚かせてしまうも今はそれどころではない。少し冷静さに欠けるが楽観的に物事を見ている場合ではない。一応の年長者として、皆の姉としてウサギを追う者をここまで連れ戻さないといけないという気持ちに駆られていた。

 

「ごめんなさい、吃驚させてしまったわね。あなたたちはキーロさんを呼んできてもらえる?何か嫌な事が起きる気がしてならないの!大声を出して、誰か大人を連れて来て!」

 

 その指示に頷いて、尻餅をついていた友人たちは来た道を真っ直ぐに走り抜けていく。残ったカインと共に低木の中へ足を踏み入れる。しかし既にどこまで行ったか不明なほど静寂に包まれており、どうすることも出来ないと思っていた矢先、友人たちの悲鳴が聞こえてくる。

 

「な、何かあったのかも」

 

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴に弱々しくカインは呟く。彼女の周囲に冷たい空気が目に見えるほど充満している事を自覚する。途端に臓物を握られたように悪寒がはしる。

 

 アイリの胸中に芽生えるは恐怖。大人からの落胆の声、言葉。顔がほころぶような温かい言葉ではなく、凍りつくような冷たい言葉、声が聞こえたような気がして立ち止まる。

 

(落ち着け、落ち着け私。まだ彼女達に危害が及んだわけじゃない。この目で見て確認しなければ、だから不安がって傍にいる子まで不安にさせるな!)

 

「アイリちゃん?大丈夫…?」

 

「大丈夫。私、先にみんなの元へいくよ。カインちゃんは自分のペースでついてきて、ね!」

 

 言い終えると同時に全速力で悲鳴の元へ向かう。低木やしな垂れている枝に足や顔を傷つけても、止まらずに一直線に駆ける。気が付けば、カインの姿はなく代わりに鉄くぎの匂いが鼻につく。それだけで危惧していたことが、目先で起きていることにショックを受ける。

 

「到着っ!!みんな、大丈――」

 

 肩で息をし、身体中に傷をつけながら開けた場所へ出る。目の前で馬の頭を嚙み砕くは熊と獅子を足したような魔獣の存在。胴体が引き裂かれ、内臓が飛び散る馬。商人と思われる人間の死体、爪で引っ掻かれたのか痛みに泣き蹲る友人とそれを介抱する友人の姿。青いウサギは既に居らず、代わりに惨状が現実であった。

 

 プッと馬の頭蓋骨を吐き出すと一部欠けた脳が地面に飛び散り、酷い悪臭を放つ。自分よりも遥かに大きな背丈に絶望しながらも諦めず打開策を練る。

 

(そういえば笛!笛で引き付けられれば!)

 

 大きく息を吸い込み、笛口へ思いきり吹き付けるとビィィイイイ!!と警報のような音が森中に響くが魔獣は興味を示さない。友人の元へズシン、ズシンと重量ある音を出して近づく。

 

 アイリは、足元にあった小さな石を魔獣の後頭部へ投げて気を引き付けようと投擲を行う。コツンと直撃した瞬間、魔獣の足は止まり彼女の方を向いた。

 

(やった成功した!今のうちに、逃げて!)

 

 これから鬼ごっこの始まりだ、なんて思いながらも友人たちの方を見ると彼女達は気絶していた。白目を剥き、泡を吹いてその場に仰向けになっていた。

 

「鬼ごっこはやっぱなし!彼女達を置いて逃げれない!うぅ、あまりこの力は使いたくないけど仕方ないよね?」

 

 闘牛の如く魔獣が唸り声をあげて近づいてくる。このまま衝突すればいとも簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。だが、アイリには奥の手があった。それを使わねば、友人たちはおろか自分すら救い出すことは不可能だと悟った。

 

 まずは木が背後にある場所への誘導。今の場所では衝突させても隙を生み出すことは難しいと判断ゆえの行動だ。そして気絶している友人から距離を取ることも忘れない。

 

 開けたところから少し森の中に駆け出しつつ、魔獣が自分を追っていることを確認する。少しでも離れてしまいそうになったら速度を落として相手を煽ることも忘れずに。

 

(ここまでなら大丈夫。よし、次だ!)

 

 真っ直ぐに走っていたところを木々を回るようにして大きく右側に誘導していく。少し後ろを見ると魔獣が木々をへし折り、追い駆けていることを確認して大きな樹を背後に立ち止まる。

 

 ゆっくりと振り返る。そこには魔獣が押し潰さんとばかりに大迫力で唸りながら突撃。

 

「例えるなら猪突猛進ってところ?」

 

 大きな魔獣の体躯がアイリを捉えた瞬間、彼女は身を低くして魔獣の腹側に滑り込む。そして黒々とした毛皮に手のひらを押し当て、内臓を包み込む骨を反転させる。

 

 衝撃は胴体だけに留まるが、十秒にも満たない時間を経て内臓を突き破り骨という骨が飛び出し大量の血をまき散らして横に倒れる。血の匂いが充満する中でアイリは手のひらにある臓物を振り落とし、顔や髪にかかった血を拭う。

 

「あとは、みんなの元に向かって――」

 

 呼吸を整えながら、来た道をまっすぐに戻ろうとした時、周囲から拍手が響く。音の方へ目を向けると黒い髪に笑顔の面を付けた白スーツに身を包む気味の悪い格好をした人物が立っていた。

 七本の手でパチパチと称えるように拍手をし、機械音声のような言葉でアイリに言葉をかける。

 

「素晴らしい。貴女、ほんっとうに素晴らしいですヨ!私が試しに放った魔獣のうち二匹が幸運を呼び寄せるとハ!そして何より――」

 

 放った?あの魔獣を?人が死んで、友人を傷つけた原因を作った張本人ということ?

 

 アイリの中で感情が混ざり合っていく。この惨劇を起こした張本人を名乗る人物が今自分の目の前にいる。ならばやることはひとつ。

 

「殺すッ!!殺してやるッ!!」

 

 魔獣の腹に与えた力と同じ力をくれてやる、と意気込んで魔獣を放った張本人へ仕掛けるも四本の腕で拘束されてしまった。涙を滲ませ、殺意を剥き出しにする彼女の姿を嘲笑う。

 

「あっぶない、あっぶないですヨ~。貴女の攻撃では私は死にません。ですが互いに損をするようなことは避けたいではありませんカ?そうではなイ?」

 

 腕を拘束されているが、足技ならばと思い蹴り上げるもそれすら防がれてしまう。

 

「…少しお転婆が過ぎるようですが――まぁそれだけ活きがいいという証拠でしょウ。では、任せますよ。()()()()

 

 拘束を解除し、アイリを血だまりに突き落とす。衝撃で松に似た葉と笛が転がり落ちる。気味の悪い人物が拍手をすると樹の背後から先ほどの商人たちが姿を現した。ひとりの男が引き連れた少女に目が奪われる。

 

「カインちゃん!!」

 

「おっとお友達でしたカ。それは、それは感動の再開ですねェ。しかしこの地は既に用済みです。なのでみなさんに後は任せます。その忌神子と異能の少女。持ち帰ったら値は張りますヨ~」

 

 そう言うと仮面をつけた気味の悪い人物は空間を裂き黒い闇の奥へ消えていく。

 残ったのは先ほどの商人たちとカインとアイリだけである。森の中は異常なほどに冷え、静寂に包まれていた。今すぐ殺して友人を開放しなければ、いや解放する。

 

「へへへっ動くなよ」

 

 男の手には鉈が握られており、カインの首筋に当てられていた。彼女を人質にされてしまい、身動きが取れずにあっという間に拘束される。少しきつく締められたのか、手が痺れてきて感覚がなくなっていく。

 

「ようし、≪転移魔法(ワープ)≫を使うぞ。このままついてこい!」

 

 半ば無理矢理にアイリとカインは何処かへ連れていかれた。目の前には自分の全く知らない建物。この世界にはないもので溢れかえっており、カインは怯え縮こまるがアイリは違う。

 

 いやむしろ記憶の中の情景が強く呼び起こされる。

 和風建築とも言える茅葺の平屋の家に芝生の庭。庭の桜があり、枝には小さな桃色の蕾をつけていた。咲けば満開の、と思いかけたところで商人たちの会話が耳に入る。

 

「よいしょっと。いやぁ今回は大目玉の商品を持ち帰れてよかったな~」

「一度死にかけたけど、あの旦那のおかげで何とかなってよかった、よかった」

 

 二人の拘束を解き、上機嫌に酒を煽る姿を見ると物凄く嫌な予感がした。ワイングラスを片手に酔う商人へここは何処かと問いかける。

 

「ここはどこだぁ~?日ノ本(ヒノモト)っていう国。嬢ちゃんたちがいた世界とはわけが違う。もう二度と帰る事は叶わないぞ。次のご主人様の為に芸でも覚えておきなっ」

 

 しゃっくりしながらワインを飲み干す商人の言葉がアイリの心を崩壊させる。あの世界には帰れない。無理矢理異世界へ連れてこられた、という衝撃的な事実。両親のことを想い、友人たちの事も想い、そしてあの気味の悪い人物への恨みも抱く。

 

「ひっく……ひっく……やだよぉ~早くおうちへ返してぇ…アイリ~…アイリ~……うえぇん」

 

 二人の会話を聞いていたカインが泣き出してしまった。商人はバツの悪そうな顔をして、しっしと手で払う仕草を見せる。しかし泣き止まない姿を見せると腹を立てたのか、彼女に近づいて拳を揮う姿にアイリは庇うような体勢をとる。

 

 そのまましゃがむように彼女を抱きしめ、微笑みながら話しかける。

 

「大丈夫。アイリがカインちゃんを守ってあげるから」

「うえぇぇ~~……アイリ~」

 

 異世界に二人ぼっちとなった事実は揺るがない。不安を打ち消すように泣くカインとは裏腹にアイリの心には激しい怒りが宿る。優しかったみんなの姉、という彼女は消え失せ復讐に魂を焦がす彼女が顔を出したのである。

 

(許さない、絶対に。私たちに与えた苦痛以上の苦痛を味わせてやる)

 

 アイリは晒され続ける苦しみ対し、復讐と憎悪の赤い涙を流し、吐き捨てるように呟いた。

 

「私達を無理矢理連れ去った、この世界に復讐を。私に終わりが来るまで呪い続けてやる」

 

 

 ※

 

「なんだか懐かしい夢を見ていたような……。あぁそうだ、カインちゃん。カインちゃんに貸していた者を貰わないとだよね?」

 

 満身創痍の身体を起こし、焼け焦げた服を新しいものに取り換える。着替えるうちにアイリの姿が少しずつ変わっていくのだった。

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