ソロモン諸島
「アハハハッ! ねえ、ねえ、ねえ!!これじゃあ私を倒すなんてことはできないよ?」
お腹を抱え笑い、ドッチボールのようにカインが魔力から練り上げた球を避けて回るアイリ。軽やかな足取りで海面に付けた途端、着地点が僅かに発光し赤い雷が突き出す。
だがそれすら予測していたように他の場所へ跳ねていく。
「アイリちゃん……もうこんなことはやめよう!」
足止め目的で魔球を放つ。新たな龍神として覚醒した彼女は親友に対し、呼びかける。以前のようなドスの効かせた言葉ではなく、幼い少女の口調、友人と共に話すような声色で話しかけた。
「……」
しかしアイリは何も言わず、反撃もせずただ芙二の攻撃のみを避け続ける。新たに龍神として覚醒する前のカイン自らが使用した≪
カインが手を止めても、芙二の手は止まない。それどころか更に苛烈になっていく。赤い雷が縦横無尽に駆け巡ったと思えば、次は黒々とした死の竜巻がアイリへ迫っては互いに衝突し消える。
自らの悲鳴が聞こえてないと思ったむっとしてカインはハルバードを再び取り出して、魔力を込める。その間も周囲を破滅へ導く攻防は加減を知らず、目に見えるモノ全てに与える。
「二人とも!いい加減に
声を張り上げるも、二人の手は止まない。眉間に皺が寄る思いをしながら、カインはハルバードを持ち、二人の頭上から≪リサナウト≫といい、圧倒的光量を放つ戦斧の一撃を繰り出す。
「アンタを止めるには、これくらいしないとなあ――って。おっと、危ないな?」
「私を一瞬夢の邦へ送ったあのレーザーを出してこいよ!……あぁ少しお転婆が過ぎるよ、カインちゃん」
カインを蚊帳の外へ放り出して、白熱していた二人であったが頭上から無視できない光景を前に戦斧の刃が海面へ衝突する直前に左右へ飛んで回避する。
バリ、バリ、バリ、バリ、バリ
ガラスが割れるような音が海面から生じた瞬間に巨大な十字紋が浮かび上がり、海面の一部を押し潰す。戦斧が直撃した面は上からの圧力ゆえに瀑布となり、左右に避けた二人であったが海底へ落とされた。
「うっわ、マジか。
瀑布の下、剥きだしの濡れた砂は赤く、生命を感じさせない。それどころか、錆に覆われた巨大な艦が見える。巨大な砲塔が貝や藻、錆に覆われ生物の家として扱われている。
またカインが繰り出した一撃により、ある艦は大きく拉げ、別の艦は押し潰された際、周囲のモノと共に薄くなり層を作り出していた。
海上からカインがゆっくりと降下してくる。二人の元へ駆け寄ってきた。彼女は少し息が上がったのか、顔が赤いせいかすぐに話し始めなかった。ゆっくりと深呼吸をして息を整えているように見え、アイリの方を向いてゆっくりと言い聞かせるように話し始めた。
「ねえ、芙二さんもアイリちゃんも止めてよ。二人でこんなことを続けても解決なんてしないよ!それに芙二さんの言う通りなら私たちは――」
自分も罪を背負う行為に加担してしまったとはいえこれ以上、親友の暴挙を止めるべく過去に芙二が言った言葉を思い出しながら伝えようと必死になったときアイリが呟いた。
「――こんなこと?」
失望したような声を出し、顔を俯かせ沈黙を貫く彼女に驚いて、恐る恐る声をかける。
カインの問いにアイリは何も答えない。しかし冷気満ちる海底に突如として熱気が生じ、芙二の顔色が変わる。それでもカインは彼女に話しかける姿勢を崩さない。
「アイリちゃん?急に静かになってどうしたの?もしかして身体が――」
「ねえ、いつまで喋っているの?」
「あっ――」
突然、アイリの元へ寄ったカインの身体が宙へ放り投げだされる。瀑布の外、海面に落ちると思っていた芙二だったがカインの様子から異変を察知する。
(まさか……くそ!あのままだとカインが燃え尽きるかもしれない!)
地球の外へ落下し続けるカインを元の場所へ戻すために、そこまで移動を試みるもアイリが芙二の行動を制限する。芙二の元へは錆びた砲塔が投擲物のように飛び、回避した後に空を見るもカインを見失う。
「≪
クスクスと面白おかし気に笑う、アイリ。
風圧で舞う砂煙を手で払いながら、否定する芙二。
「微塵も思わねえな。それに結だけ聞かされても困んだが。
その言葉に腕を組み、考える素振りを見せる。少しだけ眉間に皺を寄せ、唸った後に勢いよく顔をあげて「うん、別にいいかな。どうせ今更帰っても意味がないしね~」と楽観的な口調で言う。
「この世界に来る前どころか、人生で私は最初から片道切符しかもらえなかったんだ。えっと20年?経ってるんだっけ。それにあの出来事があったからこそ言える」
「あの出来事?それはいったいなんだ?」
「もう今更帰ったところでもう誰もいない。
話終わると、彼女は目蓋を閉じてかつての思い出に身を任せ、やがて諦めたような表情のまま、ふぅと小さく溜息を吐く。ぬくぬくと温かくなってきた熱気が一段階、温度が跳ね上がる。
「この世界に復讐を。私が持つすべてを薪に変えて、
その言葉を言い終えると、アイリの足元から溶岩が噴き出す。黒い濁流のような色と熱を帯びるマグマが次々に足元から溢れ、地面が大きく揺れ地鳴りが聞こえるほど。
カインの意識が途切れたのか、瀑布の形は崩れ上から大量の海水が流れ込んでくる事態。全てを飲み込み熔かす溶岩の濁流と大量の海水が衝突し、水蒸気を発生させる。そのほかにも独特な匂いが充満しだしたので、有毒ガスと見て上への移動を試みる。
「ちぃっ! 何が起きたのか、一度海面へ出てみねえとわからねえか!」
先ほどアイリと戦っていた場所まで飛んで戻ると、すぐに目に付くものがあった。芙二の目の前には巨大な島が浮遊しているのだ。浮遊する島の下にはその形にくり抜いたようにぽっかりと穴があいていた。
「一つだけか…? いやそれだけじゃないよなぁ!」
何か崩れるような音が聞こえ、身体の向きを変えると島が空へ少しずつ上昇するのが見え、次々に海面に影が差す。芙二はソロモン諸島にある島すべてが今のようになっていると思えた。
島々が浮遊する光景に目を奪われていて気が付けば、海水が膝のあたりまで濡らしている。
「次は海面上昇か! おいおい、本格的にこの星を壊しにきてンじゃないかよ!」
「クスクス…君はいちいち反応が大袈裟で見ていて飽きないよ。きっと君はこの星が消滅しても飽きさせない反応をくれるんだろうね?それに死なないでしょ?」
黒いファーがついた赤紫色のコートを羽織り、白いワイシャツに黒いネクタイをつけ、黒色のショートパンツに黒いヒールを履いたアイリが立っていた。先ほどと姿は変わってないが放つオーラが段違いに感じさせた。
「でも、君の反応をもっと効率よく見るにはただ島を浮かせるだけじゃないんだって私は知っているよ?」
そういうと海中から沈没した戦艦を引っ張り出し、芙二に見せる。ぼたぼた、と海水が空へ落ちていく。しかし芙二は特に驚いた顔を見せない。その様子が不満なのか、いくつもの沈没船を海中から浮上させ、それらを芙二へ思いきり投擲する。
「かつての戦争で用いられた兵器の再利用。そうか、それで……」
巨大な戦艦が目の前に迫る。すべてが芙二の元へ向かうが、その全てが直撃するわけではない。
浮遊した島々に巨大な戦艦が衝突し、崩れて空へ吸い込まれるように遅い速度で落下する。
「何を言っているの?そんな風に立ち止まっていても私の手は止まらないよ!それに短時間でつまんない男になっちゃった?ならこれが最後になるんだよ!」
左右から束ねられた沈没船や岩々で芙二を完全に挟み潰す。アイリはふっと息を吐いて、挟み潰れたであろう芙二の死体を確認するべく近づく。
血沸き肉躍るような戦闘、魂の底から求めるという快感、そして自分の力を以て強敵を殺す感触。かつての思い出にすべく勝利の笑みを浮かべるもそれはすぐに崩れる事となる。
「アンタたちは、だから目で
その言葉と共に自らを挟む一瞬でバラバラに砕け散り、障壁が砂となり、消え失せる。
崩れる沈没船の隙間からは右手に薙刀を持つ芙二が見え、アイリの背には悪寒が走るも笑みは消えない。思い出に耽るとは違う意味となったからであった。
「芙二く――」
「≪
アイリが次に芙二を見たときは唇と唇が触れ合いそうなほど近い距離であった。音も衝撃も置き去りにし、薙刀で彼女の身体を刺し、空へ放り投げる。
何も言えず、血しぶきをあげて舞うもすぐに海面へ叩きつけられる。刃の先には鼓動を打つ心臓が貫かれており、普通であれば即死と思っても可笑しくない状況であった。
「まだ海面上昇どころか、島々の上昇が止まらねえな。なんだ、心臓を貫いたくらいじゃあ死なないか?次は頭を切り落としてみるか?」
「つっう~……痛いねえ?ほんっとに酷いことをするね、君」
よろよろと立ち上がるアイリの胸には穴が開いており、そこから血が滴っていた。
「よぅし、君がそうでるなら本格的にこの星も終わらせよう。永久に潰えるは夢――」
立ち上がりながら、汚れをはたいて落とす彼女は顔に笑みを貼りつけて滅びを宣言する。そして何かの詠唱を始めると更に海面が隆起し、様々な沈没物が姿を現し芙二へ襲い掛かる。
「おっらァァア!」
アイリの元へ進むのを拒むように追撃する沈没物をありとあらゆる方法で破壊する。薙刀で切れ無くなれば、大鎌を用いて全てを消滅させる。
「繁栄を腐らすは我が祈り。我が起こすは、壊滅の
未だ懐中時計は鬨を刻み≪
「≪ブラックホール・ホープレス≫」
詠唱を完了させた瞬間、アイリの周囲には小さく黒い球が次々に出現する。そしてそれらはアイリの指示関係なくゆっくりとした速度で辺りを漂い、空間ごと吸い込み消滅させていく。吸い込まれた空間は虫食い状態となり、どこへ続いているか分からない状態であった。
芙二が大鎌で切ろうとしても、黒い球はすり抜けていき芙二の肉体に触れると衣服の上ごと肉体を丸く引き千切った。遅い速度で肉の繊維が千切れる音と共に芙二の顔が曇り、痛みを叫ぶ。
「アハハハッ!いい表情。でもそれだけじゃないよ。もう出し惜しみはしないっていったでしょ?君が苦しめば苦しむほど、この星は徐々に消えてなくなる。私が生きている限り、この球はなくならない!空間ごと消えたものは二度と元には戻らないんだよ!」
引き千切られた箇所の修復を行い、どうやってアイリに近づくかを考える。
「それでは、本命の発表といこうじゃないか!星を潰すには内部からの破壊?ノンノン!一番手っ取り早いのが星々の衝突!空を見るがいい!君の愛した第二の故郷を破壊する時が来た!」
言われるがままに上を向く、芙二。
空の向こうに薄っすらと映るのは月。冬の朝に見える月とはわけが違う。
「は、はは……流石に
目に映るは巨大に見える月そのもの。小さく見えるのではなく、目に見える月面の濃さが徐々に物語っていく。
「ほらほら、ほらぁ!!早く私を倒さないと君諸共、この星が塵になってしまうよ?」
「大丈夫だ、そんなに煽らなくってもアレをどうにかする手段を吾は持っているからな」
徐々に近づく月。時間の猶予はないように見える。今やるべきことは二つ。浮遊する黒く小さな球への対処。もうひとつはアイリの生命活動を止めること。
なによりアイリの能力の到達点による事象は芙二の魂を大いに昂らせた。にやけそうになるのを抑え、大鎌を仕舞い琥珀色の刀身を持つ得物を取り出した。
「未完成な技を使いたくはないが――いっちょやるか」
迫りくる月を背を前に笑う。
アイリにとっては強がりに見え、全てを見守る霊体たちは震えながら肩を抱き合ったり、手を繋ぎ互いを励まし合っていた。