とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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最終章 16話『万牲豊穣の果実』

 鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド) 研究施設のあった島

 

「ふぅ、着いたな。改めて見ると(オレ)たちが本気で戦うとこうなるのか」

 

 海上からうっすらと見える島を目指して歩くこと、10分。カインを担ぎながら進み、やっと島の砂浜へ足を踏み入れる。ほんの40分前に来た時とは大きく変わり果てた姿をしており驚く他ない。

 

 波打ち際には瓦礫と原形を留めていない死体が多く転がり、目の前にある砂浜には瓦礫や施設の鉄骨、半壊し錆びた戦艦が突き刺さっていた。

 

「お、なんだ迎えてくれるのか?」

 

 そういう視線の先には足の無い霊体や四肢はあれど、身体が欠けている霊体が集まっていた。なかには穏やかに微笑む者や顔をしわくちゃにして抱き合って泣く者、顔を引き攣らせて得体の知れない物を見る眼差しをする者と三者三様であった。

 

「・―・・・ ・ー・・ ー・ーーー ーー・」

 

 その中でも一人だけ、芙二の姿を見て体を使ったジェスチャーを行う者がいた。灰色のショートヘア、琥珀色の目で芙二を見つめる、血で染まった軍服を着た青年。彼もこの場に招集された結果、亡くなったのだと誰もが理解していたが、どうしてソレを行ったのか知る由もない。

 

「……見つけた」

 

 芙二はその青年へゆっくりと近づく。青年は目を丸くして、何か言葉を発しているようだが一切の音は紡がれない。しかし芙二は言葉が聞こえる様に振る舞い「そうだよな、分かっている」と呟くだけだった。

 

「よぉ、久しぶりだな。……冷葉」

 

 やっと見つけた親友の頬に触れようと手を伸ばす。通常ならば、死んだ者に触れることは叶わないが、この男は例外中の例外である。

 

「冷たいな。生きていた頃の熱なんてとっくに冷めきっちまったか?」

 

 それは冷凍保存された食物のような硬さと冷たさを持っていた。芙二と冷葉の近くには誰も寄れず、ただ二人の行いを見ている事しか出来ない。

 しかし親友をよく見るといつの間にか頬を触れていた手は両手で固められており、にっこりと笑い口を開いた。

 

「まだ やること 残ってんだろう?」

 

 生前の声ではない、掠れた機械音の声色。少しの沈黙のあと「そうだ」と返事をして、冷葉の元を離れ倒壊した研究施設があった場所まで歩いて向かう。

 

 倒壊した研究施設

 

 施設は大きく崩れ、既に機能は停止されていた。

 

 生存者のいない建物へ足を進める。施設内のLED照明は全て砕けて中の配線が垂れていた。周囲を見渡すように歩けば拉げた鉄の窓枠が見え、一部は熔けてへばりついていた。割れたガラスの散乱する通路は他に陥没している壁や床に気を付けながら目的地まで足を動かす。

 

 その道中で死体があれど、決して目を向けず何も発さず。しかし瘴気や負の思念があれば遠慮なく吸収する。自分の中でエネルギーとして有効活用できるからであった。

 

「……やっと着いた。あとは最後の仕事だ」

 

 ここへ向かった際に冷葉が生きていることを察し、天井から大胆に突入した部屋へ来ている。眠っているカインを適当な所に寝かせ、服の裾から薄いブランケットを取り出しかけた。

 最後の仕事を行うにつれて、邪魔な瓦礫をどかして開けた場所に整える。

 

 懐中時計を取り出して≪フェーズ:タイマー≫の針を進め、またひとつ鬨を刻むと同時に芙二の足元から植物の芽が顔をだす。

 

「……≪万牲豊穣の果実(ヨモツヘグイ)≫」

 

 ひと言唱えると、部屋の中心に突如として小さな芽が現れる。瞬時に樹木が急成長し、見上げれないほどの巨木にとなった。緑色の葉が生い茂り、蕾、花の順に成長し最後は色とりどりの果実を実らせる。芙二の足元から顔をだした芽は急成長して何十本もの蔓を伸ばし、建物全体を覆う。

 

 ≪万牲豊穣の果実(ヨモツヘグイ)≫は死者にのみ触れ、食することが出来る果実を作り出すというもの。現世への帰還を願う者だけが一つでも果実を口にすれば死者は生者となる権利を得る。

 

 しかし生者に見えはしても触れる事も、果実を食することも出来ない。仮に半死半生という状態でこの果実を口にすれば、生者となる権利を失い永久的に蘇生は叶わない。

 

「ほぉ。これが死者蘇生の第一段階とな?あとはこの賭けに乗じる者が現れることを願おうか。それにこんな死に方、誰だっていやだろう?」

 

 ついでにこの場に招かれた者同士や自分の声を聞けるようにもしておく。先ほど冷葉が送ったジェスチャーもといモールス信号では効率が悪いからだ。

 実際に死者に触れる事で相手の言葉を理解できるまで分かったらあとは早い。

 

「まぁこの程度を弄るだけだったら、造作もない」

 

 巨木の生い茂げるこの場に簡易結界を展開する。前行ったときよりもずっとスムーズに展開することが出来て少し満足げな表情をしていた。あとはさっき居た霊体たちがこの場へ招かれることを祈るしかない。

 

「あの芙二さん? この樹はいったいなんなんですか?」

 

 声のする方を向くとそこにはカインが立っていた。冥獄龍と戦う前の彼女ではなく、また違う道を歩んだことがありありと見て取れる。

 

 灰色髪に金色のメッシュが入り、肩まで伸びた髪。幼さ残る大人の顔つき、金の瞳。身長は芙二とそんなに変わらない。背からは六枚の白き翼が現れる。白と金を基調とした戦女神の鎧(ヴァルキュリア・メイル)に身を包む。あまりボディラインを強調させないシンプルかつ美しいデザインであった。

 

「ふむ、それは天獄龍ではないな。名前は何というんだ?無かったら(オレ)が特別につけて」

 

「≪慈天ノ龍神(スカイドラゴニア)≫です。あの家系が崇めていた神様ではなく、私が願う姿に成長できたのは貴方のおかげです。ありがとうございます」

 

 憎悪を孕んでいない綺麗な声色でそういうと深々と頭を下げる。

 

「また我、とか言ったりしないの?あっちもあっちで結構好きだったけど。龍神であるのは分かるけど人型の形態ではなく、龍の形態にはなれそうにない?」

 

 などとからかうとたちまち湯気が出そうな程に頬を赤らめて、両手で顔を覆い隠す。

 

「芙二さん、揶揄わないでください!天獄龍(あの姿)も私だったので多分できると思いますが、きっとこの場ではまた要らぬ不安を煽ってしまうかと思います」

 

「それもそうか、余計なことを言ったな。申し訳ない」

 

「いえ、お気になさらないでください。あの時はこの世界へ憎悪を向け、暴れる私を故郷へ戻そうと奮闘してくださったのですもの。……アイリちゃんは残念な結果になってしまいましたが」

 

 頭を下げる芙二を宥める。胸に手を当てて俯き、出会った当初を思い出しながら語る。なぜ彼女がそこまで世界を憎み、暴れたのか真相を知る芙二はただ黙って懺悔を聞いていた。アイリがこの世界に復讐を誓うわけも理解できる。

 

 彼女達がどういう経緯で拉致に遭い、今日にいたるまで世界に彷徨ったのか分からない。芙二が出来る事と言えば、彼女達を温かく出迎えるだけでもあった。見知らぬ土地で二人ぼっちにされていたのだ、故郷との深い繋がりを持つ人間が現れたのだから縁を大事にしてほしいと考えていた。

 

「カイン。アンタは知らないかもしれないが、アイリ・ブルグレスはまだ死んだわけではない」

 

「それはどういう」

 

 芙二の言葉を聞いて、顔をあげて素早い動きで詰め寄って両肩を掴む。やや興奮気味の彼女は早口で言葉の真意を知ろうとするも言わせない。

 

「どうも、皆さん。お揃いでここへ何の用ですかね?…招かれた者として、見てもよいな?」

 

 樹を背に並ぶ芙二とカインの前には大勢の霊体が集まっていた。その中でも何か言いたげな表情をしている者が何人かいて、そのうちの一人が口を開く。

 

「な、なあその樹になっているものはなんだ?死んでるはずなのに嗅覚が反応するんだ。あれから危険なほどに甘い匂いがしてきてよぉ……今すぐにでもそれを捥ぎ取りたいんだがいいよなぁ?」

 

「あれは死者が口にする事が出来る果実だ。色とりどりの果実があるだろう?ひとつでも口にすれば生者となる権利を得られる。アンタはそれを食うか?」

 

 疑問を口にした者がその内容に生唾を飲み込む。口からは涎が垂れるも、拭う素振りを見せる。

 死者から生者になれるという魅惑の言葉はここに集まった霊体たちに衝撃を与えた。

 

「権利を得られる……?それはつまり生き返るってことか?食べたら何か他に副作用があったりするのか?」

 

「副作用などはない。我々の戦いを最後まで見ていた意思の固い者たちよ。冥獄龍の言葉に惑わされず、蘇生の権利を勝ち取ったのだ、誇るがいい。しかし肉体的、精神的な傷は癒せんよ。それは肝に銘じておけ」

 

 その言葉に頷くと芙二と会話した者の前に一本の緑色の枝が垂れ下がる。そこには赤い色をした葡萄が何房も付いており、芳醇な香りを発する。彼はその葡萄を房ごと引き千切り、粒を摘まむと口の中にいれた。

 

「あっまぁ! そして初めて食べる美味さだ…あぁ、泣けてきたよ。それに味覚も戻ってきたような気さえする」

 

 口の中で弾ける瑞々しい果実の味は生前の機能をまた一つ取り戻した。あっという間にひと房の葡萄を食べ尽くす。口元が汚れるも気にせず、枝にはまだ葡萄があるとまた一つと手を伸ばす。

 

 彼の様子を見て、安全だと思ったのか他の霊体も樹の元へ足を運び、両手を差し出して枝が垂れ下がるのを待つ。次第に多くの霊体の傍へ枝が垂れ下がり、果実が与えられる。

 果実を貪り食べる中でひとりの艦娘が未だに口をつけていなかった。

 

「どうしたんだ、艦娘さんよ。お口に合わなかったかい?」

 

 芙二の言葉に気が付くと振り向く。彼女は金色の眠たげな目、癖の強い踵まである銀髪を長い一本の三つ編みに括り、三つ編みの根本には緑の龍玉のようなものが嵌めこまれた装飾をつけており、毛先は黄緑の輪で留められている。

 

 肩部分は深青色、胸部部分は白色の雲の絵柄の入った上着を羽織り、腹部は完全に露出しており、下半身は白地に深青色が入った前面部だけを隠した超ミニスカートを着用。

 脚は薄緑色に白い雲の装飾が施されたニーソックスを履いていた。

 

 見た目が戦艦の艦娘または空母の艦娘の二択だと悩ませていると彼女は名を名乗る。

 

「私の名前は雲龍(うんりゅう)。艦種は正規空母で雲龍型航空母艦よ。あなたの名前は軍人?それともただの民間人?」

 

 雲龍からすれば芙二の格好など珍妙極まりない。テロ事件の主犯格を倒した人物が本当に味方なのかを警戒していた。既に死んでいる身なので特に抵抗できる術は持ち合わせていないが。

 

(オレ)の名は芙二(ふじ)凌也(りょうや)。階級は忘れたが、少し前に東第一泊地で提督をしていた者だ。三か月前に殉職した扱いを受けて今は軍人ですらない。現提督は冷葉(ひやは)慧璃(としあき)殿だ」

 

「東第一泊地……確か新しくできたばかりの泊地ですね。私の提督が『あそこはどうして危険海域みたいな状態になっているんだーっ』て愚痴ってましたから。私も印象深いです」

 

 話ながら決心したのか、枝から林檎に似た果実を手に取ると一口齧る。青い果肉から緑色の果汁が溢れてきて、彼女の谷間に垂れる。

 

 芙二はその様子を見て、ポケットからハンカチを取り出して雲龍に渡す。ひとこと「ありがとうございます」と礼を言って谷間に垂れた果汁を拭う。

 

「危険、海域ね。もうその問題は既に解決してありますよ。当分はいつもの戦争(にちじょう)を繰り返すだけじゃないですかね?」

 

「あなたはいったい…?それにいつもの日常、ですか。もう二度とそんな日は訪れません」

 

 雲龍は芙二から目線を外して、俯く。されたことを思い出したのか、彼女は急に林檎を握りつぶしても尚、どうしようもない怒りに抗っているように見える。

 

(オレ)はただのヒトであり、この世界に属さない者。そうだな、あのような出来事が起こってしまえばいつもの日常なんて消えてしまう」

 

 笑みを浮かべながら、その後について語る。しかし雲龍の態度が急変していく。

 

「なんでそんなに笑っていられるんですか……大切な人も失って、護るべき場所を蹂躙され、誇りを嗤われても私たちは成すべきことのためにっ」

 

 雲龍の身体からどす黒いオーラが溢れ出る。この症状は知っている。艦娘が深海化するときの状態である。肉体も精神を包む殻もなく、素の状態で曝されているおかげで侵蝕が早い。

 

 彼女の金の目から黒い涙が流れる。髪の毛が逆立ち、肌の色が反転する。周囲の霊体たちは雲龍の変化に驚き、彼女から離れる事しか出来なかった。

 

「アンタは自らで望み深海化するのか?せっかく艦娘として再び生を得るというのに、深海棲艦となって仲間を悲しませるのか?」

 

「ふぅーっ……ふぅーっ!心からあなたへの憎悪が溢れて、哀しみで胸が張り裂けそうなんです。どうしようもないことなんです。これは艦娘に定められた運命のようなものだと思います」

 

「深海棲艦になってもいいが、次は確実に死ぬぞ。二度と艦娘には戻れない。それでも後悔はしないと、ちゃんと胸に手を当てて考えたか?」

 

 そこまで言うと雲龍の深海化の侵蝕が遅くなる。逆立つ髪は下ろされ、肌の反転も途中で止まった。芙二は何も言わず、彼女の元へ近づき胸の辺りを触れる。

 

「ふ、じ…さん!?急に何をするんですか……!」

 

「いいから静かにしていろ。いいか、雲龍。(オレ)はあのクソアマ共を恨む気持ちを否定はしない。誰だってあそこまでされたら殺したくなる。だが、それを糧にしてクソアマ共じゃなくて身内に牙を向けるのは違うと思うんだ」

 

 「だから」と続きを言って彼女が自らの意志で深海化できなくなるまで溜まった負の感情を手のひらへ吸い込ませる。雲龍の胸元からどす黒いオーラが溢れ、芙二の掌に吸収されていく。

 

「ぅふっ…ん…っ!あっ…♡はぁーッ…んんん…っ!」

 

「感じたことがない快感だろう?公開プレイなんてのは趣味じゃないんだが、許してくれ。これをするとき、だいたいのやつは快楽に抗えないからな。アンタが望むなら苦痛にも出来るが」

 

 ズズズイッと最後の最後まで吸い尽くす。そのとき、雲龍の身体が一段と大きく仰け反り力なくその場へ座り込んだ。芙二は吸収した負の感情を掌の上で結晶化させて口の中に放り込む。

 

「はぁ、はぁ……え?何を食べているのですか……?」

 

「え?今アンタから吸収した負の感情。この結晶はいい。強い憎悪と殺意が混ざった濃厚なやつだ。あと特有というか、初めてでしょ。こういうの」

 

「何を言って……?そんな感覚はって――女性に何を聞いているのですかっ」

 

「あ、いやね。ここまで強い憎悪を持ったことが初めてなんじゃないかって思うのよ。そんな味がしたの。濃厚な負の味の中に女性特有の甘ったるい風味があっ――」

 

セクハラですよ?名前がバレてますので、自分の品性を落とすような発言はしない方がいいかと思います

 

 強く言われてしまい、口を閉じる芙二。隣でずっとやり取りを見ていたカインですら引いているどころか、少し距離を取っていた。

 

「それと先に本土で待っている連中に伝えてもいいか?この事件の収束を」

 

「いいですよ。でも道具を持っているのですか?」

 

 雲龍の問いは最もだ。今の芙二の格好ではたいしたものは持っていなさそうだからである。

 

「カイン、そこで見張りをしていてくれ。彼女や冷葉と会話していてもいいぞ」

 

 そういうと結界の外へ出て、小型の無線機を取り出し、泊地で吉報を待つであろう紫月へ連絡する。ワンコール目ですぐに出た紫月は相手が誰なのかも問わずに「芙二君だね?」と言った。

 

「そうだ。吾が通信するということは勿論、分かっているな?」

「倒したんだね、おめでとう。そしてお礼を言わせてよ、ありがとう」

 

「海軍の連合軍が交戦の末にテロ事件の主犯格を殺害し、その部下も戦いで死亡みたいな事を言ってくれればそれでいい。また何かあれば、連絡をくれ」

 

 紫月は「了解しました」と一言だけ伝えると通信を終える。小型無線機を虚空へ放り投げると、再び巨木の元へ足を進めるのだった。

 

「さぁてと。これからの大仕事を終らせて、みんなのところへ帰りますか!」

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