すみません、書いておきたいことが出てきてしまって次が最後の予定です。
最後の文字を書き込むと魔法陣は温かな光を放ち続ける。その頃にはカインも泣きやみ、これから行われることを見守るしかない。なんとなく芙二の顔を見ると目に魔法陣の色が映り込む。
色鮮やかな瞳に、心奪われていると彼は手についた砂をはらい軍服の胸元に手を伸ばす。
「……これを見てほしい」
軍服の胸ポケットから赤い球体を取り出した。大きさはゴルフボールほどで硝子玉のように艶があり、手の中で転がせばスノードームのように内部で青い粉が舞う。
「それはいったい何なの?今敷いた魔法陣と何か関係あるのかしら」
「……アイリちゃんの魂ですか?芙二さんは魂のような形ないものを物体化させるのが得意だと聞きました。いやデリケートなものを直に掴んだりはしないはず。中にあるのが」
「そう。ドームの中で舞うのがアイリ・ブルグレスだ。正確には彼女の記憶の欠片でしかない」
と、言い切った。通常ならばその個人を形成する魂と言う核があるはずなのだが、アイリは違う。例外中の例外である。彼女は≪
芙二凌也という龍神であった。この世界に攫われてきた二人を故郷に帰すという目的を果たす為に、生かす。それだけの目的で深海棲艦と手を組み、国家転覆を目論んだ張本人を蘇生する。
「元々、カインとアイリはこの世界の住人の被害者だ。初めから殺すという選択肢はない。……いやとっとと蘇生しようか」
魔法陣の中心へ赤い球体を置き、一言唱える。≪
温かな光は消え失せ、代わりに何色もの眩い光が魔法陣から溢れ始める。次第に魔法陣を中心とした風も生じてきてシェリルやメイ、葉月たちも穏やかではない表情をし始める。
「っ!ふ、芙二さん!これは失敗ではないのですか?!そんな、玉が割れてしまって……中身が、中身が!!」
青い顔をし、錯乱気味のカインが魔法陣へ近づこうとするが、芙二の一言により静止する。
「近づくな。欠片だろうが、
「――ううッ。いいえ目を背けたりはしません。シェリルさん、メイさん。申し訳ないのですが、手を握ってくださいませんか。私は怖い、失敗を考えると怖くて震えが止まりません……!」
しゃがんだまま訴える。彼女の様子をよく見ると身体が小刻みに震え、目いっぱい涙を我慢しているように見えた。シェリルとメイは互いに顔を見合わせ、目を細めて笑いカインの手を握る。
「いいのよ、そんなに畏まらなくって。私から見ればあなたはまだ280歳の子供…というのは語弊があるかしら……凌也君と同じようなものですもの。よく今まで頑張ったわね」
「そうですよ、シェリルさんの言う通りです。葉月さんの家ではあまり話せなかったですけど、少し見ないあいだにお姉さんのようになってもまだ子供のようなものです。甘えてもいいのです」
二人からぎゅ、と優しく手を握られたカインの目は一段と潤む。シェリルは穏やかな声色で言い聞かせるように空いた手で頭を撫でる。メイは優しい声色でゆっくりと肩を寄せる。
「お二人ともっ!あっありがとう、ございます」
しゃくりをあげながら二人へ感謝の言葉を伝える。
「偉い。偉いわね」
シェリルは囁くようにしながら頭を撫で続ける。
「でもまだ泣くのは早いですよ?」
カインに体重を預けながら、彼女の目を見てメイは言う。ほろ、ほろと溢れる涙を優しく拭いながら視線を魔法陣の元へ向けて叫ぶ。
「芙二さんーー!失敗したら絶対に許しませんよ!!そこまで期待させるようなことを言ったんですから!カインちゃんとアイリちゃんを絶対に会わせてあげてくださいねー!!」
芙二は振り向いて「任せろ。
「本当に見ないあいだで随分変わったね、芙二君。いつの間にか陛下のような冠位まで上がってるし。今回の事だけが原因じゃないんだろ?」
肘で芙二の脇腹を小突きながら、ニシシと笑う。流石に勘づかれたかと思い、芙二は≪
「一度冥獄龍を戦闘不能にするときに龍神として覚醒した。この間、前世含めた
シェリルたちは声をあげて驚くも葉月は腕を組み、うんうん、と頷く。
「そして心の奥底に眠っていた
「
「そんな感じ。時間が経てば依代として、吾の身体を乗っ取る算段だったけどアテが外れたからな。依代という概念が書き換わり、八厄を招く龍神という概念になった。しかし死は免れない」
「一度死んで起死回生の龍神としてこの世界に現れたってことか。でも一ヶ月半の間は死んでいたの?再び目を開けると、この世界だったわけではないよね?」
ここまでの話しを聞いた葉月は概念かあと大きく溜息を吐く。
芙二起動している魔法陣を交互に見比べながら眉間に皺を寄せて考える。これはかなりまずい状態なのではないかと。例えるならば呪いを封印していた器を破壊して、外に出しそんでもってどこに行ったか分からないといった感じであろうか。
カインやアイリだけではなく芙二も連れて一度戻るべきではないかという考えが過る。
「ここからがまぁ頭を抱える話なのだが、準備はいい?結構な冒険譚だから簡潔に纏めるけれど」
と芙二からの言葉でハッとする。シェリルたちは頷き、葉月も話し半分で頷く。
咳ばらいを一回するとゆっくりと呪文を唱えるように話し始めた。
「死んだかと思えば、また別の世界に召喚されて魔王軍との戦争を強要され、拒否したらその国を追われ、生きるために冒険者として活動しているうちに自分の国を作る羽目になり、その道中で魔王軍のある国へ呼ばれ、謁見するかと思いきや戦闘になり、国の中でも嫌われ者を国へ民として招いて労働させた。しかしこれで終わらなくて、帝国と言われるところが奴隷狩りをしたから阻止して、追われた国と帝国から人類の敵と見做され、二国を相手取った大規模な戦争になった。そしてこの戦が終わろうとしていた頃に、その世界の創造神が現れてガチ喧嘩して、神を屠るついでにその世界の輪廻を断ち切り書き換えて、帰ってきた」
上の内容をひと呼吸のうちに全て話しきると葉月が声をあげた。
「ちょ、ちょっと待って。情報が多い、多いって!なに?また別の世界に召喚されたの?芙二君はどのくらい異世界を渡り歩けば気が済むのさ!」
「それを吾に言われても、と思うが。まあ邪神と邪神は惹かれ合う運命にあった、と言うだけだな!」
ガハハハと笑う。しかし今思い返してみれば、とても酷い冒険譚であったと思う。しかも十年後にまた来る約束をしてしまった。こちらへ戻ってきて分かったことだが、あちらの一年はこちらの一ヶ月半ときた。これは忘れないようにせねば、と強く思う芙二であった。
「……それで強くなった、のか。うわぁ、芙二君。ひと月半でどんな人生経験積んでるんだ…?うわ、うわぁ考えたくない。それでいてその世界の創造神を屠った、つまり殺してきたんだよな」
更に眉間に皺を寄せると、額に手を当てて芙二の傍を離れ、女性陣の隣で腰を下ろした。
「ちょっとタンマ。あー、芙二君の冒険譚は情報量が多いからまた今度で。俺は休憩してるよ」
そういうと胡坐をかいて、ポケットから何か入っていることが窺えるビニール袋を取り出す。袋の中から500mlサイズのペットボトルを手に取り、蓋を開けて飲みだす。
「まあ
と言ったそのとき。背後からひとつの声が聞こえる。
「君の実力ではどの世界でも異端オブ異端だよ。本気で惑星を壊そうとする、私を止めたんだから。あー……とりあえず服くれない?全裸なんだよね、今さ」
いつの間にか魔法陣が停止しており、そこには腰近くまで伸びた薄い水色の髪、切れ長で緑色の目。少し大人びた表情の、成長したカインと似た背格好の少女、アイリ・ブルグレスがいた。
長い髪が乳房を覆い隠すも股は隠されておらず、丸見えになっていた。葉月は目を背け、誰かが発するよりも早く、誰よりも傍にいた芙二が自身の軍服を脱いで投げつける。
「おっと、ありがとう。意外に紳士的なトコロあんじゃん。――ん?あぁカインちゃんか」
服を受け取り、背を前にするように腰の辺りへ巻き付けて隠す。芙二の行動に感心していると頭上に影が差す。首を僅かに上へ向けると既に泣いているカインが抱きつきに来ていた。
「――おっとっと」と受け止めるもバランスを崩して、尻餅をつく。カインはアイリのことを強く抱きしめてわんわんと泣く。二十年ぶりに感じる友達の温かさはアイリの心へ浸透する。
「……遅くなっちゃったね。カインちゃん。随分待たせちゃったし、酷いことを言ってしまってごめんなさい。ごめん、なさい」
アイリの目からはぽたぽたと涙が下へ落ちる。カインの声を、温かさを感じるたびに言葉が紡げなくなっていく。喉に何か詰まったように、次の句が出ない。徐々に胸も痛み始め、目頭が熱くなってくる。そしてカインの背に手を回して抱きしめる。
「……ごめんね、カインちゃん」
「いいよ、アイリちゃん。それに謝らないでアイリちゃんは悪くないもん!あっちに帰っても私とずっと一緒にいようね…?」
二人の異世界少女の再会に水を差す真似はせず、しばらくは二人だけにしておこうと芙二たちは目を見合わせて笑う。ここまで紆余曲折あったが何とかなったことに祝杯をあげたい気分だった。
※
「服もありがとう、芙二君。まさか元の服を返されるなんて思ってもみなかったよ。それにしてもどうして君が女物の下着を持っていたの?艦娘のもの?」
黒いスーツを上下着て、白いファーのついた黒いコートを羽織りながら感謝を口にする。
「いや異世界で作る機会があったから、作ってみた試作品だな。艦娘のなんて八崎さんに任せてるから
アイリはそっか、と一言いうと葉月、シェリル、メイの方を向いて謝罪をする。カインを連れ出す為とはいえ家を燃やしてしまった。思い出が詰まっているものを壊したのだから、罵倒もしくは暴力を振るわれても仕方ないと身構えていた。しかし葉月から言われたのは何気ない言葉。
「え?まぁいいよ。まだいくつか家あるしね。あ、芙二君、芙二君。一ついうことがあったよ。これ、受け取ってくれる?」
ズボンのポケットから取り出されたのはくしゃくしゃの紙と銀の鍵。紙を広げて内容を確認しながら葉月は続ける。紙には大雑把な地図と住所が書かれていた。
「そこに書いてあるのは君が次に住む場所。鍵もそこの物だ。拠点が燃えちゃったから、新しい所を用意したよ。あとハウスキーパー…家政婦さんだね。知り合い女性なんだけど、その人が先に住んでるから、この用が終わったらすぐに向かってくれると助かるんだけど、どう?」
「ちょっと向かうのが遅れると思います。この後、すぐというわけでもないのですが陸軍の方に向かわないといけないので」
「そうなんだね。それじゃあ俺の方から連絡入れておくよ。紙の下の方に彼女の連絡先がかかれているだろう?準備が出来次第、そこへ掛けてくれれば問題ないよ」
次の拠点の説明が終わり、芙二は紙と鍵をズボンのポッケに仕舞う。そして葉月へ向かって頭を下げて礼を伝える。葉月は慌てたように、顔の前に手を出して「礼には及ばないよ」と言った。
その様子に芙二はふと思っていたことがするりと口から出てしまった。
「葉月さんってお金持ちじゃないですか。家が資産家だったりしたんですか?」
「まぁそんなところ。土地と家は沢山あるんだよ。君のその力を使えば、なんでも見通せると」
そこまで言ったが、すぐに口を噤み「いやなんでもない」と濁した。芙二は「なんでも見通せはするけど、他人のプライベートまではしたくないなぁ」と返す。
「それでいい。君はその方がずっといい」
葉月の表情に影が差す。心中は穏やかではない。水っぽい墨を垂らしたように傷口から苦痛が染み広がっていく。彼を心配させるような言葉が出てきてしまうところに内心びくびくしていた。
「何かあれば、ですが。力になりますよ」
「ありがとう、そのときは頼りにさせてもらうよ。なんて言ったって君の力は1000人力だ」
ハハっと笑いながら芙二の肩に腕を回し、背をバシンと力強く叩く。そして帰り支度を始めようとしたとき何かに気が付く。
「芙二君、さっきみたいな扉って出せる?」
芙二が一度だけ指を鳴らすと、白い大きな扉が音もなく現れる。
説明する前に葉月は扉の面を両手で押して先に奥へ進みながら、言った。
「先に待ってるよ。芙二君と話し終わったら、来てよ。カインちゃんとアイリちゃんと共に少しこの世界を観光してから帰るつもりだからさ」
葉月は扉の奥へ消えていく。芙二へ会釈をするとあとを追うようにメイも扉の奥へ走る。
「葉月さん、メイさん。またお会いしましょ。シェリルさんも――」
扉の奥へ去っていった二人へ向けて言葉を紡ぐ。残りの三人に動向を聞こうと振り返った時、シェリルに再び抱きしめられて、首がグキリと鳴る。
「や~ん、凌也君!長い間、ほんっとうにお世話になりました。この世界、日本という国しか観光してないけれどとってもいい国と言う事が分かったの!きっと凌也君がいた世界もこうだったのかしらね?」
「そうだと思うよ。私が生きた国でもあるんだからね。シェリルさん、カインちゃんと一緒に先に行っていてくれませんか?」
アイリの言葉にカインはショックを受けて涙目になる。また離れ離れになるのではないかと思ったのか、彼女のコートの裾を掴む。その様子にアイリは何か言おうとするが先にシェリルが言う。
「別れの挨拶はこのくらいにしておいて、と。凌也君、また今度顔を見せに来てちょうだい。次はムラクモちゃんを連れて、ね!」
芙二から離れると、手を振りながら扉の奥へ消えていく。去り際に言われた一言で、避けていた問題を思い出し赤面する。だが振られたら、そのときはそのときだと割り切る。
「私からは別れの挨拶と言うよりかは、芙二君に耳よりの情報を伝えるよ。カインちゃんに聞いたのだけど、この世界が終わるだっけ?先がないって伝えたんだっけか?」
「どっちも同じ意味だな」
「それを阻止する方法を知る
「分かった。暇が出来たら向かおう。まだ何かあるか?」
「冷たいなあ、お別れなのに。それに元日本人の転生者に会うなんて運命の悪戯ってあるもんだね?」
そう言うとカインの方を向いて「ねー?」と言い合っている。別れの挨拶言われ、何かないかと思っているとひとつ聞くことがあることを思い出す。
「アイリ、カイン。おまえたちに質問だ。おまえたちを拉致ったバカどもを――」
「いいよ、殺しても。でもきっともう死んでるから。君は君でこの世界を謳歌するといい」
カインの手を片方の手で握り直し、ゆっくりと扉の前まで歩く。顔半分埋まったところでちらりと芙二を見る。きょとんとした芙二の顔を見るや否やぷっと笑った。それは少女の顔であった。
「芙二君!きっと君が居なかったら、こんな幸せとは巡り合えなかった。再びお礼を言うね。本当にありがとう!それじゃ、またね~!!」
奥へ消える。そしてカインも引っ張られながらではあるが、たどたどしく感謝の言葉を伝えると向こう側へ行ってしまった。
閉じた扉が上側から消える。
芙二は情報を整理する中で次の目的地のひとつが決まった瞬間でもある。
「次はロンドン、だな。よぉし、泊地へ帰ろう!善は急げだな!!」
最後に一度だけ指を鳴らして簡易結界を解除する。
透明なドームが砕けて輝きを放ちながら霧散し、辺りには静寂が訪れる。
気が付けば暗くなっており、携帯電話を取り出し時間を確認すると十八時過ぎであった。簡易結界内は昼のように明るかったため、時間の感覚がおかしくなっていたと思っていた。しかしすぐにどうでもよくなり、泊地へワープするのだった。