東第一泊地 門前 十三時五十二分
「……お、着いた。しっかし酷い有様だな」
ソロモン諸島から東第一泊地にワープしてきた芙二は見たままの状態を呟く。往来があるはずの門は崩れ、本来の役割を果たさない。
門をくぐった先の通路や建物の壁に銃火器を使った侵攻から抵抗した証拠として傷跡が目立つ。テロリストたちの死体はないが、そこにあったという証として血がこびりついている。
(妖精さんたちの姿も見えない。今手元にあるお菓子をちらつかせても、無駄だろう)
人の気配が一切感じられない泊地の中を歩いて回る。憲兵の詰所へ向かうも誰もいない。そして食堂には一人の姿が見える。二種類の青を基調とした波模様の上着にフードを繋げたパーカー、白灰色の袴風パンツに、薄紫色のスニーカーを履いた少女こ
「水葬姫か。うちに迎え入れるとは言ったけど、冷葉たちはどこへ行ったか分からない?それともまだ帰ってきていないかい?」
「あ、芙二提督。いや今は提督じゃないんだっけ。なら芙二さん、でいいかな?冷葉さんなら執務室にいると思うよ。でも今は近づかない方がいいかも」
「まだ事件は終わっていない、か。どうせ、あれだろ?お偉いさんたちが来てて、冷葉とお話してるとか。そういうのだろう?」
「内容は概ねあってますが、問題はそれだけではないようですよ。芙二さん」
背後から声が聞こえる。振り向くとそこには緑色の前髪ぱっつんの上に深緑色のフード付きパーカーを羽織り、下は黒灰色の袴風ワイドパンツを履き、サイドに錨のマークが描かれた黒いショートブーツを履く少女こと游が目を細め、手を振って挨拶をしてくる。
「游も一緒だったのか。急な変更に対応してくれてありがとね」
手を軽く上げて挨拶を返す。芙二が「それだけではないってどういうことか教えてもらえる?」と言うと游と水葬姫は言い辛そうな態度で黙る。
「重要参考人候補と何か関係してたりしてる?」
「おお、重要参考人の芙二殿ではありませんか。それに見慣れない服装の艦娘も傍におりますなあ?」
コツコツと靴の音を立てながら食堂へ姿を現すのは、全体的にふくよかな体形の男。黒い帽子と黒と金の軍服を身に纏う。汗を搔いているのかペタリと前髪が額に張り付いている。
「北第八の
芙二は怪しまれないように、笑みを作る。
「ぐふふふ……貴殿も既に分かっているのではないかね? テロ事件を巻き起こした二人の少女の非行。それを支持したのは他でもない重要参考人の貴殿だと聞きいたのだ。これは海軍としても聞き捨てならないではありませんか。だからこうして、儂が出向いたというわけだが、何かあるかね」
芙二を見て、ニヤリと口角を上げる。彼の側近も頷き、断定するかのような動きをした。しかし怯まず、芙二は言い返す。
「重要参考人の件は後ほど、陸軍へ出向くということになってます。本当にそれだけですか、
谷部を見つめながら、声色を少し低くして、言う。
「口の利き方に気をつけろ、若造。既に冷葉補佐が現提督として認められた今、貴殿は提督ですらない。ただの部外者であるということを肝に銘じておけ」
芙二の口調が変わると谷部の表情も変化する。舐め腐るような態度に笑みが足され、何とも気味の悪い表情であった。奸計を企むような表情、水葬姫や游を上から下まで見定めるように見る。
「……なんですか、ジロジロと失礼じゃないです?」
「そうだよっ!それにその眼、何か嫌なものを感じる…」
二人の姿を隠すように芙二が前へ出てると谷部は拍手をするように三回手を叩く。
パンパンパン、と音が聞こえると同時に食堂の窓という窓から憲兵が侵入し、近くの壁を武装した艦娘が砲撃や殴打と言った行動で突破してくる。ジリリリリと非常ベルが鳴り響く。
「おいおいおい!それはタブーってもんじゃないのか?うちの泊地に何をするんだよ!」
「何を言っているのだ。今日、この場を以て東第一泊地と東第三鎮守府を管理するのは我々となったのだ。今の行動はそうだな、リフォームだ。リフォーム。テロリスト共に襲撃されたのだろう?ならば崩れかけの壁を崩し、修繕してやる為の行動だ。何も間違っちゃいない。そうだな?」
食堂内に入ってきた艦娘や憲兵に囲まれた際に予め水葬姫と游に触れないように術を付与した。汚い指で、下衆の魂を触れさせたくなかった。
「そんなことがあって堪るか!あいつは、冷葉は拒否したはずだろう!……待てよ、うちの艦娘達の姿が見えないのはもしかして」
「勘のいい若造だな。叢雲と時雨、米艦娘とちっこいのは逃がしてしまったが、他の艦娘は簡単であったな。安心しろ、今は身の安全は保障されている。もっとも少女であるかは不明だがな」
「殺す」
少しでも動こうなら、憲兵の銃口、艦娘の砲先が三人へ向けられる。芙二としては姿というか化け物という現実を知らせたくはなかった。呑気に戻ってくれば、この有様である。
「てめえ……そう言えば非情派の人間だったな。陸翔殿から聞いたぜ、彼らを玩具のように扱ったんだってな。それに
「ふむ、貴殿はどこでそれを?どこまで知っている?」
「ナニからナニまで、全部だよ。時間がねえから見逃していたけど、動いちまったんなら話は別だ。そしてアンタらがその施設を利用して生み出そうとしてるっつうなら殺す。冒涜も甚だしい」
「ふむ、貴殿は知りすぎているようだ。これだけの憲兵、艦娘を前に愚かにも抵抗するなんて言わな――」
カタン
谷部の隣にいる憲兵が青ざめて、握っていた拳銃を落とす。先ほどまでとは打って変わった様子に「なんだ?」と首を傾げながら周囲を見渡すと艦娘も憲兵も青い顔をして俯いていた。
「あっれえ~?愚かにも、なんだっけ。愚か者の
語気を強めに叫ぶと、それだけで風を巻き起こし壊れた机や椅子が舞って艦娘や憲兵の身体に直撃する。様子の変わった若造を前に少し怯む、谷部であったが苦笑いを浮かべ艦娘に指示を出す。
「艦娘達よ、やれ!あの若造を殺し、傍にいる小娘共を連れてこい!」
「逃がさねえよ」
大急ぎで食堂を後にする谷部たちを追う芙二の前に赤いパーカーを着た深海棲艦が立ち塞がる。
ヲ級のようであるが、頭の帽子はなく代わりに機械の腕が二本備えられていた。
「LAAAAA……WOO……Uhaaaaaaaa!!!!!」
「アンタには悪いと思っているが、逃がすわけにはいかないんでね」
ヲ級の首を真っ直ぐに掴むと握りつぶす。断末魔をあげる暇もなく、二つの目玉がぐりんっと上を向き、首が落ちた。がしかし、千鳥足で首の元まで向かい拾い上げる。
首を、腹に押し始める。まだ動き続ける肉を裂くようにして、無理矢理入れた。
「は、はぁ?なにしてんだ……」
追おうとしていた足が止まる。明らかに入らないであろうサイズを無理矢理、押し込むので当然、裂けて血が噴き出る。その間も艦娘が躊躇なく砲撃を行い、食堂内が破壊される。
水葬姫と游は戦おうとしても、自身の身体を砲弾がすり抜けていく為、困惑していた。そこへ芙二が近づき、外へ逃がそうとする。水葬姫と游は言葉に詰まっていると先ほどのヲ級の首が子宮の中に入ったようで腹の一部が膨れていた。
「何を命令したのか、一ミリも理解できない。しかしこれ以上壊されると崩れかねん。だからアンタらの想像力を以て地獄を見せてやる。水葬姫、游は目は閉じ、耳は抑えろ」
言われたようにする。互いに目と耳から入る情報を遮断して、しゃがんだ。
「おまえたちは悪くはない。だが、このまま暴れられるのは困る。だから――眠れ」
懐から禍々しいオーラを放つ玉を取り出して、両手で押しつぶす。硝子が砕けるような音が響くと同時に部屋いっぱいに瘴気が満ちる。芙二を注目していた艦娘達は一斉に白目を剥き、崩れるように倒れる。部屋に満ちる瘴気を再び手元に搔き集めると、先ほどの玉と同質のものを作り出す。
「これは有効なのか。よし、二人とも。もういいぞ」
瘴気を凝縮した玉を仕舞うと、水葬姫と游の肩を軽く肩を叩き終わったことを告げる。耳から手を放し、目を開けた二人の前にあるのは白目を剥き、藻掻き苦しむ艦娘の姿であった。
よく見ると全員が同じ顔をしており、服装も統一されている。顔を見てピンと来た芙二は「まるゆ」と呟く。
「まるゆ? 潜水艦にそんな子がいた気がしますね」
「頭だけまるゆで他は色んな艦娘や深海棲艦の胴体だ、これ」
試しに一体の服を首が見える状態にして、首元を見ると切断痕がはっきりとある。また傷口を焼いたような痕も見られる。
その状態に芙二は眉間に皺を寄せ、下唇を強く噛み、この場にいない谷部へ殺意が向く。
「奴らは確実に殺す。いや永久的に殺し続ける」
剥いだ服を元通りにして、赤いパーカーを着た深海棲艦へ目を移すと白目を剥いて藻掻くまるゆの首を捻じり切って自身の胴体へ接続していた。
肉を裂く音が鮮明に響く。三人は目の前の異常な光景に言葉を失う。
未だに繋がっていない首から水の音と機械の故障音に似た声が響く。今の声が起動音なのか、ヲ級の胴体が離れ、まるゆの胴体を裂き、連結していく。離れた上半身は首を一つずつ落としては既にいっぱいの股へ無理やり押し込む。
「……う、うっぷ」
「目を背けろ。あれが動く前に殺す」
最初に入っていたものが潰れ、粘ついた桃色の液体を垂れ流すも収まらない。そして二十の頭を子宮へ押し戻した直後、連結された胴体が最初の一体の元へ凝縮されていく。皮膚や肉が裂け、骨と金属が混じり合い、一種の怪物になろうとしていた。
巨大な猪のような体形に靴を履いた八本の艦娘の足、背にはヤマアラシのような背には歪な骨や砲の名残が所狭しと生えており、首と胴体の境目には巨大な蜂の巣のようなものがついており、穴にはヲ級の青い目やまるゆの黒い目玉が埋めるようにこちらを凝視していた。また目玉の塊の外側には枝のようになった無数の手がひしめき合う。
蜂の巣のような目玉の塊の下には無数の口があり、行動は様々であった。蛇のような長い舌を出す。歯はなく、吸うように口を窄ませる。すべてが犬歯のように尖り、舌を切って血を垂らす。
「どんな考えで生きてたら、こんな気持ちの悪い化け物を生みだせんだよ!」
黒い鎌、≪
その瞬間、八本足の怪物は静止して、頭から塵になっていく。十秒も満たない時間で塵となって、最後は消滅した。≪
食堂を出た三人はいつの間にか止まっていた非常ベルに対して、誰かが止めのかと思いその人物を探すことを目標とする。そして谷部が来る前に游や水葬姫の口から冷葉が執務室へいる事が分かっている為か、先に執務室へと向かう。
「ボロボロだな……とりあえず冷葉に聞かねえとな。そういえばどうし二人は冷葉と谷部が執務室にいるって知ったんだ?」
「今は姿を隠してる妖精さんから教えてもらったの」
水葬姫の言葉に頷くも、少し違和感を覚える。ほんの二ヵ月ほど前は見かけた妖精さんも二人の前に現れても芙二の前には現れない理由が分からない。
「その違和感には
声の方を向くとそこには悔しそうな表情をしている深海妖精――アビスが浮いていた。子犬ほどのサイズでふよふよと浮きながら「久しぶりですね、芙二」と言う。
「久しぶりだな。単刀直入に理由を聞いてもいいか?」
「それは芙二が上位存在となったからですよ、それも悪い方に。妖精さんは基本的に善いものを好みます。悪神となる前の貴方は口調は悪けれど、妖精や艦娘、人々に優しい存在でした。しかし今の貴方は災いを招く存在そのもの。そのような者に晒す姿などない、というのが現状です」
「そっか、皆の力を借りたかったが今は難しそうか?」
「難しいでしょう。しかし芙二の頼みはきっとこの場の復旧、復元でしょう。それは貴方が頼まなくても、勝手に直しますよ。ここは家、ですから」
「ありがとう」と頭を下げて礼を伝える。安心した表情を見せた後に「冷葉は知らないか?」とアビスに聞くも「彼ですか、彼は…」と歯切れの悪い言葉しか言わない。
「生きてはいるんだな?立て続けに
「いいですけど、お二人は私のような妖精さんは嫌ではないですか?」
目を逸らしながら数歩後ろへ下がる。しかし水葬姫も游も首を振って否定する。それどころか物珍しい姿の妖精さんは初めてだ!と言わんばかりに質問をし始める。
「悪いな、アビス。
そう言って、執務室まで一直線に駆ける。走るうちに執務室のある階へ到着し、半開きの扉の向こうで小さな声だが微かに冷葉の声が聞こえ一秒かからない速度で距離を詰め扉を蹴破って入る。
「冷葉!! 大丈夫か!!」
そこには壊れた二つの机と倒れる椅子。その前に突っ伏して泣く冷葉の姿があった。芙二の蹴りにより大きな音をたてて外れかかった扉の音に大きく肩を震わせた。
「ふ、じ? お、おれ。俺よお……みんなを守ってやれなかったぁぁぁぁああッ!!」
駆け寄る芙二にしがみついて泣きじゃくる。しゃくりをしながら起こった事をひとつずつ話し始める。静かに耳を傾けながらその頭を撫でてやる。
「昨日の朝に帰ってきて、とりあえず入渠してこいって伝えていかせてた。被害の報告とか残りの備蓄の確認とか大淀さんや榛名と青葉とか手伝いに来てくれる者で整理してた」
思い出したのか、しばらく泣いていた。芙二の手から離れると、次は床に拳を叩きつける。何度も、何度も。血が滲むまで。その様子を見守るしかない。
「昨日の夜に大本営に報告して、今日の朝。九時過ぎに来客があって、それで……」
「谷部か。何か言われたんだろう?水葬姫と游から聞いたぞ」
「ここはもう北第八の管轄外だから早く出て行けって。でも断ったら、みんなを連れていかれて……その後に神城提督殿の名を出してきて」
「なんて言った?」
「利用価値がある若造は何人いても困らない。そして艦娘という存在に感謝だなって。金の卵を産むのだからなって笑ってた。それで」
か細い声で話す冷葉に待ったをかける。精神的にダメージを受けているのにこれ以上思い出させて傷を悪化させてはならないと強く感じていた。身体をそっと抱きしめて心に寄り添う。
「芙二。俺はどうしたらいい?みんなを奪われて……」
「今は休め。住むところは、そうだな。新しい拠点へ案内しよう。その間に……泊地もみんなを取り戻してくるからっ。後は話しは一応つけておこう」
「ごめんな、みんな……」
そう呟く冷葉は廃人のようになってしまっていた。親友がこうなってしまっている。今すぐに滅ぼすべきだと脳内で怒りが大爆発を起こしそうであった。それを何とか抑え、冷葉をおんぶしながら執務室を出るとアビスと水葬姫、游だけではなく紫月と八崎もいた。
「紫月、悪い。冷葉を頼む」
背におんぶしていた廃人同然の冷葉を紫月へ任せ、芙二は窓枠に手をかけて外へ出ようとする。その時、紫月と八崎に呼び止められ姿勢をそのままに何があったかを伝えた。
「――ということだから、陸軍へ出向いて晴らした後、北第八とその関係者を殺してくる」
「ダメだよ、芙二君!そんなことしちゃあ」
「
「怒りは理解できる。だけど今はそのときじゃない」
「いつならばいいというか!答えよ!!」
姿勢を元に戻して、紫月の前まで歩き怒鳴り進む。いつの間にか提督、軍人の姿から紺桔梗色の古の神官服へと変わっていた。紫月以外はその変化に目を丸くさせる。
「今だ、芙二凌也くん。その姿、ソロモン諸島で目撃された姿と一致している。今回の事件の真の功績者は君であったか。我々にその力を貸してもらえはしないだろうか?」
そこには陸軍元帥の織間がおり、傍にはあきつ丸がビシっと姿勢よく立っていた。
「織間さん、いつからいらして――」
「はは、八崎くん。君たちが出てすぐに奴らの幹部がそちらへ向かったと電報があってね。入れ違いになってしまったが部下と海兵の証言の真実を知ることも出来た。もう一度言うが」
「いいぞ。それと先に言っておく。吾の目標はあのゴミみてえな施設を破壊する事と谷部及び非情派の一斉処刑。あとは東第一泊地の管理権利とうちの艦娘を返してもらう」
「いいとも。しかし谷部と非情派の殺害は勘弁してほしい。それは可能かな」
織間をじっと見つめる芙二だが、笑顔のままの織間に観念したように折れて頷く。
「その施設は君が行くといい。そしてこの作戦に参加するにあたってコードネームで呼び合うことになっている。君のコードネームは
「ストレンジ・ヴェルダーね。長いから、ヴェルダーで。」
「君が自分のことをなんて言おうと構わないけれど、うん。よろしくお願いするよ、ヴェルダー」
織間と芙二が握手をする。こうして、芙二は
やっと帰ってきたと思ったら、この始末。
仲間も攫われ、親友は廃人同然にされ、居場所も奪われた。
海軍、陸軍の秘密裏に行われている作戦に芙二が参加する。
その意味を皆が知るのは三か月後の大晦日であった。
北の大地を焦がすほどの業火が、たったひとりの手により注がれる。
これにてとある泊地に着任した提督のお話(第一部)は完結となります。
下半期になったら、すこしずつ第二部を投稿予定ですのでどうぞ、よろしくお願いいたします!