もしも、あの日。
本編とは異なる分岐の話です。
夢路①
芙二はアイリたちが去った鉄底海峡にただ一人、いた。鼻に触る潮風と血の臭い。戦いこそは終われど、変わり果てた場所を見るにまだ続いている、と訴えかけているふうに見えた。
空気に混ざる、瘴気を掻き分けて廃墟を目指し歩く。
施設中央の巨樹――≪
「おねがいだ! わたしをたすけてくれ!」
「まだわたしはいきなくちゃ、いけないの」
「だ、だってあんなばけものがいたら……だれだってあきらめるじゃない!」
それぞれの声が響く。芙二は彼らを見つめながら、
(声も存在も掠れてきている……消滅の時は近いだろう)
溜息を吐いた。カイン・アッドレアに魂を売ったあるい奪われた欠片の足掻きをいつまでも見ずに、立ち去る。
巨樹が色を失い、葉も実も落ちていく中で死者の声が絶えず風に溶けていった。
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東第一泊地 門前 十時三十分
芙二は泊地に戻ると、手厚い歓迎を受けた。もちろんそれぞれの思いを秘めた艦娘たちによるもの。
「提督、ありがとうございます。私たちを助けていただいて……」
忍のような姉、アイドルのような妹に挟まれた次女は目を潤ませ、声を絞り出す。三人とも目元は腫れ、目尻からは雫を一滴流した。
「司令官! あのお姿は……い、いえ命を救っていただいた身! この恩は一生かけさけていただきますね!」
病院服を着た黒髪の小柄な少女は戦場で見た姿を思い浮かべたのか、目線を逸らした。だが、彼女の妹は逆の態度をとる。
「ほんっとありえない! 私たちの事を考えても、限度があるじゃない!」
いつも以上にツンツンとした様子に、芙二は頬を掻いて謝罪する。彼女の姉は窘めようとするが、芙二が一言。
「朝潮」
その優しい声に彼女は黙る。妹に伸びかけていた手は、下がっていく。芙二はもう一度、霞へ言う。思ったことをすべて吐き出しても良い、と。
彼の言葉を聞いてか、霞は口を開く。
「殉職って聞いたときはアイリやテロ集団に殺意が向けるしかなかった。だけど、司令官は命を無駄にしない人だって知っているから生きているって信じていたけど……」
途中で言葉が途切れる。
「まさか、あんな風な登場の仕方をするとは思わなかったわ。死んだら、意識が少しずつなくなるって聞いたけどそのままだったのは司令官の仕業、ね?」
芙二は真剣な表情で霞の言葉に頷く。
「そう。私も朝潮姉さんもこんなだし、他のみんなも似たようなものでしょ。当分は出撃も遠征もできないから、ちゃんと通しておきなさいよ」
霞は自分の身体を触りながら言う。朝潮も同感とばかりに何度も頷いた。
「そうだな、うちもしばらくは運営停止だ。みんなは療養に努めてくれ。
ニィっと歯を見せて笑う。芙二の様子に、霞は何とも言えない顔をして、
「司令官も溜め込みすぎないよう気をつけなさい! 元々深海棲艦を討つのは私たちの仕事なんだから!」
力強く言い切る。付け加えて、「あなたの初期艦も心配しているわよ、きっと」と再びツンツンした態度で言った。
「ふ、そうだな。後で叢雲たちにも――」
と、言いかけた時。
「提督! 後で、あの状態の提督と模擬戦してみたい!」
川内が芙二の背に飛びついた。
「川内姉さん……! 提督もお疲れのようですし、今度にしませんか?」
芙二の身体にしがみつく、川内に神通が窘める。
「神通の言う通りだ、悪いな川内。今回ばかりはすぐに応じてやることはできない」
背をずるずると落ちる川内は、むくれた顔をする。
「その顔でもダメ。今は療養が必要だからな。その後だったら、何回でも付き合ってやるさ」
川内の頭を撫でると彼女は明るい表情で飛び跳ねた。
「本当!? 男に二言はないよね、提督!」
もちろん、と返事をする。
その後、しばらく芙二は会話し、彼女たちと別れて玄関を後にした。
『改めて提督(司令官)、おかえりなさい!』
最初は泣いていた艦娘たちだが、別れ際には笑顔を取り戻していた。その様子に安堵の息を漏らしかける。
(みんな、元気そうで安心した。特にこれといって、精神に悪影響を及ぼしている……なんてことはすぐに分からないよな)
芙二の表情に影が差す。那珂ちゃんの話だと、所属している艦娘は全員泊地内にいるとのこと。全員と会って、言葉を交わすのだとやる気に満ちていた。
新年早々に、初夢というものを見るらしいので書きました。
最後までお付き合いしていただければ、幸いです。