とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

276 / 387
夢路③

 東第一泊地 艦娘宿舎 十四時 四十九分

 

 芙二は泣き疲れて眠る敷波を彼女の部屋に送ろうと、宿舎の前に立つ。背におぶる敷波をちらり、と見る。彼女は穏やかに、寝息を立てていた。

 

(みんなには本当に迷惑をかけたな。これからは挽回できるようにしよう。後は――)

 

 再び前を向いたとき、目の前には磯波と長波がおり、思わず声をあげる。

 

「何その声~! というか、司令官は帰ってきていたんだね。おかえりなさい」

 

 長波がけらけら、と笑って帰還を祝う。磯波は、というと背におぶっている敷波の事が気がかりな様子で口を開いた。

 

「あ、あの! 敷波ちゃんはどうして背におぶられているのでしょうか? まさか、まだ蘇生の傷が痛むとか……」

 

 心配そうな表情で、芙二に問いかける。磯波の問いに、首を横に振った。

 

 磯波はほっ、とした表情となり、芙二の傍へ歩いて寄る。芙二は意図を汲み取り、しゃがむ。

 

「ありがとうございます」

 

 屈託のない笑顔でそう言うと、敷波の身体を軽く叩き、呼びかける。

 

「敷波ちゃん、敷波ちゃん。起きて、もう着いたよ」

 

「う……ん?」

 

 磯波の呼びかけに、ゆっくり目蓋を上げながら目を擦る。まだ眠たそうにしている、彼女へ芙二も目的地に到着した旨を伝えた。

 

「ふぇ!? や、やだ。アタシったら……ご、ごめんなさい!」

 

 慌てて、芙二の背から降りて謝罪する。額から冷や汗を流し、何度もまばたきをしていた。

 だが、芙二は責めることなく敷波の頭を撫でる。

 

「いい。(オレ)は気にしない。それ以上に、謝罪の言葉を口にするな。これは命令だ」

 

 命令、という言葉に肩を大きく震わせる。芙二は縮こまる彼女を見つつも、撫でる手を止めない。当の本人は状況をうまく理解できず、混乱しているふうに見えた。

 

「あ、提督! お戻りになられていたんですね!」

  

 気恥ずかしさで、あっぷあっぷしていた敷波に助け舟が出される。彼女を撫でる手が止まり、声の方を向いた。

 

「大淀。あの日以来だな。元気にしていたか……などと言うのは少し違うか」

 

 大淀の脳裏には嫌な光景が過る。あの日。テロ組織に襲撃され、補佐であり、現提督の冷葉の命が消えかけた忌まわしい瞬間。

 

 芙二の登場と活躍により、命を拾うことができた事は本当に喜ばしい。彼女は内なる黒い靄を消し去ると、小さく咳ばらいをする。

 

「提督も……いえ、芙二さんもよくあの死地からお戻りになられました。執務室で現提督の冷葉さんがお待ちです。後で顔を出してくださいね」

 

 そう言うと、深くお辞儀をして本棟の方へ足を進めていった。大淀の発言は、その場にした三人に衝撃を与えた。

 

「ちょ、ちょっと! 現提督が冷葉さんに変わったなんて聞いてないけど!」

「え、司令官はもう司令官じゃないのですか……?」

「そういえば、殉職したって噂は本当なの?」

 

 それぞれの反応に、芙二は一度だけ頷いた。

 

「そうだ。(オレ)はもう提督ではない。一度、死して帰還を果たした。後で海軍の本部に掛け合ってみるが、どうなるかは分からないな」

 

 少し寂しそうに笑う。その表情を見た長波は、芙二の右手を握る。

 

「そんな顔しないでよ。司令官の功績を知れば、みんな賞賛してくれるって――」

 

 芙二を見上げて、力強い瞳で言い切ろうとしていた。だが、芙二が彼女の唇に左手の人差し指を当てる。

 

「それを言ってしまうと、長波たちに対してどんな影響があるか分からない。気持ちはありがたいが、何とか生きていたことを伝え、職員でも雑用でもいいから属せるように、と掛け合うさ」

 

 長波は、むっ、とした表情で芙二を見る。芙二は人差し指を離し、話を遮って申し訳ないな、と謝る。

 

「あの偉大な功績を伝えない? そ、それじゃあ提督は一体なんの為に戦ったというんですか?」

 

 泣きそうな磯波の困惑はもっとも。テロ組織も壊滅させ、世界の窮地を脱するほどの功績は称えられるべきだ、と考える。長波も敷波も、何度も頷いた。

 

「おまえたちのためだ。それ以上も以下もない。(オレ)は死ぬまでおまえたちの味方だからな」

 

 なんてことのない、と言わんばかりに言う。死して魂だけとなり、戦いを見守っていた磯波は同類となった人間たちの嘆きを、嫉妬を、羨望を。聞いて、見て、感じていたからこそ分かる。

 

 名誉と富を求めるのは、人間の性だということ。どんなに取り繕うとも欲求の大元には必ず、存在する。龍神とて、同じこと、と思っていた磯波は崩れ落ちるように座る。

 

「どうした? 何か変な事を言ったか?」

 

 芙二もまた彼女と、目を合わせるためにしゃがむ。

 

「芙二さん、死ぬまでついていきます……」

 

 神に祈るような姿勢でそう呟く。周りの二人は、ドン引くが、芙二だけは笑う。

 

「おう、この蛇龍神(オレ)を信仰しても悪いことは起きない。絶対な」

 

 そうして磯波の心は奪われた。蜿「髮イが好意を持つ、芙二に仕えるようと決心する。

 

「芙二さん、蜿「髮イちゃんが探していましたよ。後で食堂へ向かってみては如何でしょう?」

 

 一部の言葉が聞き取れず、顔を顰める。しかし食堂に行けば、謎が解決されると理解した芙二は彼女たちを別れ、本棟にある食堂へ足を運ぶのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。