まだ道を外れていない、ときの話
―続き
はじめに、これから話すことは今後一切、誰にも知られることはない。
何故ならこの島は人為的に深海化したある艦娘の手によって壊滅させられ、海軍はそこを廃墟とした。
そうなった原因はこの島で黒より、いやグレーな生物実験が行われていた、という事実。しかしそれでもそこで働く人達にはまだ心というものがあった。
さいごに。これは善人、悪人、艦娘、深海棲艦と多くの登場人物を巻き込んだ故の……長く続いてしまった話の前日譚のようなものである。
※
2030年 2月16日 PM 03:01
ここは南西諸島にある小島で名前という名前は特にない。だけどその昔、海軍がその島を国から買ってそこに研究所を建てた、そうな。
その建物内の廊下をコツコツと靴の音を鳴らしながら身長159cmとやや小柄な男がある部屋へ向かって歩いていた。その顔は寝不足なのか、目元に隈が出来ていてとてもダルそうな感じであった。
だが、目的の場についたらしく扉の前にて静止する。そして場所を確認すると間違いはないようだった。そこには『生体実験室』とあったのだ。
小柄の男はそこにいるであろう人物へ用があって来たのだ。扉を三回ノックして“失礼します”と一言いい入室する。
単刀直入に言うとその人物は居た。しかし話せる状況には見えなかったがこちらも仕事なので無理矢理声を掛けた。
小柄の男「所長、先日A班が捕縛した小型の深海棲艦についてですが――ってまたやってるんですか?」
所長「ん、軽井君か。先日の個体がどうかしたのかね?」
所長と呼ばれた長身の男――宮部の目の前にはびくびくと泡を吹いて痙攣しているヲ級が居た。
あれ、話しかける直前まで威嚇していたのに何があったんだろうか。いやそんなことよりも、だ。先にやる事をやろうと思った軽井は用件を言った。
軽井「先日の個体についてなのですが――結論から申し上げますと絶命しました」
宮部「ふむ? どうしてなのかね」
軽井「それは――」
私は先日の個体がどうして絶命したのか、考えられる要因を話した。宮部はうんうん、と頷きながら痙攣しているヲ級の腹部を押してニヤニヤしていた。
なんだ、この人変態か。
話し終わると宮部はヲ級の腹部を押すのを止め、私が持っている資料の方に目をやり貸してくれと言われたのでそのまま貸した。宮部は資料をペラペラと何枚か捲っていた時、突然顔が曇らせ口を開いた。
宮部「軽井君。君たちの班は試作品であるA.D.Pを注入したのかね」
軽井「はい。注入したのですが、深海棲艦の血液と前に採血した艦娘の血も混ぜました」
宮部「ふむ。A.D.P、その他の血液はどれぐらいだね」
軽井「前者は150ml、後者は20mlです」
私の説明を聞いた宮部は顎に手を突き、唸り声を上げながら考え始めた。目の前の所長を見て私は私でなにも言えなかった。
軽井「(というかA.D.Pって言いにくくないか?
確かエンジェリック.デス.ポーション……凄い厨二くさい名前だよなぁ。
それでいて効果までも不明だし……そもそもなんでそんな訳の分からない物作ってんだろうかね、ほんと。しかも和名で
そんなどうでもいいことを思っていると宮部が“少しいいかい?“と言うのでそっちを見ると先ほどまで泡拭いて痙攣していたヲ級に対してどこから出したのか注射器を向けていた。
中身は入っている、のは分かるんだがつい聞いてしまった。
いややろうとしてることは分かるけども。
軽井「え、所長。何してんですか」
宮部「ここに
当たり前のことを聞かれたから“そうっすね”とタメ口になってしまう。ん? まさかその注射器の中身は――。
宮部「そうだとも。君が思っている通りだよ。
ヲ級「!?!?」
そういって宮部は持っていた注射器の針をヲ級の首へ刺した。
中身はゆっくりとヲ級の体内へ注入され、突然刺された痛みにより気絶していたヲ級は瞬く間に覚醒した。注入されたヲ級の肉体に著しい変化は――すぐに現われた。
ヲ級「!? ……ギグッ!? ……ゲゴッ!!」
投薬された直後、ヲ級の口から濁った音が零れ始めた。
ヲ級の方へ目をやると顔色は赤から青、白、黒、紫、と普段なら絶対に起こらないことが起こっていた。
目も沸騰したかのように赤くなり飛び出そうになっていた。幼い子が見たらトラウマ確定である。ここには幼い子なんていないが。
鼻や目、口から赤い液体がどろりと流れる。身体もさっき見た時よりも激しく痙攣しだした。
これはもう死んだだろうなと思ったが5分ほどすると痙攣が止み仰向けに倒れた。
しかし先ほどの異常な反応は見られず、顔や体の一部は自身の血で塗られているもののどこにでもいるヲ級の姿そのものだった。
軽井「……(これは死んだだろ、所長は試作段階のA.D.Pを入れたのか? にしてもそれだけじゃないだろ、この反応は)」
軽井の言う通りだ。これまで投薬後、観察してきた個体に痙攣は見られたがここまで激しく痙攣することはなかった。
この反応は重度の薬物依存のものに似ている気がしたが別のモノだと改めて実感させられた。事実、ヲ級の身体は仰向けに倒れてから痙攣すらしていない。
ヲ級「……ゴボッ……ヒュー……ヒュー……」
口から赤黒い血を吐くとヒュー、ヒューという呼吸音が聞こえ始めた。
軽井はハッとしてヲ級見ると呼吸はやがて落ち着いたものになっていった。
死にそうになっていた、はずなのに。こんなに落ち着いていられるものだろうか、と。軽井は理解出来ないでいた。
軽井「そんな、そんな事は――「やった! 実験は成功した!」な、にを打ったんですか」
ヲ級「……ェ」
私が信じられない、と思った時だ。
となりにいた所長が急に大声を上げて喜び出したんだ。
まぁ投薬した物はA.D.Pでしょうけど。本当にそれだけか気になったから率直に聞いた。その時、ちょうど部屋のどこかからか細く小さな声が聞こえた。
宮部「何を打ったかだって? 試作段階の物ではなくて本物を打ったんだ。A.D.Pの本物をね」
軽井「その一本だけですか? ほかにも――「ネェ」!?」
宮部「この声は――ヲ級か。話せるようになったのかね?」
何本もあるのか、と聞こうとした時機械音声のような声が私の声を遮った。
急に聞こえたものだから驚いちゃった。所長は冷静に話しかけているような……あ、これ違うわ。ガワは冷静だけど、中身は興奮してるわ。なんか雰囲気がもう、ね。
ヲ級「ワタシハ、死ンダノ?」
宮部「いや生きているよ。君達が冷たいのはデフォルトだから大丈夫」
ヲ級「イェ、ソウデハナク。コノ“ヲキュウ”トイウ、個体ハ――」
宮部「? 軽井君、分かるかね」
軽井「うーん。あれだけの苦痛を味わったのですから何度か三途の川を渡ったんじゃないですかね」
宮部「そういうことか。ならば、ヲ級。君は一度死んだ、かもしれない」
ヲ級「ソウカ。ワタシハ、死ンダノカ」
少し悲しそうな目をして言うと項垂れた。軽井は一応の確認をする。
軽井「……ほかに変なところはある?」
ヲ級「ナイ。ダガ、強イテ言ウナラ――」
軽井「言うなら?」
強いて言うならなんだろうか、と軽井はヲ級に聞き返すと同時に質問する。
ヲ級「適当ナ服ガ欲シイ。コノママデハ、少々恥ズカシイ」
宮部「……軽井君」
意外な事を言われたので私は口を開けてポカンとしてしまった。しかし所長の言葉で気を取り戻し、咄嗟に反応した。
それにしても敵意剥き出しだった深海棲艦も羞恥心を刺激されるということがあったのか。投薬された、からか? それとも――いやそんなことは“今は”どうでもいいか。
軽井「了解です」
私の着ている白衣を着せた。ん、いや匂いを嗅がないで? 臭くないと思うけど。傷つくから! 普通に!
ヲ級「大丈夫ダ」
軽井「そら、ねぇ。他にはない?」
ヲ級「ココガ……」
そう言うと自身の腹部を擦る。それを見て軽井はこう言った。
軽井「痛い?
宮部「君、深海棲艦の時と対応違くないか? いやヲ級は深海棲艦だけども」
軽井「なんていうか、妹を思い出すんですよ。それで、ですかね」
本心をつい口にしてしまい、やばいと思った軽井はどうでもいい身内の情報を言い話題をすり替えようとした。宮部は大して気にしていない様に納得していたが。
宮部「そんなものか。ヲ級、腹痛かね? 手洗いなら――」
ヲ級「オナカガ――ヘッタ」
そんな中、ヲ級がさっきの言葉の続きを言った。先ほどまでの出来事を見ていたため、回復の速さに目をパチクリさせる2人。そして宮部は短く溜息を吐き、軽井にこういった。
宮部「だそうだ。軽井君、適当な物を作ってくれるかな。食料はなんでも使っていいから。限度は考えてくれよ?」
軽井「え」
なんで自分が作る羽目になっているんだ、と軽井は思った。ゆっくりとヲ級の方へ顔を向ける。うっと声が漏れる。ヲ級が目を輝かせて、自分を見ているからだ。
ヲ級「軽井ガ作ッテクレル?」
軽井「まずくても文句は聞かないからな?」
ヲ級「ヲ~~! ヤッタ! ヤッタ!」
軽井「(飯を作るのは何か月ぶりだよ。ってか、食堂の人に作ってもらえば――いやいいか。あいつらに任せるととんでもない物が出てきそうだ)」
ヲ級は嬉しそうな顔をしていた。軽井は軽井で初めは食堂の者に任せようかと思ったのだが、
宮部「私は少し席を――いやその前に軽井君、ヲ級をシャワーに連れて行って」
軽井「え、はい」
所長は私に指示を出した。私はそれに従うほかないのだが――まぁ実験動物を洗浄するなんていつもやってるしな。喋れるところで、なんら変わりないだろう。
軽井「ヲ級、こっちだ。立てるか」
ヲ級「ヲ」
宮部は何処かへ連絡をしている様だったがそんなことは今、どうでもよかった。
私は短く返事を返したヲの手を取り、そのまま部屋を抜けてシャワー室を目指して歩いたのだった。
―続く
新しいキャラクター
どこにでもいるモブ研究員
今はまだ普通の所長
新しい
後数話は研究所の過去です。
ただ細かく書くと結構な量になってしまうので割愛していきます。
あ、4万UAありがとうございます。