『は? しょ、所長! 私にはあなたが何を言っているか、分かりません!』
食堂にて朝礼で宮部が一同に告げた言葉はこれまで以上の衝撃を与えた。突然のことにざわつき始める職員を静めようなどと思っていないような態度であった。その中から職員の誰かがそう声を上げた。
急に真顔になりただ「これはもう決まったことだ。君が私の考えを理解できるとは思っていない」と答えた。そして「明後日には新所長がここに来る。その時が交代の合図だ。では、解散」そう朝礼を締めた。
納得のいかない職員たちはまだざわつくが宮部は興味なさそうに何処かへ行ってしまった。軽井は突然の交代宣言に困惑しているようだったが、とりあえず実験室へ向かおうと足を進めた。
リリア「……。ねぇアンリ、これは吉兆の出来事だと思う?」
アンリエル「いいえ。これは凶兆。あの変わり者がここをまとめていたから、何とかぼろを出さずに済んでいた。しかし変わってしまったらもうその先は破滅よ」
リリア「ここ以外に就職先を探そうかしら?」
アンリエル「
宮部に聞こうにも既にいないため各々、自分の仕事を進めようと動き始めるのだった。だが、職員一同はこの交代に反対意見を持つ者が多く、直接抗議しようと考え動く者もいたが……行ったきり帰っては来なかった。
その職員の同僚が休憩時間中に探していると焼却炉の前で抗議の意を唱えた者がぼろ雑巾のような死にざまを遂げていた。思わず叫び、腰を抜かした。悲鳴を聞きつけた職員が駆け寄るも腰を抜かしている者のすぐそこに転がっている肉塊に顔をしかめつつも近寄る。
『辞めろ! 近づいても蘇りはしないんだぞ!!』
『……。所長殿、なんでそんな……』
『うっ……オエっ ゥッ! ロロ……』
『近づくなって言ってんだろ!!』
腐り蛆の湧く肉塊に近づく者は注意を呼び掛けても止まらないため、殴りつける。角度が悪かったからか『ドタッ!』と中に倒れる音が聞こえた。そして目を疑う光景を見た。倒れた職員は楽しそうにぐずぐずになった中へ身を埋める。その様子を見て再度怒鳴る職員が出てきた。それとは別に腰を抜かしていた職員は激しく嘔吐を繰り返す。やがて涙を流しては肉塊となった同僚の名を呼ぶ。
場は混沌としていた。あまりの出来事に気が狂い肉塊の中に潜り始める職員と激しく怒鳴り散らす職員。嘔吐を繰り返した後に痙攣しだす職員。それらを鎮め、処置をするために他の職員も出てきて大事になった。
一部始終を見ていた他の職員は間違っても所長、および新所長へ何か意見を言わないように。直に抗議の意を見せてしまうと目の前にある”凄惨な見せしめ”となる。
監視カメラを通して所長室から全てを見ていた宮部は絶望した表情で死んでいる職員の髪を掴み、ぶら下げていた。悲鳴を上げ、ただ喚く職員らを見つめる目はとても冷酷なものであった。
宮部「少しは理解してくれたかな。私から見れば君たちもモルモットと変わりはないのだよ」
窓を開けて外へ首を投げ捨てる。その際、頭皮がズルっと剥けてしまったが気にせず残りも捨てた。休憩がてらに監視カメラの映像を見ていたがふと気になることがあるのか、「そうだ。軽井君はどうするのかな」そう呟くと軽井のいる場所へ歩いて行く。
時刻は十六時。外で騒いでいることを知らないのが数名いた。その中に軽井も居り、彼は部屋で報告書作成をしていた時、急にヲ級とセーレが尋ねたかと思うとその場で緊急の女子会が始まってしまった。
だが、特に邪険に扱うような素振りも見せない軽井に思ったセーレは「急に始めてしまってすみません」と謝罪するも「いいよ。別にそのくらいは。私もそろそろ休憩に入ろうとしていたんだ」そう微笑み、書き上げた書類を整頓していた。
その様子を見て「本当に変わったんだ」そう強く実感した。軽井の元から戻ったセーレはヲ級にどう思っているのか聞いた。
セーレ「ヲ級、これからどうなると思う?」
ヲ級「私には分からない。でも悪くなっていくと思うよ」
リリア「そうよね。私もそう思うわ。宮部さんについて行きたいけど、ダメでしょうね」
藤尾「方針が変わってしまったら、人員削減とかいってリストラしだしたら最悪かな。それ以外だったらまぁいいけど」
軽井「いいわけがない。だが、本当に突然のことでよく分からない。どうしてこのタイミングなんだ……?」
セーレ「軽井さん、このタイミングとは? 一体何のことを言ってるんですか?」
あぁそれは――と説明しようとする時、扉が叩かれた。一同、驚き声を詰まらせる。部屋主である軽井が扉の方へ向かう。ドアノブを捻り、開けた先には宮部がいた。軽井もそれ以外も目を見開く。
軽井「所長。私に何の用でしょうか」
宮部「おやおや。そうだとも。……しかし私の顔に書いてあったのかね」
軽井「いえ、直感です。ッ! どうして、所長から腐った血の匂いがするのですか? 何処か怪我を?」
宮部「ん? あぁ
所長自ら生体実験室へ行こうなんていうのはヲ級とル級以来じゃないか、そう感じていた。セーレに「少し離れる。夕食時には戻りたいと考えているが、戻ってこないときはそのままでいいから」そう伝えると一回頷くとその後に「彼女が待っているのだから早く帰って来なさい」と言われてしまった。
扉を閉め、茶番を見せたと所長に謝罪するも特に気にしてはいないようだった。だが、一言呟いたのを軽井は聞き逃さなかった。
宮部「最期になるのだから。存分に味わってくれ。
軽井「それって……ゴホン。失礼しました。時間が惜しいので行きましょうか。そこで一体、何をするんですか?」
宮部「ただの耐久テストさ。離れる前に見ておきたくてね」
「そうですか」と納得したような反応をする軽井。後ろをついて歩く宮部は言葉の続きを口には出さなかった。伝えると計画の一部が狂うからだ。
宮部(私以外に試薬A.D.Pを投薬された人間の耐久力をさ。軽井君、君が寝ていた半年間優しく治療していたと思うのかい?)
宮部以外誰も気が付きはしないのだ。深海棲艦も職員も。軽井も。
番外編も終わりが近づく。