同日 十六時三十二分 生体実験室 にて。
宮部「さて、軽井君。さっき耐久テストと言ったね。誰の耐久テストだと思う?」
軽井「所長が新たに作り出したモルモットのですかね。その個体はどこにいるのですか」
宮部「不正解だ。その答えは君自身だよ、軽井君。今回は君の耐久テストをするのだよ」
「え、は? 何を仰るのですか!」宮部のセリフに戸惑いを見せていると、前から鋭く尖った棘が数本、軽井目掛けて飛んでくる。驚いたが、そのままだと負傷してしまうと思った軽井は避ける。「危なかった」そう一息つくも次々に棘が飛んでくる。
「もしかして本当にやる気なのか?」とまだ疑問に思いつつ、ギリギリで回避し問う。だが宮部は先ほどの言葉を繰り返し答えた。いつの間にか右肩側に生やしていた見た目は鳥類と同じ翼を軽井の方へ動かし、ダーツのように鋭い羽根を飛ばしてくる。
軽井「次から次へとキリがないな」
先程と同じようにしゃがみ、避けては問うも答えは変わらなかった。回避、問答という行為を数回繰り返した後に、足元を何かに取られた。一瞬、視線を落とすとそこに転がっていたのはコンクリートの欠片だ。ずっと飛んできている羽根は硬いコンクリートを貫通するほど威力が高い。当たっていたらと思うと――。
宮部「いいのかい? そんなものに気を取られていて」
隙を見逃さなかった宮部は最初よりも多い鋭く棘のような羽根を何層にも重ねて飛ばしてきた。それを人間とは思えない速さで避けてはまた宮部に問う。「はぁ……」彼は呆れたような態度をして軽井を軽視する。そして『君は……いや君も失敗作か』と呟き大きく翼を羽ばたかせ、強風と共に先ほどの羽根をいくつか飛ばしてくる。
軽井「っ……」
告げられた事実を受け入れられないでいると数枚の羽根が掠め、壁に刺さる。白衣を切り裂き、血が滲む。人間を辞めて日が浅い、と思っている軽井は無謀にも見える行動をした。それは宮部の胸元目掛けて突っ込んだ。リ級に学ばせた発勁を当てるためだ。
軽井「所長! 私が失敗作とはどういうことですか!」
宮部「言葉のまま、さ。私は軽井君、君の成長性を買って投薬したのだが……私のような変化はおろか。元の人間のままとは思わないだろう?」
ドッ! ミシミシッ!!
宮部「ふむ、発勁か。一般人だったら内部に伝わる一撃で心臓を破壊されて死んでいただろう。だが」
軽井「うぐっ」
ボキリと片腕を握り砕いた。痛みに苦悶の表情をする軽井を後ろに突き飛ばした。痛む手を抑える軽井に受け身など取れることなく鈍い音を立てて倒れた。
宮部「……せっかくだ、軽井君。もう一つ、真実を教えよう」
軽井「ぅッ……ハァ、真実? っと、その、前にこれ借ります」
宮部「もう――? 待ちたまえ、その羽根を持って何をするつもりだね。もしかして自殺でもするか。それほどに精神が弱りきっているとは」
ボトッ ポタポタ ポタポタ ポタポタ
軽井「うぐっ!……ハァ、ア!! 毎回やっても慣れないな。この痛みは」
宮部「血迷ったか。自らの折れた腕を切断するなんて」
軽井「所長には分からないでしょう。こうして腕をくっつければ――くっつくし、何より負傷した箇所が治るんですよ」
宮部「ほぉ。それが軽井君に備わった能力ね。なら本格的に耐久テストといこうじゃないかぁ!!」
ぐっと構える軽井に対し宮部の左肩側がもぞもぞと蠢く。ボコボコと沸騰しているように筋肉が動き始め、そして――バサッ!! もう一枚の翼が生えた。
軽井(さっきの風と羽根が来る前に、胸を穿つ!!)
コツを覚えたので動きは格段と良くなっていた。素人の動きを捨て、戦闘に特化しだした動きは無駄な事がほとんどない。もう一対の翼を生やした宮部は向かって来る軽井を一瞥し、守るように翼で身を包んだ。
ゴォン!!
除夜の鐘を思いきり突くような音が生じた。反撃が怖いので二歩後ろに下がって観察する。最初の一撃で学んだことを生かしたつもりだったが甘かったか、と舌打ちをする。
軽井「見た目に寄らず硬い……深海棲艦の装甲だったら貫通する出力だが、それ以上のものということか」
宮部「いや良い一撃だったよ、軽井君。君の言う通り深海棲艦の装甲だったら紙を裂くように容易いだろう。しかし私の両翼は――こうも使えるのだよ」
「な」と発しかけた軽井の胴体を薙ぎ、払いのける。その巨大な質量を感じさせない動きに反応できず諸に受けてしまい吹っ飛ばされた。横にゴロゴロと球体のように転がり壁に衝突する。
軽井「――なにが起こったのだ……?」
急な事に理解が追い付いていない元に『ヒュッ!』と何かが空気を切り裂き落ちてくるのを感じ取った。だから壁を蹴って場所を移動した。その後に『ストトトトッ』と先ほどの羽根が何枚も刺さった。
軽井「左右にはいない、か。一体何処からっ――いや上か!!」
目線を上にあげるとそこには神父服を着ており、白い両翼を羽ばたかせ浮上している宮部がいた。よく見ると彼の頭上には刺々しい金の輪があった。それらの情報から目の前にいるモノは神話などに出てくる【天使】だと錯覚してしまう。
宮部「どうだい、軽井君。これが成功例というものさ。君にも私にも投与した物の名を知っているだろう?成功するとこのように両翼が生え、頭上には輪を顕現させる。まるで天使みたいだろう!」
軽井「所長。どうしてあなたはそれをその身で知っておきながら――深海棲艦、人間、艦娘、他の生物にそれを投与したのですか」
宮部「不満があるかい? 君も私と同じ共犯者だ。なのに今更偽善者ヅラするというのかね。……答えよう。かつて私は非情派と呼ばれる派閥に属していた。艦娘を不当に扱い、甘い汁を啜るゴミの仲間だった」
軽井を見下ろしたまま、宮部は話し始めた。率直な疑問に答えてもらえるとは思っていなかった軽井は驚いた表情をしていた。
宮部「最初はとても嫌だった。精神も魂も肉体も性根も腐りきったゴミ共と共に話し食事をする。時には女を、艦娘を欲望のまま貶し食らう。私はある思想で派閥に入ったことを後悔した。だが、程なくして艦娘を不当に扱おうが、実験台として扱おうが結果は同じということに気が付いた」
非情派に入ってとても嫌だったということが話された言葉の節々から伝わってくる。軽井はその言葉の奥にある微かな怒りを感じていたが、後半にて覆る。感情を含んでいた内容からスッと消えたのを感じた。
そのとき、外していた視線を宮部に戻すと彼は笑みを浮かべて言った。
宮部「だから私は偶然授かったレシピを調合し、自らで試した。最初は激しい痛み、吐き気を感じ、実際に吐いてのた打ち回った。幻覚剤と過剰摂取させた患者の言っている事が分かった。時間が経つにつれて視界がグルグルと色が回り、自分に溶けていく感覚。そして再び再構築されたときには高次元の域に達した感覚がしたのだ」
それは単に幻覚作用があっただけでは、と言葉を呑み込む軽井。その馬鹿げた能力と姿でなければ薬中依存のレッテルを張って終わるのにと思いながら受けた傷を回復させていた。
軽井の思考とは裏腹に宮部はどんどん話し出した。興奮しているのか表情が良く、また叫びそうな声量にもなっていた。そこから聞き捨てならないことを宮部は叫んだ。
宮部「溶けた私の意識は実際に高次元な存在に出会ったのだ。話していくうちにその存在は自身を死を司る天使だと教え、私を【天の代行者】としてこの力を授けてくれたのだ!」
軽井「死を司る、天使ですか?」
宮部「にわかにも信じがたいと、そう言いたいのだろう。半年間も寝ていたのに、君は出会わなかったのか。それは残念だ。私との会話の後に運び込まれた時は内心喜んだのだが」
軽井「ただ寝ているだけでした。おかげで身体が痛いのなんの、ですよ。所長の話しをまとめるとA.D.Pを打つと死を司る天使と邂逅し、認められ能力を授かるのですよね」
宮部「くどいな。そう遠回しに聞かなくてもいい。本当に実験目的でしかない。私以外は全員、モルモットも同然だからな。しかし独自の言語能力があると思っていた深海棲艦が我々と同じ言語能力を獲得するとは思ってはいなかったが」
軽井「それは私にも驚きでした。会話できるのなら他の未来も――」
宮部「それとまさか人間と番になるとも思わなかったよ。下世話な話だが軽井君、ヲ級君との
ガツン! パリン!
軽井の投擲したコンクリートの欠片を宮部は一重に避け、照明に当たり砕けた。パラパラとガラス片が落ちていく様はダイヤモンドダストのようで綺麗だ。
宮部「話の途中に物を投げるのはルール違反だろう? 何がそこまで琴線に触れたのか……あぁヲ級君か。君はそうとう彼女に惚れ込んでいるのだねえ? 寿命の違う異種同士の美しくも儚い愛情。私にはない素晴らしい感性だ」
褒めるようにパチパチと手を叩く。それを無視して話し出す軽井に「ほんとうに変わったものだ」と呟き、所長は次の行動を考えていた。
軽井「所長、私は彼女を創ったあなたに感謝しています。きっかけはなんであれ、素晴らしいものに出会えました。だけどそれは許したくありません。彼女は自身を変えるきっかけをくれました。今は隣を歩む者である彼女を――」
宮部「実験台にするのは、嫌だというのかね?」
軽井「いえそうではありません。そんなことをしていたら研究者として務まりませんし、そこまで弱くはないでしょう。……子供の癇癪です。好きな人をそういう風に言われたら無性に腹が立ちました。すみません、続きを話してください」
バツの悪そうな表情をして謝罪する軽井を見て、宮部は「フッフフフ……ハハハハハ!! 軽井君、君ってやつは――根は変わらないか!」嘲る様に、また本物の馬鹿を見たように笑った。
本当に子供の癇癪。大の大人が、それも研究のことしか頭にない男が好きな人を貶さられたからって機嫌を損ねて八つ当たり。嗚呼本当に嗤えてしまうよ、なぁ軽井君。ひとしきり笑い終わるとゲホゲホと咳込んだ。
宮部「――ハハハ。気が抜けてしまった。こちらを笑わせてきて、やる気をなくすのは作戦の一部かね?」
軽井「いえ、そんなことではありませんが……」
宮部「知っているとも。うーん、どうしようか。やる気がなくなって耐久テストどころの話じゃなくなってしまった。今日は辞めて、明日やろうか。ここだけの話し、新所長は非情派の中でも下っ端の方らしい。いびり散らすのはいいが、容姿も運も悪いんだと。ここを彼に任せるのはとても気が乗らないが、仕方ないか。上が決めたことだ」
諦めたような態度で少しずつ降りてくる。徐々に両翼を小さく縮めていき最後には消してしまった。気が付いたときには頭上の輪も消えていた。神父服のまま軽井の元へ歩いてきて「食堂に行こうか。もう夕食の時間だからね」と優しい声で言った。軽井は傷を完治させ右ポケットから携帯を取り出し時刻を確認すると十八時〇九分であった。
軽井(はぁ、疲れた。早く
宮部「大丈夫だ。すぐに会えるから、早く行きなさい」
表情に出ていたようで揶揄われるように言われ「先に失礼します」そう頭を下げて出口へ向かおうとした時だ。
ヴーヴー ヴーヴー ヴーヴー
軽井の携帯が着信音を奏でた。誰だろうかと思い、応答するとそこから聞こえてきたのはセーレの慌てた声であった。
『軽井さん! 今どこにいますか! まだ生体実験室にいるのですか!!』
軽井「いるが、それが何――」
『急に数名の憲兵が食堂に入ってきて、飯場の人を殺したの! 連中、私たちを拘束ではなく処刑するって言いながらまた警備の人を殺したわ。いまはリ級とル級が応戦しているわ!!』
軽井「なにっ?」
『分からない! でも早くしないとみんな殺されちゃう。私は今ヲ級―—……ザザザザッ ブツッ――』
軽井「セーレ! おい、セーレ!! しょ、所長! 連中が攻めてきたようです。徹底抗戦するしか方法がないようですが……」
宮部「構わない。奴らに見せてやりなさい。我々の成果物を。簡単に死ぬとは思わせないぞ――軽井君、あの薬を投与した全てを檻の外へ。私は私で守るものがあるから、別行動だ」
宮部は軽井の行く方とは別の方向に駆けていく。軽井はセーレとの会話で不安を強く感じていた。なので、彼は食堂へ真っ直ぐ進んでいく。生体実験室を抜けて本棟に入った途端、そこには地獄絵図が広がっていた。職員、警備員、憲兵の死体と臓物が撒かれており、壁も窓ガラスもなにもかも破壊されていた。
悲鳴が聞こえ、壊れた窓からのぞいた先には必死に逃げる女性職員を一方的に追い詰めていく憲兵達の姿があった。そして――足を撃たれ大きく転びその先には確実な地獄があった。他からも悲鳴が聞こえてくる。銃で即死させられる者もいれば拷問のような攻撃を複数から浴びせられる者もいた。女性職員は特にひどく、どちらが悪か分からない状態であった。
軽井「はぁっ はぁっ はぁっ ここからなら食堂が見え――」
パァンッ!! ガッシャ――ン!!
食堂の様子を見ようとした軽井のすぐ後ろの建物から爆発があった何枚もガラスが砕け散る音が木霊する。パチパチと黒煙が壊れた窓や壁の隙間から上がり、その棟内からは男女の悲鳴がずっと聞こえてくる。いつ襲撃あったか分からない状況に緊張が汗となり、頬を伝う。
宮部のように大した戦闘力を持たない自分が出来る事は”再会して安心させることだ”そう強く思い、悲鳴や銃声に耳を貸すことなく食堂まで疾走する。
※
同日 十八時 二十四分 施設の反対側に位置する海岸端
篝「さて、皆の者。先程報告があった。一班が穴をつくったそうだ。長いこと
隊長である篝の掛け声と共に憲兵が動き始めた。隊員が施設へ向かうことを見届けた、復讐に燃える者は自らも覚悟を決めて行動しだすのだった。
滅びの始まり。