とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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抵抗の末

軽井「……! ダメだ、繋がらない」

 

 軽井は何度も連絡を試みるが、既に通信障害が発生しており携帯からはプープー、という音しか聞こえない。

 

 施設内の至る所から暴動が発生しているからか、爆発音や悲鳴、銃声が絶え間なく聞こえる。

 

軽井(今ここでまた連中と鉢合わせるわけにはいかない。とりあえず、アイリが出てきた生体実験室の中に避難するべきか)

 

 立ち止まり、腕を組んで考える。すぐに彼女たちの方へ向かうべきか、生体実験室内へ入り結果を見届けるべきかの二択。

 

 自身の背後にはひしゃげた鉄の扉の奥から冷気が流れ込んでくる。やがて足元だけでなく首筋をなぞるように伝わり、思わず肩を竦める。

 先ほどのアイリの言動曰く、生体実験室の宝物はみな天に帰ったそうだ。(意訳)

 

軽井「ならば、私が取るべき行動は――」

 

 突如として轟音と共に施設全体が大きく揺れる。

 

軽井「な、なんだッ!! じ、地震か…?足元が、くう!立っていられない!」

 

 そして天井、廊下、壁に亀裂が生じ始めていく。あまりの揺れに片膝を突き、収まるのを待っていると大きな音を立てて壁が崩落し始めた。

 

軽井「おいおい、最悪だッ! このままだと私も巻き込まれかねないぞッ!!」

 

 揺れの終わりを待っている場合ではない。このままでは下敷きになる、という想像が安易にできる。転倒しないように手に膝をついて立ち上がり、周囲を見回る。 

 

 背後にある生体実験室の中は既に天井が崩落し、埋まってしまった。廊下の左側は大きく崩れ、外が見えている。天井は何とか堪えて見えるものの、大きな亀裂と小さな亀裂が生じている。

 

軽井「……とりあえず、このまま前進するしかないな」

 

 何回か深呼吸をして、呼吸を整える。ついでにその間に彼女らと合流し行動を共にする前提で物事を考える。

 

軽井(戦闘していたら、加勢する。どうせ奴らは私たちを殺すために来ている訳だから、見つけ次第、殺しても文句は言われないな)

 

 トン、トンと靴のズレを整え、コンクリの床を蹴って駆けだした。しかしその瞬間、軽井の少し後ろ側の床も崩落を始めた。一歩踏み出し、走る毎に床が抜ける。崩壊音と砂埃が舞う中で軽井は一心に移動していたが、一歩踏み込んだ床が崩れる。

 

 途端に後方へ体勢を崩してしまい、思わず手が伸びる。

 

軽井(ク、ソ…このままだと落ちる)

 

 暗い底へ引きずり込まれる瞬間、一心に前進していた両足の、強張っていた身体の力が抜ける。明るい天井が遠くなるような錯覚を見た。上から他の瓦礫も共に落下していく。

 

 足場となるような瓦礫はどこにもなく、暗い底へ瓦礫と共に落ちていき、すぐに階下の瓦礫に身体が沈む。

 

 ゆっくりと身体を起こし、今は痛みを気にする場合ではない、そう強く感じた軽井は見上げる。

 

軽井「そんなに落ちてはいない、か?だいたい10メートルくらいか」

 

 天井からは僅かな明かりが差す。左右は暗く、手の感触を信じるに瓦礫しか分からない。ふと目が慣れてきて、夜目が利く状態となったときある事実が判明する。

 

 現在、軽井がいる部屋は地下倉庫の一室であり、地上で起きた爆発のようなそれは地下にまで響、落下した瓦礫と共に薬棚が転倒している。

 

 その中には軽井が実験で扱ってきた見覚えのある薬剤が多数確認できた。基本的には人体へ有害な物ばかりであるが、偶然か注射器型の鎮静剤もあった。

 

 剣山のような足場を慎重に動き、薬棚の中に手を伸ばして注射器を手に取り、自身の腕に注射する。チクリとした痛みの後にじわじわと温かな感触が腕から感じる。

 

軽井「ぐ、ぅッ!? き、気持ちが悪いな…もしかして勘違いだった、か?」

 

 手に取る薬を間違えたかと、足元にある注射器の面に張り付けてあるシールを読む。

 

【モルモット用 鎮静剤】

 

軽井「は、は…どうりで人間には効きが悪いわけだ。ダメだ、吐き気がす、する」

 

 注射器を片手に持ち、にへらと笑みを浮かべるもすぐに何処かへ放り投げた瞬間、嘔吐する。勢いよく吐しゃ物が前方に吹き出し、放物線を描いて落ちる。よろよろ、と右側へ倒れ、左側へ向かって口から流れる。

 

軽井(あ、あ……や、ばい。あれ、は劇物だった、か)

 

 視界が滲み、目蓋がゆっくりと落ちる。意識が途切れる前、耳にしたのは二回目の爆発音と誰かの叫び声。

 

 

 施設 医務室 F-3

 

軽井「……ん、ここは…」

 

 軽井が目を覚ます。仰向けで寝ていたようで薄暗い電球の明かりが見える。手を動かすと硬い感触の布、ベッドには拘束具の類はないという事実が分かるだけで胸をなでおろした。

 

藤尾「目が覚めたんですね、軽井さん」

 

 声の方を見るとそこには髪を短くした藤尾がおり、目を潤ませていた。

 

軽井「藤尾、さん?私はいったい……」

 

藤尾「先に話しておくことがあります。この施設から侵入者は皆、手を引きました。そして職員の大半、ル級さん、リ級さんが亡くなりました」

 

 驚いて軽井は上体を起こす。そのとき、激しい痛みが腹部から生じ、顔を歪める。

 

藤尾「落ち着いてください……なんて言葉はもう意味を成さないのでしょうね。」

 

 この施設には六つの医務室があり、部屋番号としてA~Fの文字と1~3の数字が割り振られる。そして再び目が覚めた軽井がいる場所は【医務室 F-3】という玄関から最も遠い場所にある。

 

軽井「か、彼女らの遺体は何処にあるのだッ!あ、ああ、私が、私が」

 

藤尾「研究棟と住居棟を繋ぐ渡り廊下です。私たち以外は連行されたか、殺されてしまいました。あっ!ダメです、軽井さん!その傷で、動いてはいけません!」

 

軽井「早くいかないといけないのだ!藤尾、私の邪魔をするなッ!」

 

 激しく動いた拍子に軽井はベッドから転落するが、勢いは止まらない。背を床につけ、ベッドの裏側を思いきり蹴飛ばした隙に医務室を抜ける。

 

 大きな音を立て、倒れたベッドを見て目を白黒させていた。そして眉間に皺を寄せて、彼女たちに連絡をする。

 

藤尾「まだそんな力があったのですか。”pipipi”――すみません、藤尾です。すみません、錯乱した軽井さんがル級とリ級の遺体の方へ飛び出してしまいました。最悪、意識を奪っても…はい。お願いします」

 

 渋い顔をした藤尾は耳に当てていた携帯をゆっくりとおろす。そして小さな声で言った。

 

藤尾「もう深海棲艦の、彼女らの遺体なんて残ってないのに……」

 

 目尻に涙を溜めて、爆発しそうな感情をぐっと堪えている。軽井を追いたいが、既にこの階には居ないと思っていた。見たことのない勢いを彼から感じたからだ。

 

セーレ「それはそうね」

 

 廊下からこちらへ顔を出すのはヲ級と居た少女のひとり、セーレ・ファマティであった。

 

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