「ありがとう、叢雲」
抱きついてきた叢雲を、芙二は照れた表情ごと愛おしそうに抱き返す。顔を赤らめ、そっと俯いた叢雲を見つめる目は、どこまでも優しかった。
そうしてすこしの時間が経つ頃、ふいに誰かが咳ばらいをした。それを合図に、芙二はゆっくりと彼女から腕を解き、乱れた服の皺を整えてやる。
彼女は頬を赤らめ、両手で顔を仰いで、時雨たちの元へ戻っていく。
「んん、けほん。それと三人も久しぶりの再会だな。谷部たちから逃げていたというのは真の事実のようだ。ほんっとうによく捕まらなかった、ありがとうな! 仮に叢雲達も捕まっていたらきっと
「え? 提督が特殊部隊に参加?それはどういうこと?」
再会の挨拶も程々に済ませた芙二が織間との間に交わされた約束について、うっかり口から出てしまい、その聞き慣れない単語に時雨が首を傾げて問う。
「それについて話す前に、一つ伝えておく。……ただ、作戦の詳細まで話せないんだ。きっかけだが、陸軍の偉い人が来て吾オレに提案したなかで話された報酬を聞いて参加を決めた。まず
そういえばさきほど芙二が何かを言おうとしていた所に叢雲が邪魔をしたっけな、と時雨やヴェールヌイは思い出していた。ひしゃげた扉と倒れた机の下敷きになったなと。
冷葉や夕雲、清霜が賛成する様子で頷くなかでサラトガが挙手をする。
「あのぅ……言い辛いのですが、そこのお二人はどちら様なのでしょうか? 見たところ、私たちと同じ艦娘だと理解できます。その背格好から推察するに駆逐艦の方なのでしょうか?」
そう、指差した先には夕雲と清霜がいた。艦娘特有の制服や海兵服を身に着けず、和服のようなデザインのものを着ていれば誰だか分からなるというもの納得だ。
サラトガの問いに対し、いい機会だと思った芙二は夕雲と清霜の方を向き、
「サラトガの問いは最もだな。こんな状況だが泊地の新たな仲間を紹介しよう。夕雲、清霜。
部屋の端にいる二人の方を向いてちょい、ちょいと手招きする。
その言葉を聞いた芙二へ近づくと、互いに目を見合わせて特異艤装を解いた。その変化に目を丸くして驚く人が一人ではないということは凡そ察しがつくだろう。
芙二がこほん、と一回の咳払いの後に話を始めた。
「改めて彼女達の紹介をしよう。まずは夕雲型の長姉ちょうしである夕雲ゆうぐも。彼女は時雨や清霜と同じような境遇の娘だ。彼女も叢雲や時雨のように特異艤装を扱えるが……いや先に清霜の方が先か」
皆の前で夕雲の自己紹介を終えると、彼女は一歩前に出て挨拶をした。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。泊地の先輩方。私は夕雲。夕雲型の一番艦であり、かつて芙二様から直々に寵愛を賜った者。今思い出しても、っいいえ。この私を必要としてくださるだけではなく、特別な力を与えてくださるなんて! 感謝してもしきれません」
そう言うと頭を下げる。芙二から寵愛を、特別な力を与えて―というくだりで一部の者の笑みが引き攣るのを見た芙二以外誰も気には留めなかった。
「ん、けほんけほん!! 夕雲、詳しい自己紹介をありがとうな。次は清霜だが、彼女についてはもうほとんどが知っているだろう。しかし彼女もまた非情派の連中の被害者でもある。だから十字架を背負わすように責めないでくれると助か――」
芙二が言い終える前に、時雨が駆け出した。その先は勿論、清霜の元へである。
「へ? し、時雨ちゃん?」
とたとた、とゆっくり足音を立てながら清霜の前に立つ。清霜は反射的に目線を下へ向けてしまい、時雨と目を合わせないようにしていた。
夕雲の説明時とは打って変わって、静かな空気となる。それもそのはず清霜は過去に非情派の人間たちの命令に従って時雨達の艦隊を強襲し、人質として叢雲を攫う事態を引き起こした。
その時に夕雲は初めて芙二と出会うが、そのときの話は割愛させてもらう。
「清霜」
いつもよりも一段と低い時雨の声を皮切りに、清霜は肩を大きく震わせる。
慌てた彼女は、言い訳を並べるように話し始めた。
「えっと、ごめん……やっぱり私のこと、許せないよね? でも夕雲姉さんだけは、泊地の仲間として認めてくれると嬉しいな……っ!」
意を決して必死の様相で伝えようとするも、罪悪感や恐怖から自然に目線は明後日の方向を向いていた。僅かに冷や汗を額から流して、相手に言わせないよう言葉で遮らせた。
「清霜」
一際大きな声で名前を呼ばれて、ビクっと肩を大きく震わせる。先ほどは距離にして一・五メートルのほどだった時雨の姿が今は三十センチもない。
「あっいや! 別にそんなわけなくて――っえ?」
小刻みに震えるほどの恐怖を押し殺して、やっと時雨に向き合う準備が出来たと意気込む。
清霜が覚悟を決めた瞬間、何の前触れもなく、時雨がそっとその身体を抱きしめた。
驚きのあまり声にならない声を上げ、清霜はその場に固まった。
「君がここの配属になって本当によかった。もう僕は善き
そういって静かに泣いていた。
直前までの震えは収まり、清霜の手は自身を抱きしめる時雨の身体に触れる。
――温かい。今まで恐怖から並べていた言い訳がなんだかひどく恥ずかしいものに感じた。
「だ、大丈夫かい。清霜?」
清霜の足から力が抜け落ちて、その場に座り込む。彼女を抱きしめていた時雨も巻き添えに。
突然の様子に心配する彼女を余所に、清霜の目尻には涙の雫が溜まりつつある。
「ぐすん。ありがとう、時雨ちゃん。私たちを救ってくれてありがとう、芙二さん」
そういうと時雨を抱き返しながら、彼女もまた温かな涙を流す。
その涙は、ようやく手にした仲間という居場所の重みを物語っていた。