芙二から距離を取った者が全員が席に着くのに時間はかからなかった。
最後にヴェールヌイが静かに腰を下ろしたのを確認し、彼は口を開く。
「東第三鎮守府と東第四泊地を頼ってみる、ということでいいか? 他に意見があれば聞くし、ちゃんと検討もする」
誰も何も言わなかった。
その沈黙を、芙二は賛同と受け取る。
次の段階へ移ろうとしたその時、冷葉が声を上げた。
「なあ、一ついいか? みんなを他の鎮守府や泊地に預けられたとして、俺やおまえはどこで過ごすんだ? 今日明日はホテルでもいいかもしれないが、ここが戻ってくるまでを考慮すると長期的になるだろう。自分で家を借りるにもこの世の中では厳しいんじゃないか?」
「良い質問だ。仮に、だ。皆を預けれなくとも既に考えはある。前に買い物の引率者として葉月さん達と会っただろう? このあいだアイリに家を燃やされたから葉月さんが
その話を聞き、夕雲と清霜以外の全員が、芙二の母親であるシェリル、その友人の葉月、そしてメイドのメイの顔を頭に思い浮かべていた。
なかでも「過去に家を燃やされたけど、既に新しい家がある」という情報に、驚きが走る。
「えっ、それって……家を燃やされたってどういうこと? しかも、もう新しい住まいも確保してあるの?」
椅子に座ったまま前かがみになり、顔に手をあて困惑の声をあげる。その声に対し、芙二は何気ない様子で答えた。
「うちの方でもあっただろ? 商店街や民家も狙われた無差別テロ事件。あいつらの行動範囲の中に葉月さんと
「え? や、山梨? 海がないじゃないか。地理的にはギリギリ東第四泊地の方が近そうだが……この場合はどうなる? 先に東第四泊地の月見提督殿に伺ってみた方がいいんじゃないか?」
拠点地の場所を聞いてまた目を丸くさせる。
しかし叢雲達の反応は好印象のように見えた。
それもそのはず、生まれてから深海棲艦との戦争で一度も海のない土地に行ったことがない。
そのため芙二の提案に食い気味で互いに話し合っているくらいであった。
「地図を見る限り、まるで屋敷というより領地って感じだな。もしかすると、前に住んでた屋敷より広いかも。……考えるだけでワクワクするな」
艦娘達が話し合い、冷葉が頭を抱える。
その中で芙二は服のポケットからくしゃくしゃになった地図を取り出した。
膝の上で広げて見ては目を輝かせる。
葉月がくれた地図はとても簡素なもので描かれているものは家とその周辺しかない。
家を表す囲いの周辺には隣家やコンビニはない。
しかし地図に記された範囲を見る限り、相当大きな土地であった事が見てとれる。
(もしかしたら家政婦のような人たちがいるかもしれないな。この場合は屋敷の使用人ということだろうか?)
一番大きな建物の他にも離れと呼ばれる小さな建物が数個、敷地内にある。何千万、何億、何十億の値が付きそうな土地を想像すると流石に芙二でも鳥肌の立つ思いだ。
(葉月さんはいったい何者なんだろうか。前にもおじいさんが家をたくさん持っているとかなんとか言ってたし……)
今更ではあるが、芙二自身にコンビニ飯を与えるような手軽さで屋敷や車を渡す葉月の懐の深さが気になった。そしてグランフリード陛下とも知り合いだと言っていた。また事が落ち着いたら彼らの物語も聞いてみたいものだと、考えていた。
「~~かん! ちょっと話を聞いているの?」
(あと今の時間は? 遅いようなら月見提督殿の前に神城提督殿に先に連絡をしようか)
地図を折りたたんで仕舞う前に、銀色の鍵を取り出してそれを地図の中央に置いた。
紙を破らないよう慎重に折り畳み、再び服のポケットにしまう。ついでにスマホをタップして現在の時刻を確認する。
(現在の時刻は十五時前だ。よし、まずは月見提督殿に連絡して、提案してみよう。断られても――あっ今の吾オレ、殉職した扱いになってるんだった。いや織間さんが声をかけてきたということはもう訂正されているのか?)
眉間に皺を寄せて、前かがみになると急に両頬を誰かに力強く掴まれて、姿勢を正される。
「え、あっ?」
間抜けな声を上げた直後、視界の大半を叢雲の顔が占める中で彼女はイライラした様子で、
「司令官!! 私たちの話を聞いているのかしらっ!」
と大きな声で叫んだ。その瞬間、耳の中が激しく振動する感覚に襲われ、思わず彼女の手を振り払った。芙二はさほど力は入れていないようであったが、叢雲は後方へ転がる様に倒れこむ。
(あっやば)
このままだと叢雲が腰を打つかもしれない。そんな考えが頭によぎった時には既に行動しており、芙二が右手を伸ばすと本来は魂や精神を拘束する特殊な糸で彼女の身体を支えていた。
「ううっ! あ、あら?」
振り払われた直後、目を瞑った叢雲が再び目を開けると体の違和感に声を上げる。その瞬間、芙二は立ち上がり自身の右手から伸びて彼女を拘束していた糸を掴むと胸元へ向かって引く。
急に強く引っ張られる感覚に襲われた叢雲は目の前にある壁(として認識した)に対して手をついて衝撃を抑えようとする。
「っと悪いな、叢雲。吾オレとしたことがアンタの手を払っちまうなんてな。そして申し訳ない。少々考え事をしていて聞いていなかった。悪いんだが最初から聞かせてくれないだろうか」
「~~~~!!」
芙二の謝罪に対し、状況を理解した叢雲の顔が林檎のように紅く染まる。
そして彼女は声にはならない悲鳴をあげた。
芙二の胸元に手をついた叢雲は、必死で離れようとするも、その手はまるで接着剤でも塗られていたかのように微動だにしなかった。
「えっちょ、ちょっと! なんでアンタの胸から私の手が離れないのよ!」
左右や斜めに動こうとするも手が離れず、どんどん顔が紅くなる半面、口も悪くなっていく。
芙二は今の状況を鑑みて、急に話すと彼女が時雨たちの方へ吹き飛びかねないと判断し、ゆっくりと糸を解こうと専念する。
そして胸元で離れようと暴れる彼女を前に時雨へ先ほどの説明を問う。
「時雨ぇ~! 悪いんだけど最初から説明してくれないか?」
「うん、僕は大丈夫だけど叢雲のことはいいの?」
彼女の問いに対して、芙二が頷く。その下では叢雲が更に表情を崩して、目尻に涙を溜めながら何か言っていたが、気にせず時雨が話し始めるのを待つ。
「けほん! 芙二さんの新しい拠点? いつ新しい家へは行けるの? これから話すこともそうだけど、ここにいるよりかはいい気がするんだ。非情派の連中あいつらの事だから盗聴器なんて物を使っているかもしれない。今後の為にも、ね?」
聞きそびれた内容は一言で要約するならば、場所を変えよう、ということだった。
「うむ。そうだな、その前にだ。新しい家へ行く前に一度葉月さんへ連絡してみようと思う。電話が繋がらなかった場合、急に押しかける形になるが直接行こう。断られたそのときはキャンプでもするかな?」
ハハハ、と気楽に笑う芙二。
その頃になると糸は解けており、叢雲はいつでも離れられる状況であった。
しかし緊張と羞恥心で呆けていた為に、声をかけると一目散に時雨の元へ駆け寄る。
時雨がおかえり、なんて言っていると叢雲は芙二の方を向いて、
「もうっどうしてアンタは平気なのよ! わ、私がどんな思いでアンタを――」
彼女の言葉に被せる様に携帯電話の音が鳴る。音源は芙二の方からであり、急いでズボンのポケットから取り出すとスマホ画面には【