スマホの画面には【
知らない名前に、一瞬「誰だ?」と考える。
芙二の知り合いに福井菜央という人物はいない。加えて、これは個人用のスマホだ。
つまり、かけてくるのはプライベートな繋がりの人間に限られる。
芙二はこの世界で育っていない。必然、知人の数は限られる。軍の仕事では専用の支給端末を使うのが通例で、私用のスマホにかかってくるのは稀だ。
その条件を踏まえて導き出される結論はひとつ。
「……葉月さんの知り合いってことか」
小さく呟くと、画面の応答ボタンをタップする。
(さて、何と言えばいいか)
そう思いながら、口を開きかけたその瞬間――
「あっあの! すみません、
元気で若そうな女性の声が、耳元で炸裂した。
急に耳元で大きな声を出され、思わず放り投げる。
鼓膜が破れるかと思った。
投げ出されたスマホは放物線を描き、叢雲たちが談笑していた方へ飛び、時雨がキャッチした。
画面からはスピーカーにしていないのに、不安そうな声色が絶えず聞こえてくる。
「ほら、ていと……芙二さん。電話の相手、すごく心配してるみたい」
そう言って時雨は、スマホを返しながら近づいてくる。
「ありがとう、時雨。それと言い直さなくてもいい。今や
右手で時雨の頭を優しく撫で、もう片方の手で先ほどの挨拶の続きを話すが、返事が返ってこない。不思議そうにスマホの画面へ確認すると、既に通話は終了していた。
「……もう一度掛け直すか」
芙二はスマホを操作し、履歴から先ほどの番号――【
「もしもし? どちら様でしょうか?」
数コールの後、今度は落ち着いた女性の声が応じた。
「はじめまして、私は芙二凌也と申します。先ほど連絡を頂いたのに、対応が遅れてしまい申し訳ありません。こちら、
挨拶の後、福井からの返事はない。
芙二は聞こえ辛かったのかと考えたそのとき、
「はい、そうです。ひとつ質問なのですが芙二さんは異界から来ている軍人のお方でしょうか? もし違うのでしたら、このままお切りになってください」
思わぬ問いに芙二は目を細める。
普通に生きていて、”異界から来ている軍人”という言葉は出てこない。
だから「葉月の知り合いで間違いない」という確証を得た。
「承知いたしました。では、今すぐこちらにお越しいただけますか? 住所は事前にお伝えしましたし、鍵も渡しているとお聞きしました」
「今すぐですか? 今から移動すると車で軽く六時間はかかると思うのですが……あと私だけではなく少し人数が増えてしまいますが問題はないですか?」
芙二と通話相手の会話に対し、静かに聞き入る者ばかりであった。
「車で? 芙二さんは長距離であろうとも扉を開けたら、目的地へ出かけるようなお力を持っているのではないですか? それと人数については増えても問題ございません。しかし食事はどうなさいますか? お出しできるものが少なくなってしまいますがそれでもよろしければお連れ下さい」
「申し訳ないのですが、一度行った事のない土地へは転移できません。それかその場所を知っている人物が私の傍にいないと転移はできません。なので今から車で向かう事になりますが、それでもよろしいでしょうか?」
丁寧な口調で話す芙二を見て、数名は息を吞む。
「失礼を承知でお伝えしますが、本当に芙二凌也さん本人でしょうか? 私の知り合いを騙るような真似をしているだけならば今すぐにこの通話をお切りください。それでもお切りしないのなら、対処をさせていただきます」
電話向こうの相手の声色がワントーン下がったのを耳にする。彼女は至って冷静に努めている様だが、言葉の節々から疑念を問う感情と微かな怒りが聞いて取れる。
少しだけ、芙二が思考していると電話口から物々しい言葉が聞こえた。
「……沈黙は肯定と受け取りました。場所は――ああ、東第一泊地ですね。最後に何かありますか? 申し訳ないのですが命乞いは聞きません。私の知り合いを騙る意味を教えて差し上げます」
見知らぬ他人が自分たちの居場所を把握している事実に驚く。
何人かは盗聴器を疑い、物をひっくり返す。
「私とあなたの共通の知り合いは
芙二がかつて行った事のある場所で合流する提案をする。何やら物騒な言葉が絶えず彼女の口から出ている状況を考慮して、なるべく被害の出ないように対応しようと決めた。
「この期に及んで、私の知り合いの名前を出すとはその舌を切り落として――
『いいじゃん、お母さん。その自称芙二凌也って人の提案を呑んでも。お母さんが行かないなら私が行こうか? 虹のかけ橋ならすぐそこじゃん』
なっ! それはいけません、
何やら通話向こうの相手の方で言い合いが起きたようだ、と芙二は思っていた。やや興奮気味の福井菜央のピリついた言葉を遮るように冷静な声が聞こえる。
そして過去の話を持ち出して、エスカレートする二人を尻目にミュートする芙二。スマホを置き、二人が話し合っているうちに冷葉達へひと言告げる。
「
そう言うと椅子から立ち上がり、壊れた扉を元に戻してドアノブを回す。扉の先の風景は夕暮れが差し込むもやや鬱蒼とした森が広がる土地であった。
あまりの状況に冷葉たちは息を呑む。扉の奥からは木々の冷たくも爽やかな風が室内を満たしていく。
スマホのミュートを解除して、
「凛さん、私はこれから虹のかけ橋へ向かう。背の高い、白い軍服姿の人物を見たら、話しかけるか殴りかかってくれても構わない。この物騒な世の中だ、鈍器でも刃物でも大丈夫。15分経っても来なかったら、タクシーでも呼んでそちらへ向かうよ」
そういうと、扉の奥へゆっくりと歩いて進む。
扉が閉まる直前、凛の声で、
「了解です! 私もこれから向かいます!」
という元気な返事が返ってきた。
冷葉が閉じた扉を再び開けるとそこはいつもの光景。テロ事件後の修復ままならない傷んだ壁や血痕の広がる廊下しかないのだった。
~
――ここでひとつ、話すことがある。
芙二が織間からの提案で特殊部隊への参加を決めた最たる理由。転移という彼の能力にまつわる制約が深く関わっている。
ひとつは、その土地へ向かうには一度訪れている必要があること。
ふたつは、芙二本人ではない他の者が、転移先を訪れている必要があるということ。
みっつは、魂での契約を行っている場合のみ、上のふたつを用いずとも転移が可能となる。
(そもそも居場所が分かっているなら、