とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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0章 7話『虹のかけ橋』

 芙二は鬱蒼とした森の中を歩く。背の高い木々や低木が茂り、重なり合う葉からわずかな夕日が差しこむ。やや明るい地面は所々泥濘(ぬかる)み、足を取られて転びかねない。

 

(オレ)の記憶に基づいて転移したが、どうもズレがあるように見えるな。本来ならば目の前に橋があるはずなんだがな…?」

 

 キチキチという野鳥の鳴き声、ガサガサと草を踏み荒らすように自身が出す歩く音。

 木々の間を抜ける風の音はまるですきま風のよう。服越しに体で感じるのは冷たい風。

 

 草木の間からはリーン、リーンと鳴く鈴虫の音。

 

「どんだけ深い藪の中に来ちまったんだ」

 

 そう愚痴る様に目の前の草を分けて進むと、とうとう崖に出た。崖下には黒い染みが地面に広がっていた。

 

 はっきりと染みが小さく見える分を考えて、凡そ二十メートルほどだろうと見積もった。

 

 見晴らしのいい所にいる為、少し離れたところに橋が見える。そこの付近に赤い乗用車が止まり、中から一人出てきた。

 

(おぉ? あれが凛って人か? こうしちゃ居られない。今すぐに向かわないと) 

 

 そう思った次の瞬間――芙二は黒い翼を生やし、灰色の帽子とペストマスクを被り、銀灰色のコートを羽織る。

 

 不審者そのものだが白い軍服の人物が宙を歩いている。

 そう特定されやすい要素からかけ離れれば問題ないと判断し、虹のかけ橋へ向かった。

 

 

「あれ、いない」

 

 きょろきょろと周囲を見渡すのは、屋敷の使用人に虹のかけ橋へ送り届けて娘がひとり佇む。

 

 白と黒を基調にしたメイド服に身を包む彼女の名前は福井(ふくい) (りん)。十七歳。

 元気で活発な女子高生。今は葉月の提案で母子ともに家政婦として屋敷で従事している。

 

「やっぱり騙されちゃったのかな~?」

 

 橋の端から端まで歩き、辺りを見渡しても、自然豊かな川や鬱蒼とした山が近くにあるだけでそれ以外は何もない。うわ騙された!という驚きよりもこの人もか、という落胆具合が心を占める。

 

 ――思い出すのは、あの日の山道。父はトイレに行くと言って戻らなかった。今でも強く印象に残っている。

 

 例えるならば飼えなくなった、犬や猫を人里離れた山や見知らぬ土地へ捨てる出来事と同じである。今でもその時の情景が夢の中で出てきて、酷く苦しませる。その後、縁あって母と共に葉月に救われる。彼女にとって葉月は年の離れた兄であり、恩人でもあるのだ。

 

 

 約束を言いつけて、自分勝手に破る人間はそれこそ沢山いた。故に彼女は葉月の知り合いだからと思っていた分、ダメージを受けつつあった。

 

「はぁ……感傷に浸ってる場合ではないよね。早くお母さんにやっちゃってと伝えないと。やっぱり信じる方がバカだったのかな」

 

 そう言うと自分を嘲笑い、振り返って待たせている使用人の元へ向かおうとする。

 

「お初にお目にかかります。私は芙二凌也。あなたが、福井(ふくい) (りん)さんでお間違えないでしょうか?」

 

 橋の欄干から声がする。半ば半信半疑で向くと、黒い壁が見える。

 ゆっくりと視線を上げていくと不審人物の姿がそこにいた。

 黒い翼を生やし、灰色の紳士帽と白いペストマスクをつけ、銀灰色のコートをつけている。

 

「キャァァアアッ!!」

 

 凛は思わず悲鳴をあげた。自然豊かな閑散とした土地、近所に家や店はない田舎のため思ったよりも木霊する。彼女の声を聞きつけた完全武装した使用人たちが四名駆け足で寄る。

 

 そして二人で腰を抜かした凜を保護し、残りの二人で左右、上下の索敵を行いつつ三人の盾になるべく動いていた。

 

(あちゃー……あの登場の仕方ではダメだったか)

 

 気配を消して、橋の欄干より移動して彼女の顔が見える位置に立つ。

 

 見た目が完全に不審者だった。内心「我が至高の姿を見よ!」と自己満足している場合じゃなかった。そして登場の仕方を深く反省して、相手に言った通りの姿で現れる。

 

「なにぃっ! お、俺の目の前に急に現れやがったぞ! お嬢さん! こいつが葉月さんの知り合いってえ男かい!」

 

 警戒心を最大に前方警戒していた男性使用人の前に現れた芙二を猟銃で指して問う。凜は、息を吸い込み大きな声で『そうです! この方が葉月さんの知り合いの方だと思います!』と言う。

 

「先ほどは驚かせてしまい、申し訳ない。私は芙二凌也。あなたが福井(ふくい) (りん)さんでお間違えないでしょうか?」

 

 白い軍帽を取って、一礼する。その様子に凜は先ほど、という言葉にひっかかる。

 

「ではさっきの不審人物は芙二さんだったのですか……?!」

 

 大きく目を見開いて、意表を突かれたような表情をする。その様子に彼女の傍にいた女性使用人の二人は互いの顔を見合わせて頷く。それに呼応するように芙二の前にいた男性使用人は叫ぶ。

 

「こんな不審者、葉月さんの知り合いなわけねえ!! とっとと失せろ、このペテン師がぁ!」

 

 顔を真っ赤にして、去るように言う。

 

「凜さん、さっきの姿で葉月さんの知り合いという証明にさせてください。それならば良いでしょう?」

 

 帽子を被り直した芙二が、凛の方を向いて話しかける。男性使用人は無視されて気が立っているのか、猟銃の先を芙二へと定めて怒鳴る。

 

「失せろって言っているだろうが! ……警告はした。次に一言でもふざけた真似をしたら、命はないと思え」

 

「はは、それは冗談ですよね?」

 

――ドンッ!

 

 猟銃の銃口からは煙が立ちのぼる。猟銃の下げて、リロードをやりつつ弾丸の行方を見続けた。

 

 芙二へ向けられた弾丸は、起動が逸れて鼻へ命中する。その瞬間、まるでショットガンで撃たれたように頭が割れて、派手に血が吹き付ける。返り血は使用人や凛の顔や体に付着した。

 

 後ろ向きに倒れた芙二を見て、凛の表情は凍り付いた。その反対に、リロードを済ませていた男性使用人は、

 

「はは、やった。やったぞ。ペテン師なんぞ、最初からこうしていればよかったのだ」

 

 自慢気に笑みを作る。弾丸を放った男性使用人は、膝を折ってしゃがみ込んだ。

 彼の手はカタカタと小刻みに震え、凛の背後を守っていた男性使用人がフォローに回る。

 

「さて……お気に召しましたかな。流石に弾丸一発くらいは貰ってやるよ。変におどかした(オレ)が悪いからな」

 

 小さな声のする方を向くとそこには凜をおどかした姿の彼が立っていた。

 

「これで証明になるかね? 凛さん。リクエストがあるならば、白い軍服の姿になってもいい。あ、いや転移する異能の方が証明に向いているか?」

 

 目が点になっている凛たちを置いて、ひとり考え込む芙二。

 葉月から合言葉とされていた、異能を披露する方が納得すると結論づけた。

 

「けほん。なら、アンタらに特別見せてやる。これが合言葉の答えだ。我が、異能をとくと見よ」

 

 更に凛達を置いて、芙二は自身の背後に巨大な扉を作り出した。そして無遠慮にその扉を開けて、ここから約三百キロ以上も離れている我が泊地と繋げて見せようと意気込む。

 

「冷葉、ただいま戻ったぞ――」

 

 扉の先へ一歩足を踏み入れると、彼が勢いよくこちらへ飛んで来る。

 

「ぉうわッ な、なんだ? ひ、冷葉! 急に飛びついてくるなんてよほど、寂しかったのか?」

 

 しかしうまく受け止めて、バランスを崩して尻餅をついた。

 

「おう、なんだぁ? 急に扉が現れやがった。おい、そっちに海軍の将校さんが行っていないか? そして艦娘達は手足を拘束して、床に転がしておけ! 抵抗しようものなら足の靭帯を切断して折っちまっても構いやしねえよ!」

 

 下品な会話と笑い声。扉の先では悲鳴や嗤い声がよく響く。

 

 顔や体に龍や鬼の刺青をした男がこちらへ何人か進んでくる。そして芙二の格好やその傍で倒れている冷葉を見た男女は騒ぎ立てる。さらにその中で凛を見つけた者が話しかけた。

 

「凛さん。菜央姐さんの言いつけ通り、やっておきました。葉月さんの知り合いを騙ったやつはまだいますか?」

 

 へらへらと調子よく笑う彼の背後には、何か重く粘つくような気配が佇む。

 ……これは、誰かの強い念か。

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