芙二は冷葉を見下ろす。
その姿勢のまま沈黙を貫く。
膝元に倒れ伏す冷葉の身体からゆっくりと赤い染みが広がっていく。
扉の奥からは、叢雲達の抵抗する音や悲鳴が響く。
あとから下品な笑い声が絶えず聞こえた。
彼女たちの悲鳴が、鼓膜を揺らすその度に芙二の心は憎悪で満ちる。
爆発的に増える怒りの感情に少しずつ憎悪を混ぜ続け、やがて黒く燃え続ける火種が完成した。
それは【破滅への渇望】という名の心の奥底にある望みを満たすものでもあった。
「お、おい。そこの変な被り物のペテン師には傷をつけるな! 葉月さんの知り合いだったんだ。葉月さんを騙る不審人物ってのはこっちの勘違いだったんだよ!」
芙二を撃った男性使用人が慌てた様子で刺青の男へ話しかける。
しかし男は笑い、横柄な態度で否定して言った。
「それはできねえ相談だ。
鮫島が
「海軍の基地だが、艦隊貴族様から好きにしていいって言われてる。だから、今やここの資源、艦娘は俺らのもんだ!」
下卑た目つきで、ケラケラと笑みを浮かべる。
「艦隊貴族? 誰だ、そいつ」
「ん~……これから死ぬお前にいい情報だ。冥途の土産にくれてやるよ。何人かいるが、一人は北第八の提督様よ」
鮫島は獲物を片手に持ち、何気ないように言う。
その瞬間、彼の表情が更に険が走った。
「昔世話になった菜央姐さんの願いとアンタらとうちらの頭で結んだ約束を果たす為にこうして、出向いている。現提督の冷葉なんちゃらはもう虫の息。抵抗してた艦娘どももこの
鮫島が握る柄の刀には、か黒い血が滴っている。
どう斬ったかは獲物を空振らせ、自慢げに饒舌に話す。
「……おい。鮫島って言ったか」
饒舌に話す男に芙二は話しかけた。油を塗ったような、その舌の動きも、ぴたりと止まり苛ついた表情で近寄る。
「なんだ、あの葉月の知り合いを騙る嘘吐き。そのけったいな格好、自分カッコいいと思ってるんか? そんなもの今日を以て卒業したらどうです~?」
そう言うと再び下品な笑い声をあげ、過去の栄光までも語り始める。
自分の組がどうだとか、
心底どうでもいい話題ばかり。
冷葉に延命処置を施す。僅かに体が動くが、意識は戻らない。彼と艦娘たちの魂を、自らの魂に重ねて繋ぎ止める。
「……これが、罪か。ならば
全身が、魂が怒りに震える。
先日のテロ事件時の、戦闘の比ではなかった。
「
怒りに打ち震え、憎悪を滲ませて、口にする。
二対一翼の黒い羽は根こそぎ抜け落ちて消える。
芙二の異変に鮫島は、『身に着けていた飾り物が落ちただけ』と評して嗤う。
鮫島とは正反対に凛たちは謎の圧迫感を感じた。
そして扉の奥から部下が艦娘を笹巻に担いでやってきた。
彼らは上機嫌で、鮫島と同様に声をあげる。
目の前で、艦娘を乱暴に扱った。
「痛いっ」
誰かの、小さな悲鳴が着火剤で満ちた芙二の心の炉に炎の種を焚べた。
――地獄の門は、この世に開かれる。
怒りに任せて彼は叫ぶ、すべての怨嗟を、我が身に宿る憎悪の魂を燃やす。
――我が罪を、我が心の炉へ焚べる薪に変えよう。我が胸中には在るは願いではなく、呪いである。三つ頸、紅き眼。地獄の炎を纏いし、王たる獄獣。我が宝物を奪う愚か者を喰い殺せッ!――
「
自身の中で生じた憎悪が咆哮となり、周囲へ響く。この場にいるすべての生物の本能に警鐘を鳴らす。先ほどまで饒舌だった鮫島や部下は青白い顔をさせ、向きを変えると入ってきた扉まで全力疾走する。その際に股の間を濡らしていたが、気にも留めない様子だった。
~
彼らの方を芙二が向いたかと思うと、扉が閉まる。鮫島たちはあと数センチの所で希望を断たれ、絶望のドン底に落とされた。
深い悲しみに部下は項垂れるも、鮫島は諦めていない様子で、
「あぁッ クソ野郎が! いっいや俺にはまだ奥の手がある。おい、お前らこんな所でくたばっちまうなんて真似をすんじゃねえぞ!」
と余裕そうな笑みを浮かべて鼓舞する。
鮫島は奥の手を扱おうとするが、それを許さない者が動く。
芙二が事前に除外した者以外の全員は、心臓を握り潰された上で神経を、麻酔なしで引き抜かれたかと思う程の痛みを味わった。
「ぎゃいやぁあああ!!」
断末魔ともとれる悲鳴が虹のかけ橋周辺にこだまする。中には痛みに耐えきれず、目玉を上向きに、口から泡を垂れ流して痙攣をおこす者まで現れだすが、それでも止まらない。
「ぐ、あぁ…」
凛も他の使用人に漏れず、二分という時間の中で絶えず続いた強烈な痛みは死を懇願する程。
そして顔から液体という液体を全ての穴から垂れ流し、呻き恨む声をあげる。
「仮に死んだとて、また元に戻してやるよ。お前たちは自らの罪を懺悔せよ」
見下ろしたまま、空を見上げて失神する凛と倒れ伏して痙攣する使用人。彼女らを尻目に笹巻にされた艦娘達の元へ移動して状態を確認する。
位置的に最初がサラトガからであったが、気を失う彼女にひと言謝罪してスカートを捲ると手が止まる。しかし感情を押し殺し、虚空から艦娘用に調合した秘薬を取り出す。
そして蓋を開けて飲み口を彼女の口に当て、少量の液体をゆっくり体内に流し込む。喉の動きで生きていることが確認できた。
その様子を見て、彼は僅かに安堵する。
「この娘たちを傷つけた罪。たとえ地獄の奥底に逃げようと、赦されはしないぞっ!」
完全に感情を押し殺せず、再度芙二が放つのは憎悪の咆哮。
罪なきものを庇護する目的で、自ら貼った結界にひびをいれた。
「ああ、なんてことだ」
彼はサラトガに秘薬を飲ませ、ペストマスクを外して放り投げて額にキスをする。
それは物理的、精神的に干渉できる彼の能力ゆえ。
彼女の中に蓄積された嫌な記憶、感情を出来るだけ引き受ける目的である。
『ワウヴルウゥッ!』
いつの間にか傍で待機していた
体長4.5メートル、体高2.5メートルの巨体。室内なら天井へぎりぎりつく大きさだ。
三つの頭を芙二の元に寄せて、燃ゆる炎の毛でじゃれてくる。
「よ~し、よし。いい子だ。そんな子にはご褒美をあげよう。そっちにいる人魂をすべて喰らってもいいぞ」
腰を抜かして固まっている鮫島たちを指差して教える。
赤黒い炎の尾を喜んでいるのか大きくぶんぶん、と揺らす。
久しぶりに召喚してもらえたことが嬉しいのか、
『ヴルワンッ!』
と高い声で三つの頭がそれぞれ鳴く。
そして芙二の身体に自身の尾を擦りつけて、ご褒美目掛けて一直線で駆け寄る。
「彼女たちには後でご褒美をあげようか。あのサイズだと場所を取ってしまうから……」
ケルベロスを見ながら、くだらないことを考えていると後ろから声が掛けられる。
「あ、あなたが芙二凌也なの? こ、この惨状とあの化け物はいったい……」
死屍になりかけの凛を抱きかかえつつ、
こちらを怯えた目で見つめる彼女は、凛の母である