とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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0章 11話『白月組若衆 紅雪』

 

 

 紅雪(こうせつ)は刀の柄を握りしめ、芙二の様子を伺う様に動かない姿勢を取る。こちらが下手に動けばいつでも抜刀し、斬りかかれるという準備を既に終えている風にも見えた。

 

(オレ)はアンタと戦う気はない。だけどまだ、福井(ふくい) 菜央(なお)から離れることは出来ない。話すよりも先に、彼女の方を見てもらう方がいい」

 

 そう言って、顎で菜央の方を示す。紅雪は目の前の不審人物の言葉に従って、知人の福井菜央の方を見ると目を丸くして言葉を失ったまま見つめる。

 

「う、そ……いったいこの場でなにが起きているんですか! 菜央さん、教えてください。あなたの膝元で斃れている方は凛さん? それに使用人方も同じように斃れているのはどうして!」

 

 菜央が呟いた言葉とは裏腹に紅雪の口からは彼女達を心配するような言葉が放たれる。

 

「うっ そ、それは私の早とちりでっ」

 

 紅雪の言葉に対し、顔を青くさせた菜央はしどろもどろに話し始めたとき、

 

「凛さんは、(オレ)が殺した。だって変な奴らをけしかけてきたんだぜ? 弱卒組だっけか。ま、口ほどにもなかったけど。ハハハ!」

 

 と、芙二が言葉を被せた。

 小ばかにするような言葉を耳にし、頭に血が上った彼女は駆けだす。

 

「この外道めが! 若頭のご友人と言うのでどういう人間かと思えば、ただの変な格好をした外道ではありませんか! 海軍の将校だか、知りませんが組の者に手を出したんです。その命で償ってもらいますよっ!」

 

 怒りに任せて斬りかかろうとする自分に、どこか恐怖が追いついてきているのを否応なく感じていた。

 

  大声で嘲笑する様子に、下唇を噛みしめながら小刻みに紅雪はかすかに震える。思いのほか激怒した表情を見て、芙二は余計なひと言だったと心の中で謝罪する。

 

 

 大太刀を勢いよく抜刀して、芙二の元へ駆ける。その速度はあまりにも早く一般人では凡そ回避も防御も出来ない。そう一般人ならば、だ。

 

「あいにくだけど、戦うつもりはない。……≪神雷貫屠(シンライカンド)≫」

 

 ひと言呟くだけで、芙二たちのいる空間が歪み、赤い稲妻が発生する。

 

 雷鳴だけでなく、稲妻の雨が降り出す。

 

 秒間約十メートルの雷の粒が地面にあたると、小さな火花を散らす。まるで地表そのものが光を孕んで脈打つように見えた。

 

「これが異界の力かっ!」

 

 降り注ぐ赤い稲妻を見て、叫ぶ。

 

 雨のように降るも、石をも砕く様は一つ一つが高電圧を纏う槍というべきか。

 

 ―ーなどと、思考していれば赤い稲妻が紅雪の脇腹を掠める。

 

 

「っぎぃ! あ、あああああ!!!」

 

 掠れただけなのに、熱が波状に伸びていく。

 紅雪は内臓を蝕まれるような痛みに悶える。

 

「なんてこと……!」

 

 菜央の目には経験したことのない光景があった。

 

 変質者の一言により、嵐のような気候が生み出され。

 吹き荒れる風雨のような稲妻はもはや回避ができない、と思わせる。

 

(すごいな、これほどとは)

 

 芙二はその場から一歩も動かず、四苦八苦して近づこうとする彼女に感心する。しかし五分経っても縮まらない距離に対してトドメを刺す事にした。

 

神雷貫屠(シンライカンド)≫を解除し、紅雪を解放する。鳴りやまなず、風雨の雷から解放されても尚、彼女の殺気は収まらない。むしろ増しているように菜央は感じていた。

 

「なんのつもりですか。私に慈悲でもかけたつもりなら、ご不要です。しかし……ふふ、あなたは大馬鹿者です。あのまま拘束していれば、殺せたのに。今現にこうして――」

 

 気配が消えた一瞬で縮地を行い、芙二の上を取る。菜央はその様子に対し、叫ぶ。だが彼女は大太刀を抜刀せず、長い得物でそのまま頭を叩き割ろうとしている様だった。

 

「自ら、地を離れてくれて感謝するぜ」

 

 そう呟いた瞬間、芙二の足元が青白い光を発する。

 

「足元が青白く光って! まだ何か…! いや……この隙は決して逃さない。私が斃れても、まだ他の組が黙っていないぞ!」

 

 しかし紅雪はこけおどしと捉えて、怯まず強行した。その彼女が柄を握る力が増し、みしっと大太刀全体が赤いオーラに包まれている様にも見える。

 

「――うぅッ!」

 

 芙二の背後から力強く伸びる物があった。それが簡単に紅雪を押し飛ばす。不意を突かれた彼女は腹を圧迫され、奇怪な音を立てながら、宙を二転して落ちる。

 

「げっほ、ごほごほ……うっおぇっ」

 

 何とか着地するも、あまりの衝撃に吐しゃ物を垂れ流し、口元を拭って芙二を見つめる。しかし何もない。地面が抉れている訳でもない、芙二の周囲が血で濡れているだけ。

 

 なぜ、変質者の周囲は血で濡れているのか。

 自身の攻撃はひとつも直撃はしていない。手ごたえもない。

 余計なことを考えた、という事実がこの先を大きく変える。

 

「……はぁ」

 

 芙二は右手を紅雪の方へ向け、手のひらを開く。向けている手の小指をゆっくり曲げると紅雪は左足の痛みに呻く。

 

「何を……ぐぅ、うッ!」

 

 小指は再び立てる。次は薬指だけをゆっくり曲げると右足がひどく痛む。薬指も立てると次は中指は完全に折り曲げ、親指は軽く曲げるのを確認した。

 

「いったい何が起きているの?!」

 

 あの変質者の攻撃を受けてから、紅雪の動きが確実に鈍っている。

 二人の戦いを眺めることしかできない菜央は彼女の挙動に不安を覚えていた。

 

「ぎぃ! ッつ! どういう手段で痛みを与えているのかはしりません。しかしこれだけで攻撃を止めると思わな――」

 

 芙二は無言のまま、親指を立てたまま、他の指を思いきり握りしめた。

 同時に紅雪の方から何かが割り箸を束ねて折ると同じ音が聞こえる。

 

 そのまま紅雪は膝をついて前のめりに倒れた。

 本人もなにが起きているのか、分からない様子だった。

 

「動かせるか、手足」

 

 芙二は紅雪の前にしゃがみ、問いかける。

 

「何を言ってい――あ、あれ? う、動かせないと言うよりかは、感覚がない!」

 

 梅雨の頃、酸欠で地表に這い出たミミズのように、もがく。

 

「アンタの神経は、今、(オレ)の拳の中にある。ただそれだけの話だ」

 

 紅雪の瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。全身を針で貫かれるような激痛に、堪えきれず膝をついた。喉から嗚咽が漏れ、視界が赤黒く滲む。

 

 芙二は指を軽く立て、無言で彼女を見下ろした。

 

「指を曲げれば、頭が潰れる。小指なら足首だ。わかるよな?」

 

 その言葉が突き刺さり、紅雪は歯を食いしばるしかなかった。

 彼女の表情を見てか、フッと口角をあげた。

 

「大丈夫よ、もう解除したからこうしても全身がぐちゃぐちゃに潰れる事はない」

 

 目を細めてケラケラと笑いながら、手のひらを開閉させたり、指を奇妙に動かせてみせる。

 

 仮に解除していなかったら。

 その奇妙な指の動きで、無残な姿になっていたと思うと恐ろしいと肝を冷やす。

 

「とりあえず移動しようよ。セーフハウス、だっけ。葉月さんが(オレ)にくれたところへ」

 

 適当にストレッチをしながら、そう言う。

 ペストマスクと奇怪なコートの状態から、白い海軍帽、白を基調とした青い軍服姿に着替えた。

 

「……もう好きなようにしてください」

 

 呆気にとられたのか、芙二の顔を見るや力なく答えた。

 

「後で凛さんや紅雪さんに謝っといて」

 

 そう言うと、紅雪に手招きして声をかける。

 

「紅雪さん、動けそうか? 立つのも辛かったら、担ぐか、引っ張るが」

 

 紅雪はゆっくり立ち上がり芙二が言う、引っ張るという言葉を変に感じつつも立ち上がる。

 

「あ、なんだ。立ち上がれるじゃん。ならいいか」

 

 ふらふらと近寄ってきた紅雪を近くに抱き寄せ、治療するあいだで菜央の額に手を当てる。

 菜央は変な声をあげ、紅雪は何をするのか、理解できない様子で睨む。

 

「福井さん。とりあえず葉月さんが(オレ)にくれたっていう屋敷を教えて。大丈夫だ。口で言わなくていい、頭で、記憶の糸を辿る様に玄関だけでもイメージして。後は何とかするから」

 

(な、なにを言い出すんでしょうか、このひと)

 

 だが、自身よりも強者の紅雪が手も足も出ない状況に慄く。

 下手に刺激するよりかは、という思いで指示通りに行動する。

 

「……ふむ。これが。よし、向かおう。何事も早い方がいいだろう」

 

 菜央が指示通りに記憶を辿ったお陰で、玄関どころか屋敷の全体がイメージが出来た。

 

「遺体を(オレ)の近くへ。今は時間がない。多少傷ついてもかまわない、早くしてくれ」

 

 菜央、紅雪は顔を見合わせつつも、遺体を近くに集める。

 

(屋敷でいったい何をするつもりなの?)

 

(黒さん……申し訳ありません)

 

 遺体の数を数え終えると、新しい拠点へ転移した。

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