とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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0章 12話『セーフハウス①』

 ―転移後、芙二の新拠点前―

 

「――到着っと。よし、もうそんなに身構えなくても大丈夫だ。にしても、ここが葉月さんが持っていた拠点。いや屋敷か」

 

 芙二は福井菜央の記憶を頼りに、彼女とともに新居の玄関前へ転移した。

 目の前には厳かな雰囲気を醸し出す瓦屋根の和風門。

 

 そして何メートルあるか分からない山茶花さざんかの生け垣が続く。高さはパッと見で一・五メートルか、と芙二は考える。

 

 今は夏が終わり、秋の始まりだがあの生垣には桃色の花がたくさん咲いていた。

 

「えっと……この日本家屋はどれくらいデカいんだ?」

 

 果てしなく続く山茶花の生垣。

 大人六人が並べるほどの瓦屋根の和風門。

 芙二はただただ圧倒されていた。

 

「いやそれよりも早く凛さん達を中にいれないとな」

 

 ふと思い出したようにわざとらしい言葉を呟いて、菜央と紅雪の方を向く。

 

「これはどうしたらいい? (オレ)が何度か扉を叩けば、誰か他の使用人が出てきて勝手に彼女達を運んでくれるのか? それとも自分たちで扉を開けるパターンなのか?」

 

 芙二の問いに対して、菜央が答える。

 

「今は芙二さんが持っている鍵で開ける必要があります。葉月さんから鍵を貰わなかったですか? 銀色の小さな鍵。それを玄関の隣にある扉が見えますよね? そこの錠前に刺してください」

 

 立派な玄関を一度指差し、ゆっくりと差す指の方向をずらしていくと何もない。

 

 首を傾げつつ、菜央の指示に従い恐る恐る近づく。

 生垣でカモフラージュされた隠し扉が見える。

 

「……あった。こういう風な仕組みなのか。そこにこの鍵を、よいしょっと」

 

 扉の錠前に銀色の小さな鍵を差し込む。

 

 時計回りに捻ると、小気味いい音が一回鳴る。

 開錠音だと理解した芙二は扉を押すように開けて先に進む。

 

「なっなんだこりゃあ!?」

 

 扉の先の景色は敷地内は小さな雑木林のようになっていた。

 木々や低木が生い茂り、剥き出しの地面に関しては多くの人で踏み固められた痕跡が分かる。

 

 しかし肝心な新しい拠点の位置が分からず、菜央たちに声をかけた。

 

「菜央さん! 紅雪さん! アンタの指示通りで開いたぞ。今から凛さんたちを中にいれるが、どこか広い場所はないか? 雑木林のようで道がまるでわからん」

 

 菜央と紅雪の前に来て、ひとつ尋ねる。

 

「広い場所ですか? だったら、母屋がこの屋敷の中で一番広いかと。……芙二さん? いったいこの母屋の中でなにをするのですか? 凛たちを静かで暗い場所に安置したいのですが」

 

 ちらりと横目で目が窪み、肌が青白くなった凛を見つめる。芙二の目には彼女の怒りはまだ消えていない。証拠に彼女は小刻みに揺れ、娘を撫でていない手は血が滲むほど強く握っている。

 

 しかし自分よりも遥かに強い紅雪を歯牙にもかけず倒した、という。

 その事実を受け入れられないのだろう、と考えた。

 

「ん? 遺体の安置? それは必要ないだろう。彼女らはずっと今もここにいる」

 

 そんなことを言う芙二に対して、菜央は思わず大きな声が出ていた。

 

「はぁ!? あなた、私の娘や使用人の方々を手にかけておいて何を言うんですか!! 異界の知り合いなんて分かりにくい嘘を言わなければ、こうはならなかったんだと思いませんか!」

 

 眉間に皺を寄せて、腕を組んで答える。

 

「怒鳴るなよ。こっちは冷静に話しているんだ。だがな、娘を信用しなかったのはアンタ自身だ」

 

 ヒートアップした菜央が口を開く前に、芙二は言葉を重ねる。

 

「それに月波乱樂(げっぱらんがく)雀酔組(じゃくすいぐみ)に潰させたんだ。殺されても文句は言えないだろうよ。違うか?」

 

 顔を赤くさせる菜央を見かねて、今まで静かにしていた紅雪が大太刀の鞍に手をかけた。

 二人の視線が彼女に集まる。

 

「話しの途中ですが、失礼します。菜央さん、なぜ雀酔組に頼ったんですか?」

 

 紅雪の言葉に菜央は黙る。

 

「黒さんのお爺様が結んだ協議を、勝手に破ったのですか?」 

 

 静まり返る中、気まずそうに口籠る彼女に紅雪は溜息を吐く。

 

「あなたは黒さんに恩義を感じていたのではありませんか? 母子ともに路頭に迷っていたところを救ってもらったのでは?」

 

 紅雪の問いに、菜央は返せない。

 

「申し訳ない。紅雪さん。葉月さんはヤクザなのか? あの人はそんな素振りを見せなかったから、知らなかったな」

 

 芙二がぽつり、と言うと紅雪の顔は青ざめた。自分の知る海軍将校がカタギであるはずなのに、若頭の正体を明かすことになってしまったからだ。

 

「黒さんは、はい。カタギではありません。秘密にされていた若頭の正体を明かしてしまったこと、どうかお許しください」

 

 紅雪は全身から汗を流し、素早く土下座の体勢を取る。

 

「ですが……どうか、お願いします。 黒さんの正体を知ったとたん、皆が距離を置きました。あの人はとても寂しそうな顔をしていたんです。私は、もう二度とあの顔を見たくないんです」

 

 頭の中に過去の記憶が浮かぶ。

 

 仲の良かった友達から縁切りを言い渡され、泣いていた自分の姿、孤独に戦う黒の姿、次期若頭候補として選ばれたこと、三年間の行方不明、そして帰宅時には家族の死。 

 

「それに芙二さんが友人になってから、よく話していたのです。異界で元日本人に会ったと。その元日本人が異界の国で新しい力を得たとも。ですので――」

 

「そんな風に説明していたのか。それでも(オレ)は友人を辞めるつもりはない。死ぬまで続けるよ。それに、雀酔組はもう抗争を仕掛けてこない」

 

 紅雪は顔を上げて、涙を流しながらも感謝を口にした。

 

「あいつらは(オレ)の宝物に手を出した。それがすべてだ」

 

 芙二は不敵に笑い、続ける。

 続いていた笑いが途切れ、掌から青白い炎を出現させる。

 

「……見えるか? こいつは雀酔組の人魂だ」

 

 その言葉には怒りが見えた。

 一思いに芙二は掌の青白い炎を握り潰す。

 

「今、魂の欠片ごと消滅させた」

 

 一瞬で青白い炎を握り潰すと、指の隙間から白い砂がこぼれ落ちた。彼らの魂は、もはや輪廻にも戻れない。

 

 あの三つ頸の炎の犬――その存在を目にした菜央は、言葉も出ず固まった。

 

「じゃ、雀酔組の者を……? どこにそんな証拠があるっていうのですかっ!」

 

 菜央の声は震えていた。信じたくない現実にしがみつくように。

 

「なにを言って……っ!」

 

 紅雪は突拍子もない言葉に恐怖し、目を逸らしたまま動けなかった。

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