―葉月家屋敷 庭―
芙二、
五分ほど歩くと、やがて敷地内の主要な移動経路である渡り廊下が見えてくる。土や砂利、植物に囲まれた空間から、ようやく人の手が入った場所へと抜け出したことを意味していた。
「お、やっとか。や~っとそれっぽいところへ出てきた。この敷地、すげえな。通路と植物だけで天然の迷路じゃん。これを設計したやつ、絶対に遊び心あったろ」
芙二は自分を撃った男性使用人と他の使用人をそっと地面に降ろした。菜央や紅雪も凜や女性使用人を傷つけないよう、慎重に横たえ、小休憩を取る。
それぞれストレッチや深呼吸をし、肉体の疲労を軽減しようとする動きが見られる。菜央は凛の額を優しく撫でながら、近くにある目的地を意識しているようだった。
「……菜央さん、紅雪さん。少し話がある。他言無用でお願いしたいのだが、いいかい?」
芙二は、真剣な眼差しで話しかける。
出会って一時間も経っていないが、初めて見る厳しい表情に、ふたりは息を呑んで頷いた。
「ここへ来る前に広い場所が必要と言っただろ? 本来は屋内でやるつもりだったんだが、彼女らの遺体を安置する必要がないと言った意味……今から教えるよ」
そう言うと芙二は渡り廊下の両端に、凛や使用人たちの遺体を丁寧に並べていく。
紅雪と菜央も手伝いながら、血の気を失った彼女たちの青白い肌に、どこか深海棲艦のような面影を感じていた。
(ヒトの死念と艦娘の深海化、そして深海棲艦……ゲームでは旧帝国時代の戦艦に搭乗し、戦禍で散った人間の怨念が彼女たちの正体とされていたが、この世界では一体……)
思考を巡らせていると、紅雪に「並べ終えました」と声をかけられ、芙二は我に返った。
「本来は長い詠唱が必要だったりするが、今回は死後間もないから省略する。
≪
芙二の詠唱と同時に、遺体たちの中心に金色の魔法陣が幾重にも展開される。完成されたそれは、まるで息をしているかのように優しい光を放っていた。
神秘的な光景を前にしても、菜央の不安は晴れず、
凛の元へ駆け寄ってその体にしがみつき、泣き叫ぶ。
「あぁ、神様……! 娘を連れて行かないで! お願い、私の命と引き換えに――」
娘を抱き締めて泣く彼女の腕の中から、かすかな声が聞こえる。
「お母さん……? あれ、どうして私はここにいるの?」
体は冷たく硬直し、腕や足の感覚もおぼつかない。
視界には母の涙で濡れた顔や、自分たちを囲う足音、風に揺れる木々のざわめきがぼんやりと入る。それに、視線の先には共に橋へ向かった使用人たちの姿もかすかに見えた。
ずきりと頭が痛む。
「え……ここは……?」
戸惑いの声が、震えの残る体から漏れる。
「あっ、お母さん。芙二さんは葉月さんの知り合いだから! だから、あいつらは下げて!」
彼女の脳裏に蘇るのは、ペストマスクの黒衣の男と三つ首の獣が鮫島を襲う光景だった。
「うっ」
強烈な吐き気が込み上げるが、何も吐けず、咳き込みながら鼻をすする。菜央はそんな凜の背を優しく撫でた。
やがて、他の使用人たちも次々と目覚め、紅雪の姿を見て驚愕する。
「大丈夫ですよ。私は裏切り者の処刑でこの場に来たわけではありません。若頭……黒さんの命令でこの場へ来た次第です」
彼女の言葉を聞いて、思い出したように言う。
「そういえば、なんできたんだ? アンタは戦いに来たわけじゃなかっただろう?
「葉月さんからの伝言を預かってます」
彼女は軽く咳ばらいをしてから続けた。
「『もし彼が疑われ、やむを得ず戦闘になるようなら、すぐに組の者を鎮めてくれ。ただの人間では歯が立たない。それに怒りや恨みは、彼にとって火に油を注ぐようなものだ』
――とのことです。私も半信半疑でした。たしかに我々ではあなたの心臓に刃は届かない。……凛さんの件は、不問としましょう」
そう言うと紅雪は、芙二に向かって深く頭を下げた。
「彼女達を生き返らせてくださってありがとうございます。このことは黒さんに伝えておきますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わねえよ。ただひとつ。 ……長距離転移をあのやり方で強要するのは不敬だろ?」
芙二は目を細めながら、もっと明確でわかりやすい条件にするよう示唆する。
紅雪は頭を下げたまま、静かに頷いた。