使用人たちが皆、互いの生存を喜び合っていた。
芙二は頬を掻き、申し訳なさそうに肩をすくめた。
「さて、凛さんたちを一度安静にできる場所へ連れて行こう。殺されて蘇生されるなんて、人生でそう何度もあることじゃないからな」
ただ内心は、(彼女らが望むなら、蘇生後のアフターケアもやるつもりだ)と考える。
芙二の様子は、紅雪の目には皆を気遣っているように映った。
「皆さん、芙二さんの言う通りです。あの苦痛は即死と言っても過言ないです。何か不安や心配事があれば小さなことでもいいので教えてください」
どこかしょんぼりしている芙二を見つつ、その場に座る彼らに対して伝えた。
その中でひとりの男性使用人が挙手した。
白髪の、目尻に皺のある、白と黒を基調とした制服を着た老人だ。
彼は芙二と紅雪を見つめ、静かに口を開いた。
「紅雪さん、ひとつよろしいかな? そもそも私が勘違いをして芙二さんを撃ってしまった。今にして思えばあのような登場の仕方も人智を超越したお方ゆえ……と思っておる。それに鮫島のやつも、この場に現れるとは思わなんだ。艦娘さんたちが私たちのために肉を裂き、骨を断つ思いで戦っているというのに、恩を仇で返すような真似をしてしまった。申し訳ない」
彼はそのまま頭を下げる。しわがれた声で、静かに謝罪をした。
芙二はその態度を見て、形式だけの言葉ではないことを強く感じていた。
「アンタの罪を許す。既に怒ってはいない。鮫島たちの
目を細めて、男性使用人の老人を見ながら柔らかく告げる。
彼は頭を下げたまま、小さな声で感謝の言葉を口にした。
「今のうちに何か言いてえやつはいねえか? いねえなら、正式に
そう言いながら、ズボンのポケットから何度も折りたたまれ、皺のついた紙と銀色の小さな鍵を取り出す。全員に見せる様に示した。
「はい。葉月さんの知り合いという確認ができましたので、今この瞬間を以て芙二様がこの屋敷の主人ということになります」
今まで蘇った凛の様子を逐一気にしていた菜央が宣言した。
誰も反対の言葉をあげない。
(え? 紅雪さんがここの代理主人とかじゃないのか)
芙二は表情には出さず、内心でぼやく。
自己紹介の時は”白月組の若衆”とも言っていたな、と思い出していた。
「ところで芙二様、ひとつよろしいでしょうか?」
小さく一回咳ばらいをして、再度確認する。
芙二は頷き、続きを待つ。
「念のために確認させてください。芙二様は葉月様、いえ我々と敵対する意思はないと見てよろしいいでしょうか?」
静かに頷く。
「基本的にはないな。無駄な争いをする性分じゃない。ただ
目を瞑り、今さっき起きた事態を思い返しながら手のひらを力強く握る。
「それでもしも、葉月さん達と……いや
ペストマスク越しに、楽しげな笑い声が聞こえた。
一部の者はその意図を察して青ざめる。
菜央や使用人たちは頷き、凜や紅雪は【芙二の宝物】について思案する。
考慮すべき点は、今のうちに抑えておこうというところだ。
「あ、そうだ。屋敷の新しい主人の顔を見せないといけねえわな」
ふと、思い出したかのようにペストマスクを外して、改めて自己紹介をする。
「改めて挨拶を。元提督、芙二凌也だ。最近のテロ事件で殉職扱いを受けたが、今は秘密裏に海軍の一員として活動している。知っての通り、人間ではない。例えるなら……漫画やアニメ、神話に登場するような龍の邪神だ。とはいえ、贄を必要とするタイプじゃない」
――朗らかに笑う彼の顔は整っており、野性的なヒトという印象が強い。
藍色の短い髪に、猫のような瞳孔の細い赤い目。
肌はやや白く、顎の下からどこまで続くか不明な傷跡が目立つ。
「龍の邪神? それはどういう存在なのでしょうか」
目を丸くして、凛がおそるおそる訊ねた。
「うーん、難しいね。形にするのがむずかしいんだ。そうだ、強いて言うなら
腕を組み、眉間に皺を寄せて答えたが、納得していない様子あった。
「自分の存在について語るのって、けっこう難しいな。まぁ……人間社会にうまく溶け込んでる、ふんわり系の邪神って思ってくれればいいよ」
ペストマスクとコート宙に放り投げると細かい泡となり、消える。
その光景に芙二以外の全員が驚愕する。
物質が影も形もなくなるのを目の当たりにし、「
「さて、とりあえず屋内へ移動していてくれ。
軽く咳ばらいをした。そして彼女たちに最初の指示を出す。
「紅雪さん、菜央さん。他の使用人の方がいたら芙二凌也と言う人物の事を教えておいて。見知らぬ人が歩いてたら変に気を使っちゃうでしょ?」
芙二は言いたいことを言い終えると、目の前の空間を裂くように扉を作り中へ飛び込む。
~
菜央を含めた何人かが屋敷の中へ帰っていくとき、最後に残っていた凜が紅雪に言う。
「紅雪さん。葉月さんはとんでもない人と友人になってしまいましたね……」
凛は左手を胸に当てる。
声色は普段通りだが、吐息の乱れと額の汗から、緊張が隠しきれない。給仕服の上からでも分かるくらい汗で下のラインが見えた。
「……はい。本当に、困ったものです」
紅雪は無表情を保っていたが、その手は微かに震えていた。
彼女なりに緊張が伝わってくる。