とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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0章 15話『泊地への来訪者』

 山梨の屋敷から泊地の執務室までは、瞬きをする間もないほどだ。しかし鮫島とのやり取りや屋敷の主としての承認宣言で、気づけば一時間以上経過していた。

 

 一時的な魂を結びつける行為のあと、彼女たちに何か異常があったという報告は届いていない。

 

「すまない、遅くなっちまった! みんな、大丈夫か?」

 

 壁から出てくる芙二であったが、その声に誰も反応しない。執務室の中を見渡しても鮫島たちの暴行の痕跡がありありと見て取れるだけで冷葉や叢雲たちはいなかった。

 

「ん? 誰もいないな。それにしても鮫島とかいう奴らはだいぶこの場所を好き勝手してくれたみたいだな。雀酔組(じゃくすいぐみ)だったか? ……てめえらの本拠地が割れるその時まで、忘れねえからな。それに――」

 

 血に濡れた机は無惨にも横倒しになり、床一面には泥と靴跡が散らばっていた。

 無造作に踏み荒らされた書類は、まるで呻き声のように散乱している。

 

 一枚を拾い上げ、灰のように燃やした後、荒れ果てた室内を見渡すと、扉を開けて駆け込んできたのは神城(かみしろ) 陸翔(りくと)だった。東第三鎮守府の現提督である。

 

「凌也殿! 戻ってきていたか!」

 

 息を切らしながら、心配そうな声を上げる。

 

「神し……いえ陸翔(りくと)殿。暫くぶりですね。貴殿の艦隊はどうですか、サルベージ作戦を完遂して再び会う喜びは分かち合えましたか」

 

 一応上官だったことを思い出し、他人行儀な態度で接する。そんな芙二の様子に、ムッと顔を顰めて大股で陸翔は近づく。

 

「しかし凌也殿、この惨状はいったい何があったんだ? 俺は冷葉殿に呼ばれて急いでやってきた。彼らは今艦娘専用の宿舎で休んでいる」

 

 陸翔は激しく損壊した執務室を見渡しながら言った。

 彼が話す言葉の中で冷葉が呼んだということが分かり、少し安心する。

 

「……凌也殿の初期艦である叢雲の様子が、どうもおかしい」

 

 だが最後には耳を疑い、言い切る前に割って入る。

 

「なんだって? 叢雲の身に何か異変があったのか! どうしてだ、魂を繋ぎ止めても支障はなかったろうに! こうしてはいられない、早く彼女の元へ向かわないと!」

 

 目の色を変えて執務室を駆け出そうとする。そこへ陸翔が邪魔をするように割り込む。

 

「陸翔殿! どいてくれ、早く彼女を救わないと手遅れになるかもしれない。元の正常な状態に戻してやらないといけないんだ!」

 

 陸翔の目が芙二の目を真っ直ぐに捉えていた。その眼差しには、確かな疑念と、別の真実を知ろうとする覚悟が宿っていた。

 

「どかない。何が起きたのか、話してくれないとどかない」

 

 芙二は下唇を噛み、陸翔から視線を外すと≪転移門(ゲート)≫を出現させた。

 彼には目もくれず飛び込んだ。 

 

「んな!? これこそが凌也殿の長距離を一瞬にして移動するズルか! だがしかし、この俺が逃がすわけないだろう」

 

 芙二の半身は飲み込まれ、残った脚に陸翔がしがみついた。

 

「陸翔殿! 手を放せ!(オレ)が許可していない者はこの中から出れない。ついて行くと、次元の狭間に落下して永久的に彷徨う事になる。艦娘専用の宿舎はすぐそこだ。歩いていけば追いつける距離だ! だから、その手を放せ!!」

 

「いいや、離さないぞ。次元の狭間に落ちて二度と出れなくなる? はんっ それ程度じゃあ俺は止まらないぞ、凌也殿!」

 

 芙二は陸翔の言葉から強い信念を感じ取り、一度は諦める。

 

 陸翔が意地でも手を離そうとしないのを見て、芙二はため息を吐くと、彼の頭を右足で軽く蹴って引きはがした。

 

 突然の出来事に反応できず尻餅をつく前に、転移門を展開させて受け止める。

 

「っうう……凌也殿、急に足蹴するなんて酷いじゃないか。だが痛みは自然とない、それに受け止めてくれてありが」

 

 陸翔は状況を理解して、悲鳴をあげる。

 

 無理もない。陸翔の視界に映ったのは、扉の縁に引っかかった芙二の腰から下だけだった。上半身は、自分をクッション代わりに支えている。

 

「甲高い声をあげるな。声変わり前の男の子かよ。……そろそろ元に戻るがゆえ、離れるぞ」

 

 下から呆れた声色で言う。そして背から手をどかし、眉を八の字にさせ、溜息を吐く。

 少しずつ手を引っ込めるとき、彼が万が一の事態に陥り、扉の中への落下を防ぐ方法を考える。

 

 思いのほか、すぐに解決策が分かるとすぐ行動に移した。

 転移門の扉を閉じて、下半身がある上側へ移動する。

 

「よっと」

 

 扉を閉じ、両足で着地をしてしゃがみっぱなしの陸翔へ手を差し伸べる。

 

「おお、悪いな。んっ……ありがとう。しっかし泊地の艦娘や職員の方々は日頃、摩訶不思議な体験ばかりをしていると思うとこっちは平和でよかったよ」

 

 陸翔は臀部や足を何度か手ではたいて、埃を落とす。改めて身を以て、芙二の不思議な体験を経験し、陸翔は彼自身が摩訶不思議なちからを身につけてない事を冗談ぽく笑う。

 

「戦場を共にする艦娘なら日常茶飯事だが、この泊地でそういう体験をしている人間は冷葉、八崎さん、紫月さんくらいだ」

 

 芙二は左手の指を折り曲げながら、名をあげていく。

 

 人間は、という言葉に引っ掛かっていると芙二が再び溜息を吐いて、

 

「それじゃあその辺りの話もしようか。ここでなにが起きたのか、ということもついでにね」

 

 そう言いながら、右手を何もない虚空へ突き刺し、何かものを探る様に動かす。

 中からは折りたたまれたキャンプ椅子を二つ取り出して、自分と対面になるように設置する。

 

「ほら、キャンプ気分で話そうぜ」

 

「こんな惨状でキャンプ気分って、凌也殿の神経は常人とは異なるのか……」

 

 ごちる陸翔に、『冗談だ』と言い返した。

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