とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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0章 16話『元々不足していたモノ』

 

 陸翔が泊地を訪問してから時計の長針は十七時を刻もうとしていた。

 

  芙二は何もない空間に手を伸ばすと、そこからキャンプ用の椅子を取り出し、陸翔に座るよう促す。

 

 陸翔は、腰をかけて座り芙二の顔を見て口を開いた。

 

「凌也殿のような存在が他にもいて、この泊地に関わっているということ? いや、やはりこの惨状を招いた張本人について、か?」

 

 物腰柔らかい雰囲気を醸し出す芙二を見て、陸翔は問う。

 

(色々聞いてきた彼が最も一番聞きたいことは……この場の有様についてだろうか)

 

 と芙二は頭の中を整理し始める。

 

「そうだな、先の質問に答えよう。人間が極端に少ないのは吾オレにも分からん。ただ、一人だけ人外の味方がいる――名は伏せるがな」

 

 芙二の言葉に、陸翔は目を見開いて何か言いたげにする。

 

「凌也殿のような存在が他にも? それは心強いな。もしもがあったら是非頼らせてもらおう」

 

 彼の反応は想定通りと言わんばかりに、芙二は話の続きを始めた。

 

「最初の質問に戻らせてもらうが、極端に人が少ない理由は知らん。上が決めたことだろう。

 

 だが“もしもの保険”――芙二凌也という人物が去った今、その穴を埋めるために運営の立て直しが必要になった」

 

 芙二の言葉に陸翔は頷く。

 

 彼が人外と明言する意味が理解できていた陸翔は頼もしいと感じていた。

 

 何かと外部から接触が多い時だ。

 首が回らなくなった時の保険はいくつあっても足りない。

 

 不足の事態を解消しうる切り札は安心材料として十分な効力を持つ。

 

「……さて、本題に入ろうか。本当は(オレ)の所だけで済ませてしまいたい思いがあったのだが、きっと陸翔殿の方にも皺寄せが行くはずだ。いや絶対に行くとこの眼を以て断言しよう」

 

 陸翔は顔を青ざめさせる。

 

 今までの物腰柔らかな芙二の雰囲気とは一変。

 まるで死神と対峙したような恐怖感に思わず、鳥肌が立つ思いで一歩下がる。

 

「おっと、悪いな。本題に入る前のクールタイムみたいなモンだ。これから話すのは希望ではなく、絶望だ。それも陸翔殿の過去と対面する必要が出てくるかもしれねえ」

 

「俺の過去? それはどういうことだ」

 

 陸翔は鳥肌の立つ部分を擦りながら、眉間に皺を寄せる。

 

「色々と言いたいが、一番のポイントを伝える。”非情派の谷部”がここと東第三鎮守府を管理下においたそうだ。証拠にリフォーム工事と称しながら、ここを破壊し、資源を奪っていった」

 

「なんだと!? 本当か、凌也! 非情派の存在も許せないが、何よりあの金ブタ谷部が直接表に出てきたと言うことか……!」

 

 陸翔は、思わず口走った。叫び声の中で、何か蔑称が聞こえたような気がしないでもない。

 

「今のところうちには奴らの手先は何も来てはいないが……それでも時間の問題か? もしかしてここが異様にも静かなのは……っ!」

 

「そうだ。奴らに艦娘の九割を攫われた。おかげで常に怒りで滾っている。常に湧き続けるエネルギーを変換する身にもなってくれというのにな」

 

 ほんの少し前まで共に連絡を取り合い、東部地域を代表して鉄底海峡にまで向かってくれた。

 その部隊を率いる人間が、残酷で不遜な扱いを受けている現実に陸翔の視界が歪む。

 

「……すまない。あまりの事に整理する時間をくれ」

 

 目元をゴシゴシと乱暴に擦り終わると、今度は両手で顔を覆い口をつぐむ。

 

(クローンの艦娘について、言うべきか。悩むな。幸いにも陸翔殿のトコの艦娘は全員が戦死していたからな、蘇生も楽だった。(オレ)のトコのような事態には陥らないだろう)

 

 陸翔から視線を外して、窓の方を向きながら腸が煮えくり返る事実について話すか悩む。

 その後、五分近く悩んでいると陸翔に声をかけられる。

 

「話を中断させてすまない。金ブ……谷部は何か言っていたか? うちに対して何かするとか、些細な事でもいい。教えてくれ」

 

 陸翔の必死さが伝わってくる。

 

 言葉の裏にはきっと、職務を放棄せざるを得ない鎮守府。

 沈みゆく仲間の断末魔が鼓膜にこびりついているのかもしれない。 

 

 彼本人と艦娘共に他者を信用、信頼する土台が作られ始めている今が一番大事な時間だ。

 だから、あえて芙二はありのままの事実を伝えて、ひとつ提案をひらめいた。

 

「何も言ってない。だが警戒はしておいた方がいいだろうな。実質の管理権はあちらにある。何か適当な事いってやりかねない。先ほどの話した保険についてだが、大事な時に頼れないかもしれない。そのことを念頭に入れておいてくれ。あいつは(オレ)ほど自由が利かないからな」

 

 人の理の外にいる者を目の当たりにしてしまった、事実は消えない。

 視覚、聴覚、嗅覚などの五感をひどく刺激した存在からの助言。

 

「凌也殿にばかり頼ってはいけない、というのは前の決戦時に腹を括ったはずなのにな。……うむ、凌也殿の手助けを借りずとも、轟沈者を出さずに全うしてみせよう」

 

 陸翔は椅子から立ち上がり、力強い眼差しで言った。

 その表情に対し、芙二はある提案をする。

 

「そんな陸翔殿に一つの提案を。(オレ)のような全能は持たずとも過去に活躍した実績を持つ全自動人形(フルオートマタ)を紹介しよう」

 

 陸翔は全自動人形(フルオートマタ)という聞きなれない単語に目を丸くする。

 

「なに、(オレ)からしたら艦娘も深海棲艦もSF世界の住人のようなものに見えるからな。わりとすぐに馴染むはずだ」

 

 今度は聞きなれた単語がでて、想像に難くない。

 

「SF? スペースファンタジーか?」

 

 芙二はにやっと笑い、端に避けてある箱に近寄る。

 

「いいや、"Sea Fantasy"。そしてこっちが招来させるのは"Secret Fantasy"。誰の目にも触れぬ空想の産物さ」

 

 二人分の執務机がなかった頃の名残。

 その段ボールを机代わりにしていた芙二は、迷いなく手を突っ込む。

 

(あれは空箱? 凌也殿は手品でも始めるのだろうか?)

 

 箱の中身がないことは陸翔も確認していた。

 それなのに、かすかな弦楽器の音が聞こえる。

 

 心地よい音色が空気を震わせ、陸翔は思わず瞼を落としかける。

 

(……凌也殿の手が当たる音ではなさそうだな。ええい、もう驚かないぞ。流石にもう)

 

「いたいた。悪いね、アンタに依頼だ。これから先、演奏が待ち遠しい客が何十、何百と押し寄せる。あの時のような素晴らしい演奏を魅せろ。頼めるか?」

 

 それは探し物を見つけたような文句ではなない。

 

 芙二が誰かに話しかけている――陸翔にはそうとしか思えなかった。

 

 箱から勢いよく何かを引き上げた。中で何かが膨張し、破裂寸前の隙間から壺へ移るタコのように、それは這い出た。

 

 その存在は、人のようでヒトではない。

 白色の仮面をつけ、肩まで長い深緑色の髪、黒いタキシードに身を包んだ人物。

 

「あふぁ……せっかく公演の余興を楽しんでいましたのに。このままではレイニーナが腹を立ててしまいますよ。フジ様もあとで彼女に謝罪してくださいね。絶対ですよ~?」

 

 這い出た存在は、気だるそうに芙二の元に近づくと人差し指で約束を取り付ける。

 

「はは、分かったとも。あの戦いはいい経験になっただろう? なにせパラディーゾ。アンタの初公演だ。レイニーナは初めてでなかったが、アンタたちのデュエットを聴いた者たちは耳を通じて脳と全神経が絶頂していただろうな!」

 

 いつかみた光景を、芙二は思い出したのか、ころころと笑う。

 パラディーゾと呼ばれた者の肩に手を回す。

 

 

「彼、彼女たちはまさにMi sento come se fossi in paradiso(天にも昇る気持ちで)信じる神の元へ向かったのですからさぞ心地よかったでしょうね」

 

 パラディーゾは祈りを捧げるような姿勢を取り、言い切った。

 

「それじゃあ、彼の実力を証明するためにも叢雲の元へ向かおう」

 

 芙二はわざと軽く言い、重苦しい空気を和らげるように歩き出した。

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