とある泊地に着任した提督のお話   作:ふじこれ

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0章 17話『パラディーゾ』

 

 艦娘専用の宿舎にて

 

 芙二は宿舎に目を向け、手をかざした。

 

「うむ、こちらの被害も相当だな」

 

 宿舎の前に立ち、建物を見上げて溜息を吐く。

 壁はひび割れ、今にも崩れそうだ。下層の窓はすべて砕け、外へと落ちていた。

 

 中層、上層部の窓ガラスもひび割れが目立つ。

 だが、落下まで至っていないようにも見える。

 

 芙二の背を追いかける中で惨状を見た神城は顔を顰め、『ここも攻めたのか?』と吐き捨てた。

 

「ほう、これは凄い技術ですね、マスター。あちらの世界ではこのような建造物はありませんでした。マスターが作られた、かの黄金都市を除いて」

 

 そう言いながら近づいてくるのは顔を仮面で隠し、黒いタキシードに身を包む人物。変な違和感も無く、人間らしい言動をして。

 

 パラディーゾと呼ばれた全自動人形(フルオートマタ)の口から出た、聞き慣れない単語に引っ掛かる。

 

「お、黄金都市? 凌也殿、彼が言っている事はいったい……」

 

 陸翔には、彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

「それはだな、一人の異邦人が世界を舞台に描いた刺激的な物語に出てくる街のひとつさ。なぁパラディーゾ?」

 

 仰々しく話ながら芙二は今にも倒壊しそうな宿舎の入口ではなく、横の壁に右手で触れる。

 掌の底で壁を押して力を加える。そのついでに、建物自体に干渉して崩れないように保護の術をかけた。

 

 頭の中のイメージは果物を傷つけないようにする緩衝材のネット。

 

「えぇ、そうですね。彼がもしも私を、私たちを受け入れてくださるのでしたら夢の合間に体験させてあげてもいいでしょうか?」

 

 名前を呼ばれたパラディーゾの頭には電気ショックのような衝撃が走り、瞬時に芙二の意図を理解する。つまりは我が威光を彼らに聞かせて新たな信者を得よ、ということ。

 

「ん? 構わねえが、夢の合間に体験させてやるのはダメだ。あんなものを体験させたら、精神がイカレる。後でレイニーナも呼び出せるか、試そう。希望する艦娘や宿直職員に対しての読み聞かせという体でなら許可しよう。ただし時間は三十分以内だ」

 

 少し真面目な表情をして、言い聞かせる。

 

「はい、承知いたしました。ではシエルたちに聞かせたようなものでいいですね。それと、レイニーナを呼んでいただけるのは嬉しいですね。彼女の言葉ならばより、一層物語に深みが出ると云うものです」

 

 芙二はうんうん、と頷く。パラディーゾの声色は高めになり、興奮しているように陸翔の目に映った。好きな事について、興奮気味で早口になるのは万国共通事項かと腑に落ちた。

 

「それじゃあ叢雲たちの元へ――」

 

 入口の前に立った芙二は一歩踏み出そうとしたとき、

 

「私の前に立ちふさがるのならば、伏死ふせなさい」

 

 叢雲の冷たい声色が聞こえた。

 芙二は即座に陸翔へ、緩衝材のような防護結界を展開した。

 

 次の瞬間、宿舎や本棟、そして隣接している地面が大きく揺れる。

 あまりの衝撃により、すべての層の窓ガラスが砕けて飛び散った。

 

「うわぁああ! な、なんだ!? じ、地震か……!?」

 

 悲痛な声をあげる陸翔は、あまりの揺れに立っていられず地面に手をつく。

 

 揺れは数秒間続き、冷静さを取り戻した陸翔の視界は巻き起こった砂ぼこりで遮断されていた。咳をしながら周囲を見渡すも何も見えない。

 

「凌也殿! パラディーゾ殿! 大丈夫か!」

 

 陸翔は二人の安否を呼び掛けて確認しようと動く。

 砂ぼこりを鎌の一振りで払い、腰を抜かした陸翔へパラディーゾは静かに近づき声をかける。

 

「はい。私は大丈夫ですよ。ただマスターは先に向かわれました。ここだけの話、とても興味があるのです。マスターが恋焦がれるほどのお方に、ね」

 

 いたずらっぽく仕草をし、陸翔に手を伸ばす。

 一瞬呆気に取られたが、パラディーゾに感謝しつつ手を掴む。

 僅かな力で引っ張り上げられ、その場に立つ。

 

 軍人の陸翔よりも、細い腕から伝わる引力は、筋肉でも機械でもない。何か"目的だけが肉体を動かしている"ような異様な感覚が、手のひらからじんわりと伝わってきた。

 

「パラディーゾ殿、ありがとう。助かった」

 

「いや、それほどまでに肩肘張らずともよいのですよ。私の能力を実際に見てもらえれば、きっと安心して頼んでくださると信じてます」

 

 そうおどけて明るく振舞う様子に、半信半疑な表情で見つめる。

 芙二のような力を持つのであれば、きっと何か代償を必要とするはずだと疑っていた。

 

 金銭や物品であれば問題はない。

 しかし魂といった替えの利かない物を要求されないことを祈るばかりだ。

 

「その眼は前もありました。陸翔様、それが正しい反応です。自分の知らない未知に対する恐怖。知識だけあっても、実物は違うからこその反応です。この世界には属さないモノ。しかし私はこの世界で言うところの艦娘や深海棲艦といった存在の親戚のようなものです」

 

 丁寧に袖の皺を伸ばしながら、そう話す。

 陸翔の中で、「やはり芙二もそうなのか」と確信めいた思いがよぎる。

 

 彼の存在を招くとき、スペースファンタジーかと訊いた。

 しかしまったく異なる答えが返って来て、目の前に建言している。

 

(凌也殿もパラディーゾ殿も人の形をしていても、中身は別物ということか。 

 ……まるで宇宙から来たもののようだ)

 

 その場から動かない陸翔を気にしてか、パラディーゾが肩を叩いて声をかける。

 陸翔はハッとして、何でもないように誤魔化すと彼と共に宿舎の中へ入っていく。

 

「中は……外とあまり変わらないな」

 

「そのようですね。私もかつてはこのような場所に赴いていましたので、陸翔様のお気持ちが少し理解できますね。元々賑わっていた場所なのでしょう」

 

 自分の独り言に対し、返すような言い方に陸翔は意外だと思っていた。

 

「耳を(そばだ)てればいたる所から過去の声、生活音の名残が聞こえてきます。外も内も変えてしまった悲痛な叫びも運命を呪う声もまたひとつの芸術のように刻み……おやどうされましたか?」

 

 木製の床は抜け落ち、血痕が点々と残る。

 芙二たちを追う途中でも、抵抗の痕があちこちに見えた。

 

「いや凌也殿の知り合いなだけあって独特な感性を持っているなって」

 

 感心するかのような陸翔の発言を聞いたパラディーゾはしばらく静止する。

 

「気を悪くしたならすまない。パラディーゾ殿を貶したわけじゃないんだ。凌也殿も全く異なる視点、感性を持っているからすごいなと思ったんだ」

 

「いえ、お気になさらず。ささ、マスターたちがいる場所へ向かいましょう。ここはそこまで広くはないですが、足元や天井にお気をつけて」

 

 陸翔は特段、気にしていない様子にホッと胸を撫でおろした。

 

 陸翔は仮面の奥に目があるはずだと分かっていながらも、

 その“視線”の行き先だけは、なぜか捉えられなかった。

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