表情を歪めたまま、ごちる。
「今ここに立つ
出会ってから半年近く経つが、いまだに忌まわしい怪物として見られていた。その事実に、芙二は胸の痛みを感じていた。確かに超越した能力を持つ、未知の怪物だということは認めるが。
「そ、そうよ。人間と共に深海棲艦を斃すという目的の元、集まった仲間に溶け込んだイレギュラー。深海棲艦も殺すわ、深海化した艦娘も救うわ、無茶苦茶よ。それに極めつけは魂の救済とかいってわけわからないことをするのは特に!」
芙二が今日に至るまで行ってきたすべてに叢雲はかみつく。
「今更かあ。まぁ文句の言いようがないよねえ。一応の上官がこんなのだし。それに見た目人間でも中身が全く異なるから初見でも何でも見分けらんないしね~」
芙二が、へらへらと肯定するような口ぶりで言う。だが先程彼女が言った自分の偽物がどういうことかわからない。戦闘や特別な事がある度に姿が変わるのは日常茶飯事だし、長距離をものともせず移動するのも日常茶飯事。
「もう一度同じことを聞くが、
「それは……」
そう言う現在の格好はこの場に似つかわしくない紺桔梗色の神官の服を着た姿をしている。とてもじゃないが軍人には見えない。いいとこ神主だろうか。
「神社の人、それか成人式の調子こいたヤンキー」
ベッドの上から正座した冷葉が指差したので、「人に指を差すな」と一言注意する。
その他にも資料で見た服装、昔の格好をした人間などの声もあがった。
「その認識で間違いない。龍神になった際の正装みたいなものだ。服の表面や袖の端に白い鱗模様と本来ならば角も生やして完全となりたいが、このような場では不必要とみた」
周囲を見渡しながら、告げる。
だが、彼女は納得していないような態度を示す。気にくわないといった風な様子で腕を組み、副砲の先を一斉に芙二へ向ける。
「アハハハッ 龍神様はこの期に及んで、まだ――」
声高らかに嘲笑しかけるも、
「うーむ。全く理解が出来ない。煽り文句を伝えたところでアンタを傷つけない。現に深海化しているが、鎮圧だのとそのつもりはない。なあ、いい加減本音を話せよ。叢雲」
いつもより声を低くして、彼女の目を見て言った。殺意は一切ないし、威圧するような雰囲気もない。だがそれは司令官と慕う彼女に対し、上官として命令している風にも見えた。
その言葉に叢雲は顔を俯かせ、ぶるぶると小刻みに震える。
しばらくのあいだ、誰も話さない。それは彼女も同じであった。
やっと顔をあげた彼女は目に涙を溜めて、眉を八の字にさせ口を開き、思いのままを叫ぶ。
「あんたはもう私の司令官じゃない。今更あんたの命令を聞く訳がないじゃない! あんな生存の望みが薄い戦地へわざわざ赴いて……それにあんたは辞めろと言っても聞く人間じゃない。その結果ッ! 東第四泊地の付近で見つかったのは……あんたの腕。私が想う大切な人の体は、それ以外の欠片もどこにもない。それにテロ事件の主犯格、あんたの同郷人を憎まないわけがない!」
作戦中も胸中に膨れ続ける憎悪を優先させず、皆の為を思考してきた彼女の感情が爆発した。
目を大きく開いて涙を流して、今まで溜め込んでいた思いの丈を押し付ける勢いで吐露する。
「そうだな。その胸中に秘めたる憎悪は叢雲達の特権だ。
芙二も眉間に皺を寄せて、険しい表情を見せる。口元はへの字に曲がり怒りを堪え、奥歯を噛みしめる。その様子を見て叢雲が扉の前に立つ芙二の元まで近寄りながら再び口を開く。
「あの連中に怒るのは私も同じ気持ちよ。だけど、ならどうして今すぐに行かないの? 下手に出るなんてあんたらしくない。あの超常的な能力を真っ先に使って、仲間の救出を優先する人だったじゃないの? さっき言っていたように一度行ったことがないから、いけない? そんなの――」
大きな声で叫んだせいか、苦しそうに咳込む。
体調を気遣り、近寄ろうとした芙二を拒絶する
手を払うような仕草をとり、何度か咳込んだ後に言う。
「そんなの関係ないわ。翼を生やして、鳥のように、いいえ、ジェット機のように飛行できるじゃない。敵地に乗り込んだとしても単独で深海棲艦や艦娘、人間すらも制圧できるのにどうしてやらないの? それとも一度、死するほどの経験を得て、私の知る強欲傲慢に神を名乗る芙二凌也という人物は存在しないというのッ?」
言い終える頃には芙二との距離は目と鼻の先となり、深い悲しみと激しい憎悪に苛まれている彼女の感情が伝わる。何かあるごとに首を突っ込んでいたが、かなり不安にさせた事実を目まの当たりにして咄嗟に頭を下げて謝罪した。
「こちらが勝手に先を視てしまっていたばかりに、余計な事に首を突っ込み巻き込んで不安を煽る様な事をしてしまった。ほんっとうに申し訳ない」
その様子に叢雲は、諦めたように溜息を吐く。
「……別に私はあんたに謝ってほしいわけじゃない。私も、あんたと一緒に行くわ。その“特殊部隊”とやらに」
素直な芙二の様子に叢雲は若干の冷静さを取り戻した声色で言った。そして山梨へ向かう前に少しだけ触れた次の任務について触れる。
「それも含めてあっちで話そう。ごめんよ、パラディーゾ。待たせてしまって。準備が出来次第で構わない。荒ぶる御霊に安らぎの
「……ええ。承知いたしました、マスター」
パラディーゾは静かに頷くと、ヴァイオリンを楽器の先端が演奏者から見て十時方向に向け、左肩と鎖骨の間で支え、左顎で軽く挟むように固定するように持つ。
足は肩幅に開き、姿勢を正して立つと周囲は静かにして演奏の開始を待つ。仮面からは表情は伝わってこないが、漂い始める雰囲気に圧倒されていく。
左手の親指をネックに添え、他の指を自然に滑らせる。
彼に刻まれた“あの世界”の記憶が、手を導く。
脇を締めすぎず、手首を曲げないように注意することも忘れない。そしてリラックスしながら右手で弦を持つ。その際も指の力加減、手のひら、弦と肘の角度に注意しながら準備を済ませ、
「では皆さま。このパラディーゾ、マスターの要望通りに鎮魂歌を演奏させていただきます」
仮面の下側が無くなり、
彼がヴァイオリンの弦を引いて演奏をし始める。低くゆったりとした曲調が部屋に響いた時、怨嗟の瘴気により張り詰めた空気が解けてくるのが肌で感じられる。
かつてパラディーゾが一度、荒ぶる神に捧げた音色は心地の良い曲を届けた。意識しなくとも自然に曲は穏やかな旋律を奏で、聴く者を温かな眠りにつかせる。
「えっ! 彼女達が眠りについてからすぐに深海化していた部分が消滅していく。そしてみんなの姿が元に戻っていく。これが演奏している者のチカラ、か!」
パラディーゾの能力を見て、目を丸くさせる。叢雲が一番最初に寝落ちて、芙二が受け止める。次に壁の奥にいた時雨達もその場で眠るか、互いにもたれ掛かる様にして眠りに落ちた。
陸翔は精神的に大きな負担がかかっていた為に、冷葉が確認するまでもなく眠りに落ちていた。証拠として寝息が聞こえてくる。
「冷葉はそんなに精神的なダメージを受けた訳じゃなかったのか? ん? あぁ仮初の心臓が作用したか。曲がりなりにも神からの授け物だ。人の身には余る物かもしれないな!」
ヌハハ、と豪快に笑う。その横で冷葉は自身の胸元を凝視していた。
右手を当てると心臓の鼓動だけが響くばかりであったが。
鎮魂歌も最後の音を奏でたのか、弦を引くのを止めてヴァイオリンを下ろし一礼する。
「皆さま、良き夢の旅路を」